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2016年01月18日

新訳 弓と禅 オイゲン・ヘリゲル (著), 魚住 孝至 (訳・解説)


玄侑宗久さんの「般若の知」というCDブックの中でこの「弓と禅」についてのエピソードを聞いたことがあり、それ以来興味を持っていました。
そのCDブックの中で記憶に残っていたのは「的を狙ってはいけない」という指導を受けたこと、また、弓の師がそのことを示すために暗闇の中で2本の弓を放ち、1本目は的の中心を射抜き、2本目は1本目の矢を射抜いたこと。
とても神秘的な印象を持っていたのですが、書店でこの本を見つけた時に急にそのことを思い出し、購入しました。

この本では哲学者である著者が日本にどのような思いを持って来たかということ、禅を学びたいという思いから弓を学ぶことになった経緯、そして弓をどのように習得していったかということが書かれています。
哲学者である筆者が極力分かりやすい言葉で書くという意思のもとに著されたこの本は、非常に読みやすく、当時の有り様がありありと思い浮かんでくるようでした。

よく整理されていて、何となく弓と禅の関係が、弓道の”道”が示す意味が、また禅によって得られるものが何かというものかが、それぞれ理解できたような気がしました。
しかし一方で、書中にあるように、自分の身をもって経験しなければこの本に書かれていることは理解できないということも注意しておく必要があります

禅というものに興味があれば、ぜひご一読をおすすめしたい本です。
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posted by 霧島もとみ at 2016年01月18日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 本:教養

2015年12月21日

不安な未来を生き抜く知恵は、歴史名言が教えてくれる  「明日を変える力」を磨く55の言葉  竹中 平蔵


「歴史の名言から未来を学ぼう」をコンセプトに、竹中平蔵さんが55の言葉とその解説を紹介していく本です。

「川を登れ、海を渡れ!」など数々の名言を切り口に、竹中さんの物事の捉え方・考え方を紹介していく本とも言えると思います。

中でも印象に強く残ったのは、

「コンパス・オーバー・マップス(地図よりもコンパス<軸>が重要)」 伊藤穰一(MITメディアラボ)

という言葉です。
実は、本書中で”名言”として紹介された言葉ではなく、その解説文の中に紹介されている言葉なのですが、とても強く印象に残りました。
変化の激しい時代に変わらない地図はなく、大事なのは「自分が何をやりたいのか」という括弧たる軸であると。それがコンパスであり、地図がどのように書き換えられたとしてもコンパスさえあればこの世界を迷いなく渡り歩いていけるのだ・・・という力のある言葉として、ドンと心の中に打ち込まれてきたのです。
この言葉に触れたとき、自分自身の中で近頃漂っていた焦燥感というか、困惑の感情が、ふと「自分の軸は何なのだろう?自分はこの世界で何を本当にしたいと考えているのだろう?」という形を与えられたように感じました。

というのは私が読んだ感想ですけれども、この本は様々なエッセンスの名言が散りばめられているので、読む人によってセンサーに触れる箇所・内容が様々だと思います。歴史的な名言を学びながら、自分の中のどの部分が反応するのかを確かめながら読んでみると面白いかもしれません。

気軽に読める、ちょっと面白い本だと思います。
posted by 霧島もとみ at 2015年12月21日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 本:教養

2015年12月01日

「官僚階級論」 佐藤 優

副題には「霞が関(リヴァイアサン)といかに闘うか」とあり、霞が関に息を潜める官僚たちの内情を暴き、それを踏まえて国民が官僚とどう対抗していくことでより良い社会が実現するのかーーーということを書いた本かと思い、買ってみたのですが・・・。

そういう本ではありませんでした。
いや、ひょっとしたらそういう本なのかもしれませんが、まだ全然内容をしっかりと把握できていないので、恥ずかしながら断言が出来ないということです。

どちらかというと、マルクス主義、更にマルクスを研究した人たちの本を読み解きながら、社会の構造をどのように捉えていくかということを説明した何だか哲学書的な内容だと感じました。

佐藤さんの本を読んでいつも思うのは、知的レベルがとにかく高いなあという事です。知識があるとかそういうことではなく(勿論知識も莫大にあるのだとは思います)、物の見方といいますか、知性のあり方の意識がとても高いという感覚です。
このようなときに自分を省みると、いかに短絡的で目の前しか見ていないか、また、知性を構成するための良質な部材が整っていないかということを痛感します。

佐藤さんの本はどれも難しいです。
特にマルクス関連の話がよく出てくるのですが、マルクスについて「高校の世界史で出てきたなあ」程度の認識しか持っていない自分にはその基本的な主張の構造が把握できないため、それを前提とした理論展開が全く分からないのです。
数学の極限の概念が分からないのに微分・積分が分からないのと同じような感じとでも言えばいいのでしょうか。

でもこの本を読むと、これまでの色々な本で言いたかったことが少しだけ分かったような気になった気がしました(何だか良く分からない言い回しですが・・・)。というのも構造的に分かりやすい構成になっているからです。順を追って主張と論拠を展開していく構成が本書では徹底されていて、また、「今はこのことを書きますよ」「次はこのテーマですよ」とその都度親切に教えてくれています。

それとも、「この一冊で聖書が分かる」を読んだことで、キリスト教の基本的なものの見方をなんとなく把握が出来たから、佐藤さんの物の見方が少し分かるようになったのかもしれません。佐藤さんはキリスト教的な物の見方をたとえ話としてよく挿入していますので。

総論として、「官僚階級論」というよりも、「官僚階級論という論を考える前の前提としてこういう社会の捉え方を考えていきますよ」という内容、といったところでしょうか。

本当のところはしっかり読み込まな無いと分からないなあ、という感じです。

それにしても久し振りに知的好奇心を大いに刺激された本でした。
佐藤さんは凄いです。
posted by 霧島もとみ at 2015年12月01日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 本:教養

2015年10月17日

読めば読むほど面白い『古事記』75の神社と神様の物語  由良 弥生

古事記は日本最古の歴史書で、いろいろな解説本が既に多く出版されていますが、「神社」と関連付けて紹介しているというところにこの本の特徴があると思います。

神社は身近な存在であり、初詣、七五三など生活の中で訪れることがあります。
また、近年パワースポットとして注目されることもあります。

ですがそもそも神社とは何なんでしょうか?
祀られている神様とは?
少し考えてみると、知らないまま接していることに気づきます。

この本では古事記の中でも、天地創造から神武天皇の即位までの間、つまり神話の時代を中心に紹介しています。
神々のエピソードはとても特徴的で、ある意味荒唐無稽で、しかしどこか人間味があってとても面白いです。

また、紹介される神社はこれらの古事記に登場する神様に関連するものですから、伊勢神宮や熱田神宮、出雲大社など有名ドコロの神社が多く、紹介記事や写真を見ていると何かわくわくします。

古の時代から日本人が大事にしてきたこういう物語が、今も神社に長い時を超えて生き続けていると思うと、日本の歴史の長さと深さをちょっと感じますね。

イザナギやイザナミ、クシナダ、ヤマトタケル・・・こう名前を並べると「モンスト」という言葉が今は浮かぶ人の方が多いかもしれませんが、これらは全て古事記の中で出てくる神様です。
20年くらい前では女神転生というゲームもありましたけど、やっぱり今はモンストでしょうかね。まあ、神話はよくゲームや漫画などの題材として取り扱われます。
今はモンストが流行っていますけれども、それぞれのキャラクターの由来に興味が少しでもあれば、ぜひ読んでみてもいい本かなーとは思います。
posted by 霧島もとみ at 2015年10月17日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 本:教養

2015年09月06日

この一冊で「聖書」がわかる 白鳥春彦

私は今のところ特定の宗教を信じていません。
どちらかというと宗教に対しては「アンチなイメージ」を持っていました。
歴史に出てくる十字軍の話や、オウム真理教のニュースなど宗教に関するアンチな情報がよく入ってきましたから、それらに対して何となく「宗教って怪しいものだなあ」という印象を持つことになったんだと思います。

そんな中で一番長い時間触れていた宗教というものは、キリスト教です。
実は子供の頃、毎月1回、カトリックのミサに参加させられていました。
時間にして大体1時間くらいでしょうか、子供にとって全く意味が分からない話を聞かされ、台詞を言わされ、毎月「早くこの時間が過ぎないかなー」と思っていたように覚えています。

そんな自分がこの本を手に取ったかというと、近親者の葬儀がキリスト教形式で行われたこととか、好きな作家である佐藤優さんがキリスト教であるとか、そんなことが記憶に残っていたからです。
また最近ではISに関する報道も多く、宗教に対してあまりにも知識が無いことへの危機感を感じていたのかもしれません。

”旧約、新約のあらすじから、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教まで”

というキャッチコピーを見て、よし読んでみるかと思ったのでしょう。


さて、読後の感想としては、これは読んで良かったということを強く思いました。

まず歴史としての重みがあるのだなあと感じたこと。
紀元前2000年程前から続く民族の話として「なんと壮大なんだ」と素直に思いました。

次に、これまで聖書の中で読んだこと、聞いたことがある内容にしても、ただ聞くだけでは駄目で、書かれた時代背景や、使われている単語の意味を知った上で向かい合わないと理解が出来ないのだなあということ。
愛とか、貧しいとか、一つ一つの言葉についてキリスト教の解釈があり、それを知らないまま聞いても意味がないのだなあと感じました。
例えば「隣人を愛しなさい」という言葉はミサでも聞いたことがありました。
しかし「隣人」は何を指すのか、「愛」とは何を指すのか、それぞれの言葉の意味が分からないと、結局センテンスとしての意味も分からないままで、ぼやっとしたままの状態で終わってしまいます。
これらの言葉ついて本書で解釈されている内容はとても分かりやすく、気付きを得ることができました。

印象的だったのは、次の記載です。
”信仰とは、愛に向けられた疑いのない心なのである。
少なくとも聖書の中では、愛とは何らかの概念ではない。愛という表現で語られているものは、完全なる信頼であり、信頼からの行ないであり、アダムとエバの物語で象徴されるように、各々の人生の中でいつしか自分の自由意志で離れてしまった生命の木なのである。”
意味を理解出来たわけではありませんが、自分の中に積もっているたくさんの事項と結びつく感覚を得たというか・・・。
”琴線に触れた”ということなのかもしれません。

また、単純に、この地球上で多くの人が信じる「キリスト教」「イスラム教」についての知識を持つための教養書としても価値は十分にあると思います。
読み物としても面白いですしね。

少なくとも、「聖書を読んでいる人の中にはこのような考えが共通項として持たれているのだ」ということを知っておくのは、これからの時代を生き抜くためには知っておいて損はないことでしょう。

予想よりも遥かに面白い本でした。
posted by 霧島もとみ at 2015年09月06日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 本:教養

2015年07月13日

揺れない心 本当の強さを身につける作法 桜井章一

久しぶりに雀鬼ー桜井 章一氏の本を読みました。
「揺れない心」というタイトルに惹かれてのことです。
桜井氏の言葉には「心を揺らすな」という表現が頻繁に出てきて印象に残っていました。その「心を揺らさない」という点にフォーカスした考えを改めて聞けるかな、という期待で手に取りました。

文章は感覚的でさらっと読めます。だからこそ読み方が難しいのですが…。論理的な捉え方では、本当の意味ではきっと理解することは難しいのだろうと思います。

今日とりあえず印象に残ったことは、物事を固定して考えることの危険性ですね。

桜井氏は、動物としての感覚を何より大事にしているんだと感じます。「浅い人になれ」の章ではそのことをよく書いています。考えることの弊害を指摘し、自然界の摂理という野生の本能を大切にしたいと。

この事は、最近よく考えている「思考はバーチャルなものにすぎない」という自分自身の考えと似ているところがあるなあ、と感じました。
「生きているのは本来自然のはずであるが、人間社会は思考が作り出したもので、そのレイヤーにだけ生きていると、思考だけが全てのような感覚に囚われ、自分自身の姿をいつしか見失ってしまう。ところが人間は自然界に生きる動物である。本来はそれ以上でも、それ以下でもない。それを全く違うものに仕立て上げているのは人間の思考である。では、その思考は、バーチャルなものに過ぎないのではないか」
というのがその考えです。
※(注)これは桜井氏の考えではなく、私自身の考えです。

 桜井氏は、その「思考」に囚われ過ぎるなと言う。それは彼自身のレイヤーが思考とは全く別のところ、生き物としての本能のところにありたいという姿勢から来るのだろうと思います。

いやあ、深い。


posted by 霧島もとみ at 2015年07月13日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 本:教養

2015年02月12日

悩む力 (姜 尚中)

結構前に読んだ本です。約2年前くらいです。

書店で売れ筋の棚に陳列されていて、「タイトル」と「帯」に惹かれて買ってみた本です。著者のことはよく知りませんでした。

悩む力って何だろうexclamation&question自分自身は非常によく悩む性格だから、何かヒントになることが書かれているかもしれない・・・と思い、ワクワクしながら読みました。


しかし読んでみると、「悩む力とは一体何だ!?」という内容ではなく、著者が抱えていた悩みを振り返り、漱石とウェーバーの著作を引用して考察を深めていく本、でした。正直よく分からなかったあせあせ(飛び散る汗)というのが実感です。少なくとも、あまり参考にはならないと思いました。

もちろん、本の受けてである自分の理解が足りないってことは大いにあり得ます。夏目漱石は実は「坊っちゃん」しか読んだことはないんですよねふらふら
文学を読んでみるのも大事なんだな―となんてことも考えさせられたりもしました。

また何年か経ってから読んでみると違うことを感じるかもしれませんが、今のところは・・・でした。
posted by 霧島もとみ at 2015年02月12日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 本:教養
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他人との距離感をいつも遠く感じながら生きてきました。高校の体育祭のフィナーレでは、肩を抱き合って大はしゃぎする光景に「何でこんなに盛り上がれるんだろう・・・?」と全く共感できませんでした。共感できない自分が理解できず、いつも悩んでいます。そんな私でも面白いと思うことはこの世界に一杯あります。それが私の生きる糧でした。面白いことが増えていけば、よりたくさんの人が楽しく生きられるはず。そんな世界を夢見ています。
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