広告

posted by fanblog

2019年07月24日

水戸黄門生誕の地!光圀を救った「三木之次」

8C2C90AF-6454-46BC-BD7D-5F4233FC1FBB.jpeg

江戸時代の頃、現在の水戸駅ホームのあたりにあったとされる初代水戸藩主徳川頼房の家臣だった三木之次の屋敷。そこで生まれ5歳まで之次の子として育てられたのが水戸黄門こと徳川光圀です。

現在は、屋敷のあった場所からやや北側に、生誕の地として水戸黄門神社が建立されています。

藩主の子であったはずの光圀ですが、なぜ家臣の屋敷で生まれ、しばらくのあいだ家臣の子として育てられたのでしょうか?

神社の側にある記念碑と黄門像
AA9E5611-362D-43EF-A928-4686034FD11D.jpeg

こちらが水戸黄門神社
こじんまりとした小さな神社ですが、綺麗に整備されています。
66802B18-A909-4EB6-A2FC-7E5A87FE868E.jpeg

立派な鳥居
566D8FD5-9302-437C-9B28-CC88400C8A1A.jpeg

大きな記念碑もあります
585DC665-97B0-4276-AAB7-374DAFB13604.jpeg

光圀の窮地を救った三木之次夫妻

1628年に光圀は生まれます。父である初代水戸藩主の徳川頼房は大いに喜びました。

とはならず、、、

光圀誕生は頼房に秘密とされます。

実は頼房は、光圀の懐妊を知ったとき、あろうことか堕胎を命じていたのでした。

その理由については諸説ありますが、それを不憫に思ったのか三木之次夫妻は、命令に背き光圀の母である久子を匿い、密かに出産させて自分達の子として育てたのでした。

ちなみに光圀には頼重という兄がいますが、このときにも頼房は堕胎を命じていて、三木夫妻が密かに出産させていました。

頼房っていう人はいったい、、、

その後、光圀は頼房に認知されて世継ぎとなり、第2代水戸藩主に就任して名君と呼ばれるまでになるわけですが、

もし三木夫妻の勇気ある行動がなかったら、

歴史は大きく変わっていたのかもしれませんね。

少なくともテレビドラマ「水戸黄門」が放映されることはなかったことでしょう。

概要

水戸黄門生誕の地
水戸市三の丸
駐車場:なし
トイレ:なし
料金:無料
所要時間:5分程
アクセス:水戸駅から徒歩で5分位
混雑度:誰もいない
満足度:★★★☆☆



☆水戸周辺の宿をお得に探すなら☆




☆いつも応援ありがとうございます☆

水戸市ランキング
にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 水戸情報へ
にほんブログ村




☆ブログサークル☆
ブロトピ:更新しました
ブロトピ:地域のこと教えてください。
ブロトピ:ブログを更新したらここで紹介!
ブロトピ:国内旅行
ブロトピ:ブログ更新通知をどうぞ!
ブロトピ:更新しました!!
ブロトピ:今日のブログ更新
この記事へのコメント
コメントを書く

お名前:

メールアドレス:


ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバックURL
http://fanblogs.jp/tb/9000354
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
ファン
検索
最新記事
タグクラウド
カテゴリーアーカイブ
プロフィール
☆いつも応援ありがとうございます☆ 水戸市ランキング
×

この広告は30日以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。