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2017年09月13日

孫正義 偉大な経営者の考え方を学ぶ 金が目的になってはならない

孫正義.jpg

孫正義
そん まさよし
実業家
孫 正義は、日本の実業家、資産家。
ソフトバンクグループの創業者として知られ、ソフトバンク株式会社代表取締役社長、
ソフトバンクモバイル株式会社代表取締役会長、
福岡ソフトバンクホークスのオーナーなどを務める。
創業したソフトバンク株式会社の株式21.19%を保有する筆頭株主。

生年月日: 1957年8月11日 (58歳)
生まれ: 佐賀県 鳥栖市
学歴: カリフォルニア大学バークレー校 (1980年卒)
兄弟: 孫泰蔵
設立団体: ソフトバンクグループ、 ソフトバンクモバイル
著書: 決闘ネット「光の道」革命

来歴・人物

出生・幼少期
在日韓国人実業家、安本(孫)三憲・(李)玉子の二男として佐賀県鳥栖市の朝鮮人集落に出生。男ばかりの4人兄弟であった。いわゆる通名は「安本正義」。

孫は佐賀県鳥栖市の朝鮮人集落で幼少期を過ごし、差別も経験する。豚や羊と一緒に生活する非常に貧しく不衛生な場所であったが、「今だから言えるが密造酒も家で作っていた」と佐野眞一のインタビューで述べるとともに、父親の三憲が密造酒製造販売と消費者金融・パチンコ業で大成功し、長じてはパチンコ店数十店舗を所有し、高級車を何台も保有するほどの裕福な時期もあったことも明らかにしている。

緑ヶ丘・第二幼稚園から北九州市立引野小学校に入学、福岡市立城南中学校に転入後、1973年に久留米大学附設高等学校に入学。

アメリカ時代

司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』を愛読し、脱藩に憧れて渡米を決意し、夏休みを利用して米国カリフォルニア州にて語学研修のため4週間の短期留学。1974年に久留米大学附設高等学校を中退し、渡米(2月)。米国ホーリー・ネームズ・カレッジの英語学校(ESL)に入学。米国サンフランシスコセラモンテ高等学校の2年生に編入。3年生、4年生へと飛び級。高校卒業検定試験に合格したため、高等学校を3週間で退学(10月)。翌1975年に米国ホーリー・ネームズ・カレッジに入学。

1977年にカリフォルニア大学バークレー校経済学部の3年生に編入。さらに1979年、シャープに自動翻訳機を売り込んで得た資金1億円を元手に、米国でソフトウェア開発会社の「Unison World」を設立。インベーダーゲーム機を日本から輸入。結婚。1980年にカリフォルニア大学バークレー校を卒業。学位は、経済学士。日本へ帰国後、会社を設立するために福岡市南区に事務所を構えた。

起業家[編集]
1981年、福岡市博多区に事務所を移し、コンピュータ卸売事業の「ユニソン・ワールド」を設立。そして福岡県大野城市に「日本ソフトバンク」を設立。1983年における慢性肝炎での入院をきっかけに社長職を退き会長へ。この時、お金じゃ無い、地位や名誉でもない、ばあちゃんがやっていたような、人に喜んでもらえることに、貢献できたら幸せだ。どこか、名前も知らない、小さな女の子に「ありがとう」と言ってもらえるような、そんな仕事がしたいと思い、今に至る(情報革命で人々を幸せにしたい)。おばあちゃんは、いつも、人さまのお陰だ、と言っており、恨んだりしてはいけないとも言っている。1986年をもって社長職に復帰した。

1990年をもって日本に帰化。

1994年にソフトバンク株式会社の株式を店頭公開。1996年には米ヤフーとソフトバンクの合弁でヤフー株式会社を設立。同年、衛星放送プラットフォームの運営会社としてジェイ・スカイ・ビー(JスカイB)をルパート・マードックのニューズ・コーポレーションと折半出資により設立、マードックが会長、自らは社長に就任。この際、旺文社より全国朝日放送(現テレビ朝日ホールディングス)の株式21%を取得するも、のちに朝日新聞社の反発に遭って撤退するに至った。JスカイBは1997年にソニーとフジテレビジョン(現フジ・メディア・ホールディングス)がイコールパートナーとして資本参加。1998年にはパーフェクTV!を運営する日本デジタル放送サービス(現スカパーJSAT)と合併、スカイパーフェクTV!(スカパー!)として放送を開始した。
1999年、証券市場の開設を企図し米国のナスダック・ストック・マーケットとソフトバンク株式会社が共同出資しナスダック・ジャパンプランニング株式会社を設立。翌2000年には大阪証券取引所とナスダック・ジャパンプランニング株式会社にてナスダック・ジャパン市場を開始。ソフトバンク株式会社が東京海上火災保険、オリックスとともに、日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)の株式を取得。取締役に就任した。
NTTドコモの第一期アドバイザリーボードのメンバーを1年程務める。

大物経営者[編集]
2001年からヤフー株式会社と共同でADSL接続サービスのYahoo! BBの提供を開始。以降、それまでのPCソフト卸、PC出版から通信に本業の軸足を移す。2002年、ナスダック・ジャパン株式会社が業務を停止。大阪証券取引所によりヘラクレスとして改組された。2003年にあおぞら銀行の株式をサーベラス・キャピタル・マネジメント社に売却。
2004年には日本テレコム株式会社を買収し、同社代表取締役会長に就任。2006年10月には同社の代表取締役社長に就任した。さらに福岡ダイエーホークスと福岡ドームをダイエーから買収し、福岡ソフトバンクホークスのオーナーに就任。続けてボーダフォン株式会社(現ソフトバンクモバイル株式会社)を買収し、同社代表執行役社長兼CEOに就任した。
2011年に東日本大震災が発生すると、義援金として個人で100億円及び2011年から引退するまでソフトバンクグループ代表として受け取る報酬の全額を寄付することを表明し2011年7月14日100億円の寄付が終了した。さらに福島第一原子力発電所事故を受け、自然エネルギー財団を設立。『東日本大震災復興支援財団』を6月に設立。
2015年4月1日、ソフトバンクモバイルの代表執行役社長から代表取締役会長に異動した(ソフトバンクモバイルは、同時に、ソフトバンクBB、ソフトバンクテレコム、ワイモバイルの3社を吸収合併)。

孫正義の名言集から、孫正義の考え方を学ぼう

坂道は、いかに苦しくても登っている時が一番楽しい。

5割の確率でやるのは愚か。
9割の成功率が見込めるようなものはもう手遅れだ。
7割の成功率が予見できれば投資すべきだ。

事を起こすのが起業家、事を成すのが事業家、事を治めるのが経営者。

大事なことは、誰がなんと言おうと、一直線に志に向かっていくこと。

1年に1回、
株主総会で株主に散々言われて襟を正すことが大事なんだ。
そんな厳しいことを言ってくれるのは身内か株主くらいしかいない。

好むと好まないにかかわらず、
常に世界を意識して、打って出なければ攻め込まれる。

若いうちの苦労は買ってでもしろといいますが、
無理難題を体験すればするほど底力がついてくる。

やはり執念ですね。
なにがなんでもと大きくしたいという強い執念が大切だと思います。

金が目的になってはならない。
金はただの結果にすぎません。お金が目標になると本末転倒になってしまう。

裏技に頼ると大きくなれない。
結局、正面突破していかないと本当に実力がつきません。

アメリカのように若くして成功した人を気持ちよく褒め称えるような風土が欲しいですね。
そうでないとチャレンジしようという若者が続かないので、わが国の永続的発展に寄与しません。

我々の業界では、たまたまある技術を当てて、
時代の流れでひのき舞台に上がった経営者もいますが、本当に底力がないと長くは続きません。

言い訳は解決への執念を鈍らせる。

足して100%になる計画なんていうものは当てにならない。

事業は大技、中技、小技から形成されている。経営者は大技だけ常に考えろ。

数字が2つあったら足してみろ、3つあったら割ってみろ。

セスナ機ではどう逆立ちしても太平洋は渡れない。
私はジャンボ機で太平洋を渡り、将来は宇宙に飛び立ち、シャトル経営をめざしたい。

色んな指標をグラフ化し、時系列化すると、経営状況が一目瞭然となる。

数字という無味乾燥としたものでも、
それを徹底的に突き詰めて行くと、遥かに人間味溢れたものになる。

日次決算で社員のコスト意識が明確になる。

豆腐屋のように、「1兆(丁)、2兆」と売上を数えるようなビジネスをやる。

アウトサイダーとして業界に挑むには大きな困難がついてくる。
しかし私にとって、それを乗り越えていくのが生きている実感なんです。

私は自分の人生は波乱万丈ではあるけれど、
やってる本人にしてみれば面白くて仕方がない人生だと思っています。
何度でも孫正義の人生をやりたい。たとえ無鉄砲だと言われても。

のほほんとやっていたら、あっという間につぶれてしまうのがベンチャーです。
ベンチャー企業イコール危なっかしいってことです。

小売りや製造業は農耕民族みたいな性格があるかもしれません。
対してインターネットの世界は狩猟民族的なところがあります。
ある日突然、パソコン一台を肩にさげてきた若者が、
業界を席巻することもありうるのです。
だから、私としては常にフィールドを眺めてチャンスの芽を探しておかなくてはならない。
チャンスを見つけたら、素早くとびかかって事業にする。
レーダーで探査していないと、一瞬のうちに抜き去られてしまう業界です。

新入社員の発言でも、それが正しいことならば会議を通るという体質にしておかないと、
会社は成長していきません。

役員会や社内会議でよくありがちなのは、
肩書が上の人の意見が通ってしまうことです。ある意見に対して、正しい、
間違っているという判断ではなく、
「これは社長の意見だから、あれは部長が言ったことだから」と通してしまうと、
誰も意見を言わなくなる。

私の場合、4年に一度くらい困難な事態にぶちあたり、
そうするとメディアからボコボコに叩かれる。
最近は、民主主義社会にはメディアという社会的システムがあるのだと
納得することにしたんです。
メディアが間違いを犯そうとする個人や会社に対して警鐘を鳴らすのは
社会的システムなんです。自分が叩かれるのはつらいけれど、
もし、そうしたシステムがないと社会が大きな危機を迎えてしまう。
非難に対しては自分自身が強くなっていくしかない。
[孫正義の名言・格言|非難には自分自身が強くなるしかない]
会社に新しい血を注ぐことで、チャンスや可能性が広がる。

どんな高級な料理でも、飽きてしまっては食欲がわかないものだ。

20代で名乗りを上げ、30代で軍資金を最低でも1000億円貯め、
40代でひと勝負し、50代で事業を完成させ、
60代で事業を後継者に引き継ぐ。

やみくもに攻める前に、全体をとらえるべきです。
まずはじめに、どこで世界一になるのかの方向性を定めなければいけません。
どの分野で事業をするかで、将来の半分は決まります。
ナンバーワンと組むことに成功すれば、黙っていても全てがうまくいきます。

突然変異が進化を生みます。
他の種族と交わることが突然変異の要因になるので、
自己進化を促す為に、無理にでも異業種と混交する必要があります。

怒るのは自分の知恵の足りなさを認めるようなものです。
うまくいかなくても、やったことは全部、将来の自分のプラスになります。
価値に徹することができるのは、勝利以上に大きな志と理念があるからです。

知恵で勝負することが重要なのです。
慣習・形式・権威にとらわれないでチャレンジするそれがベンチャースビリッツです。
事業の成功は、精一杯チャレンジを続けていれば後は確率論の問題です。
失敗を恐れずに、様々な手段を次々に試していれば、必ずどこかで当ります。
卵は数を生まないと、試練に耐える鮭は生まれてこないわけです。

近くを見るから船酔いするんです。
100キロ先を見てれば景色は絶対にぶれない。
ビジョンがあれば、少々の嵐にもへこたれません。
苦しいときこそ、船と仲間を命がけで守れる人でなければ、
大将になってはいかんのです。試練なんて黙っていてもやってくるものなんです。

組む以上はナンバーワンのところと最初からがっちり組む。
これが僕の主義です。そのために全ての精力をつぎ込む。
ナンバーワンのところと組むことに成功すれば、
あとは黙ってもすべてがうまくいく。そういうものです。

覚書き|上記発言はソフトバンク設立時からの提携ポリシーより。創業したてのソフトバンクが一番初めに取り組んだのは、日本一のソフト販売店と日本一のソフト開発会社に営業をかけること。創業まもない無名企業が日本一の会社と取引を得ることで、それより下位の業者と一気に契約にこぎつけることに成功した

脳みそが千切れるほど考え、全力投球したときには不可能なことは非常に少ない。
他の人間にできることならば、同じ人間である僕にできないはずはない。
僕はそう思うんです。他の人間ができるのに、同じ人間の一人である僕にはできないとか、
できないと思わなければいけないとか、そう思うことのほうが不自然じゃないですか。絶対におかしい。

僕は21世紀とは、物質的豊かさ以上に知的豊かさを求める時代だと思っています。
それによって人々はより幸せになれると信じています。

お金には色があるというのが僕の持論です。
知的生産物は利益率が高くてお金の色が濃い。
(知的生産物の)輸出総額を100とすると、
利益は40から50に達します。
逆に日本から輸出している製造業のハードでは総額を100とすると
利益は3から5程度です。お金の色が薄いのです。

アメリカは知恵を働かせてお金をごっそり残し、
製造業中心の国は働けども働けども楽にならずお金が残らない。
日本は今、製造業に徹している国と、知恵に徹している国、
どちらへ行くべきなのか迷っているのです。

戦国武将の織田信長は僕の心のヒーローです。
堺という貿易の要衝を押さえ、楽市楽座を実施して税の流れをおさえたため、
武将と言うよりも商人と見る人もいます。
その点に信長のすごさがあると感じています。
志を抱いて戦いを勝ち抜こうとするなら、
武将の部分も商人の部分も車の両輪として必要なのは当然です

お金をかけて何かを独占するというとイコール悪だと思う人もいますが、
必ずしもそうではない。マイクロソフトがあれだけ独占的に
パソコンのソフトを押さえていますが、
それが単純に悪でしょうか?ビルゲイツがあれだけの労力と
思い入れでやっているからこそ、
パソコンがどんどん伸びているという見方もできると僕は思います。

リーダーが持つべき3つのポイント「理念、ビジョン、戦略」)この3つを持っていないリーダーには
ついていくべきでない。これが僕が日本の学生諸君だとか、
サラリーマンの人たちに言いたいことです。もちろん政治家でも、経営者でも同じです。

ソフトバンクはたまたまパソコンソフトの流通で始まりましたけれど、
僕はトラックで配送するパソコンソフトの流通だけを本業にしようと思ったことは、
創業以来1日たりともありません。

インターネット関連の事業を始めるには自動車会社や
電機メーカーを作るのとは違って、
土地やたくさんの従業員や多額の資本金などは必要ない。
知恵と情熱さえあればよいのです。
事実、ヤフーは二人の学生がはじめたものだし、
ジオシティーズもアマゾンもイーベイも創業者は元サラリーマンです。

[孫正義の名言格言|インターネット事業で成功するのに資本は必要ない]
僕は、本業がM&Aなのではありません。ただ戦いにたとえれば、
ある会社と無理に戦って勝ったとしても、
多くの血を流しては上策とは言えないわけです。
外航船で陣地を広げるやり方があってもいい。
刃を交えて勝つのは中くらいの策でしょう。まして戦って負けるのでは話にならない。

日本特有の慣行ややり方は従業員が生活に困らなければいいというものではないでしょうか。
経営者はただ自分が財産を稼げればいいという考え方です。
これではいけないんじゃないか、そろそろ目を覚ますべきだと思います。

負ける戦いはしない。負けるだろうという戦いはもちろん、
負けるかもしれないとか、苦戦するだろうという戦いは最初からしないことです。
ですから、実際の事業が始まって営業を開始するときには、
全体構想の9割は終わっていないといけないんです。

[孫正義の名言格言|戦う以上は勝てる見込みを持つこと]

ソフトバンクは世界のデジタル情報革命に遅れないよう、
それどころかトップに立とうと猛スピードで走っている車の一台かもしれません。
しかしそれは多くの人からは暴走族に見える。
とくに信号待ちをしている人から見ると、危なっかしくてしょうがないと見えるようです。

[孫正義の名言格言|ソフトバンクの経営手法が危なっかしく見える理由]

言葉として

リーダーが持つべき3つのポイント「理念、ビジョン、戦略」
これがかなり同感できます。

やはりすごい人ですし、尊敬すべき方です。

2017年09月06日

マネージメントの神様 ドラッガーから学ぼう

ドラッガー.jpg

マネージメントの神様 "ピーター・ドラッガー"
の名言から、企業の本質を考えてください。

目の前のものに惑わされてはいけない

先を考えない

常に変化に対応しなさい

失敗や成功からすべて学びなさい

感じる部分がたくさんあります。

我に返って、客観的にできるいるのか?

と見つめられるページになればとおもいます。

以下は、ドラッガーの明言です。 ご一読ください。


急速に現れた社会機関
マネジメントが主導的な機関として出現したことは、
人類史上画期的な出来事である。

今世紀に入って以降、社会の新しい基本的な機関、
主導的な階層として、
マネジメントほど急速に現れたものはなかった。

マネジメントは事業に命を与える存在
マネジメントとは、事業に命を与えるダイナミックな存在である。

そのリーダーシップなくしては、
生産資源は資源にとどまり、生産はなされない。

明日は今日とは違う
明日は必ず来る。そして、明日は今日とは違う。

今日最強の企業といえども、
未来に対する働きかけを行っていなければ苦境に陥る。

個性を失いリーダーシップを失う。
残るものといえば、大企業に特有の膨大な間接費だけである。

企業の目的は顧客の創造
企業とは何かを理解するには、企業の目的から考えなければならない。

企業の目的は、それぞれの企業の外にある。

企業は社会の機関であり、目的は社会にある。

したがって、企業の目的として有効な定義は一つしかない。

顧客の創造である。

企業家にひらめきはいらない

オーナー企業家に天才的なひらめきがあるというのは、神話にすぎない。

私は40年にわたって、オーナー企業家たちと仕事をしてきた。

天才的なひらめきをあてにするオーナー企業家は、
ひらめきのように消えていった。

予期せぬ失敗は重大な警告
予期せぬ失敗も予期せぬ成功と同じように重大な警告であり、
60歳を過ぎてからの軽い心臓発作と同じように、
深刻に受け止めるべきである。

認識の変化が機会を生む
「コップに半分入っている」と「コップが半分空である」とは、
量的には同じである。
だが、意味はまったく違う。
「半分入っている」から「半分空である」に認識を変えるとき、
大きなイノベーションの機会が生まれる。

組織とは個人に自己実現させる手段
組織とは、個としての人間一人ひとりに対して、
また社会を構成する一人ひとりに対して、
何らかの貢献を行わせ、
自己実現させるための手段である。

われわれの強みは何か
あらゆる者が、強みによって報酬を手にする。
弱みによってではない。
したがって、常に最初に問うべきは、
「われわれの強みは何か」である。

リーダーに求められるのは真摯さ
人のマネジメントにかかわる能力、
たとえば議長役や面接の能力を学ぶことはできる。

管理体制、昇進制度、報奨制度を通じて
人材開発に有効な方策を講ずることもできる。
だがそれだけでは十分ではない。

スキルの向上や仕事の理解では補うことのできない
根本的な資質が必要である。

真摯さである。
部下の強みを生かす責任
部下の弱みに目を向けることは、
間違っているばかりか無責任である。

上司たる者は、組織に対して、部下一人ひとりの強みを
可能なかぎり生かす責任がある。

そしてそれ以上に、部下に対して、
彼らの強みを最大限に生かす責任がある。

自らの貢献を考える
成果をあげるには、自らの果たすべき貢献を考えなければならない。
手元の仕事から顔をあげ、目標に目を向ける。
組織の成果に大きな影響を与える貢献は何かを問う。

こうして責任を中心に据える。
自らの強みに集中する
不得手なことの改善にあまり時間を使ってはならない。
自らの強みに集中すべきである。

まったくの無能を平均以下の水準にするには、
一流を超一流にするよりも、
はるかに多くのエネルギーと努力を必要とする。

強みを発揮させ、弱みを無意味にする
マネジメントとは、人にかかわるものである。

その機能は人が共同して成果をあげることを可能とし、
強みを発揮させ、弱みを無意味にすることである。
強みを総動員する
成果をあげるには、人の強みを生かさなければならない。

弱みからは何も生まれない。

結果を生むには、利用できるかぎりの強み、
すなわち同僚の強み、上司の強み、自らの強みを総動員しなければならない。

不一致の原因は必ず突き止める
一つの行動だけが正しく
他の行動はすべて間違っているという仮定からスタートしてはならない。

自分は正しく他の者は間違っているという仮定からスタートしてもならない。

ただし、意見の不一致の原因は必ず突き止めなければならない。

仕事に意味を加える

指揮者に勧められて客席から演奏を聴いたクラリネット奏者についての古い話がある。
そのとき彼は初めて音楽を聴いた。
その後は上手に吹くことを超えて音楽を創造するようになった。
これが成長である。

仕事のやり方を変えたのではない。意味を加えたのだった。
心地よくなったら変化を求める
日常化した毎日が心地よくなったときこそ、
違ったことを行うよう自らを駆り立てる必要がある。
既存のものは古くなる

あらゆる意思決定と行動がそれを行った瞬間から古くなりはじめる。
したがって正常の状態に戻そうとすることは不毛である。
「正常」とは昨日の現実にすぎない。

未来を語る前に現実を知る
われわれは、未来を語る前にいまの現実を知らなければならない。
なぜならば常に現実からスタートすることが不可欠だからである。

偉大な企業家 ”スティーブ・ジョブズ" に学ぶ

スティーブ.jpg

スティーブ・ジョブズの記事を紹介します。
All About ですが、読みがいのある記事です。

経営者には、必要な要素があることをはっきり言っています。
感銘します。力強いし、力をくれます。日々精進するしかありません。
苦労や努力や挫折の先にしか、成功というゴールがないことを確信できます。


以下引用文章になりますが、すばらしい記載ですのでご一読ください。

スティーブ・ジョブズの面接試験。「君は童貞かい?」にどう返答する?

スティーブ・ジョブズといえば、言わずと知れたアップルの創業者であり、世界を変えた偉大な起業家であることは誰もが認める事実でしょう。彼が存在していたことで、世界のテクノロジーの進歩が一気に加速したことは間違いありません。

スティーブ・ジョブズは、カリスマ性を持ったリーダーであり、チームを育成する力、人への影響力、商品に対する情熱、デザインセンス、そして不可能を可能にする力、これらすべての要素を持ち合わせ、ガレージから始めたアップルを世界的な大企業に育て上げました。なんといっても特筆すべきは、スティーブ・ジョブズは何もないところからまったく新しいものを生み出すことのできる起業家だったということでしょう。

ビジネススクールでMBAを受講する人たちのなかにも、スクールを出たら起業家を目指す人が数多くいます。今の時代は、スティーブ・ジョブズのようにイノベーティブな考えを持ち、人と違うことを積極的にやるような人材でなければ、起業家として成功するのは難しいかもしれません。

今回は、スティーブ・ジョブズの名言を引用しながら、起業家として成功するためには、どのような要素を持ち合わせている必要があるのかをみてみましょう。

■スティーブ・ジョブズから学ぶ、偉大な起業家になるために
●「年俸1ドル。ストックオプションなし」
(出典:『スティーブ・ジョブズ II』 著:ウォルター・アイザックソン 訳:井口耕二 講談社刊 2011年 128ページ)

これはスティーブ・ジョブズが、1997年7月にアップルへ復帰したときの言葉です。また彼はこのようにも言っています。

「アップルで一緒に働いた人たちに、金持ちになりたいから戻った、と思われたくない」

彼の仕事に対する情熱はただひとつ。良いものを作って世に出したいということです。彼は仕事を心の底から愛しており、お金のために仕事をしているわけではなかったのです。彼は、最後までお金に執着がありませんでした。

もしあなたがMBA取得後に起業するのであれば、マーケットが大きそう、儲かりそうという理由だけで決めるのではなく、自分が好きなことで起業するべきでしょう。

多くの人は、お金の匂いがするところに飛びつき、そこでお金儲けをしようとします。しかしながら、それはなかなか長続きするものではありません。起業家は、会社員と違い1日24時間、1年365日、常に仕事のことを考えていなければなりません。厳しい顧客からの苦情にもめげず、粘り強く事業を進めていくためには、自分が好きなことでなければ続かないでしょう。

もちろん、家族を養い、飯を食っていくためにお金は非常に大切です。ただ、自分が始めたいと考えるビジネスにおいては、スティーブ・ジョブズのように、「年俸1ドル。ストックオプションなし」と言えるものを選ぶことが大切です。

もっとも、本当にイチから始めるビジネスであれば、「年俸1ドル。ストックオプションなし」どころか、借金をしてマイナスから始めるのが普通なのですが。

「良くない部分があったとき、それを無視し、あとで直せばいいというのはダメだ。そんなのは他の会社がすることだ」
(『スティーブ・ジョブズU』 140ページ)

スティーブ・ジョブズは、商品に対して妥協を許さない大変厳しい人物でした。良くない部分があったらそれを解決するまで徹底的にやり直しを行う、そんな性格の起業家でした。

それは商品だけにとどまらず、 2000年10月にアップルストアのレイアウトを変更するときもそうでした。これまで6カ月間かけて、練りに練ったアップルストアのレイアウトに良くない部分を見つけ、すべてやり直したのです。スティーブ・ジョブズのこのような徹底した主義がなかったら、今のアップルストアはまったく違うレイアウトだったかもしれませんね。

商品に対して徹底的に追求する粘り強さは、起業家に必要な能力です。大企業であれば企業のブランド力で商品を販売することができますが、起業家としてイチから始める場合は、最初はどうしても商品自体の良さと奇抜なアイディアで勝負せざるを得ません。

商品に対して妥協を許さない姿勢が、最初のお客様を惹きつけるのです。

●「君は童貞かい?」
(『スティーブ・ジョブズ I』 著:ウォルター・アイザックソン 訳:井口耕二 講談社刊 2011年 230ページ)

スティーブ・ジョブズがアップルの採用試験をしたときに、面接者に向かって放ったセリフです。スティーブ・ジョブズは、このような突飛な質問を投げて、相手が不測の事態にどこまで対応できるか、そしてユーモアと余裕を持って押し返すことができるか、という能力を見ていました。

自分で始めた会社を大きくしていくためには、人を雇うことは避けては通れないプロセスです。このプロセスで重要なことは、「いかに優秀でない人を採用しないか」ということです。優秀でない社員は会社に損害を与える可能性があり、会社の今後の成長に大きく影響します。特にベンチャー企業であれば、優秀でない社員が会社に与える影響はとても大きくなります。

その人が優秀かどうか見抜き、採用・不採用を決定する能力は、起業家にとって必要なスキルです。

●「一生、砂糖水を売り続ける気かい? それとも世界を変えるチャンスにかけてみるかい?」
(『スティーブ・ジョブズ I』 246ページ)

これは、当時ペプシコのペプシコーラ部門を率いていたジョン・スカリー氏がアップルの3代目社長就任を決心したといわれる有名なセリフです。

スティーブ・ジョブズは、これまでに多くの人物をヘッドハンティングしてきました。彼は大変な自信家で、強烈な図々しさを持っていた一方で、自分には何ができて、何ができないのかをしっかりと理解していました。

会社経営はひとりでできるものではありません。優秀な社員を雇うことがとても大切なのです。スティーブ・ジョブズは、常に優秀な人材でチームを結成することに大きな労力を注いでいました。優秀な起業家であるためには、優秀な社員で組織された優秀なチームを形成する能力が必要なのです。

●「僕が輝けたのは、他の連中がどうしようもなかったからだね」
(『スティーブ・ジョブズ I』 86ページ)

リード大学を退学し、地元に戻ったスティーブ・ジョブズはビデオゲームメーカー、アタリ社に入社しました。その当時若干19歳。ここでスティーブ・ジョブズはゲーム制作の仕事をしていたのですが、そのときに言ったセリフです。

このセリフ、とても大学を中退した若者の言葉とは思えませんよね。このように、スティーブ・ジョブズは自分自身に対しての大きな自信と図々しさを持っていました。偉大なリーダーになるためには、図々しさも時には必要です。相手に対して物怖じしない態度をとれなければリーダーはとても務まりません。

スティーブ・ジョブズはただ、その図々しさが行き過ぎているところはありましたが……。

まとめ
スティーブ・ジョブズは言わずと知れた偉大な起業家です。
私たちはまだまだ、彼から実業家として重要な要素とはどのようなものなのかを学ぶことができます。

●「年俸1ドル。ストックオプションなし」
→お金儲けではなく、好きなことを仕事にする。

●「良くない部分があったとき、それを無視し、あとで直せばいいというのはダメだ。
そんなのは他の会社がすることだ」
→商品に対して妥協しない粘り強さ。

●「君は童貞かい?」
→人を見抜く力。

●「一生、砂糖水を売り続ける気かい? それとも世界を変えるチャンスにかけてみるかい?」
→優秀な人材で優秀なチームを形成する。

●「僕が輝けたのは、他の連中がどうしようもなかったからだね」
→大きな自信と図々しさ。

億万長者の考え方? お金を生み出す秘密

飲食店舗.jpg

億万長者の考え方のまとめ

自分のお金やビジネスに関する決断に100%責任を負うのは、他でもないあなた自身である

一人一人が考え、自分のやり方をみつける必要がある

自分にとって正しいやり方で、富を得なければならない

ここに書いてきていることはすべて考えるきっかけにすぎない

ビジネスを軌道に乗せるには、

1. 現場から卒業する

2. 従業員を学ばせ、導き、奮い立たせる

3. 適切な市場をみつけだし、その市場にあったサービスを用意する

こうも書いてました、
膨大のノウハウがつまったフランチャイズは、
スタートに適している

1つのアイデアを大きく育てよ

1つのことをするのは簡単だが、3つのことをするのは難しい

1つのビジネスには、みえていない部分がたくさんあり、それをしっかり考えて

いけば、ビジネスは広がるということです。

借金でチャンスを手に入れるなら、確実かつ有益でなければならない

人生で最も重要なスコアは、クレジットスコア

収入を資産(富)にするには、お金の専門家が必要だ

起業家には、2つ必要なものがある 情報と情報を使いこなす能力

多くの言葉を書きとめて来ましたが、
考えなおす、立ち止まる、みつめ直す、悩む瞬間が、独立起業、会社経営には
たくさんあるはずです。

その時に、シリーズで書いているこのページを読み返してみてください。

新しい発見、アイデア、精神、落ち着きなど様々な変化が体の中からおこるはずです。

皆さんの成功の1つは、内面の完成、精神的なものが大きいということを

このシリーズや成功者に学ぶではいっています。

成功はタフで、頑固で、実行力があって、決断力がある。それに裏打ちされた

努力と行動とねばり強さと続けるというパワーがある

小さいお金とお客様の代わりにお客様のやってほしいことをする

これをいかに継続して広げるかということになります。

みなさん 頑張ってください。

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マーク・ザッカーバーグ 「若き天才の野心」 Facebook

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フェイスブック「若き天才の野心」- facebook-マーク・ザッカーバーグ

彼の言葉から、彼の考え方が少しみえてくる。

マークの名言


人と人をつなぐことこそがインターネットの一番大切な機能だ。

個人が持っている知識を引き出し、共有することによって、
さらにすぐれた知識としてまとめ上げることができる。

ぼくは会社を経営したいわけじゃないんです。
ぼくにとってビジネスというのは、ぼくの考える目標を達成するための手段に過ぎません。

ぼくは毎日のようにこう自問している「今ぼくは自分にできる一番大切なことをやっているだろうか」と。

基本的な考え方は、広告がコンテンツであるべきだということ。
広告とは本来、人間がサイト上で生成する有機的情報であるべきだ。
人間がつくり出す多くの情報は本質的に商業的だ。

若さと技術力の大切さを強調したい。若い人間のほうが頭がいい。
チェスの名人がみんな20代なのは偶然じゃない。

信頼できる友だちから勧められることほど、人に影響を与えるものはありません。
信頼できる紹介者は、広告の至高の目標なのです。

誰かのプロフィールを見て、何かのブランドが好きだと知る。
それは、そのブランドのただの広告看板を見るよりも意味があると思うんだ。

お金がいくらもらえるかは問題ではない。長期的な考え方をする人と手を結べ。
相手を出し抜こうとしない。常にオープンで正直であれ。
コミュニケーションを怠らずに。
友人に電話し、同僚の助言を聞き、憧れの人には声をかけろ。

Twitterは非常によくできた、シンプルなサービスだ。
彼らは一つのことを本当によくやっている ― そこがパワフルなところだ。

フェイスブックの核をなす価値は、友だちとの一連のつながりにあるという結論に達した。

情報共有の手段を改良するだけで人々の人生を変えることができる。

「なぜフェイスブックが成功したのか」という問いに対して
難しいのは機能を追加することじゃない。どんな機能を付けないか、なんだ。

われわれの会社はガスや水道と同様の公共事業です。
フェイスブックのようなものについてのネットワーク効果というのは、
ごく直観的にわかると思う。基本的にユーザーにとっての価値は、
みんなが共有している情報の量だと思う。

お気に入り詳細を見る
仕事上の友だちや同僚と、
それ以外の知り合いとで異なるイメージを見せる時代は、もうすぐ終わる。

皆が驚くことをしたいね。楽しく生きて行くためにね。

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2003年9月、コンピュータ科学専攻で2年生になったばかりのマーク・ザッカーバーグは
ハーバード大学のカークランド寮の続き部屋の共有室に、
幅8フィート(1フィート=30cm・約2メートル40cm)もあるホワイトボードを引きずり込んだ。
大型ホワイトボートはギ―ク(コンピュータおたく)たちのお気に入りの
ブレインストーミング・ツール(戦略頭脳計画の道具)である。

 ホワイトボードはザッカーバーグがその上に書きなぐる図と同様、大きくて不細工だった。
学生4人を収容する続き部屋には、このホワイトボードを設置できる壁が一面しかなかった。

 ボードは一面、式や記号で覆われ、色とりどりの線があちこちを結んでいた。
ザッカーバーグはよく、マーカーペンを手にホワイトボードを凝視していた。
廊下は狭いので誰かが後ろを通る時に、マークはホワイトボードに体を押し付けなければならなかった。

 ザッカーバーグの3人のルームメイトのひとり、ダスティン・モスコヴイッツは回想する。

「彼(ザッカーバーグ)はあのホワイトボードが大好きだったね。
彼はどんなアイデアでも……わかりきったことでもいちいち図に描いてみないと気が済まないんだ」
 ザッカーバーグのアイデアの多くはインターネットサービスについてのものだった。
彼は他の講義の宿題がいくら大量に残っていようと、
果てしないプログラム(コンピュータを動かす電子上の命令のシステム)をコーディング(修正)し続けた。

 コンピュータの画面に憑(つ)かれたように見つめて、
新しいパソコンのインターネットのアイデアを思考し続けた(つまりブレーンストーミング)。

 高校生時代のマーク・ザッカーバーグはフェンシング・チームのキャプテンであり、
数学、天文学、地理、古文、フランス語、ヘブライ語、古代ギリシャ語の天才で流暢であったという。

 だが、傲慢な性格と内気な為に本当の友達は2人もいないような有様であったという。

ルームメイトを起業することになるとき誘ったのは友達が極めて少ないことのあらわれだ。
1週間もたたないうちにザッカーバーグは「コースマッチ」と名づけた無邪気なインターネット・ソフトウェアを開発した。
彼にとってはほんの遊びだった。(私こと緑川鷲羽も高校生の時、数分で、カーソルを連打して誰が一番早く走らせられるか?のゲームソフトウェアをつくって同級生たちに学校で遊ばせたことがある。私にとってもほんの遊びだった)

「コースマッチ」とはこれはある講義をどの学生が取っているかを知らせて、
講座の選択を助けるサービスであった。
ユーザーが講座をクリックすると、受講生の一覧が表示される。
逆に学生をクリックすると受講している講座(大学は教科制の小中高校ではなく、
個人単位で講座を受講して単位を集めてある一定の単位(受講経験)を
得なければ進級や卒業ができない)の一覧が現れるという仕組みだ。

コースマッチで美女と同じ講義を受けるには、名前を入力し検索すればいいのだ。
後にザッカーバーグは、多少の後知恵も交えて、
「ぼくはこの時、人々を結びつける方法がいろいろあることを発見した」
 と自慢した。

学生時代のザッカーバーグは当時19歳だが、
小柄でスリムな体つきでカールした茶色の髪にそばかすで
一見15歳にしかみえない。

だぶだぶのジーンズにTシャツには決まって何かのセリフかイラストがあった。
Tシャツには猿のイラストと「コード・モンキー」という文字が見える。

彼は見知らぬ人々の間にはひどくもの静かに見えたが、
それはほんの上っ面だった。ひとたび口を開くと強烈な皮肉が飛び出すのだった。

ザッカーバーグは相手が言いたいことをすべて言い終わるまで、黙って待つのが常だった。
そのあいだ、相手をじっと見据えている。

相手が喋っているとき、じっと見据えてひとことも口を利かない(つまり相槌もしない)。
相手が何か意味あることを発言した時のみ反論する。

ザッカーバーグは物事をとことん論理的に考える人間だ。
彼の筆跡は几帳面で整然としている。さまざまな思考の跡が、
小さな字でノートの多くのページを埋め尽くしている。

ちなみにザッカーバーグは1984年生まれだから、2014年で30歳である。
日本のタレントに、ベッキーというハーフ外国人人気女性タレントがいるが同い年な訳だ。

いろいろなプロジェクトの中で、インターネットが一番続くテーマであった。
モスコヴィッツはもともとコンピュータを扱った経験はほとんどなかった。
しかし、なにがオンラインで意味があり、何が意味がないのか、
優れたウェブサイトとはなにか、インターネットが社会の主要な構成要素への道を
このまま進むならどういう現象が起きそうか、
といったザッカーバーグからの議論を聞くうちにコンピュータの世界に引き込まれていった。

クリス・ヒューズにいたっては学年はじめにはコンピューティングに対する興味はゼロだった。
しかし、その年の半ばにいたって、ヒューズとオルソンもインターネットのアイデアを議論するようになり、
他の3人も議論に加わった。

ザッカーバーグは天才であり、そんな天才と同じ寮生とはラッキーであったことだろう。
しかものちのフェイスブック社の主要幹部にまでなれたのだ。
日本的に言えば「鴨がネギを背負ってやってきた」のだ。「棚から牡丹餅」なのだ。

まあ、ザッカーバーグは友達がいないので、同じ釜の飯の仲間が本当の上での「友達」になったのだろう。
いずれにせよ、コースマッチの意外な成功で大胆さを増したザッカーバーグは、
さらに自分のアイデアを試してみることにした。

2003年10月にザッカーバーグは「フェイスマッシュ」というサービスをリリースした。
このサービスは、彼の不遜で反逆的な一面を初めて見せることになった。

このサービスの目的は簡単だ。キャンパスで誰が一番「ホット」な人間かを決めるというものだ。

同性(まあ女性)のバストアップの顔写真がパソコン上の画面の左右に映し出され、
タイプな「ホット」と思うほうの顔を選び勝ち進むという簡易・美人コンテストみたいなものである。

ザッカーバーグは、このソフトウェアを開発した理由として
「ある女子学生にものすごく腹が立ったからだ」と書いている。
「○○(女性の名前)はビッチ(売春婦)だ。あんまり腹が立ったのでウサはらしにこれを開発した。
嘘をつきたくないから言うけど、ぼくは今ちょっとハイになっているかも知れない」

しかし、確かにフェイスマッシュを面白がる者ばかりではなかった。
性差別主義、人種差別主義だという抗議がすぐにふたつの団体……
ラテン系女子学生連盟とハーバード黒人女性協会から上がった。

ザッカーバーグはその後、大学の諮問委員会に招聘される。
ザッカーバーグにローウェル寮のパスワードを貸した学生、
ルームメイトや隣り続き部屋のジョー・グリーンは倫理規定違反、
コンピュータ・セキュリティーの侵害、著作権の侵害、プライバシーの侵害の罪状で告発された。
ザッカーバーグは謹慎処分となったが他の3人は軽い処分で済んだ。

だが、グリーンの父親は大学教授で、ザッカーバーグに
「もうすこしで停学や退学だったぞ」と説教するがザッカーバーグは聞く耳をもたない。
グリーンの父親は息子にザッカーバーグに関わるなと命令した。
この命令は、おそろしく高いものについたことがわかる。

この事件はある種、ザッカーバーグは「人気ゲームクリエイター」にも似た、
人々を熱中させ、使い出したら止められないようなソフトウェアを書く才能があることを示している。

が、ザ・フェイスブックはプラットフォームに過ぎず、コンテンツ供給はあくまでユーザで、
しかもハーバード大学のメールアカウントとサーバー使用という有様であったという。

コーチマッチとフェイスマッシュ事件で当局とトラブルになった理由の一つが、
サービスをハーバード大学のサーバーでホスティングしたことだった。

だから、ウェブ検索して発見したManage.comというオンライン・ホスティング・サービス会社に
クレジットカード番号を送り、月85ドルを払ってサーバーを借りた。

彼らはビジネスに詳しい同級生のエドゥアルド・サべリンに、フェイスブックの
30パーセントの権利と引き換えに少額の投資をし、ビジネス面を手伝ってくれるように頼んだ。

ジョー・グリーンによるとザッカーバーグから「ビジネスパートナーになってくれ」と誘いを受けたが
前述した大学教授の父親が反対してだめに……
後になってジョーはこのエピソードを「10億ドルのミスだった」と苦痛な笑いとともに認めることになる。

なにはともあれ、フェイスブックの前身、ザ・フェイスブックは誕生した。
当時3年生のアメリア・レスター(わずか5年後には名門ニューヨーカー誌の副編集長に抜擢された)は、こう書いた。

「ザ・フェイスブックは性欲以外のすべての原始的な欲求がそこここに渦巻いていることが見てとれる。
帰属欲求、虚栄、そして少なからぬ覗きの欲望」

ダスティン・モスコヴィッツはパソコンが苦手でプログラムも書けなかったが、
ザッカーバーグは彼と雇用契約を結んだ。

「たすけてやるよ」
「ムリだぜ。君はプログラムが出来ないだろう?」
するとモスコヴィッツは週末実家に帰って
『サルでもわかるPERL』とかゆう本を買ってきて詰め込んで「準備OKだ!」という。

ザッカーバーグは呆れて「あのなあ、このサイトはPERLで書いてあるんじゃないぜ」という。
そういう状態でも熱意に負けて彼を雇った。

彼は言う。
「野心ある天才だというだけでは、成功できない。運もよくなけりゃダメなんだ」
「マークは運も野心も天才ももつ人である」
ちなみにだが、フェイスブックやツイッター等のSNSの儲けのシステムを書いておく。
 @出会い系サイトのようなお友達・恋人探しサイト(お金を払ってもいいというユーザは必ずいる)
 A専門家の有料な専門的助言
 Bネット上のポイント・マイレージだけでなく、マックやスタバ等のリアルな買い物でもマイルやポイントのチャージ
 Cアフェリエイト(広告収入)
 
サべリンはY2Mという会社に投資話を持ち掛けた。
ザッカーバーグらはまだ大学生でのちに起業しながら卒業する。

だが、フェイスブックの儲け先はほとんどアフェリエイト(広告収入)だけだった。
最初のうちシリコンバレーは「ザ・フェイスブック」=「セックスに飢えた若者のSNS」としか見ていなかった。
ザッカーバーグは1999年「ナップスター(Napster)」の発案者で起業家で経営者の経験がある
ショーン・パーカーという少し年上のカリフォルニアの風来坊と、契約を結んだ。

ナップスターとは音楽無料配信サイトで、明らかに著作権違反で音楽家が
つくった音楽を無料で配信したりダウンロードできるというサイトである。

当然、音楽家たちに著作権料金もなにも払わないのだから裁判になり、敗訴、
その他にショーンはドラッグ(麻薬)パーティーで何度か警察に逮捕されていたりした。
日本でもそういう違法サイトをつくって逮捕されたひとがいるが「とんでもない馬鹿」である。
音楽作品だって何日もかけて御音楽家が汗水たらして創っているのに、
無料で配信されたら金にならない。儲からない。まさに「盗作レイプ」だ。

だが、ザッカーバーグはショーン・パーカーの経営手腕に賭けることにした。

「釣り好きなら小さい魚を二十匹釣るより、巨大なカジキマグロを一匹釣るのがビジネスだ」

お前にビジネスの何がわかるのだ?!と言いたいところだが堪えよう。

とにかくザッカーバーグらはまだ十代である。
パーカーはITの異端児と呼ばれたが二十代……だが、
彼らは「ザ・フェイスブック」のコーディングを重ねユーザを増やしていった。

ほとんどの収入は広告収入で、まで小さい規模の頃のザ・フェイスブックは
何度も日本円で数百億円の値段を提示されて「我々に今のうちにシステムと特許を売って欲しい」
と、ザッカーバーグの元に誘いの契約話が何度も何度もきたという。

だが、ザッカーバーグは断った。
億万長者になるのは自分の頭と汗で成りたかったのだ。

そんななか、ザッカーバーグやフェイスブックのことの映画「ソーシャル・ネットワーク」を観て
ご存じの方もおられるだろうが、タイラー・ウィンクルヴォス、キャメロン・ウィンクルヴォスの
長身の一卵性双生児の兄弟と、ディヴィヤ・ナレンドラの3名が連邦裁判所にザッカーバーグを提訴した。
3人は、ザッカーバーグがザ・フェイスブックのアイデアを彼らから盗んだと主張していた。

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マーク・ザッカーバーグ

(マーク・エリオット・ザッカーバーグ、Mark Elliot Zuckerberg、1984年5月14日 - )は、
アメリカ合衆国のプログラマであり、実業家である。

ハーバード大学在籍中にソーシャル・ネットワーキング・サービスサイト、「Facebook」を開設した。開設に際しては、同大学計算機科学部生のアンドリュー・マッコラム、ルームメイトだったダスティン・モスコヴィッツやクリス・ヒューズなど、他のハーバード大学の学生が協力した。現在、ザッカーバーグはFacebookのCEOに就いている。2010年のTime誌「Person Of The Year」に選ばれた。

来歴
生い立ち
アメリカ合衆国ニューヨーク州ウェストチェスター郡ホワイト・プレインズで歯科医の父親と精神科医の母親からなるユダヤ教徒の家庭の第二子として生まれ、姉1人と妹2人がいる。ドブスフェリーで育った。その後ザッカーバーグはアーズリー高校に入学し2年を過ごすが、退屈さに耐え切れず、アイビーリーグの大学に進学するのが当たり前のエリート進学校として難関大学入試突破に特化した全寮制高校(ボーディングスクール)の1つである、フィリップス・エクセター・アカデミーへと転校する。
友人のアダム・ダンジェロとともに2003年、音楽再生用フリーソフトウェア「Synapse Media Player」のサービスを開始した。これは利用者が以前に選択した曲をベースに、聞く曲目を予測してくれる機能が高い称賛を受けたソフトウェアであった。マイクロソフト社を含む幾つかのソフトウェア会社がこのプレイヤーに興味を示したが、正式な取引は行われなかった。

大学時代

その後ハーバード大学に入学し、2006年卒業予定の学生として登録された。入学後はフラタニティのアルファ・イプシロン・パイに所属した。このハーバード大学在籍時においても自身のプロジェクトの創出を続けていた。初期のプロジェクト「Coursematch(コースマッチ)」では、同じクラスを履修している他の学生のリストを参照できるようにした。のちにプロジェクトの1つとして開設したサイト「Facemash.com(フェイスマシュ.com)」は、ハーバード大学内に特定した、ランキングサイト「Hot or Not」のような画像格付けサイトであった。しかし、ネット上に開設後すぐに、大学の管理部職員によってザッカーバーグのインターネットアクセス権が無効とされたため、サイトがオンライン上に存在したのはわずか4時間程となってしまった。大学のコンピュータ業務部がザッカーバーグを連れ出したのち、彼はハーバード大学運営理事会によって、コンピュータのセキュリティを破りインターネット上のプライバシーや知的財産の規約に違反したとして処罰された。
ザッカーバーグは、自由で公然とした情報の利用を可能にすべきと考えていたことを主張した。理事会側からの訴訟は公的には行われず、その後ザッカーバーグはSNSサイト「Facebook(フェイスブック)」を立ち上げると共に大学を休学、その1年後に中退となった。

大学中退後

2012年5月19日、1歳年下のプリシラ・チャンと結婚したことを発表した。チャンはハーバード大学の同窓生で、ザッカーバーグと出会って以来9年間にわたって生活を共にしていた。結婚式はチャンのカリフォルニア大学サンフランシスコ校医学校卒業と博士号取得を祝うパーティを装ってザッカーバーグの家の裏庭で行われた。プリシラは中国系アメリカ人であり、ザッカーバーグはプリシラの親類と付き合うために中国語を勉強している。

FWD.us
他企業の幹部らとともに、移民法改革の政治団体「FWD.us」を設立。

資産
2010年、経済誌『フォーブス』が発表した「世界で最も若い10人の億万長者」の第1位に当時25歳の最年少でランクインした。推定総資産額は約40億ドル。同年、寄付啓蒙運動のギビング・プレッジに参加。
2011年3月、『フォーブス』が世界長者番付を発表し、推定総資産額135億ドル(日本円で約1兆1,475億円)で52位にランクインした。この額は前年の40億ドル(日本円で約3,400億円)の約3倍にあたる数字であり、ランクも前回の212位から52位に大幅アップとなっている。今回の大幅アップの要因は映画『ソーシャル・ネットワーク』のヒットが関係しているようであるという。
2011年5月、地元紙『サンノゼマーキュリー』によると、本社移転先のサン・マイクロシステムズ本社跡から車で10分のパロアルト市内に新居を購入したという。購入価格は700万ドル(日本円で5億6000万円)で敷地面積が5000平方フィート超あり、5つのベッドルームに4つバスルーム、塩水プールと音楽鑑賞用アルコーブがあるという。
2011年9月、『フォーブス』が米国長者番付を発表し、推定総資産額175億ドルで14位にランクインした。。
2012年の『フォーブス』によると総資産約175億ドルで世界富豪ランキングで35位となる。
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40代 独立起業 を通じて得た情報のまとめ トライセクター(2つの仕事)を実践 某有名企業にも所属 エリアマーケティング 店舗プロモーション 繁盛店 転職、キャリアアップ、適職、幸せな仕事を探す 旅行ビジネス、国内・海外旅行の裏話
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