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2010年10月18日
龍馬伝42話を見て
いろは丸事件でしたね。

一応、通説では龍馬はこのいろは丸にミニエー銃や金塊、陶器等を積み込んでいてその積荷の賠償と船の賠償という事で八万三千両を要求し、紀州藩が負け損害賠償を支払う事になるのですが、結果としては紀州藩が値切り、七万両を支払う事で落ち着く事になります。

しかしながら、2006年までに行われたいろは丸の調査では積み荷は発見されなかったそうです。

現在の話ではいわゆる「当たり屋」と解釈されかねない事件ですね。

ちなみに、七万両ってどんな金額かというと…。

現在と江戸末期では様々な物に対する価値にばらつきがあり、一概には言えないそうです。

米を基準に考えると約四万円、賃金で考えると三十〜四十万円、そば代金で考えると十二万〜十三万円となるそうです。

一番安い米で換算しても現在の価格で七万両は約二十八億円ですね。

ちょっとぼったくりすぎのような気がしますが…。

以前にもこのブログでいろは丸事件の事を記載しましたが、ちょっと好感のもてるエピソードではないですね。

ちなみに、以前私が記載したいろは丸事件の記事は以下をクリックしていただければご覧いただけます。

  坂本龍馬 いろは丸事件

ご興味のある方はどうぞ。


ただ、流石は龍馬伝というか、流石はNHKというか…。

この龍馬伝では積み荷は「塩」、「砂糖」、「米」となっていましたね。

全て水に流れてしまうものです。

いろは丸の調査結果が「積み荷は無かった」という事を受けての苦肉の策なんでしょうね。
(だって龍馬伝は龍馬を英雄として描かないといけない訳ですから…。)

まあ、ドラマでは「龍馬を英雄に描く」というテーマがあるのでフィクションを入れて描くのは別に良いですが、ドラマの後の「龍馬伝紀行」でもいろは丸の調査で様々な品々が発掘されているまでは触れていますが、「積み荷が無かった」という事実については触れていませんね。

ちょっと気に入りませんでした。

その中でも、今回の描き方で「なるほど」と思った所もありました。

それは…。

私はずっと「何故龍馬は当たり屋をしたのか?」と不思議でした。

理由としては「亀山社中の負債に当てたかったのかな?」程度しか浮かばなかったのですが…。

この龍馬伝ではこの紀州藩との談判を「土佐対幕府」と位置づけしてましたね。

この交渉に勝つ事により薩摩、長州に後から加わろうとしている土佐藩が重きをなせるように画策する意図があるという形で描いてました。

なるほど…それもアリかな?なんて思ってしまいました。

ちなみに…。

この談判で得た七万両、実はその先消えてしまいます。

というか、何に使ったかが史料に残って無いんですね。

亀山社中の負債にあてられたとか、岩崎弥太郎が三菱を作る資金にしたとか、後藤の懐に入ったとか、土佐藩の懐に入ったとか…。

色々な説がありますが、未だ謎のままだそうです。

そんな大金、どこに行ったんでしょうね?






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Posted by たか at 02:12 | 幕末 | この記事のURL
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