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2018年10月25日

中つ森の山神様【集落・山・神様の怖い話】





これから話すことは、私が体験した出来事です。


もう30数年以上も前の、
私が小学生だった頃のこと。

祖父の家に遊びに行った時の出来事だった。


寒くて凍てつきそうなこの季節になると、

昨日の事の様に記憶が鮮明に蘇る。



学校が夏休みや冬休みになると、
私は父親の実家でもある祖父の家に、
毎年の様に長期で預けられた。


ひと夏・ひと冬を祖父と必ず過ごしていた。


あの年の冬も、
祖父は相変わらず太陽の様な愛情に満ち溢れた
優しい笑顔で私を迎えてくれた。


祖「よう来たなK(私の名前)。
少し大きくなったか?」


私はたまらず祖父に抱き着き、
いつもの様に風呂も寝る時も一緒に過ごした。


祖母は随分前に他界しており、
祖父は一人、小さな家で暮らしている。


祖父もきっと、私が訪れるのを
毎回とても楽しみにしていたに違いない。


祖父の家は、
東北地方の山間に位置する集落にある。


私は毎年祖父の家を訪れる度に、
冒険するようなワクワク感に駆られていた。


当時、私は都心の方に住んでいたので、
祖父の住む土地の全てが新鮮だった。


清らかに流れる川や、雄大な山々、
清々しい木々など、神々しく感じる程の
素晴らしい大自然が、私は大好きだった。


特に冬になると、雪が降り、
辺りは一面キラキラ光る銀世界で、
都心では滅多に見れない光景だ。


そんな中でも、
なにより私は祖父が大好きだった。


いつも穏やかで優しく、
決して怒るということはしない。


その穏やかな性格と屈託のない笑顔で、
祖父はたくさんの人たちから愛されており、


花がパッと咲いた様に、
祖父の周りはいつも笑顔が絶えなかった。


また、祖父は農業の他に
マタギ(猟師)の仕事をしており、
山の全てに精通していた。


大自然と共に生き、また、生き物の命を奪う、
マタギという仕事をしているが故に、


誰よりも命の尊さや、
自然の大切さと調和を何よりも重んじている人だった。




祖父の家に滞在してはや一週間経った
そんなある日の朝、私は集落の友人
AとB2人と秘密基地を作りに出かけた。


私「いってきまーす!おじい、
おにぎりありがとう!」


祖「おお、気をつけるんだぞ。
川に落ちないようにな。
あまり遠くに行くんでねぇぞ。
あ、ちょっと待てK」


私「なに?」


祖「ええか、K。何度も言うが
“中つ森”にだけは絶対に行ったらいかんぞ。
あそこはおじい達も近づけん場所だからな。

わかってるか?」


私「うん、わかってるよ」


祖「それと・・なんだか今朝から
山の様子がおかしくてな。


鳥がギャーギャーうるせぇし、
それでいて山の方は妙に静かなんだが、
変に落ちつかねぇ。


おめぇにあんまり小うるせぇ事は
言いたくねぇけど、こんな日はなるたけ
山の奥には行くんでねぇぞ」


私「はーい」


その日はこの時期には珍しく雪が降っておらず、
よく晴れた日だった。

それ以外は何も変わらない、いつもの朝だ。


だが、この時私はまだ、
祖父の言っていた言葉の意味が
よくわからなかった。


ところで“中つ森”というのは、
この山の中のある一部の森で、


『そこには絶対に行ってはいけない』

と、祖父から常々言われている場所だった。



近づいてはいけない理由は、
なんでも“中つ森”はこの山の神様である
“山神様”を奉ってある神聖な森であるから、

決して立ち入ってはならないのだとか。


もし山神様に会ってしまうと、
命を吸われたりだとか、

はたまた生命力を与え、
一生健康に暮らせるだとか、
色々な話があるようだ。


『命を奪いもすれば与えもする、
この山そのものの神様』

と祖父は言っていた。


もっとも、私はもともとここの人間ではないし、


“中つ森”の場所がどういう場所で
どこに存在するのかも、
いまいちわからなかったので、

祖父の言うことはよくわからなかった。



そして私は友人たちと合流し、
山に到着したあと、秘密基地を作る場所を探した。


A「さてどこで作るか?」


B「俺達の秘密の隠れ家なんだし、
もう少し奥にいこうよ」


私「大人に見つかったら隠れ家の意味ないもんね」


私達は更に山奥に進んだ。


30分ほど歩くと、
雑木林の中に丁度良い開けた場所があり、


そこに秘密基地
(秘密基地と言ってもかまくらだが)
を作ることにした。


そして昼も過ぎ、
昼食をとりながら基地作りに没頭していた。



日が暮れかけている夕方になった頃、
Aは落ち着かない様子で林の奥の方を見つめていた。


私「どうしたの?」


A「・・なんか、山が変な感じだ。いつもと違う」


私にはAの言ってる意味がよくわからなかった。


私の目に映るのは、別にいつもと変わらない、
ありふれた山の光景だ。


ただ、確かなことは、
Aの言っていることは祖父の言っていたことと
重なっていた。


私「どういうこと?」


A「俺もようわからんけど、なんかこう・・
山がゆらゆら揺らめいてる感じだ。


  吹いてくる風もなんか変なんだ。
寒くもないし暖かくもないし・・ほら、見れ!」


Aが指さした森林の奥を、
鹿が5,6頭群れをなして走り去った。


そして続くように、鳥の群れも、
何かから追われるように騒ぎ立てながら
私達の上を飛び去っていった。



B「今の時期、鹿はもっと上の奥の方に
いるはずなのにどうしてだ?

熊から逃げてるのかな?
それだったらまずいぞ」


A「いや、この辺りは村のおじい達(マタギ)が
仕切ってるから、熊は絶対近寄らんて。

  やっぱりなんか変だよ、もう今日は帰ろう」


B「そうだな、今日は帰った方がよさそうだ。
遅いし」



まだまだ遊べたが、私達は早々に帰ることにした。


この時なんとなく嫌な感じがしたのをまだ覚えている。



帰路について20分ほど歩いたが、
どうも周りの様子がおかしかった。


B「なぁ、こんな所通ったか?
来る時こんなでけぇ岩なかったろ」


A「うん、右行ってみるか。
あっちだったかもしれん」


しかし右へ行っても違かった。

私達は完全に迷っていたのだ。


私はともかく、AとBにとってここは地元の山だ。

しょっちゅうこの辺りで遊んでいる。


二人にとっては庭の様な所で、
決して迷う様な場所ではなかった。




もうどれほど歩いただろうか。

時間も距離も、
今どこにいるかということさえも、
私達にはわからなかった。


まるで同じ場所を
グルグル回っているかの様に思える程に。

途方に暮れてしまった。


私達はいつのまにか深い森に入ってしまっており、

冬という日照時間が短い季節のせいなのか、
森の木々が太陽を遮っているのかわからなかったが、

辺りは段々暗くなっていた。


いつのまにか雪も降りだし、
寒さも増し、子供心に不安が募る。


更にしばらく歩くと太陽は沈みかけ、
村役場の17時を知らせる鐘が鳴り響いた。


私「もう17時だよ。ここどこ?」


A「わからん。でもおかしいべ、
 あんな浅い場所で迷うなんて」


B「こんなに遅いと
 オド(父親の事)に怒られるぞ。早いとこ帰ろ」


しかし私達は疲れ果て、適当な場所に腰を下ろした。


祖父の村では、
子供に必ず懐中電灯を持たせる慣わしがあった為、
幸いにも私達は3人とも懐中電灯を持っていた。


B「疲れたなぁ。さみぃし。腹も減ったな」


私「ねぇ、なんかあそこにあるよ」


私が懐中電灯を照らした先に、
色の剥げた大きな鳥居があった。


私達は恐る恐る近づき、鳥居をくぐると、
荒れ放題の石畳を歩いた先に、
小さな祠(ほこら)の様な物があった。


祠の前には、米や瓶に入った水(恐らく酒)が
供え物がしてある。


その両脇に、卒塔婆の様な物に
漢字がたくさん記されてあった。

それをどう読むのか、私達にはわからなかい。


それを見た途端、
AとBはギョッとしたように顔を見合わせた。


A「まさか・・ここが
“中つ森”っちゅう事はねぇよな?」


B「いや・・俺も“中つ森”さ行った事ねぇし、
場所もよう知らんからわからんけど・・

  この山に神社みてぇのがあるなんて聞いた事ねぇぞ」


私「“中つ森”ってそんなにマズイ場所なの?」


B「そうか、おめぇはよそ者だからな。
でも、こんな話はオドから聞いた事ある」


私「なに?」


B「簡単に言うと、
“中つ森”は山神様っちゅう、
山の神様が住んでる場所で、

  村の人間でも絶対に入っちゃならねぇって
場所なんだ」


私「それは知ってるよ」


B「なんでもその山神様ってのが、
えれぇ短気な神様で、

  人が“中つ森”にいるのがわかると
山神様は怒って、手足を引きずって
どこかに連れてっちまうんだ。


  これを大人達は、
“神隠し”とか“祟り”って呼ぶ」


私「・・どこかって、どこに連れてかれるの?」


B「それはわからん。とにかく“神隠し”に遭うと、
大人でも見つけられねぇんだ。
大人にもわからないどこかに・・」


ゴォーッ


ゴゴゴゴ・・・・・・・・


Bがそう言いかけた時、
今まで聞いたことのないような耳をつんざく
轟音が鳴り響いた。


B「うわーっなんだ!?」


A「山が揺れてるっ!」


山が全体が揺れはじめたのだ。


私達は堪え切れずひっくり返り、
訳がわからないまま雪の上に転がったり、
必死で木にしがみついたりした。


山が揺れだしてから2〜3分経っただろうか。

揺れはようやく収まり、地鳴りも止み、
辺りは再び静寂さに包み込まれた。


私達は呆然としたまま、その場に座り込んでいた。


A「・・・今の・・何だったんだ」


私「わかんないよ・・地震かな・・」

と私が言ったその時、


・・デテイケ、デテイケ、デテイケ デテイケ


突然、耳元で誰かが囁いた。



男なのか女なのか判らない声。


いや、耳元というより、
直接頭の中にスッと入ってきた様な、
そんな感覚だった。


ただ、いやに冷たい声だった。


この瞬間を、今でも私ははっきり覚えている。


全身に鳥肌が立ち、
一瞬時が止まったかの様に思えた。


A「今、聞こえたか?」


聞こえていたのは私だけではなかった。


私達3人は互いの顔を見合わせ、
がむしゃらに走った。


B「いけん!ここ、やっぱり“中つ森”だ!
さっきの地鳴りも山神様の祟りだ!

  俺達が“中つ森”に入っちまったから、
怒ってんだよ!

  早く逃げんと山神様に命吸われちまう!」


A「早く!早くしないと!」


もう、本当にこの時は頭の中が
グチャグチャで訳がわからなかった。


とにかく暗闇の中、私達は走り続けた。

何度も転んだり、木々の枝等が顔にたくさん
ぶつかっても気にしなかった。


走っている方向も、帰り道かなんてどうでもいい。
とにかくあの場から逃げ出しかった。




そして私は足を止め、
ゼェゼェと息を切らせながら
思いきり空気を吸い込んだ。

体力の限界だった。もう走れない。


立ち止まると、AとBはいなかった。

先程の騒ぎではぐれてしまったのだ。


おまけに懐中電灯もどこかへ落としてしまい、
私は不安で顔が涙でグシャグシャだった。


私「ハァハァ・・・二人ともどこー?」


疲れ果て、いよいよ心細くなった私は、
立っていることさえもままならず、
木に寄り掛かるようにして座り込んでしまった。



いつの間にか降ってくる雪は激しさを増し、
吹雪に変わっていた。


吹き付ける雪が私の体にまとわり付き、
容赦なく体温を奪う。


手足の感覚はなく、
私の小さな体は完全に力尽きてしまっていた。


急激な眠気が襲ってきた。


もうダメかもしれない。


そう思った時、


ザっ・・ザっ・・


私の後ろの方から
雪を踏みしめる足音が聞こえて来る。


ゆっくり、ゆっくりと。


吹き荒れる風の音の中、
何故かハッキリと聞こえたのだ。


足音の主の姿はこの暗さで全くわからなかったが、
暗闇の奥から誰かが静かに歩み寄ってくる。


さっきまで体の感覚が全て鈍っていたのだが、
まるで研ぎ澄まされた様にわかる。


急に意識がハッキリとしてきた。
不思議な感覚だった。


こんな夜に、こんな場所で誰が?


山神様が跡を追ってきたに違いない・・・。


そんな事を考えると震えが止まらなかった。


逃げなきゃと思っても、
体が金縛りにあったみたいに
ピクリとも動かなかった。


私の心臓は爆発しそうなくらい
バクバクと高鳴っていた。


自分の心臓の音で居場所がばれるんじゃないかと思い、
必死に胸と口を抑えた。


ザっ・・ザっ・・ザっ・・


徐々に近づいてくる足音に、
私は怯えながら自分の服をギュッと握りしめていた。


もう足音は、私のる木の真後ろだった。


すると、ピタッと足音がやんだ。


私は息すらも止めていたんじゃないかと
思うくらいに、背筋を伸ばし硬直していた。



それから何分、何十分経っただろうか。


私の身に何も起きない安堵感から、
緊張の糸がプツッと切れたように、
息を大きく吸って吐いた。


もう大丈夫かな・・・


私は意を決して、後ろを振り向いた。


だが何もいなかった。

相変わらず轟々と吹雪が唸りをあげてるだけだった。


なんだったんだろう。よかった・・・


私は安心し、首を元の位置に戻した。


だが、――――――ッッ!!


私は目の前の光景に絶句した。


真っ白な着物を着た女が、
私を見下ろしていたのだ。

その距離は1メートルもなかっただろう。


記憶が曖昧だが、
身長は2メートル以上あったと思う。

手足が異様に長かった。


私は目の前の光景を理解できずに、
ただガタガタ震えていた。


月明かりに照らされたその無機質な表情と姿は、
まるで雪女を思わせる様な不気味さを醸し出していた。


女は私と目が合うと、
私の顔にまで大きく身を乗り出し、
顔をのぞきこんだ。


女は私の顔をのぞきこみながら、
ニンマリと笑いを浮べている。


とっさに目を閉じようとしたり、
顔を背けようとしても、何故か体が言う事を聞かず、
女は真っ直ぐ私を見つめていた。


まるで蛇に睨まれた蛙の様に、
私ただ震えそうになる全身を必死で押さえつけた。


ちらりと見えてしまったその顔の恐ろしい事。


前髪と肩から垂れる長い黒髪。

そして長髪から覗かせる血走った目と、
血の気のない唇がニヤッと不気味に歪む。


怒っているのか、喜んでいるのか、
はたまた悲しんでいるのかという事など、
その表情からは伺う事ができなかった。


そして女は唐突に、私の右手首をぐいっと掴んだ。


あまりの恐怖に、私は小さく「ヒッ」と漏らした。

物凄い力で、ぎりりと腕が痛むほどだ。


私「痛いっ、痛いっ」


私はたまらず叫び、
その手を振りほどこうともがいた。


だが寒さのせいか、恐怖のせいか、
身体は上手く動かず、力を入れることが出来ない。


喉に何かが張り付いているように、
あげたはずの叫びも声にはならなかった。


私はそのまま引きずられ、
女は無情にも私をどこかへ連れて行こうとする。


・・ズルっ・・ズルっ・・


引きずられながら私は女の方をちらっと見ると、
月明かりと雪の反射に照らされ、
恐ろしく不気味な顔だった。


相変わらずニヤニヤし、
私と目が合うとまたニンマリと嬉しそうに笑う。


ズルっ・・ズルっ・・


山神様に連れてかれるんだ。

薄れゆいて遠のく意識の中、私はそう思った。


しかし、どこからか
大好きな祖父の声が聞こえてくる気がした。




私が目を覚ましたのは、
それから2日後の事だった。


気がつくと、目に入ってきたのは
見慣れた天井だった。


私は祖父の家で布団の中にいた。


体にうまく力が入らない。


夢だったのかな?


そうボーッとしていると、

「目が覚めたぞ!」「無事だぞ!」

という声が聞こえ、

バタバタと廊下を走る騒がしい音した。



ちらっと横を見ると、
村の大人達数人が部屋にいる。


「K!」


私の名前を呼ばれる先に目をやると、
祖父がしわくちゃな顔をさらにくちゃくちゃにし、
私に抱き着いた。


祖「よかった!本当によかった・・・
生きていてくれて本当に・・よかった!」


祖父はそう言い、
目を真っ赤にしながら私の頬を撫でてくれた。


私には何が何だかわからなかったが、
ただ、この時祖父のぬくもりを感じて、
とても安心したのを覚えている。


ふと、私は妙な感覚に気づいた。

右手の感覚がないのだ。


恐る恐る右手を布団から出して見てみると、
何と右手首から上が無くなっていた。


包帯が巻いてあるが、私の“手”は姿形もない。


あの女に掴まれた部分が無くなっている。


再びあの夜の恐怖が私の中に蘇った。


私はパニックになり泣き出し、手に負えなかった。




祖父や他の大人達が私を落ち着かせ、
状況がよく理解できていない私に、
祖父は順を追ってゆっくりと説明してくれた。




あの日の2日前の夕刻、
祖父や村の人達はまだ帰らない私達が
山で遭難した事に気づき、


大人達が慌てて捜索に行こうとした時に突如、
不気味な地鳴りが響き渡り、間髪入れず地震が起きた。


村の電柱は倒れ、近くの道路では地割れも起き、
村では大変な騒ぎだったという。


更に追い討ちをかけるように、
地震の影響で私達がいるはずの山から
大規模な雪崩が発生し、


集落の村では山の側にあった
3棟の家が雪崩によって半壊し、
何人かの人が亡くなったり
怪我をしたりしたのだと。


しばらくして青年隊も駆け付け、
山狩り(私達の救助)を行おうとしたのだが、


しかし外は猛吹雪で大荒れだった為、
二次災害(二重遭難)を防ぐ為に、
捜索は次の日の明朝という事になったのだった。


当然の事ながら、あの大規模な地震と雪崩で、
もう私達の生存の可能性は薄いと見ており、

友人A、Bも2人同じ場所で凍死した状態で発見された。


私は瀕死の状態だったが、
“中つ森”の山神様の祠に寄り掛かるようにして
意識を失っていたという。


また不思議なことに、幸いにも
“中つ森”には雪崩の被害は及ばなかったらしい。


とにかく、あのような大惨事だったに関わらず、
子供が命を取り留めたのは奇跡なのだという。


しかし、発見時には
私の右手は重度の凍傷により壊死してしまっており、
手首を切断せざるを得なかったのだと。




道に迷い、知らぬ間に“中つ森”に入っていた事、
その突如地震が起きた事、不気味な声が聞こえた事、

女に右手を掴まれどこかへ引きずられた事・・・


私は祖父に、
自分の身に起きた全てのことを記憶の限り話した。


すると、祖父はぽつりぽつりと語った。


祖「ほうか・・・山神様はお前を守って下すったんだな。

  山神様ちゅうのは、この山の生と死を司る神様だ。


  山神様には気まぐれな所があってな、
わしらが生きる為の“命”を与えて下さるが、
時に激しく牙を剥く時もある。


  山神様はお前の命を助けようと、雪崩の来ない
“中つ森”に運んで下すったんだよ。


  本当は死んじまう所を、
手一本で済ましてくれたんだ。

  AとBは・・気の毒だが」



私「なんで僕だけ助けたの?
AとBはどうして助からなかったの?」


祖「それはおじいにもわからん。
  山神様は気まぐれだからな。お

  じいも、AとBの事は本当に辛いと思っとる。

  だがな、K。山神様は決してAとBを
  助けなかった等と思っとらん。


  ただ、時として人間も自然界の力には
  敵わん時もあるっちゅう事だ。わかるか?


  人間だって、自然界の一部の生き物だ。

  鹿や熊、虫と変わらん同じ命を持ってる。


  山神様は人間だからっちゅう理由で特別扱いはせん。


  ・・・だが、未来のある子供が
  亡くなったっちゅう事は・・本当に悲しいがな」



そう言って、
祖父は悲しげに私の右手を優しくさすった。


この時、私には祖父の言っている意味が
よく理解できなかった。




そして月日が経ち、あの時の事故があってから
両親と祖父の間で色々あった様で、
祖父とは何となく疎遠になってしまった。




私が大学に入学した年の初冬に、
祖父は亡くなった。享年96歳。


村に初雪が降った日の朝、
隣の住人が様子を伺いに行くと、
静かに息を引き取っていたという。


苦しんだ様子もなく、眠っているような、
穏やかな死に方だったらしい。


葬式に参列した時、
祖父の変わり果てた姿に私は言葉が出なかった。




祖父が亡くなってからしばらくして、
10数年振りに祖父の所を訪れた。


だが、村は市と合併してしまい、
アスファルトに舗装されコンビニ等もできており、

私の記憶にある祖父の村とはかなり違っていた。


山も開発で穴だらけになり、
あの綺麗な小川や沢山の森や木々は姿を
消してしまっている。


私はなんだかやるせない気持ちに襲われた。




歳をとった現在、
当時の事を時々振り返る事がある。


あの時は幼くて理解できなかった事々が、
今ではなんとなくわかってきた様な気がするのだ。


私が遭難したあの日、
祖父は山で何かが起こると
予感していたのではないのか。


長年あの山でマタギを生業としている
祖父の研ぎ澄まされた“五感”が、
何らかの異変を感じとっていたに違いない。


そして、“中つ森”の山神様。


今思うと、あの時聞こえた
“デテイケ”という言葉は、

『雪崩が起きるから早く逃げろ』

という警告ではなかったのだろうか。


また、後からわかった事だが、
山神様というのは山の化身であり、精霊であり、
山の命そのものなのだという。


滅多に人前に姿を現さないが、伝聞によると、
女性や白蛇、時には白狐の姿で現れると
言われているのだとか。


山神様を信じ、敬意を払っていた人間は、
死ぬと自然に還って山神様の一部となり、

そして山の命は育まれ、大自然の中を巡り巡って、
また生まれ変われるのだと。


祖父の地域では古来より崇められており、
今でも毎年時期になれば山神様を讃える祭りが
行われている。


昔の人々は大自然と共に生きるが故に、
時折起こる天災や不幸な事故に畏怖し、
山神様を奉る様になった。


また、川や山で採れる命の恵みに感謝し、
山神様(大自然)に敬意を抱いていたのだろう。


私はあの時、偶然にも山神様に救われた事を、
夢や勘違いだとは決して思わない。


今だって、あの山の命としてどこかで
何かを見つめているに違いない。


春の陽気の様に優しい時もあれば、
冬の極寒の様に厳しい時もある様に。


祖父もあの山のどこかにいるのかと思うと、
何だか不思議な気持ちになる。


“中つ森”は開発されてしまい、
山神様の祠はどこかの神社へ移送されてしまった
と聞いた。


山神様はあの変わり果てた山々を見て
何を想っているのだろうか。


ツルツルの右手を眺めながら、私はそう思った。






2018年10月12日

ジンカン『人間をついばむ烏はすぐ殺せ』【名作・怖い話】






「人間をついばむカラスはすぐ殺せ」

「でも、そんなカラス見たことないよ。
 カラスは、人間が近づくと逃げて行くよ?」

「見たことがないなら、いい。だけど、見つけたらすぐ殺せ」

「…なんで?」

「…」

俺がまだ幼かった頃。
まだ祖父のする昔話がおもしろいと感じていたあの頃。

もう少しで夢の世界に入ろうかというときに、
祖父はこの話をするのだ。

人間をついばむカラスはすぐに殺すんだ、と。

なんで?と理由を聞くと祖父は押し黙り、
そのうち俺は眠りにつく。

翌朝になると、不思議と心に残ってないというか。
あらためて祖父に尋ねることはなかった。

バジリスクという海外の化け物がいる。

某魔法使いの物語でかなり有名になったと思うが
(俺もそれで知ったのだが)、
これとよく似た東北の化け物を知っているだろうか。

似ているというのは語弊が生じるかもしれないが、
とにかく、産まれ方は似ているはずだ。

それと、俺の故郷は東北のとある町だったから、
関西の部落差別というのはよくわからない。

○○部落という言葉は一般的に使われていて、
もちろん差別の対象になんてならなかったから、
単なる地区の名称として使われていた。

前置きが長くなってしまったが、
俺の住む部落にだけ伝えられる話がある。

『人間をついばむカラスはすぐ殺せ』というものだ。

話は遡って、俺が高校生の頃のことだ。


「人間をついばむカラスが見つかった。
 これから殺しにいくから、お前も手伝え」

「いやだよ、部活で疲れてるんだ。
 それにカラスなんて、ほおっておけばいいじゃないか」

「だめだ。部落の男が総出でカラスを探してるんだぞ。
 お前も探してくれないと困る」

まぁ、大年寄りの祖父が行くのに、
若い俺が行かないってのは無いかな。

そんなことを考えながら、俺は軍手をつけて、
大きめの草刈り鎌を渡される。

じいちゃんからは、汗と、畑仕事の後の独特な香ばしい臭いがした。

「じいちゃん、畑仕事した後はちゃんと風呂入れよ。
 くっさいよ?」

「今日は肥えだめ使ったからな。くっさいのは仕方ない。
 風呂入っても、肥えだめの匂いはとれないんだよ」

そんな話をしながら、祖父と俺は近くの林まで歩く。

この頃の田舎道といったら、
爽やかな青草の香りと強烈な肥料の香りが混ざり合って、
『くっさい』という表現がぴったりだった。


「おう、やっと来たかい。カラスはまだ見つからねぇから、
 お前ぇらもがんばってくれよ」

林に着いて最初に見つけたのは、部落長の五月女(そうとめ)さん。

みんなからは親しみを込めて

『とめきっつぁん』

と呼ばれていた。

「とめきっつぁん、おばんです。
 例のカラス、この林で見つかったの?」

「んだよ。じいちゃんから聞いてねぇのか?
 ここで、昼間に子供たちが襲われたんだよ」

どうやら、夏休みで林で鬼ごっこをしていた小学生が、
カラスに襲われたらしい。

この林は俺も幼いころよく遊んだ林だった。

かつては自分の背丈ほどもあった林の草は、
もう胸の高さにも届いてなかったのだが。

祖父もとめきっつぁんに軽く頭を下げ、今の状況を聞いた。

「とめきっつぁん、部落の男は、
 来れるヤツはみんないるんだろ? 
 獲物がいるのに、カラスは襲ってこないのか?
 人間を襲うのは馬鹿カラスのはずだろう」

「そうなんだよな。子供が襲われてから、
 すぐどっかに隠れてしまって。出て来ねぇんだ。

 まぁ、焦ることはねぇよ。
 本当に人間をついばむカラスなら、すぐ我慢できずに出てくんだ」

話を聞くと、件のカラスはそうとうな阿呆のようだ。

人間を見つけると、狂ったように襲ってくるらしい。

手で払っても逃げないから、草刈り鎌で簡単に殺せるそうだ。

「とめきっつぁん、なんでそのカラスは殺さないとダメなんだ?
 ほおっておいていいんでないの?
 じいちゃんに聞いても教えてくれないんだ」

「まぁ、な…教えてやってもいいんだけど、
 お前、まだ学生だべ?あんまり難しいこと気にすんな。
 口で伝えるのはダメなんだ。見せないと」

「見せる?そのカラスを?」

「ちげぇよ。んーとな…。とにかく、口で伝えるのはダメなんだ。
 二十歳になって、まだこの部落に住んでたら見せてやるから」

俺はとめきっつぁんと一緒にカラスを探しながら、
林の奥にある森へと進んでいた。

祖父は俺達とは別の方向を探している。

森の中まで入ると、もう畑の肥料の匂いはしなくて。

夕暮れ時に特有の涼しい草の香りでいっぱいだった。

部活で疲れた身体に心地よい、爽やかな青草の香り。

涼しい風と、まだ夜にならないからか、
遠慮がちに聞こえてくる虫の声。

だから、その時は危機感なんてまるで無かった。

言うなれば、部活で疲れてだるい身体の回復時間。

しかし、その気分を壊す怒号が聞こえるのだ。

「なんてことをしてくれたんだ!このクソアマが!!
 なんて大馬鹿なんだ!!」

聞こえてくるのは、自分たちのいる位置から東。

夕日が沈むのとだいたい逆の方向だった。

「じいちゃんの声だ」

「んだな。何事だ?声が聞こえるってことは、
 すぐ近くだ。こっちから…」

「おーい、じいちゃん、どうしたんだ?」

草をかき分け、東へと進む。

祖父の姿はすぐには見つけられなかったが、
だれかのことを『クソアマ』なんて言う祖父は、
後にも先にもそのときだけだったから、
すごい異常事態だってことは何となくわかっていたのだが。

「うああああああああ!!!死んでる!!
 じいちゃん、この人死んでるよ!!」

そう叫んだのはもちろん俺。

まさか、首つりの自殺死体を見るとは思っていなかったから。

死んだあとどのくらい時間が経っているのだろうか。

頭部は禿げ散らかり、
着ている服からでしか女性であることが分からないほど、
首つり死体は腐敗していた。

爽やかな青草の香り?

そんなものを感じていた自分は、いったいどこの馬鹿だろう。

初めて嗅ぐ人間の腐ったにおい。くっさい、腐ったにおい。

ゆらゆら揺れるその死体に、祖父は罵声を浴びせていたのだ。

この野郎!よそ者が!クソアマが!と。

「じいちゃん、何してんだよ!?死んでんじゃんか、
 この人!うああああ!!」

近寄れない俺を追い越して、とめきっつぁんが一歩踏み出す。

なかばパニックになって、とめきっつぁんの存在を忘れていた。

「・・・・」

とめきっつぁんは何も言わなかったが、
死体に向かって持っていた草刈り鎌を投げつける。

彼もまた、怒っていた。

「どうしたんだよ、二人とも!死んでるってこの人!!
 どうする… どうすればいいんだよ!?」

「この、クソ・・・もう遅い。カラスが見つからないのは、
 このクソアマのせいだ。こいつのせいだ」

何が正しくて何が間違いなのかは、
高校生の俺には判断できなかった。

祖父ととめきっつぁんの声を聞いて
次第に部落の男たちが集まってきたが、

同じように罵声を浴びせるジジイもいれば、
俺と同じで首つり死体を直視できない中年のおやっさんもいた。

「もう夜が来る。たぶん明日だ。
 みんな、できれば今日中に、蜘蛛を見つけるんだぞ。」

よほど興奮しているのだろうか、
とめきっつぁんは唾を撒き散らしながらみなにそう告げた。

俺たちはぞろぞろと森を抜け、林を抜け、家へと帰る。

玄関先では俺の父が帰りを待っていた。

父は仕事から帰ってきたばかりらしく、まだネクタイをしていた。

祖父から事の顛末を聞いた父は、

「明日すぐ、蜘蛛を探す」

と言っただけで、俺に声をかけることはなかった。

聞きたいことは山ほどあったが、尋ねることはできなかった。





翌朝のことだ。

いくら田舎の高校生とはいえ、
朝5時に起きるほど健康的ではないのだが、
父から叩き起こされた。

「これからドスコイ神社に行く」

ふざけた名前の神社だが、通称ドスコイ神社。

部落の子供が必ず一度はその敷地で相撲をとって遊ぶことから、
その神社はドスコイ神社と呼ばれていた。

「昨日のことで?」

「そうだ。人間をついばむカラスのことだ。
 ドスコイ神社にあるんだ。

 お前はまだ若いし怖がらせたくはなかったんだけど。
 まぁ、でも、二十歳になったらなんて目安でしかないからな。

 お前は妙に落ち着いてるから、見せても大丈夫だろう」

「父ちゃん、今日は仕事休むの?」

「ああ。お前も今日は部活は休め」

父からボン、と濡らしたタオルを顔に向かって投げられる。

洗面所にも行かせてくれないらしい。

すぐに身支度をして、ドスコイ神社へと向かう。

朝5時に起こされたとか、大会が近い俺に部活を休めとか、
普通なら俺が怒っても不思議じゃないことはたくさんあったけど。

皆が過剰に反応する

『人間をついばむカラス』

の正体がとうとう分かるんだという期待に、
些細なことは気にならなかった。


「父ちゃん、人間をついばむカラスって、妖怪かなんかなの?」

「カラスはカラスだ。ただの鳥だよ。
 それにな、もうカラスじゃないんだ。
 俺たちが殺さないといけないのは」

「殺すって・・・」

「ほら、もうドスコイ神社だ。
 あの本殿の中にあるから。

 俺に聞かれてもうまく説明できないし、
 俺だって…いや、なんでもない」

「?」

いつのまに預かっていたのか、
父はごつい鍵を取り出して本殿
(といってもかなり小さいが)の錠を開ける。

扉を開けるとほんのりと墨の香りがした。

本殿の中には御神体なんてなかった。

いや、御神体どころか何もない。ただの部屋。

「何もないけど?」

「何もないか」

「…何もないよ」

「……」

「いや、何もないから…え?」

その時、懐中電灯の照らすその先にかすかな、しかし確かな違和感。

茶色のはずの本殿の壁が、ところどころ黒いのだ。

経年による染みか…。いや、そうではなかった。

明らかに人為的な曲線。

壁一面どころか、天井にまで描かれている大きな絵。これは絵だ。

壁をなぞるように光を這わせ、その絵が何なのかを見る。


その物語は、右の壁から奥の壁へ、
左の壁を経由して天井で終末が描かれていた。

墨で描かれた真っ黒な鳥。その鳥がつくる漆黒の巣。

その巣から産まれる真っ黒な卵。

その卵が割れると、そこから血しぶきをあげる真っ黒な・・・・

人間?

周りに描かれた『普通の』人間を、
その黒い人間が蹂躙している。俗な言い方をすると、
ぶっ殺している。

そして最後は、その黒い人間は小さな無数の蜘蛛に囲まれ、
大きく両腕を広げていた。

信じる信じないとかではなくて、それ以前の問題だった。

ただ、その絵が正常な人間が描いたものではないことぐらい、
美術2の俺にもわかっただけだ。

「何この絵、気持ちわり」

「神社の入り口の石碑な。
 あれ、流暢な文体で読めたもんじゃないが、
 もう高校生だからなんとなくわかるだろ。
 『口伝は駄目だという口伝』。そう書いてある」

「だから絵で伝えようって?」

「そう。お前はがっかりするかもしれないが、じいちゃんも、
 とめきっつぁんも、本当のことは知らないんだよ。
 だけど、昔の人は厳しかったからな。

 お前よりも父ちゃんが、父ちゃんよりもじいちゃんが、
 カラスを怖がるのはしょうがないんだ」

つまるところこの絵は、先人たちが描いた化け物への防衛策。

「父ちゃん…この絵。伝えたいことは大体分かるけど、
 でも分かんないよ」

「そうだろうな。俺もそうだった」

「教えてよ」

「お前がこの絵を見て思うことが全てなんだよ。
 口伝は駄目なんだ。

 お前なりに解釈して、
 部落の飲み会で自分の考えを語り合って、 
 怖がって、それを繰り返すうちに、

 『人間をついばむカラス』は殺さないといけないと、
 みんな思うようになるんだ。
 だけどな…これだけは、口で伝えることになってるんだ」

そう言って、父は人差し指を下に向ける。

つられて下に懐中電灯を向けると、大きな太い字で

『人間』

と書いてあった。

「ニンゲン?」

「ちがう。これは『ジンカン』と読む。これから殺すんだ」

正確には『人間をついばむ』ではない。

カラスは、髪の毛を狙っているのだ。
人間の髪の毛だけで黒の巣をつくるために。そう思った。


その日の夕方には、
部落の家という家の玄関先に
蜘蛛の巣が張られていた。

ミニトマトを育てるときなんかに立てる支柱を2本地面に刺して、
その間に巣食わせていた。

「変な宗教団体みたいだ」

理由を知らなければ誰だってそう思うだろう。

しかしまぁ、よくみんなうまい具合に蜘蛛の巣を張ったものだった。

「必死になればな。
 こうしないと死ぬかもしれないって思ったら、
 意外と出来るもんだ」

「あの絵の通りなら、ジンカンを殺すのは蜘蛛ってこと?」

「…そうだな。みんなそう思ってる」

「あの絵描いた人、頭悪いね。文章で残せばよかったじゃないか」

「その通りだな。だけどきっと、
 頭悪いから文章では残せなかったんだよ」

父と俺はひときわ大きな女郎蜘蛛を捕まえて、巣食わせた。

祖父はというと、他の家の蜘蛛の巣つくりを手伝っていた。

「うちの蜘蛛より大きいのは、とめきっつぁんのとこぐらいだね」

父は小さく「そうだな」と言うと、さっさと風呂に入ってしまった。

いつもより無口なのは仕方ないだろう。こんな日なんだから。


その日の夕飯は夜9時近くになってしまったが、
その時間になっても祖父は帰ってこなかった。

正直俺は『ジンカン』なんて信じきれてなかったから、
「じいさんまだ頑張ってるのかね」となかば呆れていたのだが。

「大変だ!やられた!
 とめきっつぁんがやられた!ジンカンだ!」

真っ青な顔をして、
白いシャツに鮮血を付けた祖父が
勢いよく茶の間に駆け込んできた。

固まる母と俺を尻目に、
父はゆっくりと箸を置き頭をポリポリと掻いて、
祖父にまず落ち着くように促した。

「親父、どういうことだ。とめきっつぁんはどうなってる?」

「死んだ!完全に死んだ!これを見ろ、とめきっつぁんの血だ!
 まずいぞ、蜘蛛じゃない!ジンカンは蜘蛛じゃ殺せないんだ!」

「落ち着けって!とめきっつぁんの家族はどうした?
 あそこは小さな孫もいたはずだろう」

父は努めて冷静だった。

パニックに陥っている祖父の断片的な話を紡ぎながら、
事実確認を急いだ。

「家族はみんな、公民館に逃げてきて無事だった…
 だから公民館で、見回りから帰ってきた俺に、
 とめきっつぁんの様子を見てきてくれって!
 とめっきっつぁんはやられてた!」

「やられてたって…どんな状態だったんだ?」

「穴だらけだった!血が噴き出していた!」

祖父がその時思い出していた光景はどんなものだったろう。

祖父はその場で吐いた。

カン、カン、カン。消防の鐘が聞こえた。

部落の住民全員に知らせる、緊急事態の鐘の音。

「公民館に行くんだ。今日はみんなで集まるんだ。守るんだ」

そう言ったのは祖父だったか、
父だったか、母だったか、それとも俺だったか。

それを憶えていないのは、
その直後の衝撃が大きすぎたからだ。

「父ちゃん、なんか臭わない?」

「…ああ。なんか、臭いな」

「これ、最近嗅いだことのある臭い…これって…」

最近どころじゃない。昨日嗅いだ。
死んだ人間の腐ったくっさいあの臭いだ。

「じいちゃん、死んだ人の臭いがする!」

「俺じゃない…この臭い、外からするぞ」

父は勢いよく立ちあがり、物置へと走った。

母は相変わらず茫然自失で、
身支度をするでもなく座ったままだった。

ドン!と玄関の戸を叩く音が響く。

何事かと思い、祖父も俺も戸のほうを見て固まる。

一瞬の静寂。

「…ジンカン?」

今まで黙っていた母がそう言った瞬間だった。

ドンドンドンドン!!

正常な人間ならこんな戸の叩き方はしないだろう。

ドン、ドン、バリン!!

そうだ。戸が壊れたのだ。

俺たちが今いる茶の間は、
玄関から廊下とふすまをはさんですぐだったから。

それが目の前に現れるのもすぐだった。

ジンカンは存在した。

「うわぁぁあああああああ!!化け物だ!ジンカンだ!」

人間の形をした、人外の化け物。

その身体は絵のとおりに真っ黒だった。

その腐ってただれた身体には人間で言う左腕が無かったが、
そのかわり右腕の動きが異常だった。

その動きをどう言い表せばいいか分からない。

多分、どんな単語を組み合わせても表現できない。

こんな化け物を蜘蛛で殺せると本当に思っていたのか。

ジンカンを見て本当のパニックに陥ったのは母だった。

「はわぁあああああ」

と叫びながら両手を胸の前で震わせ、
もはや立つことすらできなかった。

ジンカンはその顔を人間では考えられない角度に
ぐるりと回転させ、明らかに祖父に狙いを定めた。

祖父は動けないでいた。

「どけ!離れろ!」

その時だ。

父がバケツ一杯にガソリンを汲んできて、
ジンカンに浴びせたのだ。

ジンカンは微動だにせずその触手を祖父に伸ばしたが、
父が火をつけると、まるで人間のように悶えながら
廊下に転がった。

「これが幽霊とかじゃないなら、これで死なないとおかしい、
 殺せるなら、死なないとおかしい」

息を切らしながら、父は呪文のようにつぶやいていた。

転がるジンカンは叫ぶこともなく、
空気の抜けていく風船のようにしぼんでいき、炎とともに消えた。

「なんだったんだ…」

祖父は、やっぱり年寄りだから。腰が抜けて動けなかった。


俺は公民館に行くよう、
事の顛末のメッセンジャーの役目を頼まれた。

父と祖父は多少なり残った火の完全消火をし、
そのときの母はというと、まるで使い物にならなかった。

はじめは信じられないでいた部落の住民も、俺の家の有り様と、
とめきっつぁんの遺体を見たら何も言えなくなった。





翌朝のことだ。

繰り返しになるが、いくら田舎の高校生とはいえ、
朝5時に起きるほど健康的ではないのだが、
父から叩き起こされた。

「疲れているだろうが、悪いな。これからドスコイ神社に行く」

「…昨日のことで?」

昨日の朝とまったく同じやりとり。

しかし神社への道すがら、父は教えてくれた。

「あの絵な…俺は、前から思っていたんだ。

 『蜘蛛がジンカンを殺す』

 んじゃなくて、

 『蜘蛛を目印にジンカンが襲う』

 んだと。

 もちろん他の人にも言ったさ。
 じいちゃんにも、とめきっつぁにもな。
 でも誰も同意してくれない。

 なんで俺以外そう思わないのか不思議だった。
 あの絵の描かれ方だと、まるで蜘蛛は
 ジンカンの手下って感じだろう」

「そう言われるとそうとしか見えないかもしれないけどさ。」

そうして父と俺は、あらためて神社に描かれた絵をみる。

「父ちゃん、俺、今思ったんだけどさ…」

「なんだ?」

「この話、天井から始まるんでないの?」

この絵は右の壁から読むと、
カラスが産んだ卵から血しぶきをあげるジンカンが孵り、
人間を殺しまくって、最後に蜘蛛にやっつけられる話になる。

だが天井から読むとどうだ。

蜘蛛を従えるジンカンは人間を殺して、
最後にはカラスの産む黒い卵で血しぶきをあげて死ぬ。

そんな話になる。

「本当は、逆だったんだ」

父はポツリと言った。

「『人間をついばむカラス』がジンカンを産むんじゃない。
 そのカラスの卵が、ジンカンを殺す卵だったんだ」

本当にそうなのか、本当は違うのか、それは今でもわからない。

あれ以来、ジンカンどころか、
人間をついばむカラスも見つかってないから。

だけど、たぶん本当だ。

だって、あのときのジンカンはもう現れないから。
死んだのだから。


最後に、部落の子供に

『人間をついばむカラスはすぐ殺せ』

と教えることはなくなった。

むしろカラスはほうっておくように教える大人が増えている。

部落で毎年行われていた

『カラス追い祭り』

なる祭りも無くなった。

今の部落の長は、ジンカンに殺されたとめきっつぁんの息子。

彼もまた、みなから親しみをこめて

『とめきっつぁん』

とよばれている。


「とめきっつぁんの葬式は?」

「今日、明日は無理だろうな」

ドスコイ神社からの帰り、
父と俺はとめきっつぁんの葬儀の心配をしていた。

俺は見ることはかなわなかったが、
昨日の夜のうちに父はその凄惨な遺体を見てきたらしい。

「葬式にはとめきっつぁんの親戚も来る。
 お前はもうわかってると思うが、絶対に言うなよ。
 この部落に住んでいない人間に教える必要はないし、
 口で伝えるのは駄目なんだ」

「…何で?」

「言わせるな。言わなくてもわかるだろう」

また『口伝は駄目だという口伝』か。くだらない。

それでとめきっつぁんは死んだというのに。

なんで口伝は駄目なんだよ。

「きっと理由があるんだ」

俺の心の中を見透かしたかのように、父は優しい口調で言った。

「家を直さないとな。ガソリンじゃなくて灯油にすればよかった」

「最初、父ちゃんだけ逃げたのかと思ったよ。
 何も言わないで物置行くんだもの」

「馬鹿言うな。お前だけならともかく、
 母ちゃんもじいちゃんもいたんだぞ。俺だけ逃げられるか」

もちろん冗談。

もしあの場に父と俺だけしかいなかったとしても、
父は逃げたりしなかったろう。

家に帰ると、駐在さんが玄関口で待っていた。

よほどイラついているのか、足元には煙草の吸殻が散乱していた。

父は駐在さんのことを『赤坊主』と呼んでいた。

いつも赤のインナーシャツを着て坊主だからではなく、
いや、実際そうだったのだが。

何と言うか。控えめに言って、父と駐在さんの仲は最悪だった。

「おいこら赤坊主。そこは家の敷地だ。煙草を拾え」

父と駐在さんは同級生だと聞いていたが、
その日は父の方が優勢だった。

前の日の夜、恐怖に駆られ一番早く公民館に逃げ込んでいたのが、
あろうことか駐在さんだったからだ。

「朝っぱらから何の用だ。仕事しろ」

「うるさいよ。俺だってお前のところなんか来たくなかった」

駐在さんは煙草を取り出して火をつけると、
大きく一回吸って俺に向かって煙を吐いた。

俺も駐在さんが嫌いになった。

「赤坊主、今すぐ帰るなら許すから、すぐ駐在所に戻れ。
 昨日俺の家の中は見せただろう。
 今さら警察じみた真似するつもりか」

「お前はいつだって俺を馬鹿扱いするんだな。
 俺だってこの部落の人間だ。
 俺だってとめきっつぁんの死様は見た。

 何がとめきっつぁんを殺したかくらいわかってる。
 お前の親父さんにどうしても聞きたいことがあってな。
 でも部屋から出てきてくれないからお前を待っていた。

 それにしてもお前の嫁さんは何なんだ?昨日のこと、
 さっぱり憶えていないじゃないか」

「帰れ」

駐在さんを言い負かす父は爽快だったが、
次第に二人は俺に聞こえないようにコソコソ話をし始めた。

父の表情が変わり、俺をちらちらと見て、
駐在さんは相変わらず煙を吐いていた。

「赤坊主、とりあえず帰れ。俺は見てないから意見は控える。
 親父には俺から確認する」

「そうしてくれ」

駐在さんはいかにも不機嫌そうな顔をしていたが、
今日の父には勝てないらしく、
足元の煙草を足で適当にまとめて手のひらにつつんで、
帰って行った。

昼食時になっても祖父は部屋から出てこなかった。

母はというと、情けない話だが
本当に昨日の晩のことを憶えていなかった。

そうでなければ母も部屋にこもっていただろう。

「本当なのよね?そうでなきゃ、
 家、焼けているのはおかしいものね」

昼食の後、父と俺は林に向かっていた。

「林のとこ行くぞ」

と言われたから、
てっきり大工の林さんの所へ行くものかと思っていたのだが。

「父ちゃん、『林』って林さんのことじゃなかったの?
 紛らわしい言い方しないでよ」

「カラスが出た林のほうだ」

「探すの?」

「確かめるんだ」

林の前ではたと足が止まってしまった。

いろんな事が重なりすぎて思い出すまで忘れていたが、
林の先の森の中には首つり死体がある。

正直、あのにおいはもう体験したくなかった。

「めずらしく赤坊主が仕事したらしくてな。
 おとといのうちに首つり死体は片づけたそうだ」

本当にあの駐在さんが腐乱死体を
片づけられたのかは不安だったが、
父を信じて林を越えて森に入った。

「いいか、真上を探そうとするな。斜め先を見上げるんだ」

「わかってるよ。俺だって鳥の巣を見つけるのは得意だった」

強がりを言ったものの、
大きくはない森とはいえ鳥の巣ひとつ見つけるのが
どれだけ大変か想像してほしい。

その上、昨日の今日でこの森の中だ。ものすごく怖いのだ。

「カラス、飛んでないね」

「あんまり背の高い木はないな。カラスは高い木に巣をつくるんだ」

「それ、見つけるのって無理じゃないの?」

「探して見つけられなかったら仕方ない。探すだけ探してみよう」

父に言われたとおり斜め上を注意して探しながら、
とうとう黒い巣を見つけた。

驚くことに、俺でも背を伸ばせば手の届く高さの枝に
髪の毛の塊があったのだ。

「もしかして…これ?」

もしかしなくてもそれだった。

本当に髪の毛だけでつくられたその巣の中には、
まるで人間が造ったような艶のある漆黒の卵があった。

しかも鶏の卵ぐらいに大きいのだ。

「よく見つけられたね」

「必死になればな。
 こうしないと死ぬかもしれないと思えば、
 意外とできるもんだ」

いつぞや聞いたその台詞は、その時は何のことかわからなかった。

卵は持ち帰った。

さすがに家に帰った頃には祖父が部屋から出てきていたが、
黒い卵を見るなり「ギャー」と叫び声をあげて、
また部屋にこもってしまったが。

「割るぞ」

「割るの!?」

「割る。神社の絵に従うなら、この卵を割ってジンカンの最後だ。
 ガソリンかけて焼け死んだのなら、それに越したことはないが」

「…さすがに割るのは怖いね。ジンカンが出てくるかも」

父はクスリと笑った。

俺が冗談で「ジンカンが出てくるかも」と言ったのが分かっていたから。

「この卵が割れていないのが何よりの証拠だな。
 ジンカンは、カラスの卵からは産まれない」

「でも中身は気になるね。何がはいっているんだろう」

父はまさかのグーパンチで真上から卵を叩き割った。

勢いよく割ったのは、きっと父も多少なり怖かったからだろう。

「…何も入ってないな」

「何か入っていても、グーパンで叩き割ったら潰れるでしょ」

「いやいや、本当になんも入ってない。
 ほら、こぶしもきれいなままだ」

「ちょっとあなた、廊下に何塗ったの?」

その時だ。母がつま先立ちで茶の間に入ってきた。

「廊下にペンキでもこぼしたの?真っ黒なんだけど」

父と俺は顔を見合わせて、そういうことかと頷いて。

母を安心させるためにこう言った。

「うん。ペンキをこぼしてしまったんだ」

何も臭いはしなかったから。くっさい臭いはしなかったから。


その日の晩だ。父はこっそりと教えてくれた。

「朝な、赤坊主のやろうが来てただろ。あいつ、
『首つり死体には、最初から左腕は無かったのか』って。
 もう終わったことだから、じいちゃんには言うなよ」

俺は強くうなずいて。その夜はよく眠れた。


とめきっつぁんの葬儀は部落をあげて行われた。

とめきっつぁんの親戚も来ていたが、
遺体を見せることは決してなかった。

彼は『不運な事故』で死んでしまい、
今もそういうことになっている。


その後、紆余曲折あって、
ドスコイ神社のあの絵は描きかえられた。

描いたのは大工の林さんと、駐在さん。
彼はがさつに見えて、繊細な絵を描くものだと父と感心した。

ただ、大きく変わったことがひとつだけ。

絵以外は何もなかったドスコイ神社の本殿には、
立派な御神体が置かれた。

まるで人間が造ったように美しい、漆黒の卵だ。

父と俺が見つけた卵は二つあったから。

『口伝は駄目だという口伝』

もうジンカンが現れないなら、
ドスコイ神社はただの神社になるのだろう。

誰も伝えないのだから、きっとそうなる。<
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2018年10月07日

なまたり「ヤバいよ、あれはだめだよ」【怖い話】




これは俺が中学一年の時の話。

こういうことを言うのも何だがあの頃は楽しかった。

毎週日曜になると友人のAとK、Dと
一緒にいろいろなところへ探検にいっていた。


俺の住んでいた街は、
山間の田舎で過疎化が進み町のいたるところに
空き家や雑木林がありそういうところを探検するのが
俺達は楽しかった。


そしてこれは中学一年の夏休みこと。

俺たちはいつもの様に探検にいっていた。

今回行ったところは町外れの空き家。
外観は塀で囲まれボロボロだが
昔はいい家だったんだろうなと思えるような家だ。


となりには同じくボロボロの神社があり、
かなり雑木林に侵食されいた。

昔はその家に神主が住んでいたというが、
結構前に家系が途絶えたらしい。

それからというもの神社も家も
手入れする人がおらず荒れ果てていた。

俺たちは玄関からその家に入った。

家の中は結構荒らされてて中には落書きや
誰がもってきたかわからないゴミで埋め尽くされていた。


一階を散策しながら

「うわっ、これは歩く場所もねえな」

と俺がぼやいているといち早く二階に登ったAが叫んだ。


「おい!へんな道があるぞ!」

その声に反応しボロボロで底の抜けそうな階段を
みんな二階へ登った。

「道なんてどこにあんの?」

と怪しむKにAは自慢げに窓の外を指差した。

「あれ!塀の向こうの、」

その指差した方にはその家の裏から
神社の方へ伸びる道があった。

その道は雑木林をかき分けたような獣道のようで
神社の裏の山へ伸びていた。

「行ってみようぜ?」

と言うAにもう夕方だよ、という意見もあった。

しかし、新しい探検場所を見つけたワクワク感
かまわずに行くことになった。

塀を乗り越えてその道に行ってみると
二階から見たよりもしっかりしていて石で舗装もされていた。

しかも、蛇のようにくねくねと曲がりくねっているようだった。

どうせすぐに行き止まりになるだろうと思っていたが、
道を進むにつれ徐々にしっかりとした道になっていった。


一回目の道の曲がったとこには
ちっさな石でできた祠があり
俺たちはその祠に目印として木の棒を立てかけた。

だいたい3回くねくねをまがっかところだろうか、
一つの鳥居が見えてきた。

その鳥居は古く赤い塗装もほとんど剥がれ
ほぼ鳥居の形に木が組まれているだけのものだった。

「どうする?」

Dがつぶやいた。

確かにその鳥居以降は異様な空気が流れていて
進むなと第六感が言っていた。

だけど、非日常が与えてくれた高揚感には勝てなかった。

そのつぶやきには誰も答えず俺たちは足を進めた。

今思うとそこで引き返すべきだったのかもしれない。

鳥居を越えるとさっきのよりも
もう少し新しい鳥居が見えてきた。

その鳥居からは階段になっていてまた奥に
前のよりも少し新しい鳥居があるようだった。

「進もうぜ」

それからは異様な雰囲気に飲まれたのか、
俺たちは誰も喋らず黙々と階段を登り続けた。


ただ風の音だろうか、
ザワザワという音だけが聞こえていた。


鳥居は等間隔に、
いや徐々に次の鳥居までの距離は近くなってきている。

また、奥の鳥居に行くほどしっかりとしたものになっていった。

それから15分は登っただろうか、
俺らは、はっとした。

気づくと周りは真っ赤な鳥居が
数え切れないくらい並べられていた。

例えるなら伏見稲荷大社。

だけどあれはそれ以上に赤く綺麗に並んでいた。

「おい、」

Kはそう言った。

その一言で全員言いたいことはわかった。

おかしい、あの廃屋の裏からはこんなところ見えなかったし
こんな場所があるなんで大人も言っていなかった。


「とりあえず、あの白い鳥居が1番上みたいだから、
 その向こうに行ってみよう」

その声に勧められて俺たちは
階段をのぼった先を見ると一つの白い鳥居があった。

それを目指して綺麗な階段を進んだ。

好奇心とはまた違う不思議な気持ちで動いていた。

白い鳥居を抜けると開けた空間があった。

だいたいテニスコート一面分で
その向こうは切り立った崖があった。

その崖にくっつくようにポツンと一つの真っ赤な神社があった。


真上から降り注ぐ強い日の光が
その神社を照らしていてとても綺麗だった。

神社の扉は開かれていてその神社の御神体であるだろう
しめ縄のされた石が見えていた。

神社の中には何か暗い重い空気が流れているように感じた。

そして神社の扉の横には黒い字で

「なまたり」

と書かれていた。


「あの石、もっと近くで見てみようぜ」

その声に勧められて僕とAは足を進めようとしたその時。


Kが俺とAの腕を掴んだ。


「ヤバいよ、あれはだめだよ」

Kは震えながらそう言った。


さっきから気になっていたんだけど
誰が僕らに進めといってるの?

という趣旨の事をまとまらない言葉で伝えた。

その事態を理解したDは叫んだ

「逃げよう!!」

その言葉を皮切りに全員来た道に走り始めた。

白い鳥居を越えてもと来た道を全力で戻る。

風の音だと思っていたザワザワという音が
今では人の話声に聞こえる。

いや、本当に何かの話し声だったのだろう。

よく考えればいろいろとおかしかったんだ。

来る時は夕方だったのに
あの空間は昼間のように日がさしていた。

大体こんなとこに神社があるなんて聞いたことなかった。

そんなことを考えながら
階段を下っているとまたあの声が聞こえた。

「上に戻ろうよ」

全力で走ってるはずなのにしっかりとその声が耳に届く。

誰の声ともとれる誰の声でもない声だった。

俺らは無視してぐねぐねとした道を駆け下りる。

息はあがり恐怖で涙や鼻水が出まくった。

雑木林から飛び出た草や枝が身体に当たり
身体からの赤い液体だらけになった。

だけど怖くて立ち止まる事はできなかった。

何十分走っただろうか。

気づくと俺らは目印を立てた祠の前に戻っていた。


日はすっかり沈み周囲は暗くなっていた。

それから俺らは何も言わず
その日はなにもなかったように帰った。


後日、

そこをまた訪れたが俺らが来た道は
最初からそこが雑木林だったように雑木林になっていた。


あれから何年も経ったが、
俺らの中で誰も亡くなった人はいないし
あの声を聞いたやつもいなかった。

でも、あれ以上進んでいたらどうなっていたかわからなかっただろう。



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