2020年01月08日

義母と突然のお別れを経験して、ちょっと独り言

エイジングケア・スキンケア・美白.jpg

プライベートな理由で、ブログの更新が滞いがちになっているのですが、中でも一番大きな理由は、遠方にお住まいの義母が突然お亡くなりになった事でした。

乳癌、骨粗しょう症、骨折、うつ病等、様々な不調に見舞われ、様々な思いを抱かれつつ、、、とても悲しくて辛いお別れでした。人は皆等しく最期の時を迎えます。

義母の死は本当に突然で、私達家族にとってとてもショッキングな出来事でしたので、しばらくはちょっと呆然としてしまって、何もする気がしませんでした。

私は義母が50代(ちょうど今の自分位の年齢)の頃に初めてお会いして以来、断片的に彼女を見てきました。とても若々しい義母に、当時の私は憧れていました。

「素敵だなぁ、、、あんな風に年齢を重ねたいなぁ、、、。」と、心の中で思っていました。いつもニコニコして可愛らしくて、本当に素晴らしい方でした。

まさに「妻の鏡・母の鏡」という印象で、義母が懐の深い良く出来た奥さんだからこそ、義父が仕事に没頭出来ている「理想の夫婦」だなぁと思っていました。

当時は主人も私も大学生になったばかり。50代なんて遥か遠い先の話で、自分達が50代になった時の事なんか想像する事も出来ない年頃でした。

あれから30年以上の年月が過ぎ、あの素敵な義母とあんなお別れをする事になるなんて、全く夢にも思いませんでした。義母の死はとても、とても辛いものでした。

義母の死は、普通の80代の方の死に方ではなかったのです。とても、とてもショッキングな事に、義母はご自分で命を断たれたのです。


主人は男ばかりの3人兄弟の次男。主人の仕事の都合により私達夫婦は結婚した当初から、ずっと主人の実家からは遠く離れた土地で生活しています。

それでも結婚以来数年間、お正月は必ず主人の実家で賑やかに迎えていました。義父が長男だったので、毎年年始には主人の実家に親戚が集まっていたのです。

お節料理作りや朝ごはんのお手伝い、食器の後片付け等、出来る限り義母のお手伝いをして、家族の一員として楽しく年末年始を過ごさせて頂きました。

私の母よりもずっと若々しくて清潔感のある義母に憧れていましたし、私の母は兄ばかり可愛がる人だったので、正直義母とは仲良くなりたかったです。

今となっては大昔の、まだまだ世間知らずで子供だった頃の話です、、、。その当時から義父と義母の折り合いが良くない様子は少しありました。

義父が「せっかく上等なリンゴをもらっても1個もむいてくれない。」と不服を漏らしても、義母は「そんなもん右から左!」と明るく言っていました。

当時の私は「何でだろう?」と不思議に思っていましたが、夫婦二人だけにしか分からない、様々な歴史があったためだろうと、今は理解出来ます。

その他にも、2人の味の好みが全く違っていたり、義父が好きな食べ物を義母が買って来てくれない等、、、義母自身も「味の好みが合わない!」と言っていました。

それから、義父はちょっと口の悪い人(義母への発言で私も義父に腹を立てそうになった事がある程)なので、義母が可愛そうになる瞬間が時々ありました。

そんな時、私が「あんな言い方酷いですよね。」と言うと、義母は「お父さんにも良い所があるの。お父さんの事悪く言ったらだめよ。」と言って窘(たしな)められました。

本当に良く出来た、素晴らしい奥様でした。素晴らし過ぎたのです、、、偉過ぎたのです、、、。もっとご自分を大切にした方が良かったのです、、、。


一方私達夫婦の結婚生活は、当初から順風満帆だった訳ではありません。でも、当初非常勤だった主人の仕事がやっと安定した後、待望の長男を授かる事が出来ました。

ところが、遠方からわざわざお祝いに来てくれた義母から、私は酷い虐めを受けました。それまでとても優しくして頂いていただけに、本当にびっくりしました。

本当に、本当に優しい方だったんです。でも、主人が定職に就いて、孫が産まれた途端に、信じられない事に驚く程態度が一変したのです。

私は義母を尊敬していたのです。憧れていたのです。やっと待望の長男を授かった事を、一番喜んで祝福して下さると思い込んでいたのです。

ショックでショックで、、、義父が「あれで怒らなかったらバカだ、、、。」と言う程だったので、とても辛くて悲しかったです、、、。

理由はサッパリ分かりません。何をどう考えても分かりません。本当に意味が分かりません。何で今?どうして?何で孫が産まれたばかりのこのタイミングで?

義父は「もう歳なんですよ、、、。」とおっしゃっていて、主人は「可哀そうな人だと思ってやってくれ、、、。」と言っていました。

マタニティーブルーも相まって、生まれたばかりの長男を抱っこしながら残念で悲しくて、、、涙する日々が続いたのを覚えています。

私は、孫が生まれた事を義母に喜んでもらえると信じていたのです。楽しみにしているという様な事を言って下さっていましたし、、、。

でも、そうではなかったのです。悲しかったけれど、残念だったけれど、、、それでも、主人が子煩悩な人だったので何とか耐える事が出来ました。

義母と一緒に住んでいた訳ではなかったですし、それに何より長男が可愛くて可愛くて、やっと授かった喜びの方が大きかったですし、、、。

ですが、遠くに住んでいた事もあって、それ以来、当たり前かもしれませんけれど主人の実家とはなんとなく疎遠になって行きました。

それに、本当に意味が分からないんですけれど、主人も義母から「もうこっちには帰って来なくていいから。」と言われたみたいです。

それでも、その後次男にも恵まれ、私達は家族4人で幸せな生活を送っていました。もちろん子育てに心配は付き物で、それなりに色々ありましたが、、、。

義母は比較的近くに住んでいる一番下の弟夫婦とその一人娘をとても可愛がっている様子で、私は残念でしたが、かえって良かったと安心していました。


いつ頃だったでしょうか、10年程前だったでしょうか、、、それまでも義母からは時々電話がかかっていたのですが、ある日以来主人に緊迫した雰囲気を感じました。

義父に浮気疑惑が持ち上がったのです。義母が興信所に依頼して調査してもらったらしいのです。夫婦関係も一発触発といった状態だった様です。

当時、義父母達は70代だったと記憶しています。私はその時、失礼かもしれませんが、正直「70代で興信所、、、?」と心の中で思っていました。

当たり前ですが主人としては、両親には仲良くしていてもらいたかったので、電話や、時には里帰りしたりして、なんとか義母をなだめていました。

この義父の浮気疑惑に関して、私は主人から聞いた事しか知りません。根掘り葉掘り聞いたりしていないので、私は詳しい事は何も知りません。

結局、興信所の調査結果からは決定的な証拠となる写真等は何も得られなかったそうで、そのまま義父の浮気疑惑は収まったかの様に思われていました。


その後義両親は立派な終の棲家を新築し、一番下の弟夫婦や孫娘と幸せに暮らしている様子で、私達夫婦は安心して暮らしていました。

本当に私は心から「末の息子さん達と一緒でお幸せそう。私も歳を取ったら2人の息子のどちらかが近くに住んでくれたらなぁ、、、。」と憧れていました。

息子夫婦に一緒に住んで欲しいとは思っていませんが、やはり本当に歳を取った時に近くに住んでいて貰えると何かと心強いと思っていたので、、、。

「義両親は息子夫婦と一緒に豊かで理想的な老後を送ってらっしゃるんだなぁ、、、」と、私は弟さん夫婦に感謝しつつ暮らしていたのです。

ところがその後、義母が可愛がっていた弟夫婦が離婚してしまい、孫娘の親権も母親の方に行ってしまったという大事件が起こったのです。

この事件について、私はノーコメントです。なぜ、どうして弟さん夫婦が離婚に至ったのか、その理由に関して、私は一切聞いていませんし、知りません。

主人の話だと義母はずっと、最期の時まで義父の事を疑ったまま、裏切られたと思ったまま、義父から愛されていないと感じたままお亡くなりになった様です。

乳癌や骨粗鬆症など、様々なお体の不調にも苦しんでいらっしゃったそうですし、そのせいもあって鬱病の様な精神状態だったと想像出来ます。

なんて切ない話でしょうか、、、。真相は知りません。私から義父に真相を聞く事なんて出来るはずありません。義母自身も最期まで本人に確かめなかったそうです。

私には信じられません。どうして?なんで?自分の伴侶が浮気しているかもしれないと思って興信所にまで頼んだのに、それを本人に確かめないなんて、、、。

本当に信じられない様な話ですが、これは真実なのです。義母は、ちょっとクセのある方でしたが、基本的に善良で可愛らしい良い奥様でした。

なんで?どうして?本当に残念で残念で、、、。それだけではありません。義母は、三十数年前に患った乳癌は誤診だったと、ずっと思い続けていたそうなのです。

手術の痕が痛かったそうです。時々主人に電話をして来て「私は乳癌ではなかったのに胸を取られてしまった。」と嘆いていたそうです。

私には真相は分かりません。義母の被害妄想だったのか、本当に誤診だったのか、、、今となっては誰にも真相は分かりません。

義母は弟さんの元奥さんの事も主人に悪く言っていて、義母の話だけだと、まるで義母の周りには自分の息子達以外は悪人しか居なかったかの様です。

義母にとっては、私も、自分の可愛い息子を奪った悪者だったのでしょう。「○○はあなたにあげたのよ!」と言われた事ありますから、、、。

義母の「息子愛」を理解出来なくも無いですが、余りにもあからさまに態度が豹変したり、敵対的な態度を取られたりすると、どう接していいのか、、、。


ちょっと色々あり過ぎて、そうした壮絶な義母の最期があったものですから、頭が混乱してしまって、、、どうしても暫くブログを書く手が動きませんでした。

何をどこから書けば良いのか、、、いや果たしてこんな事をブログに書いて良いのか、、、何も無かったかの様にしていた方が良いのか、、、。

本当に色々な考えが頭の中をグルグルと巡っていました。主人の前ではこの話は禁句ですし、子供達はそれぞれ大学入試と卒論制作真っ只中、、、。

誰にも話したり相談したりする事が出来ません。でも、私自身もショックで胸が苦しくて、、、ここで書く事で心の整理をさせて頂いてます。

どうして、どこで歯車が違ってこうなってしまったのか、、、。浮気の真相はさて置き、確かに義父にも原因があると思います。口の悪い所のある方ですから、、、。

本当に、義母は色々と我慢なさっていたと思います。我慢し過ぎていたのでしょう、良い妻であり過ぎたんです。もう少しご自分を大切するべきだったと思います。


離婚した後、義父母と同居していた主人の弟さんからの突然の電話で、私達夫婦は義母の予期せぬ死を知りました。昨年秋の早朝の事です。

一番ショックを受けていたのは勿論弟さんで、私達が駆け付けた時には心配になるほどやつれていて、、、それなのに気を遣っていて、本当に可哀そうでした。

主人も相当なショックを受けていて、実家に到着するまではとても現実とは思えないという様子で、葬儀が全て終わった日の夜、ベッドの上で泣いていました。

私も、お元気だった頃のニコニコしてらっしゃった素敵な義母の姿が目に浮かんで来て、涙せずにはいられませんでした。

でも、義父は全く平然としていて、、、余りにも平然としていて、義母の突然の死に見舞われても、出かける予定や様々な用事を変更さえしませんでした。

今こうして書く事で少し落ち着いて、心と頭の中の整理が出来て来ましたが、、、どう考えても辛過ぎます。悲し過ぎます。切な過ぎます、、、。

人はいつか必ず死にます。必ず最期の時を迎えます。私は、最期は笑って、微笑んで、感謝しながら、楽しかったねぇって言いながらお別れしたいです。

こんな経験、自分の周りの人達には、自分の主人や息子達や息子達のお嫁さん等には、絶対に、絶対に味合わせたくないです、、、。

お互いに気まずい思いや何やら、嫌な思いをしたくはありませんし、、、。息子夫婦には仲良く平和に、幸せに暮らして欲しいものです。

そうして、私達夫婦は私達夫婦で、仲良く平和に、楽しく幸せに暮らしたい、、、。どうかどうかそうなります様に、、、。

こんな経験をすると「歳を取った時に息子夫婦に近くに住んでいて貰いたい」とか、もうどうでも良いから「とにかく楽しくやってて欲しい」と思えて来ます。


とてもショックな出来事でしたが、主人が「ママの事は幸せにするからね。僕は浮気はしないから心配しないでね。」と言ってくれたのが救いです。

本当にショックで、しばらくの間は「う〜んと歳を取ったら私達夫婦もこうなるのかなぁ、、、」とか、変な事を考えてしまったり、少し変になってました。

私は、色々あったとしても、許し合って、仲直りして、最期は思い残す事なくお別れしたいです。だから時には喧嘩もします。大喧嘩もします。

結果的に仲直りが出来て、お互いに歩み寄る事が出来るのなら、喧嘩も時には必要です。「喧嘩する程仲が良い」になれば良いと強く思います。

だって、本当の事が知りたいし、心から仲良くしたいです。申し訳ありませんが、正直申し上げて、義母は私にとって強烈な反面教師になってしまいました。

主人を産んで下さって育てて下さった方ですから、勿論心から感謝しています。そうした義母への感謝の気持ちは、私なりに態度で示していたつもりでした。

とても、とても残念です。私は彼女に憧れていたのです。出来れば最後まで憧れの存在で居て欲しかったです。本当に、本当に残念です。

誤解の無いように書きますが、義母は可哀そうな方だったのです。色々とあったんだと思います。お体や心の不調も色々と抱えていらしたし、、、。

ただ、昔の女性に多いと思うのですが、ご主人に好き放題させ過ぎだったのではないかと、、、もっとご自分の事を考えても良かったのではないかと、、、。

だって、あまりにも悲し過ぎます、、、。切な過ぎます、、、。「夫婦」って何なんだろうと思ってしまいます、、、。

もっとご自分の気持ちや思っている事を伝えたり、相手の気持ちや考えを直接聞いた方が良かったと思います。こんなお別れは悲し過ぎます、、、。

どうしても相手の事が信じられないなら、いっそ別れるか、別居するか、一緒に住んでいても精神的に自立して、自分の幸せを追求した方が良いです。

そうじゃないと、自分も含めて周囲の人達全てが不幸になってしまいます。私だったらそんな状態はとても耐え難いです。何のための「夫婦」なのか、、、。

「夫婦」って、たとえ外で嫌な事があったとしても、一緒に居るだけで、家でボーっとしてるだけで癒されて回復出来る様な存在じゃないと、、、。


私は心に誓います。これからもずっと人生のパートナーである主人を大切にして、家族皆の幸せを考えて、バランスを取りながら幸せな人生を目指します。

そのためには、時には「嫌な事は嫌」とハッキリと言う事も重要です。ただ、「嫌だからやめて欲しい」と言っても聞いてもらえない時もあります。

実は私も経験があって、我慢に我慢を重ねてどうしようもなくなって「嫌だからやめて欲しい」と言っているのに全く受け入れてもらえない、、、。

「そんな風に思うお前がおかしい」「それはお前の自意識過剰だ」という具合です。でも、そういう人に限って自分はちょっとした事でブチ切れたり、、、。

そうした状況を諦めて、更に我慢してしまうと、自分の魂がどうにかなってしまいそうだったので、何度も何度もお願いした経験があります。

「嫌な事は嫌」です。もしもそれを受け入れてしまうと、後に子供や他の人にもそれを要求する様になってしまいそうで、悪循環になりそうで、、、。

「自分が嫌な事は他人も嫌な可能性が高い」と思うのです。そうして自分の気持ちを伝え続けた結果、今では以前が嘘の様にとても穏やかな日々です。

初めから何もかも完璧な人なんて居ませんからね。私も欠陥だらけですし、人それぞれ価値観が違うので、何をして完璧かも分かりません。

お互いに許しあって、歩み寄って、支えあって、励まし合って、助け合って、、、そうして本物の夫婦になって行くのだと思いますし、そうして行きたいです。

これからも、様々な事が起こるかもしれませんが、今の「初心」を忘れないようにしながら、主人と歩み寄りながら生きて行きます。

自分が幸せじゃないと「家族」を幸せにする事は出来ません。ですからこれからも自分を大切にして、美容と健康に気遣いながら、日々丁寧に生きて行きます。


40歳を過ぎた頃、突然主人から「おばさん!」と言われた時はショックだったし、腹が立ったけれど、今こうして居られるのはそのお陰、、、。

それまで「美容」にはそれ程興味の無かった私が、一念発起して若さを取り戻す事が出来たのは、あの時の主人の一言のお陰です。

あれは一種の「ショック療法」だったと今の私は思っています。だって本当に、今はあの頃が嘘の様にシミもシワも無くなっていますから、、、。

もしもあのまま何もしないでいたら、、、と考えると、少しゾッとします。多分相当見た目年齢が違っていたと思います。

以前は子供中心の生活をしていて自分が疎かになっていましたが、私なりになるべく自分に似合った髪型や服装を意識する様にもなりました。

色柄やデザインが気に入ってリラックス出来る洋服を探すのも楽しいですし、リビングや寝室のアロマ等も楽しんだりする様になりました。

そうした意識の変化のお陰で、毎日肩の力を抜いて素顔でリラックスして普通に暮らして居られますし、主人も子供達もとても優しくしてくれています。

私は良くテレビや雑誌等で目にする「カリスマ美魔女」程の「美人」でもないですし、モデルさん程スタイルが良い訳でもありません。

でも最近は「ママ、その髪型可愛らしくて似あってるよ。」とか言ってくれる様になりました(若い時は全然言ってくれなかった)!凄い進歩!!

「美容」に目覚めて良かったです。「美容に気遣う事=自分を大切にする事=自分と家族の幸せ」なんだなぁ、、、と、つくづく実感しています。

自分を大切にしていると、周りの人達の事も大切に出来る様になるし、周りの人達からも大切にされる様になるんです。正に「相乗効果」が起こります。

「美容に気遣う事」は「健康に気遣う事」ともイコールです。「美しい素肌を目指す事」は「美しい血管を目指す事」で、結局「健康を目指す事」に繋がります。

昔の日本の女性は偉過ぎたと思います。歴史がそうさせたのでしょうが、女性が余りにも偉過ぎると、男性はその上に胡坐をかいてしまいます。

勿論外で働く事、お金を稼ぐ事は重要で、真面目に仕事をしてくれる事への感謝は大切ですが、家の仕事や子育てもとても大切ですし、決して楽ではありません。

世の中や家族のメンバーが「家事・子育て」の重要性をもっと認めてくれて、そうした影の支えをキチンと評価してくれたら悲劇は無くなるのに、、、。

ただ、男性の優しさに胡坐をかいてしまって、家が乱れ放題になってしまっている家庭もあるので、そこら辺のバランスが大切ですね、、、。

毎日の食事も大切ですし、、、。「男は胃袋で釣れ」という言葉があります。女だって「美味しい食事」は大好きですものね、、、。

21世紀は「人は胃袋で釣れ」ですかね。「清潔と美味しくて健康的な食生活」が夫婦円満の秘訣というのは、古今東西変わらない真実かもしれません。

私はそんなに偉い人ではないですから、肩ひじを張らずに、無理しない範囲で、出来るだけ毎日美味しいお食事を作り続けて行こうと思います。

大変有難い事に、主人もお料理が上手な人です。私も主人の料理に「釣られ」ちゃっています。主人も「ママの作る○○は最高だ!」と言ってくれます。

「ママの作る○○は最高だ!」の数がこれからも増える様に、美と健康の為にもチャレンジ精神を忘れずに、日々精進して行こうと思います。

そうして時には主人や子供達と一緒に美味しい物を食べに行ったり、色々な場所へ旅行に行ったり、沢山の楽しい思い出を作って行きます。

毎日を丁寧に、感謝の気持ちを忘れずに、夫や子供達と今ここに一緒に居られる有難さを噛みしめながら、ゆったりと微笑みながら暮らして行きます。


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