プロフィール

サイコ
なんの取り得もなく、うかうかと40過ぎまで生きてきてしまい、いろいろな悔いとともに悪あがき的に行政書士、社労士を目指し、昨年、今年と試験を受け見事に不合格(*´д`)=з 現在、行政書士試験リベンジ中。
※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません
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2009年05月10日
嗤う日本
  社会保険労務士ブログ  現在 80位


   士業(弁護士、会計士等)  現在 6位


嗤う日本の「ナショナリズム」

総括という反省システムが暴走することによって起きた
連合赤軍事件。そこを端緒として、70年代、80年代、90年代をそれぞれ反省の形式に基づいて分析するアイロニーの30年史。死体の蘇りであるゾンビを生きるしかない現代。この表現自体がすでにアイロニカル、シニカルである。感性優越主義(センス・エリィーティズム)としてのメタのベタ化であるパロディの類型化。反省システムに寄り添うフォルマリズム(形式主義)化において、現在はロマン主義的シニシズムということだ。2ちゃんねる上で展開される(ここでは電車男をネタにしている)エクリチュールは、ただ他者からの審級の連続性によって「繋がること」を目的としているため、敢えて言えば空疎なものである。記号自体には意味をもたらさなくても、その記号によって「繋がる」こと自体に目的があるとする(運動の自己目的化)。そこで共有されるアイロニカルなエクリチュールには意味がないのだ。だから、サイコのブログは2ちゃん的ではあるが、サイコ自身は2ちゃんに参加したことはない。孤高の啓蒙主義者なのかもしれない。この本でも、香山リカに対する浅羽通明の「プチナショ」批判を浅羽寄りに肯定していて、「ナショナリズムの風化の証」と抜書きしている。そして、市民運動から転向した「自虐史観」批判者小林よしのりを現代のロマン主義者としている。次なるはそのロマン主義からの離脱を計らねばならないだろう。まぁ、丸山眞男風に言えば、「HIV訴訟を支える会」なるある意味共産主義的な運動の後には、長い宿酔になることは必然であるのだから、今ロマン的なのもいた仕方ないところか。しかしながら、東京裁判史観にしてもそうなのだが、真実性に迫れば迫るほど、正史というロマンにどっぷりと漬かってしまっている感じもする。宿酔がアル中になってしまったのだろうか。
アイロニカルな戦略で「あえて」コミットすることの空転。そもそも共同幻想体において、素朴な信頼などがありえるのか。もしあるとすれば、それこそ内輪的なところにしかないであろうし、それは大枠の日本国という括りでいうところのナショナリズムではなく、どこまで広げたとしても限定された「郷土」(パトリ)に対する
パトリオティズム(愛国心とも訳される)でしかないのではないか。まぁ、このアポリアという蛸壺からはなかなか抜け出られないのだけれど。


今日の問題

 特別加入者の第1種、第2種、第3種の区分のいずれの場合にも、給付基礎日額についてはスライド制が適用されるが、年齢階層別の最高・最低限度額は適用されない。

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