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2019年07月20日

水戸の名君徳川斉昭の銅像

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弘道館の向い側、旧水戸城の大手橋の手前にある遠くを指し示す武士の銅像。これは水戸藩第9代藩主徳川斉昭の銅像です。

全国的にはさほど知名度は高くありませんが、江戸幕府最後の将軍“徳川慶喜”のお父さんであり、水戸では徳川光圀と並び名君と称される有名な人物です。

徳川斉昭の光と陰

水戸藩第9代藩主となった徳川斉昭は、日本最大の藩校といわれた弘道館を作り教育に力を入れると共に、日本三名園のひとつ偕楽園を作り領民の憩いの場としました。有能な人物の才能を見出し下士層から広く家臣を登用します。

幕末の志士に多大な影響を与えた藤田東湖や会沢正志斎が中心となって成功させた藩政改革は、後に幕府が行った天保の改革のモデルとなるほどでした。

一時は、海防参与や軍制改革参与を歴任するなど幕府内で一定の影響力を示しますが、大老井伊直弼との政争に敗れ安政の大獄により失脚します。

水戸で永蟄居処分となった斉昭は、1860年に蟄居が解けぬまま享年61歳でこの世を去りました。

斉昭の処分に激怒した水戸浪士達が起こした桜田門外の変の僅か半年後のことです。

皮肉なことに、斉昭の目指したものの達成できなかったことのいくつかが死後に実現します。

徳川斉昭が実現させたかったこと?

1867年、井伊直弼との政争に敗れ、当時果たせなかった息子の徳川慶喜将軍就任が実現します。

1868年、江戸幕府が倒れ明治維新が成ると、斉昭の目指した軍の近代化と武器の国産化は明治政府の基本方針となりました。

また、隠居処分の原因のひとつともなった水戸藩での宗教政策は、明治初期の神仏分離の先駆けとなりました。

もう少し長生きしていたら、、、

さらなる活躍の場があったかもしれませんね。

概要

徳川斉昭の銅像
水戸市三の丸
駐車場:なし
トイレ:なし
料金:無料
所要時間:3分程
アクセス:水戸駅から車で10分位
混雑度:ちらほら
満足度:★★☆☆☆



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