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2019年07月15日

『つばめ』を詠む
【樋口一葉】十三歳の歌

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いづこにか しるしの糸はつけぬらむ

年々来鳴く つばくらめかな




(いずこにか しるしのいとはつけぬらん
としどしきなく つばくらめかな)


『どこに目印になる糸をつけたのかしら
毎年毎年つばめが来て鳴いている』




この歌は、樋口一葉が十三の年に詠んだものです

毎年春になると、必ず同じ場所へやって来ては巣を作るつばめを見て、「どこかに目印になる糸でもつけているのかな?」と、優しくも面白い想像をしている歌です

ちょうど今、自分の住んでいる町へつばめがやって来ていて、巣を作り、子を育てている姿を、毎日のように楽しく目にしているところですが、この歌を知ってから、つばめの巣を見つけると「目印の糸はあるかな?」と、そーっと巣を覗きながら『樋口一葉』の事が頭に浮かぶようになりました

そうやって色々の事に想像を巡らせていくのは、普段何気なく見る景色を、全く違ったものにも変えてしまうので、想像遊びを意識した生活というのも、面白く生きていくための一種の知恵のような気にも感じます



この歌を詠んでいた十三歳の時には、すでに『許嫁者(いいなずけ)』がいた一葉。その波乱に満ちた人生は、今を生きる人達にとって『自分と向き合う』という事を、改めて教えてくれるものだと思わせてくれます
(許嫁者・・親が結婚を認めた間柄の人「婚約者」)

慎ましくも、自分というものをしっかり持ち、強く生きた女性『樋口一葉

お札の顔、女流小説家として有名な、その女性の生涯を『樋口一葉ものがたり(日野多香子作○山本典子絵)』を元に、次回より少しだけ紹介していきたいと思います



参考引用文献
『和歌ものがたり』(佐佐木信綱著)
さ・え・ら書房

つばめの写真
『Joachim_Marian_Winkler』
Pixabay















posted by これいいよー at 13:13| 樋口一葉

2019年07月01日

『七夕の恋の調べ』
雨は、彦星が漕ぐ船の水しぶき

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七月七日の『七夕の日』


晴れれば『織姫』『彦星』は、逢う事ができる

雨が降れば、逢う事はできない


そんな事を思い浮かべながら、空を見上げて、天の川の川向かいに光る二つの星を探す人、短冊に自分の思いを乗せて笹に結ぶ人

『七夕』は、幻想的であり、人の『思い』が、事更優しく現れる


それぞれの思いを馳せながら、楽しむ『七夕』ですが、雨の降る日、織姫と彦星は、逢えているのでしょうか?逢えていないのでしょうか?


有名な『かささぎ伝説』では、雨で水かさの増した川に、かささぎの群れがやって来て、翼を広げて橋を作り、織姫と彦星が逢えるようにしてくれたり

また、『催涙雨(さいるいう)』といって、七夕の日に降る雨は、織姫と彦星が、逢えた喜びに流す、『うれし涙』だ、というお話しもあります

どちらのお話しも、七夕の日に雨が降っても、『織姫と彦星は逢える』という、嬉しい内容です


そのような、有名なお話しがある中、それとはまた違う、全く別の解釈をしていた人達が、昔の日本にいました

『万葉人(まんようびと)』です

今から、約千三百年前の日本で、万葉人は『七夕』に独自の感性を取り入れ、それを『歌(和歌)』に詠んでいます

そこで、雨の日も含め、空の色々の様子を、広い心で詠んだ『七夕の歌』を、『万葉のふるさと(清原和義著)』の中で紹介されている歌の中から、三首あげたいと思います

まず初めに、気になる雨の日の歌を

続けて、『雲』、『霧』、と詠んでいきます




※織女(たなばたつめ)は、織姫の事を指します





このゆふべ 降り来る雨は 彦星の

早漕ぐ船の 櫂の散沫かも




"このゆうべ ふりくるあめは ひこぼしの
はやこぐふねの かいのちりかも"



歌の意味
一年に一度の、この夜に降ってくる雨は
彦星が織姫のもとへ、早く漕いでいる船の
櫂(かい)の上げる、水しぶきであろうか






秋風の 吹きただよわす 白雲は

織女の 天つ領布かも




"あきかぜの ふきただよわす しらくもは
たなばたつめの あまつひれかも"



歌の意味
この秋風に、吹き漂っているあの白雲は
織女の領布だろうか

※領布(ひれ)は、肩から掛ける
ショールの様なもの






牽牛の 嬬迎え船 漕ぎ出らし

天の河原に 霧の立てるは




"ひこぼしの つまむかえぶね こぎづらし
あまのかわらに きりのたてるは"



歌の意味
織姫を迎えに行く、彦星の船が
漕ぎ出したらしい。天の川の河原に
霧が立っている




空を見上げ、秋風に吹き漂う白雲を見て、『あれは織姫の領布(ひれ)かも』と、想い描いてみたり

天の川に、が立っていれば、それは彦星が、織姫を迎える船を漕ぎ出した為に、立っているのだな、と想い

そしては、彦星が織姫に逢いたくて逢いたくて、早く船を漕ぐものだから、その櫂(かい)が水しぶきを上げて、それが降って来ているのだと、そんな風に、想いを馳せているのです

星は、遥か彼方にあるもの
雨が降っても、それが天の川に降るなどとは思いもせず、『七夕の日に降る雨は、きっと天の川から降ってきているのだ』。そう、万葉人は思い描いたのではないでしょうか



最後に

元々、中国から来た『七夕』
それを万葉人が、日本人ならではの解釈をし『歌(和歌)』に残してくれていた事で、今から千三百年前という遥か昔に、祖先が『七夕』へ馳せた想いというものを、感じる事ができます

そして、これからは、『七夕の日』に、もし雨が降ったとしても

あぁ、これは、彦星が織姫に早く逢いたくて、急いで船を漕いでいるんだなぁ


と、思う事ができそうです

更に、降る雨が激しければ激しいほど、彦星の織姫に対する想いが、より伝わってくる気がします


参考引用文献(図書館利用)
『万葉のふるさと』清原和義著
ポプラ・ブックス

天の川画像
『torstensimon』Pixabay




<追記>

記事にある『かささぎ伝説』は、中国の伝説にある「かささぎが翼を広げて作った橋」とか「宮中の階段」とかいう意味で、それが七夕に融合されたものだと思われるのですが、この中国の『かささぎ』の伝説を、見事に『和歌』に取り入れたものが、残されています

詠んだ人は『壬生忠岑(みぶのただみね)』古今集の四人の選者のうちの一人です

時の右大臣、藤原定国(ふじわらさだくに)に仕えていた忠岑。ある夜、酒に酔った勢いで、定国が左大臣藤原時平の屋敷へ押しかけました。酔った定国に対し、時平は「今頃、どこの帰りなのだ」と定国に問いただしました。その時、定国に代わって忠岑が、

かささぎの 渡せる橋の 霜の上を

夜半(よは)に踏み越え ことさらにこそ

「夜中に霜の降りた橋を踏み越えてわざわざやってきたのです」


という意味の歌を詠みました。それを聞いた時平はすっかり関心し、そのあと定国、忠岑、時平の三人で夜通し酒を飲んだという事です

古今集の選者でもあり、小倉百人一首にも歌が入っている壬生忠岑ですが、生まれた年も、亡くなった年もわかっていないという事です

(参考引用文献『百人一首物語(司代隆三著)』)















2019年06月15日

千年先に残したい日本の美しい風景
『虫送り』

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山の神、海の神、火の神、川の神、田の神、竈の神、、、

日本には、実に色々の『神さま』がいて、日本人の生活の中に、深く関わっています

特に『年中行事』には、『神事』と呼ばれるものも多く、神仏の存在を、より身近に感じられるものが、全国各地で行われます

その中で、我々日本人に欠かす事のできない、『お米』を作る場である『田んぼ』で、昔から守り継がれてきた、行事があります

『虫送り』です

この、虫送りには『虫の神』が登場します

田んぼには、毎年夏頃になると、虫(害虫)が発生しますが、この虫達を、松明(たいまつ)や、太鼓や、人形などを使って、村外れまで送り出すというもの、それが『虫送り』です

害虫駆除などと、言ってしまえば、簡単でしょう。しかし、昔の人の心持ちというものは、今の人達とは、だいぶ違っていたのです

民俗学の第一人者である、柳田國男氏『火の昔』という、本の中で『虫送り』について、このように話しています

村に生まれた人達なら、今でも折おり見る事ができるタイマツ行列は『虫送り』であります。害虫が田畑に発生した時に、それを駆除するのは理屈に合ったことで、ただ以前は少し、おまじない(お呪禁)のような心持ちも交えて、それが実行されていたのであります。たとえば、ワラ(藁)で人形をこしらえて害虫の親方と見立てたり、これを馬に乗せ食べ物を持たせ、もしくは苞(つと(ワラの筒)や芋の葉の中へ害虫を集めて入れたものを、この人形に背負わせたりして、それを先頭に立てて松の火をたくさん灯し、時によって村じゅう総出で鉦太鼓(かねだいこ)を叩いて送っていき、しまいには村境の塚の上で燃やしたり、または海、川の中へその人形も松明(タイマツ)も、一切がっさい流してしまうのであります

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『おまじない(お呪禁)』『害虫の親方』などという言葉が出てきます

ちょっと不思議な感じがしてきました

昭和10年に出版された『郷土史研究』という本には、こんな風にも書かれています

鉦太鼓(かねだいこ)の行列を仕立てて、また人形を作り、一村の者が松明(タイマツ)を照らして田の畦(あぜ)を巡って村境に行き、人形も松明も捨て去るので、夜の虫は人の声する方へ飛んで来て、松明(タイマツ)の中に入り焼け死ぬので、つまり虫を焼き殺すためであると近世の者は云っている。然し(しかし)、それは主眼でなく、かついで運ぶ人形を『虫の神』になぞらえて、村境に捨てるのが主眼である。これを人形送りと云う。鉦太鼓(かねだいこ)に合わせて歌を歌い、或(ある)いは念仏を唱えつつ踊りながらゆくのである。他にも、松明(タイマツ)で焼殺すのを少しも考えずに、まず氏神の境内で円形の舞踊を行い、その後で人形を送るので、これを虫送り踊りと云う。『神送り』というものの中の一つである虫送りは『虫の神』を送ることになる

虫を焼き殺すのが、主眼なのではなく、人形を『虫の神』に見立てて送るのが、主眼であると言っています

更には

昭和24年に出版された、研究書『稲の害虫(名和梅吉著)』には、虫送りについて、興味深い面白い事が、書かれています

或(ある)いは御幣をかつぐ者、奇怪な人形鳥獣虫魚に形どった造り物を、長い青竹の先にかけて持つ者、さては鉦(かね)を叩く者、太鼓を打つ者、ホラガイを吹く者など、数十人が行列を整えて、鎮守の社内をくり出し、田の間を隈なく巡り歩きながら、先頭に立つ者が、御幣を以って軽く稲の葉を撫でて通り過ぎます。これは何の意味かというに、鉦や太鼓やホラガイの音によって、悪虫の夢を覚まし、1匹残らず御幣の中に収めとろうとするのであります。こうして部落の田を一巡して後には、一定の場所 ーー例えば山の上とか川の中とかーー に、御幣や造り物を投げ捨てたまま、大急ぎで、逃げるが如くの帰ったもので、もしもこの場合に、まごまごしていたら、せっかく送った悪虫どもが、またもや後から追っかけて来るというので、さてこそ足早に逃げ帰ったのでありましょう。考えてみると、こっけいではありませんか。

稲の葉を撫でるのは『悪虫の夢を覚ますため』で、送った虫が後から追っかけて来ないよう『急いで逃げ帰る』とか

その様子を想像してみると、なんとも不思議で、可笑しいやら、楽しいやら。それでいて、とても日本人らしい考え方だなと、妙に納得してしまいます。虫と人とが、同じように考えられている所は、西洋の人からしてみれば、ちょっと考え難いものかもしれません

更に、この本の著者は、『虫送りの由来』についての、面白い説も調べていて、少し長いですが紹介します

むかし、平家の大将に『斎藤別当実盛(さいとうべっとうさねもり』という人がありました。時は寿永の二年、平維盛(たいらのこれもり)に従って北国に出征し、木曾義仲の大軍と戦いましたが、不幸にも敵の矢に当たって花々しい戦死を遂げました。この実盛は当時七十あまりの老人で、今度の出征に際しても若い者に負けぬようにと、わざわざ白髪を黒く染めて大いに勇気を振るいましたが、その討死に際しても、髪を逆立て、目を怒らせて、ハタと木曾の軍勢をにらまえ、大声を張り上げて

『われ戦死の後は、亡霊必ず悪虫に変じ、行く末永く源氏の世を呪い、国中の五穀成就を妨げるであろう、思い知れや』

と、こう言い残して息を引取りました。
それより幾程もなく、さしも栄えた平家一門は、壇ノ浦の一戦に悉(ことごと)く滅亡して、天下は源氏の世となりましたが、かの実盛の遺言に違わず、果たしてその年には日本全国に稲の害虫がはびこり、中にもウンカとメイチュウの被害によって、収穫皆無という大惨事を招き、殊に源平合戦の四国、九州地方の農民は食う米もなく、餓死する者が続出しました。
思い浮かべて見ると、この惨状を来したのも、全く斎藤別当の怨霊の致すところであろうと、ここに気づいたこの地方の農民たちは、『虫送り』という新しい行事を始めて、斎藤別当の霊をなぐさめ、これを例年の催し事にしましたが、後には全国に広まって、あちらこちらで盛大に行われる事となりました。
こういうわけで、この虫送りは土地によっては『さいねんもり』とも云いますが、その字義については別に何かの意味があるようにも思われます。


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愛知県尾西市祖父江町の「さねもりさん」

虫は『斎藤別当実盛』の霊が変じたもので、その霊を慰めるための行事が『虫送り』というわけです

かの源平合戦が、虫送りに関わっているなんて、ちょっと驚きでした。何事も、由来を調べてみると、思わぬ話しに行き着いたりするので、そういう繋がりを、調べてみるのも結構面白いものです

この由来についての話しは、インターネットでも色々書かれています。下にリンクを貼っておくので、興味のある方は、そちらも見てみて下さいね


最後に

『虫送り』という行事は、単に害虫を追い払う(駆除する)、というものではなく、『この世の全てのものに神が宿っている』という、日本民族特有のものの捉え方が、『虫の神を送り出す』というものへと、昇華させているものだと感じました。日本人の、自然に対する感謝と、畏れ、というものが、ここにも出ているのだなと

400年以上前に始まったとされ、江戸時代には日本全国、各地で広く行われていた『虫送り』が、現代は廃れてしまった地域が、とても多いようです。このような、日本人特有の行事は、効率とか簡単とかいうのを抜きにして、日本民族だから行える『神事』として、子ども達に受け継いでいけたらなと強く思っています

と、廃れてしまった地域が多い、と書きましたが、実は近年、この『虫送り』を復活させたという所が増えていってるようなのです。調べてみると、地元でも復活させた地域があり、見に行く事も出来そうです。一度廃れてしまったものを、『復活』させるという事は、容易な事ではないと思います。おそらく、古い書物なども、参考にしながらかもしれませんし、お年寄りの方達の『記憶』も、大いに参考にされた事だろうと、思います

このような、記憶に残る風景を、いつまでも受け継いで行きたい、そう改めて感じた行事です

私らの小さい頃は、夏も終わりに近くになる頃、どこの村でも、このタイマツ行列を代わり番こにしていました。真っ暗な晩だと、田舎ではことにそれが美しく感じられ、いつまでも人がよく覚えているのであります。(『火の昔』柳田國男著より)



下の動画は『虫送り』の美しい風景と音とが感じられる貴重なもので、YouTubeに投稿されていたOlivesimaさんのものをリンクさせていただいています。この風景がこの先、千年残りますように


小豆島土庄町肥土山地区の虫送り


参考引用文献(図書館利用)
『火の昔』(柳田國男著)
『夏をたのしむ祭り』(芳賀日出男著)
『郷土史研究』(出版雄山閣)
『稲の害虫』(名和梅吉著)

『虫送りと斎藤別当実盛の話し』リンク
虫送りとサネモリ(磯本宏紀のホームページ)
虫送り(いなかパイプ)
土用(どよう)と虫送り(ひょうごくらしの親子塾)

『虫送りの動画』リンク
2009虫送り(olivesimaさんのYouTubeチャンネル)









posted by これいいよー at 00:13| 美しい風景

2019年05月15日

『ろくろ首の首が空を飛ぶ?』
【小泉八雲の怪談】其の一

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ろくろ首といえば、首が『にゅ〜〜〜』と伸びている絵を想像する人が多いと思うのですが、皆さんはいかがですか?

自分の中では「ろくろ首」といえば首が伸びる首が伸びると言えば「ろくろ首」、という方程式がずっと成り立っていました

それが『首が空を飛ぶ』などとは、いったいどういう事なのだ?

この『首が空を飛ぶろくろ首』、ある怪談話しの中に登場します

小泉八雲怪談『ろくろ首』です

『ろくろ首』
昔、九州の菊池候に仕える磯貝平太左衛門武連(いそがいへいだざえもんたけつら)という侍がいた

武連は法名を回龍(かいりょう)と名乗る雲水だったが、元は武門の誉れ高かった祖先達の血を受け継いでいるそれはそれは優れた武人であった

*雲水・・禅宗の修行僧

回龍が甲斐の国のある山中で野宿をしている時、薪(たきぎ)の束を背負った樵夫(きこり)が声をかけてきた

『お坊さま、この辺りは化け物が出る物騒な場所。怖くはないのですか?』

それに対し回龍は

『お主の言う化け物が狐狸(こり)の類いならいっこうに恐れてなどおらぬぞ。野宿には慣れておるし、第一命を惜しむような修行はしておらぬ』

それを聞いた樵夫は、それでもわざわざ危険な所で野宿などせず自分の家へ泊まって下さいと回龍を家へと案内した

険しい曲がりくねった道を進み、着いた家に入るとそこには男女四人が小さな炉に手をかざして座っていた

四人は回龍に深々とお辞儀をし、うやうやしく挨拶をした

回龍は、こんな山奥に住む人がこれほどの礼儀作法を身に付けているのは、元はどこか身分の高い家の者であったに違いないと感じていた

その夜樵夫は、自分は元は大名に仕える侍だったが酒と女に狂い身勝手で残酷なふるまいばかりをしていたため家は断絶となり、その事でやけになって多くの人を殺め、そうして追手から身を隠す為山中に住むようになったと回龍に打ちあけた

そしてその悪因果から逃れようとなるべく人助けをし、折をみては経をあげているという事まで話してくれた

それを聞いた回龍は、その夜樵夫のためにお勤めをすることにした

お経をあげ、その後も読書や読経をしたりしながら長い時間起きていたが、ふと喉が渇き、水を飲むため部屋を出た。そっと障子を開けると眠っている人たちの姿が提灯の明かりで映し出される

と、回龍はその姿に我が目を疑った

なんと首がないのだ

しかし、よく見ると血も流れておらず切られたようでもない事に気づく

よもや自分は『ろくろ首』の棲家におびき寄せられたのか…

回龍は『捜神記(そうしんき)』という書物に『首のないろくろ首は体をよそに移せば首は二度とその体に戻れない』と書いてあったのを思い出し、その通りにする事にした

そうして家を出てあたりを見回すと、何やら遠くの方から話し声が聞こえてきた

木の間隠れに声の方へ近寄って行くと、大きな木の向こうで五つの首が空を飛び回りながら声をかわし、虫を食べているのが見えた

ろくろ首の主人(あるじ)は、雲水を喰らいたいがお経をあげている間は近寄る事も手を出す事も出来ないと他の四人に言い、それからその中の一人に様子を見てくるように言った

様子を見て戻ってきたその一人が、主人の体が動かされている事を告げると、主人は髪を逆立て涙を流しながら怒り狂い、八つ裂きにして喰ってやると、皆と共に木の向こうに回龍を見つけて突進していった

凄まじい勢いでこちらへ飛んでくる五つの首

しかし、すでに太い木の枝を手にしていた回龍は、あらん限りの力で首どもを叩きのめした

四つの首はたまらず逃げ帰ったが、主人の首だけは何度も何度も襲ってきた

主人の首は回龍の着物の左の袖に噛みついたが、その髪の毛を掴み何度も叩きつけた

そうしてついには長いうめき声を上げて死んでしまった

が、しかしその歯はまだ袖を噛んだまま

回龍はその口を力の限り開けようとしたが、どうしても無理だった..

ここから話しは新たな展開を見せていく事になりますが、ざっくり書くとだいたいこんな感じ

『ろくろ首』はろくろ首ですが、話しのこの部分

木の間隠れに声の方へ近寄って行くと、大きな木の向こうで五つの首が空を飛び回りながら声をかわし、虫を食べているのが見えた

首が空を飛んでいると...

しかも飛びながら虫を食べていると...


『ひぇーーーーーーー!!!』

にゅ〜〜〜と伸びるどころではありません

首が空を飛びながら虫を食べているだなんて、想像しただけでもゾクッです

子どもの頃から、見たり想像したりしてきた『ろくろ首』のイメージは、この話しでガラリと根こそぎ、ひっくり返されました。そして、これを読んだ後の『ろくろ首』の姿は、すっかり『首が空を飛びまわる』というものに、変わってしまいました


最後に

今回取り上げた小泉八雲『怪談ろくろ首』。皆さんはいかがでしたか?
ここではざっくりとしか書いてませんが、本編は描写や背景がもっと細かくて言葉もずっとずっと深いものになっています。『ろくろ首』が収められている名著『日本の心』は、怪談話しの他にも八雲の話しがぎゅーっと詰まっています。興味を持った方は本編の方も是非手に取って読んでみて下さいね


『小泉八雲』の怪談は他にもまだまだ面白いものが沢山あるので、またいつかとりあげたいと思います






参考引用文献(図書館利用)
小泉八雲『日本の心』
訳者 金行章一郎他
和田久寛監訳(彩図社)













posted by これいいよー at 00:00| 小泉八雲

2019年05月12日

日本人の立ち居振る舞いと外国の人びと

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日本人として日本にいると、日本での事が当たり前になってそれが生活の普通になる

当然といえば当然なんだけど

けど、どうやら日本人が日本で感じる『当たり前』は、外国の人達からしたらぜんぜん当たり前じゃないらしくて、それも驚いたり感動したりするほど『当たり前じゃない』ものらしい

それらの『声』は動画サイトなどで本当に多く取り上げられていて、それを見て逆にこっちが驚くという現象が起きる

日本人にはごく自然な当たり前の事なのに外国ではこんなにも違うものなのかと

日本人の中には『日本なんてダメだよ』なんて思ったりしてる人も多いみたいだけど(これには色々と理由があるけど)、こういった動画などを見て『日本人としての誇り』というものを取り戻してくれたらいいなと思う


お店や宿などで働く人達の対応が自国では考えられないほど丁寧。治安が良い。落し物が戻ってくる等



海外でのサッカーの試合の後、負けたにもかかわらず、会場を後にする前に自分達のいたベンチのゴミを皆んなで拾って帰った。このニュースは海外のメディアで取り上げられ日本人の行いに驚きの声が上がった



東日本大震災での日本人の立ち居振る舞い。溢れるほどの人がいる駅構内でもきちんと並び、人が通れるスペースを作る。物が不足するコンビニやお店でもきちんと順番を守って並んで買うなど


その国の文化はその国の『当たり前』の中にあると感じている自分としては、外から日本を見た外国の人達がこういう目線で日本や日本人の事を言ってくれたということは、日本文化そのものを褒められているように感じられて、日本人として『日本人いいじゃん』と素直に喜びたい

そして、立ち居振る舞いというものは昨日今日教えられて身に付くというものではないだろうし、これも古い古い遥か昔から日本で脈々と育くまれ、受け継がれてきた事なのだろうなと思うと、先人達の成してきた事に改めて手を合わせて感謝を伝えたい



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この記事は
『真の大和魂』が目覚める時
プロパガンダは日本人を崩せない

の中から抜き出したものです






記事内写真
『写真AC』より
ALP(福岡県朝倉市)さん
kankanmamaさん
cheetahさん


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2019年04月18日

『ようかんのようで、食べられないけど良い香りのするもの』【福沢諭吉】の其之二

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アメリカへ航海する咸臨丸


江戸時代の末アメリカに渡り、その時のお土産にシャボン(石けん)を買ってきた人がいます(江戸時代1603年〜1868年)

その人の名は『福沢諭吉』

後に『学問のすゝめ』出版の他、日本の発展に数多く関わった立派な人物です

今回は、福沢諭吉が咸臨丸でアメリカへ渡った時の様子とシャボン(石けん)を買うまでのお話しです

万延(まんえん)元年(1860年)1月、咸臨丸(かんりんまる)でアメリカへと船出した日本人96名の中に、なんとしてもアメリカへ行って英語を学びたいと思っていた福沢諭吉がいた。同じ船には指揮官として勝海舟、通訳には中浜万次郎(ジョン万次郎)も乗っていた(土佐の漁師だった万次郎は無人島に漂着していたところをアメリカの捕鯨船に救われアメリカで教育を受け帰国。ペリーの黒船騒ぎ以来幕府の通訳として働いていた)。

軍艦咸臨丸は港を出る時と入る時は石炭をたいて動かし、沖に出ると帆を上げて風の力で走る。諭吉達は海が大荒れする季節に航海した為、サンフランシスコに着くまでほとんど毎日暴風雨で、船は木の葉のように揺れ、波は甲板に打ち上げ、船は大きく傾きながら走った

このような状態のため、ほとんどの乗組員が船酔いになり、特に勝海舟の船酔いは酷く船室を一歩も出る事ができなかったという

そんな中、諭吉はというと「牢屋に入って毎日地震にあっていると思えばいいのだ」と言って、奉行の木村摂津守を介抱したり食べ物や衣服の世話までもしていたので皆んなにとても感謝されていたそう

そうして37日間をかけ、ようやくアメリカに着いた諭吉達。そこには歓迎をする人や初めて日本人を見る市民が黒山の人だかりとなって待っていました。刀をさし草履を履いた日本人を見て人々はとても驚いていました

諭吉もまた町を歩き日本とアメリカとの違いに驚いてばかり

『あちらこちらに鉄くずが落ちているが誰も拾わないのか?』

江戸では火事があると、焼け跡から釘を拾おうといつも大勢の人が集まってきていたからだ

『ここではそれだけ多くの鉄が生産されるということか...』

驚くことはまだあった

『ダンス?男女が抱き合って踊るなんて日本では考えられない...』

風俗でも日本との違いを目の当たりにした諭吉は万次郎とこんな会話をしていた

諭吉
『外国語を学ぶという事は、外国人と話すという事だけでなく日本とは異なる文化を知るという事ですな』

万次郎
『おっしゃる通りです。国が違うと言葉だけでなく、考え方も生活の仕方も全く違います。それに気づかないで古いしきたりに囚われてばかりいては国の進歩はありません』

この言葉に諭吉は深くうなずきました。万次郎は元は漁師で特に学問を受けていなかったがアメリカの文化に接し、物の見方が広くなっていたのだ

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咸臨丸へ乗った人達と福沢諭吉(一番右)


そんな事もありながらアメリカでの見聞を広めた諭吉ですが、日本へ帰る前に珍しいものも色々買いました。その中のひとつにあったのがシャボン(石けん)だったのです

日本に帰ってきてシャボンをお土産にもらった人は『ようかんのようで、食べられないけど、いい香りのするものだ』と言っていたそうです


〜ここから掘り下げ〜
福沢諭吉がアメリカへ渡りシャボン(石けん)を買うまでの話しはここで終わりです。が、ここから石けんについて少し掘り掘りします

諭吉がシャボンをお土産に買ってきたのが1860年。そこから今のように石けんが皆んなに使われるようになったのはいつ頃からで、それまでは何を使っていたのか

石けんが庶民の間でも使われるようになり始めたのは昭和の初め(1910年代)頃で歴史としてはまだ100年そこそこ。石けんがまだまだ高価だった時代はほとんどの人は使い古して柔らかくなった布で袋を作り、その中に米ぬかや洗い粉(あずきや大豆を粉にしたもの)を入れた『ぬか袋』というものを作り、それを濡らして体を洗っていた

米ぬかといえば今は「ぬか漬け」に使うぬか床とか、老舗旅館でぬかを煎ったもので床を磨くとかいう話しを聞いた事はあるけど、なかなか日常生活で目にする機会は少ないように思える。それが100年ちょっと前にはお風呂で身体を洗うものに使われていたなんて想像もしていなかった

更に昔、初めて石けんが日本に渡ってきたのはいつなのか?

初めて石けんが日本に伝わったのは1500年代。ボルトガルから伝わり「しゃぼん」と呼ばれ、汚れを落とすためではなく『薬』として使われていた

日本で初めて石けんを作ったのは横浜の「堤磯右衛門(つつみいそえもん)」という人で、フランス人から作り方を教わり横浜に石けん工場を作り、苦労のすえ1837年(明治6年)に初めての国産洗濯用石けんを売り出した

今では当たり前に使っている『石けん』
その歴史に福沢諭吉が関わっていたり石けんの前は『ぬか袋』だったり

当たり前に使える事に慣れてしまっているけど、当たり前の中にある歴史とか苦労とかもよくよく分かった上で毎日いい香りの石っけんを使える事に改めて感謝したい


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浴用せっけん(生活クラブ生協)

参考文献(図書館利用)
「福沢諭吉(こどもの伝記)」浜野卓也文
「もののはじまり(辞書びきえほん)」陰山英男監修
「昔のくらし」田中力監修









posted by これいいよー at 00:00| 福沢諭吉

2019年04月16日

『味わって飲みたい』
安心安全無添加国産りんごジュース

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目をつぶって飲むと『りんご』の姿が目に浮かぶ

そんなくらいめちゃウマな『りんごジュース』

JAさがえ西村山のりんごを複数品種ブレンドした195gの濃縮還元缶入りジュース


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搾って濃縮冷凍保管したものを申し込みに合わせて解凍して調合してリパックするという

もちろん香料などは『無添加

原材料りんごのみ!

りんごの甘さ美味しさが、これでもかこれでもかと前に出てきます

そして見落としちゃいけないこの表記

印刷インキには有害な重金属は含んでいません

ここまで表記しているのはなかなか見かける事がなく、そこまでこだわっているというのがこの一行からも感じ取れる

持ち運びにも便利な【生活クラブ】の無添加国産めちゃうま『りんごジュース』お出かけのお供に是非

『生活クラブ』りんごジュース
販売『日本果実工業』
製造『丸菱食品』









posted by これいいよー at 20:30|

2019年04月05日

オーラまでシビれるクオリティ
『Clean Bandit(feat.〜)』

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あまりのクオリティの高さに、皮膚の上10センチくらいまでシビれる感覚がある

もし、オーラが見えるならこの辺りかと

『声色』『音色』『映像』『色彩』全てがズバ抜けていて、洗練されている


Clean Bandit -I Miss You
(feat.Julia Michaels)

『次元が違う』とか言うのは、こんな時に使うのだろう

優れた人達がいて、優れた作品を作っている

世の中楽しすぎ


Clean Bandit -Tears
(feat.Louisa Johnson)


Clean Bandit -Symphony
(feat.Zara Larsson)

そして朗報

Clean Bandit2019年5月、来日決定!詳しくはこちら

Clean Banditサウンドが生で聴ける
自分は行けない..泣

『ライブ行きたいぞ』という方は、リンク先からもチケットが購入できるようなので、そちらからも是非















posted by これいいよー at 00:25| 心響く歌

2019年04月02日

『出会ったものはその時見る』
【宮崎駿監督】の其之四

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youtube.com/watch?v=LLOYaZYmP2A&t=323s

『映画ってね、一回観りゃいいんですよ』

『一回しかこの世のものは出会わないんだと思った方がいいんですよ』

宮崎駿監督が子どもの頃に見ていた紙芝居は、続きモノのお話しであっても雨が降って紙芝居屋さんが来られなかったらその回は飛ばされてしまう

紙芝居屋さんは順繰りに『作品』を回して(受け渡して)いっている為、その時に見られなかったらもうその回は観られないのだと

『だから出会ったものはその時見る』

『映画館で観て、もしそれで何かを掻き立てられたら、もう一回観るんじゃなくて帰ってくる。そうしたら、こんな小さいもの(想像妄想)がこんなに大きく膨らむでしょ?それが映画的体験なんだと僕は思います』

感動する映画はつい間を空けず観てしまいがちだけど、こうする事で想像力や妄想力?インスピレーションは何かとてつもなく大きなものになりそう

こういう心構えで目の前のことに集中する事が出来たら、映画に限らず、仕事であれ学校であれ遊びであれ、今まで以上に新しいものに取り組めたり生み出したりできそうだ


映画って一回みりゃいいんですよ(00:35〜)

このインタビューで『映画は一回観りゃいいんです』と言っている宮崎駿監督。その後に『3回くらい観てくれればお金が入るのかもしれませんけど』と、興行としての面(映画に関わる全ての人の事)もちゃんと考えているところも見逃せません

『宮崎駿監督』ポニョ制作期
映画『崖の上のポニョ』(2008.7.19公開)












タグ:宮崎駿監督
posted by これいいよー at 19:45| 宮崎駿監督

2019年03月27日

松ぼっくりは『松フグリ?』

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これからは『松かさ』と言おうか。。。

色々な場所で目にすることのできるお馴染みのこれ



『松ぼっくり』


この『ぼっくり』という響き

愛らしいというか、可愛らしいというか、とても日本っぽいというか

とにかくとてもいい響き

他にも『松かさ』という言い方もあるのだけれど、『松ぼっくり』って言うことが多いよなぁ、と個人的に思っていて

で、

この『松ぼっくり』という言い方
語源や由来が好きな自分が図書館で借りた本の中に、たまたまこれに関連する事が書いてあって

ぼっくりってそういう意味だったの!?』

と、目玉飛び出るくらい驚いてしまったので、知らない人の為に、ここで少しお話しさせていただこうかと思います

読んだ本は『火の昔(柳田國男著)』
その中で、松ぼっくりについて、こんな事が書いてあります

松フグリ、またはこれからなまってきた松ボックリのような、無骨な(風情のない)ものばかりしかないのであります

と。。。

ん?フグリ?フグリって、、、とここで察した方は相当の花好きさん

花の種類にオオイヌノフグリというものがあり、このフグリの意味が「雄の睾丸・陰嚢」らしく

つまり花の名を直訳するならば『犬の睾丸』

なんでそんな名前!?と思ってしまうけどそれは詳しく調べていません


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『フグリ』 → 『ボックリ』

そうなると察しの良い方はお分かりの通り、松ぼっくりは『松の睾丸・陰嚢』という意味になり、確かに言われてみれば形が。。。

『ぼっくり』って、ほのぼのしてて、かわいらしいイメージなのにまさかの。。

まぁ、それでもこの名前はやっぱり愛着あるし、いい響きだし、これからも『松ぼっくり』って言っちゃいますけどね


因みに、昔、囲炉裏に松かさを入れていた頃にあった「松かさの呼び方」として『チチリ、チッチロ、チンチロリン、ケッラマツ、ケンケラマツ、コッケラ、カッコ』などが、各地にあったそうです枯れ葉

これらの呼び方は「燃えている音」とか「パッと弾ける音」などから来ている名前のようなのでご安心を枯れ葉


















posted by これいいよー at 20:31| 語源と由来

令和元年(2019)
七月【文月(ふみづき)】
七夕の日に書物を夜気にさらし
虫干しする行事があった為

【晦(つごもり)】七月二日
【朔(さく)新月】七月三日
【 満月   】七月十七日

晦は月が隠れて見えなくなる月の最後の日
月の名については諸説有ります

【タグで検索】
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