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ミンミ
<病歴>平成7年より発病(病歴順に列記) ・バージャー病(特定疾患)/交感神経切除術・不明熱/ステロイドにて対症療法・肉芽腫性リンパ節炎(右ひじ、首、左脇)/全て切除術・ステロイド減量に伴い不明熱再発/ステロイド大量増量により対症療法・副鼻腔炎/内服治療・高血圧、頻脈/降圧剤による内服治療・大腸ポリープ/内視鏡的切除(2年間に2回)・間質性膀胱炎/膀胱拡張手術及びステロイド他内服薬にて治療・SLE診断(特定疾患)・腸穿孔/開腹手術により人工肛門増設(合併症):壊死性筋膜炎(致死率50%)/外科的に感染部を切開、MRSA感染、肺炎/人工呼吸器装着、ステロイド多量投薬によりステロイド性糖尿病/インスリン治療、緑内障一歩手前(眼圧数値31)/点眼薬治療、白内障、骨粗鬆症により肋骨骨折(数箇所)、腰椎圧迫骨折(数箇所)/特殊コルセット装着、内服治療(身長10cm縮む)・カリニ肺炎/人工呼吸器装着(回復の見込みなく永久用に気管切開)奇跡的に回復、1年半後に気切孔閉鎖、寝たきりが長く腓骨神経麻痺・深部静脈血栓症(腎臓下から右足太ももまで40cm・左足太ももにも血栓見つかる) 、肺塞栓/抗凝固療法、血栓溶解療法、弾性ストッキング着用・皮下腫瘤(2回)/切除術・汗腺腫瘍/切除術・2010年4月大腸ガン/大腸ガン切除術・2010年12月新たな肺塞栓/坑凝固療法・左下顎蜂窩織炎、骨髄炎/抗生物質による消炎、2011年3月抜歯及び骨髄炎の手術・顎関節症/リハビリにて矯正マッサージとマウスピース・2012年7月大腸内視鏡検査時、大腸穿孔により生死を彷徨う・2013年12月結腸多発憩室症/経過観察・2014年3月胆嚢炎/経過観察・2015年11月上顎骨髄炎/抗生物質による消炎、同12月抜歯及び骨髄炎の手術。これらの病気から身体障害者手帳1級(直腸機能障害3級・両下肢機能障害2級)・現在も入院治療、通院治療及び検査を繰り返し、毎日多量の内服薬を投薬中


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2016年04月13日
人工呼吸器・カニューレって?・・・。
今日は皮膚が痛いから早く寝ようと思いましたが
ブログのアクセス解析見ていたら人口呼吸器
とカニューレで検索してきて下さる方が多くいる
ので少し書きます( ..)φメモメモ


人工呼吸器は大きな機械で自発的に呼吸が
出来ない人に装着されます。

私は計3度で一番長いときは3ヶ月くらいは
入っていました^_^;

医師も、意識が回復しても、もう人工呼吸器は
手放せないでしょうとの診断でした。。。


カニューレって言うのは人工呼吸器と喉を切開
して繋ぐパイプの役目をしてくれるものです。

昔の記事でも書いているので細かいことは省き
ますがカニューレの管理がまた大変ののです^_^;

誰しも痰が喉に溜まるようにカニューレに痰が
溜まるのですよね。。。

これが溜まると呼吸が出来なくなるのが一番の
苦痛でした、、、って言うより意識がある時は
恐怖以外に変えられるものはないって感じっすわ。

私は、意識が戻ってからも人工呼吸器を外すと
酸素が下がっちゃうので中々外せなかった
のです^_^;

こんな意識があって人工呼吸器をしている人を
見るのも初めて〜って看護師さんにも言われて
いました^^


それでも、本人には笑いはないですよ!
だって、カニューレに痰が溜まって苦しいのに
中々看護師さんは来てくれないし、自分には
どうすることも出来ないのですから^_^;


私は、ある出会い的な耳鼻咽喉科の医師との
出会いで永久用に開けた喉のカニューレの穴
を塞ぐことが出来ましたが一般的にはあり得ない
事の様です。。。

永久用にカニューレの穴を開ける手術を受けて
いますから喉の軟骨も切り取られているのです(ー_ー)!!

私は、どうやって塞いだかと言うと鼻の軟骨を
取って喉に移植をして貰ったのです!

しかも、私は全身麻酔が出来ない体ですから
局所麻酔を足し足しで行われました^_^;

今も、喉には傷は残っていますが大成功!!!
カニューレが抜けてめっちゃ楽ですわ~~~~♪



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聞きたい人はもっと細かい事を知りたいのだと
思いますが、何が知りたいとかコメント一言でも
下さればいくらでも私の体験談だったら書きますφ(..)メモメモ

別に名無しのごんべさんでもOKですよ(=^・^=)



あの有名ショップも【カラーミーショップ】を…。












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2010年05月17日
カニューレ管理
今日は人工呼吸器抜管後の大変だったカニューレの管理のお話をします。

まず人工呼吸器をつけていたカニューレではバルブ(声帯)に変わるものが付いていないので話すことが出来ません。このときの会話方法はホワイドボードに書いて意思を伝えるものだけでしたので辛かったです。

カニューレの管理も喉の中に入っているチューブに痰が詰まるので頻繁に看護師さんに吸引してもらいます。詰まってくると酸素が思うように吸えなくて苦しくなります。恐怖の瞬間です。カニューレ(チューブ)の交換も週に1度耳鼻咽喉科の医師が来て交換してもらっていました。人工呼吸器が付いているときもカニューレ交換はしていたのですが、カニューレを抜くと人工呼吸器からの酸素も入ってこなくなるので数十秒間ですが息が出来なくなるので、これもいつも恐怖で仕方ありませんでした。

そもそも気管切開(永久用)にしたのを閉鎖出来ないのも、今後また人工呼吸器が必要になるときが来るかもしれないということでカニューレを入れて気管の管理をすることになりました。カニューレを入れておかないと、自然に気管切開したところが閉じてしまうそうです。

人工呼吸器が抜けて自発呼吸がしっかり出来るようになってくると、まずカニューレのまま誤飲しないように小さな氷から口にして訓練をしていきます。何ヶ月も飲まず喰わずで何も口にしていなかったので凄く嬉しかったのを覚えています。慣れてくると1日小さな氷3個まで・・・水分180mlまでと増えていくのです。水分に慣れたら固形物を食べる訓練が始まります。始めは茶碗蒸しのようなものから徐々に固い物へと時間をかけて慣らしていきます。

大体食べる物に慣れてくると次は、話が出来るカニューレ(スピーチカニューレ)という物に変わります。これはカニューレにバルブ(声帯)に変わる物のようなものが付いていて話すことが出来るカニューレです。これを付けて初めて話すことが出来たときは、会話が出来るわけですから凄く嬉しかったです。声も地声から1オクターブくらい高くなるのですが、子供たちは私の声を初めて聞いたときはケラケラと大笑いでした。

ここまでくると自分も大分カニューレにも慣れてきて、自分で痰の吸引をする訓練を始めていきます。これが出来るようになったときも凄く嬉しかったです。何が嬉しかったというと、自分が苦しいときに自分で痰の吸引が出来るからです。今までは看護師さん任せですから、苦しくなってから吸引してもらうまでに時間も掛かります。また忙しそうなときは頼みたくても頼めないときもあったからです。

これから数ヶ月リハビリをして退院するのですが、退院するにあたって、自宅に吸引機も用意しました。この時点では、自分でのカニューレからの吸引は出来ますが、カニューレの交換は出来ません。まずは妻が医師から指導を受けて自宅では妻が交換することになるのですが、更に3ヵ月後くらいには、自分でカニューレの交換も出来るまでになりました。

家に帰ってからのカニューレ(気管の管理)で大変だったのは、シャワー(洗髪)をするときが大変でした。カニューレから水が入ってしまうと気管に直接水が入ってしまうわけですから溺れるのと一緒で大変なことになります。ラップを首に巻いて、タオルを巻いて・・・色々な工夫をしましたが何度か水が入って大変な思いをしました。

カニューレを1年半くらい入れていたのですが、抜管出来る日が来るのです。そのお話はまたさせていただきます。

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2010年05月07日
人工呼吸器との戦い
意識がないときは、まず苦しいとか、体が痛いとか全く感じません。人工呼吸器から肺に無抵抗に一定のリズムで必要な酸素が送られて呼吸をしているのですが、意識が戻るとそうはいきません。まず声を出せないのに話そうとして、機械的に入ってくる酸素とぶつかり苦しくなったり、自分が息を吐こうとしているときに酸素が入ってきて、ぶつかって苦しくなったりなどがあります。またやたら痰が喉(カニューレ)に溜まって苦しくなるのです。対処としては自発的に痰を出すことが出来ないので、看護師さんに吸引してもらうことになります。意識がないときは、機械が察知してアラームを鳴らしてくれるのでそれを聞いて看護師さんは吸入を行ってくれるのですが、意識が戻ると端が絡んでアラームが鳴って看護師さんが対応してくれるまでに時間が掛かるので、苦しくて仕方ありません。それは意識がしっかりしてくればしてくるほど、酸素を吸いたいのに吸えなくなるので怖くて仕方ありませんでした。また喉に入っているカニューレの交換・人工呼吸器のチューブの交換が1週間に1度あるのですが、それは一時的に人工呼吸器を外しての作業になるので、時間にしたら1分あるかないのかだったのでしょうが、酸素が吸えなくなる苦しさ(恐怖感)がありました。また、やたら人工呼吸器って音がうるさいのです。それにかなり機械が熱くなるので部屋も暑くなるのです。喉のカニューレに挿しこんでいるチューブというかホースもやたら重いのです。喉に凄く負担が掛かった記憶があります。

やはり何が一番苦しかったかと言うと、声が出せないこと、話せないことでした。痛い、苦しい、何かして欲しいなど、話せないので何も伝えることが出来なかったことです。妻とは妻の手の平に指で文字を書き伝えましたが、主治医・看護師には何も伝えることが出来なかったことです。リハビリが進むにつれてホワイトボードに書いて伝えることが出来るようになるのですが・・・。

意識が戻り身体ですが、手は多少動かせた記憶がありますが、足は全く動かない上に足の裏は、イメージ的に針で出来ている健康サンダルの上を立っているような感じの強い痛みがありました。これは寝たきりの状態が長くて筋力が落ちてしまっているのと、腓骨神経麻痺、腰椎を何度も圧迫骨折を繰り返してしまったのが原因ではないかと言われました。人工呼吸器を外せないかも知れないと同様に、歩けるようにはなれないかも知れないと言われました。

ここから人工呼吸器を付けたまま寝たきりの状態からリハビリが始まるのですが、理学療法士(足及び呼吸)・作業療法士(手)の2人の先生が毎日ベットサイドまで来てくれてリハビリが始まりました。まずは固まってしまっている関節を動かしてくれるところから始まり、まずは車椅子に移れるようになるのを目標に頑張りました。リハビリが進むにつれて人工呼吸器が外れるようにと、呼吸筋・肋間筋・腹筋の筋肉をつける訓練もしました。長い間、人工呼吸器で呼吸をしていると、健康なときには全く気にしない、呼吸をするのに必要な呼吸筋まで怠けてしまって自発呼吸が出来なくなるそうです。このトレーニング方法は、健康な人では当たり前に出来ることですが、大きく酸素を吸い込み、大きく吐く(先生が呼吸に合わせて人工呼吸のように胸を押す)その繰り返しです。

このベットサイドでのリハビリの甲斐あって、人工呼吸器だけに頼らず自発呼吸も出来るようになっていきました。人工呼吸器の設定も、日々送られてくる酸素濃度を減らし、自発呼吸を増やすのを繰り返し、少しずつ離脱に向けて進めることが出来ました。結果として人工呼吸器挿菅から人工呼吸器抜管まで3ヶ月半掛かりましたが奇跡的に人工呼吸器から外れることが出来たのです。外すときもまずは、空気中の酸素量より少し多いくらいまで機械の設定を落として、それで耐えられれば、人工呼吸器を外して酸素マスクで酸素を吸って、それで耐えられれば、室内の酸素量を調整して完全に人工呼吸器を抜菅する手順でした。絵に描いたもちのようには行きませんでしたが、抜菅までの手順を何度か繰り返して、完全に抜菅することが出来ました。

人工呼吸器抜菅後も永久用に気管切開をしてしまっているので、カニューレ管理が大変でした。カニューレの管理の話はまたお話します。

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2010年05月06日
人工呼吸器挿管から気管切開の決断
先日お話した人工呼吸器が付いていたときのお話ですが、人工呼吸器の装着は始めは口から挿管するのですが、口からの挿管では2週間くらいが限度らしく、それを過ぎたあたりで主治医から妻にこれ以上口からの挿管ではもたない。人工呼吸器を続けるならば鼻・咽頭を通過しないで、空気が直接気道に流入できる気管切開(前頸部に気道口を設ける)手術をしなければならない。全身麻酔による手術に耐えられるか分からないし、たとえ成功しても一生人工呼吸器を付けていなければならないかもしれないし、このまま意識も戻らないかもしれないと言われたそうです。妻はその時、このまま何もしないで死んでしまうぐらいなら、少しでも生きる確立があるのなら、人工呼吸器が付いていても、意識が無くても、生きてさえ居てくれれば良いと手術を決断してくれたそうです。私は意識の無いまま全身麻酔により喉から気管切開の手術をしました。術後カニューレと言う物を、喉の切開部から入れ、それに人工呼吸器を繋げます。

私は人工呼吸器を入れてから全く意識は無かったのですが、話しかければ反応はしていたようです。恐らくこの気管切開の手術のときだと思うのですが私は、意識はないのですが、先生と妻との会話やらが聞こえていたのだと思います。夢の中で、私は喉に入れるカニューレを病院の近くの外で探しているのです。そこで細長い竹みたいな物を見つけ病院に持ち帰ろうとするのですが、障害物が合ってそれを乗り越えなければ病院に戻れません。それをよじ登って降りようとしたら持っていた竹が喉に突き刺さってしまうのです。抜こうと思っても痛みと、出血が酷くて抜けません。何故かそこに看護婦さんの寮があって気が付いてくれて、救急車を呼んでくれて病院に運ばれるのですが、病院では先生が待っていてすぐに気管支鏡の検査をしてくれました。恐らく気管切開の手術を受ける前後の夢と現実がごっちゃまぜになっていたのだと思います。前にもお話しましたが色々な夢をこの先、以前にも沢山見ています。夢の話はまたお話します。

実は奇跡的に意識が戻ったお話しをしましたが、この手術を受けて2日後に意識がハッキリ戻ったのです。妻の決断がなければ今もありませんが、このとき意識も戻らなかったような気がします。今でも妻には感謝していますが、このとき本当に勇喜のある決断をしてくれて本当に感謝しています。

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2010年05月02日
今日は前に人工呼吸器が付いたときの話をします。
人工呼吸器は何度か装着したのですが、一番長く入っていたときのお話をします。カリニ肺炎になってしまって自分ではもう呼吸することが出来なくなって、血中酸素も30%まで下がってしまって人工呼吸器に入ったわけですが・・・。以前にもあったのですが、この人工呼吸器に入るときにも主治医から妻は覚悟してくださいと言われたそうです。私自身は、薬で眠らされているので始めのほうは全く意識はありません。ただ、今でもハッキリ覚えていますが、夢はたくさん見ました。恐らく呼吸が出来なくて苦しかったり痛かったりしたので、タワー型のエレベーターに閉じ込められて窒息死する夢や、自分のお葬式をやっっているところを見ている夢(火葬場で燃やされるところまでリアルに見ました)や、切り付けられたり、刺されたりする夢などなど、ホントたくさんの夢を見ていました。

それから人工呼吸器を外そうとしてしまうために手を縛られていました。少しボケもあったそうです。今となっては笑い話ですが「ドラえもん、ドラえもん・・・」と何度も言っていたそうです。主治医から、低酸素状態が長かったために、脳にも障害を受けてしまったのかも?と言われていたそうです。またこの先、意識も戻らないし人工呼吸器も生涯抜けないかもしれないとまで言われていたそうです。

こんな状態から奇跡的に回復するのですが、妻に見捨てられる夢を見ていたのです。ふと目が覚めると妻が着替えをロッカーにしまっているんです。何でここに居るの?と聞くといつもここに居るじゃんって言われハット目が覚めました。人工呼吸器が付いているのでまともに会話は出来ないので、妻の手のひらに指で文字を書き意識がハッキリ戻ったことを伝えました。妻から看護師、主治医に私の意識が戻ったと伝えにいくと、何日間かは信じてもらえませんでした。

これから人工呼吸器を離脱するために寝たきりの状態でリハビリが始まっていくのですがこの続はまた今度お話したいと思います。

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