ろくろ首といえば、首が『にゅ〜〜〜』と伸びている絵を想像する人が多いと思うのですが、皆さんはいかがですか?
自分の中では「ろくろ首」といえば首が伸びる、首が伸びると言えば「ろくろ首」、という方程式がずっと成り立っていました
それが『首が空を飛ぶ』などとは、いったいどういう事なのだ?
この『首が空を飛ぶろくろ首』、ある怪談話しの中に登場します
小泉八雲の怪談『ろくろ首』です
『ろくろ首』
昔、九州の菊池候に仕える磯貝平太左衛門武連(いそがいへいだざえもんたけつら)という侍がいた
武連は法名を回龍(かいりょう)と名乗る雲水だったが、元は武門の誉れ高かった祖先達の血を受け継いでいるそれはそれは優れた武人であった
*雲水・・禅宗の修行僧
回龍が甲斐の国のある山中で野宿をしている時、薪(たきぎ)の束を背負った樵夫(きこり)が声をかけてきた
『お坊さま、この辺りは化け物が出る物騒な場所。怖くはないのですか?』
それに対し回龍は
『お主の言う化け物が狐狸(こり)の類いならいっこうに恐れてなどおらぬぞ。野宿には慣れておるし、第一命を惜しむような修行はしておらぬ』
それを聞いた樵夫は、それでもわざわざ危険な所で野宿などせず自分の家へ泊まって下さいと回龍を家へと案内した
険しい曲がりくねった道を進み、着いた家に入るとそこには男女四人が小さな炉に手をかざして座っていた
四人は回龍に深々とお辞儀をし、うやうやしく挨拶をした
回龍は、こんな山奥に住む人がこれほどの礼儀作法を身に付けているのは、元はどこか身分の高い家の者であったに違いないと感じていた
その夜樵夫は、自分は元は大名に仕える侍だったが酒と女に狂い身勝手で残酷なふるまいばかりをしていたため家は断絶となり、その事でやけになって多くの人を殺め、そうして追手から身を隠す為山中に住むようになったと回龍に打ちあけた
そしてその悪因果から逃れようとなるべく人助けをし、折をみては経をあげているという事まで話してくれた
それを聞いた回龍は、その夜樵夫のためにお勤めをすることにした
お経をあげ、その後も読書や読経をしたりしながら長い時間起きていたが、ふと喉が渇き、水を飲むため部屋を出た。そっと障子を開けると眠っている人たちの姿が提灯の明かりで映し出される
と、回龍はその姿に我が目を疑った
なんと首がないのだ
しかし、よく見ると血も流れておらず切られたようでもない事に気づく
よもや自分は『ろくろ首』の棲家におびき寄せられたのか…
回龍は『捜神記(そうしんき)』という書物に『首のないろくろ首は体をよそに移せば首は二度とその体に戻れない』と書いてあったのを思い出し、その通りにする事にした
そうして家を出てあたりを見回すと、何やら遠くの方から話し声が聞こえてきた
木の間隠れに声の方へ近寄って行くと、大きな木の向こうで五つの首が空を飛び回りながら声をかわし、虫を食べているのが見えた
ろくろ首の主人(あるじ)は、雲水を喰らいたいがお経をあげている間は近寄る事も手を出す事も出来ないと他の四人に言い、それからその中の一人に様子を見てくるように言った
様子を見て戻ってきたその一人が、主人の体が動かされている事を告げると、主人は髪を逆立て涙を流しながら怒り狂い、八つ裂きにして喰ってやると、皆と共に木の向こうに回龍を見つけて突進していった
凄まじい勢いでこちらへ飛んでくる五つの首
しかし、すでに太い木の枝を手にしていた回龍は、あらん限りの力で首どもを叩きのめした
四つの首はたまらず逃げ帰ったが、主人の首だけは何度も何度も襲ってきた
主人の首は回龍の着物の左の袖に噛みついたが、その髪の毛を掴み何度も叩きつけた
そうしてついには長いうめき声を上げて死んでしまった
が、しかしその歯はまだ袖を噛んだまま
回龍はその口を力の限り開けようとしたが、どうしても無理だった..
ここから話しは新たな展開を見せていく事になりますが、ざっくり書くとだいたいこんな感じ
『ろくろ首』はろくろ首ですが、話しのこの部分
木の間隠れに声の方へ近寄って行くと、大きな木の向こうで五つの首が空を飛び回りながら声をかわし、虫を食べているのが見えた
首が空を飛んでいると...
しかも飛びながら虫を食べていると...
にゅ〜〜〜と伸びるどころではありません
首が空を飛びながら虫を食べているだなんて、想像しただけでもゾクッです
子どもの頃から、見たり想像したりしてきた『ろくろ首』のイメージは、この話しでガラリと根こそぎ、ひっくり返されました。そして、これを読んだ後の『ろくろ首』の姿は、すっかり『首が空を飛びまわる』というものに、変わってしまいました
今回取り上げた小泉八雲の『怪談ろくろ首』。皆さんはいかがでしたか?
ここではざっくりとしか書いてませんが、本編は描写や背景がもっと細かくて言葉もずっとずっと深いものになっています。『ろくろ首』が収められている名著『日本の心』は、怪談話しの他にも八雲の話しがぎゅーっと詰まっています。興味を持った方は本編の方も是非手に取って読んでみて下さいね
『小泉八雲』の怪談は他にもまだまだ面白いものが沢山あるので、またいつかとりあげたいと思います