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2018年03月29日
新はにわの馬65円ペアの分室局櫛型印(落合長崎分室)
新はにわの馬65円は封書速達用額面として、昭和41年から46年までの5年間に渡り盛んに使用されたため使用済みも多く特定局や分室局、機械印なども比較的多く存在します。今回の消印はペアですので書留速達などの複数の特殊料金使用だと推測されます。この分室は過去と現在は普通局ですので年代での消印の注意が必要です。新宿局落合長崎分室印です。
(局の変遷)
・落合長崎郵便局廃止⇒新宿郵便局 落合長崎分室
・1960年8月1日〜1976年6月20日=新宿郵便局 落合長崎分室
・1976年6月21日〜1995年7月30日=新宿北郵便局 落合長崎分室
・1995年7月31日〜=落合郵便局
(局の変遷)
・落合長崎郵便局廃止⇒新宿郵便局 落合長崎分室
・1960年8月1日〜1976年6月20日=新宿郵便局 落合長崎分室
・1976年6月21日〜1995年7月30日=新宿北郵便局 落合長崎分室
・1995年7月31日〜=落合郵便局
2018年03月26日
カモシカ8円のD欄分室名入り櫛型印(荏原分室)
数多くあった分室局の中で、動植物国宝切手でもなかなか消印が収集できないマイナーな局が存在します。今回の消印もそのひとつ、大崎局荏原分室印になります。この分室は現在は集配普通郵便局ですが、戦前にも荏原分室が存在しています(昭和5年8月26日〜昭和10年8月10日)。この分室の前身が何であったか、設置の目的が調べることが出来ませんでした。消印の台紙から見ますと実逓ではなく別納などの事務使用と思われます。
(局の変遷)
・1945年7月21日〜1970年3月20日=大崎郵便局 荏原分室
・1971年9月20日〜=荏原郵便局
(局の変遷)
・1945年7月21日〜1970年3月20日=大崎郵便局 荏原分室
・1971年9月20日〜=荏原郵便局
2018年03月23日
弥勒菩薩像50円赤の分室局和文ローラー印
弥勒菩薩像50円赤は速達料金、また簡易書留料金用として小豆を改色して1967年(昭和42年)7月1日に発行されました。1976年の郵便料金値上げに伴い緑が発行されましたが、この赤も使用され処分されました。50円というキリのよい数字のために様々な郵便物に使用され、消印も豊富に存在しています。消印は昭和47年の大阪中央局毎日ビル内分室の和文ローラー印です。
(局の変遷)
・1956年8月1日〜1999年3月31日=大阪中央郵便局 毎日ビル内分室
・1999年4月1日〜=堂島アバンザ郵便局
(局の変遷)
・1956年8月1日〜1999年3月31日=大阪中央郵便局 毎日ビル内分室
・1999年4月1日〜=堂島アバンザ郵便局
2018年03月20日
平成切手ニホンミツバチ20円ペアの分室局直線式和文ローラー印
平成切手ニホンミツバチ20円は1997年11月28日に発行されました。発行目的は無く、10円同様に混貼りでの料金合わせようとして使用されています。従って、注文消し以外には満足な消印は決して多くはないのが実情のようです。今回の消印は、平成9年(1997年)12月の発行翌月の直線式和文ローラー印、札幌中央局簡易保険事務センター内分室です。直線式和文ローラー印は平成2年10月1日から順次斜線式へ切り替わっていましたが、分室局や特定局などでは平成10年頃まで使用されていたようです。12月の数字が不自然に大きいのは違い消印の数字を埋め込んだ可能性があります。
(局の変遷)
・1961年8月21日〜1984年6月30日=札幌中央郵便局 保険局内分室
・1984年7月1日〜1999年5月5日=札幌中央郵便局 簡易保険事務センター内分室
・1999年5月6日〜2005年3月31日=札幌簡易保険事務センター内郵便局
・2005年4月1日〜2014年9月13日=札幌大通東二郵便局
(局の変遷)
・1961年8月21日〜1984年6月30日=札幌中央郵便局 保険局内分室
・1984年7月1日〜1999年5月5日=札幌中央郵便局 簡易保険事務センター内分室
・1999年5月6日〜2005年3月31日=札幌簡易保険事務センター内郵便局
・2005年4月1日〜2014年9月13日=札幌大通東二郵便局
2018年03月17日
新タンチョウヅル100円ペアの分室局和文ローラー印
新タンチョウヅル100円は旧タンチョウヅルを引き継いで、色検知式自動取り揃え気対応の切手として改色されて1968年に発行された切手です。これと言った目的はなく、100円というキリの良い額面として様々な郵便料金に対応するべく発行されたものと思われます。郵便物として、書留や定形外、外信や小包など使用範囲も広く、銀鶴発行まで約14年間使用されました。従って消印も種類も豊富にあり鉄道郵便印を除いては集めやすいようです。今回の消印はペアの大阪中央局郵政局内分室、小包などで使用されたのでしょうか。
(局の変遷)
・1938年4月21日〜1949年6月25日=名古屋中央郵便局 逓信局内分室
・1949年6月26日〜1996年3月31日=名古屋中央郵便局 郵政局内分室
・1996年4月1日〜2003年3月31日=東海郵政局内郵便局
・2003年4月1日〜=名古屋丸の内三郵便局
(局の変遷)
・1938年4月21日〜1949年6月25日=名古屋中央郵便局 逓信局内分室
・1949年6月26日〜1996年3月31日=名古屋中央郵便局 郵政局内分室
・1996年4月1日〜2003年3月31日=東海郵政局内郵便局
・2003年4月1日〜=名古屋丸の内三郵便局
2018年03月14日
ソメイヨシノ10円の分室局和文ローラー印
ソメイヨシノ10円は当時の第一種封書額面20グラムまでの料金用として1961年に発行され、1972年のニホンジカ10円まで約10年間使用されました。10円というキリの良い額面のため、差額用として様々な郵便物に使用されたために消印の種類も豊富で、尚且つ定常変種も多く存在しています。特に稀少なものが外信船便の印刷物で、1961年9月まで50グラムまで10円だったエンタイヤです。使用期間は半年間ですので大変稀少なものになります。今回の消印は昭和41年の名古屋中央局柳橋分室印、定形外郵便や小包などの差額用として使用されたのでしょうか。
(局の変遷)
・1939年3月11日〜1945年9月20日=名古屋柳橋郵便局
・1945年9月21日〜1952年8月31日=中村郵便局 柳橋分室
・1952年9月1日〜2012年10月9日=名古屋中央郵便局 柳橋分室
(局の変遷)
・1939年3月11日〜1945年9月20日=名古屋柳橋郵便局
・1945年9月21日〜1952年8月31日=中村郵便局 柳橋分室
・1952年9月1日〜2012年10月9日=名古屋中央郵便局 柳橋分室
2018年03月11日
1974年国土緑化運動のD欄分室名入り櫛型印
分室局櫛型印にはD欄に分室名が入った消印がありますが、今回の与那国局久部良(くぶら)分室はその最後の消印になります。離島には分室局が多くありましたが、昨年7月に廃止された鹿児島中央局竹島分室と黒島分室を最後に廃止され簡易局への変更されています。記念切手への注文消しになります。
(局の変遷)
・1956年2月4日〜2014年8月31日=与那国郵便局 久部良分室
・2014年9月1日〜=久部良簡易郵便局
(局の変遷)
・1956年2月4日〜2014年8月31日=与那国郵便局 久部良分室
・2014年9月1日〜=久部良簡易郵便局
2018年03月08日
1966年国立劇場開場記念15円の分室局和文ローラー印
分室局印も記念切手の場合は収集は難しいようです。特に昭和40年代前半以前の記念切手は、実際に使用されずに未使用でコレクションされたために当時の記念切手の使用済みが少ないと言う背景があります。私の子供時代も未使用切手は投機対象だった時代があり記憶に残っています。今回の消印は昭和41年の発行の記念切手への昭和43年、大阪中央局大阪駅内分室印です。消印の状態から真っ直ぐにローラー印が押印されていることから、別納の可能性もありますが記念切手が売れ残った場合では別納で消費された場合があります。
(局の変遷)
・1949年1月6日〜1978年10月1日<1969年6月9日〜一時閉鎖>
(局の変遷)
・1949年1月6日〜1978年10月1日<1969年6月9日〜一時閉鎖>
2018年03月05日
鵜飼100円の分室局櫛型印
鵜飼100円切手は1953年9月15日に発行されました。主に書留や小包などの高額の郵便物の混貼りに使用されています。使用済みで多いのはやつ橋蒔絵500円同様に企業用としての別納印で、従って穿孔切手も多いようです。この切手は旧タンチョウヅル100円が発行される1963年まで約10年間使用されました。特にこの切手では初期使用の消印が少ないようです。消印は昭和32年、阿倍野局阿部野橋分室の櫛型印です。
(局の変遷)
・1948年9月6日〜2007年7月29日=阿倍野郵便局 阿倍野橋分室
・2007年7月30日〜2012年3月31日=浪速郵便局 阿倍野橋分室
(局の変遷)
・1948年9月6日〜2007年7月29日=阿倍野郵便局 阿倍野橋分室
・2007年7月30日〜2012年3月31日=浪速郵便局 阿倍野橋分室
2018年03月02日
平成切手ナデシコ270円ペアの分室局丸型印
平成切手ナデシコ260円は速達料金加貼り用、定形外150gまでの適応額面として発行されました。圧倒的に速達での使用例が多いようで消印も機械印が多くあります。今回の消印はペア540円の金沢中央局国立金沢病院内分室印、540円ということは定形外簡易書留だったのでしょうか。
(局の変遷)
・1948年12月1日〜1967年5月31日=金沢郵便局 国立金沢病院内分室
・1967年6月1日〜2004年3月31日=金沢中央郵便局 国立金沢病院内分室
・2004年4月1日〜2007年7月29日=金沢中央郵便局 金沢医療センター内分室
・2007年7月30日〜2013年6月30日=金沢南郵便局 金沢医療センター内分室
・2013年7月1日〜=金沢医療センター内簡易郵便局
(局の変遷)
・1948年12月1日〜1967年5月31日=金沢郵便局 国立金沢病院内分室
・1967年6月1日〜2004年3月31日=金沢中央郵便局 国立金沢病院内分室
・2004年4月1日〜2007年7月29日=金沢中央郵便局 金沢医療センター内分室
・2007年7月30日〜2013年6月30日=金沢南郵便局 金沢医療センター内分室
・2013年7月1日〜=金沢医療センター内簡易郵便局