2017年07月09日

努力不要論――脳科学が解く! 「がんばってるのに報われない」と思ったら読む本 中野信子

脳科学者の中野信子さんの本です。

Amazonで検索したら自分が買った本と表紙が違っていました。手元の本を捲ってみると、内側にもう一つの表紙が。なるほどリメイクしたんですね。

新しい表紙は黄色をバックに「努力したら負け。」というフレーズが本の真ん中にタイトルよりも大きくバーンと書かれています。著者の中野さんの笑顔の写真も添えています。

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一方、元々の表紙は紺色に「努力不要論」というタイトルを中心としたシンプルなもの。

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こうやって比べて見てみると、その差は明らかです。
元々の表紙だったら書店で手にとっていなかもしれないですね。いやいや、ジャケットって大切ですね。

さて、本の内容です。

この本を書店で手に取ったとき、自分がどちらかというと「努力論者」かもしれないという考えが浮かびあがってきました。同時に、それが自分を窮屈にしている一つの要因かもしれないと連想しました。

「この真逆の考え方は、今の自分に必要な考えかもしれない」
「中野信子さんの分かりやすい解説なら読んでみたい」


書かれていた内容は、やはり今の自分にとって必要なエッセンスでした。
以下、感想です。

どんな本だった?


タイトルの「努力不要論」の意味するところとしては

・”無駄な”努力は不要だ
・努力のための努力は害だ


ということが大きいです。
「報われる努力(=成果が出ること)こそが本当の努力」だと中野さんは書いています。
目的の設定、戦略の立案、実行というプロセスがそのためには必要で、それをしない努力は間違いだと。

この当たり前とも言えること、でも日常の中で忘れがちであったり見過ごしがちであったりするこのことを、中野さんは指摘します。その根拠として挙げられているエピソードや、添えられる脳科学的エッセンスに「なるほどなあ」と納得させられてしまう構成です。

その中でも「努力中毒」「努力は人間をスポイルする」の解説は、まさに今の自分に刺さる内容でした。
今の自分は「努力中毒」の状態に近いものがあるかもしれないとじわりと汗をかきました。

読むことで得られるもの&どんな人にオススメできる?


「努力は尊いものだ」という思い込みのようなものが自分の中にあったことを気付かされました。
その思い込みは、何となくですが、日本の社会全体の中にもあるような気がします。

この観念を一旦ニュートラルに整え、成果を出すための本来の方法論はどうなのか?ということを考えるきっかけが出来たと思います。
「努力が尊いもの」という思い込みは、努力が本来どうあるべきかという観念から目を逸らさせ、ただただ目の前のことに取り組ませるという盲目的な姿勢になるのだなあと思い知らされました。

その背景にあるものが「成果を出す」という目的に向かってのものなら良いのですが、ただただ「自分は頑張っているんだという快感」を得るためのものにいつしかすり替わり、その結果、成果を得ることは難しくなるどころか、様々な弊害を生み出している・・・。

そんなの駄目じゃん!
思考のモヤが切り払われたような感覚すらありました。

努力という言葉、概念に惑わされては駄目。

「自分は頑張っている」という意識を持っている人、さらに言えば、「自分は頑張っているのに・・・」という不満を少しでも持ったことがある人・・・つまり今の自分自身に強くオススメできる本でした。

そういう事ってあるかも・・・と感じた人は、ぜひおすすめです。

中野さんの本は何冊か読みましたが、どれも分かりやすく、科学的な背景も添えられているのでとても面白く読める本ばかりです。凄いなあ。

2017年07月03日

マギ 33巻と34巻 大高 忍 (※ネタバレ)

ごめんなさい。

これはマギという作品と、作者の大高忍さんに対してのお詫びです。

私は、大好きなマギを読んだ感想を書くことを「仕事が忙しい」を言い訳にしてずうっと引き延ばしていました。もちろん、発売日に買って、何度も読んでいます。しかし「さあ感想を書こう・・・」と思う頃にはもう寝なければ睡眠時間を確保できないという状況になってしまい、頭も回らないし明日しよう、明日こそ、今度こそ明日は・・・そして気が付けば今日。

今日こそはそんな自分に区切りを付けなければ!
ということで大変失礼とは承知で33巻と34巻の感想をまとめて書こう、ということにした次第です。

ごめんなさい。

聖宮にたどり着いたシンドバッド。そして・・・

33巻では、シンドバッドが遂に聖宮へ挑みます。
世界の運命の流れが次第に自分の感覚から外れた方向へと流れていくことに焦燥したシンドバッドは、アルバに誘われ、そして自分の「ただのひとりの人間として」の真の強欲を悟り、望みのままに聖宮への進入を試みました。

それを阻もうとするのは聖宮の管理者であるウーゴ。
シンドバッドが次々と魔装を切り替えて聖宮の罠を排除していく様に心を踊らせたのも束の間、残酷なまでの圧倒的な力を見せつけてウーゴはシンドバッドを潰します。
全く為す術もないシンドバッド。

えっ?
どういうこと?


と話の展開にちょっと戸惑いを感じたのはまだまだ甘かった。
どんどん「マギ」は話を加速させ、読者の感覚を次々と超越していきます。

万能の神と化したウーゴ。
ウーゴによって水槽の中に閉じ込められたイル・イラー(とダビデ)。
「彼は念願通り、下位世界を創っている真っ最中さ。」
いや、、、こないだまでイル・イラーの地上への再降臨を阻止するために皆必死に戦っていたわけなんですけど。。。
イル・イラーが再降臨したら世界は終わる!!みたいな勢いで危機感が全力で煽られていたんですけど。。。

それがこんなペットみたいな扱いに・・・
一体、どういうことなんだ!
と全然頭が理解できないんですよね。話のスケールが飛びすぎて。
そしてそれを噛み砕いて理解する前にまたドンドン話が進むんですよね。シンドバッドが復活してウーゴを超越して聖宮の管理者となり、世界のルフを書き換えて、それだけでなく世界をルフに還してさらに上位の神を超越することを目指したりして、世界中の人間が涙ながらに「ルフに還ろう!」「みんなで死にましょう!」「1000年後の未来のために!」とか叫んでいたりして。

正直、頭がついていけねえ・・・。
この世界の変わりようは一体何なんだ。
と感じたのは、きっと私だけではないはず。

そんな中でルフの書き換えの影響を受けていないのは、アラジン、アリババ、ジュダル、白龍の4人のみ。32巻で力を見せたユナンや過去の恨みを振り切った紅玉、頼れる仲間と信じかけたタケルも全員揃ってシンドバッドの仲間入り。
この絶望的な状況で、物語は一体どうなるのだろう・・・とここまでが33巻の話でした。

超、絶望。
圧倒的絶望っ!!!
みんなのキラキラした瞳が怖い。

それが33巻の話でした。モヤモヤした気持ちを抱え、33巻を読み直してはまた絶望に陥り、ため息を漏らし、そうすること数ヶ月、ようやく34巻が発売された訳です。

アリババのトリガーを引いたのはモルジアナ。

34巻は、アリババとアラジンが「ルフに還る魔法を止めるため、シンドバッドに戦いを挑もう」というところから始まります。
アリババは何が正しいのか見えない混迷の中、戦いの前にモルジアナに会いに行きます。
アリババを出迎えるモルジアナの表情はいつものように真っ直ぐな思いをそのまま表した、強さの見えるものでした。
ホッ、と安心したのも束の間、そんなモルジアナから発せられたのは
「ルフに還るんですね。」
という絶望的な一言。正直、私が泣きそうです。

アリババは言いました。
「私が死なせませんって、言ってくれたじゃねーか?」

そう、そうだアリババ。
私も覚えています。32巻の感想で書きました。
それにしてもモルジアナの返事が凄い。
いかにもファナリスらしいと言えばそうですが、こんなに力強いプロポーズへの返事を私は今までに見たことがありません。

「大丈夫、私が死なせません。」

この一言に、アリババを一度失ったモルジアナの悲痛な過去、鍛え上げた強さへの自身、二度と離れないという決意、色んな感情が秘められている気がしました。


きっとこのアリババの一言は、モルジアナの魂を揺さぶるに違いない!
そうだ!
今こそルフの鎖を解き放て、モルジアナーーーー!!
と全力で叫ぶ私。
そんな中、モルジアナが言った言葉は

「一緒に死んで、来世で夫婦になりましょう!!(嬉し涙)」

終わった。
何もかも終わった。私はこの瞬間に真の絶望の切っ先を突きつけられた感がしてワナワナと震えました。

だが震えていたのはアリババも同じでした。
ワナワナではなく、ブルブルと。
そして多分全ての迷いが吹っ切れたんだと思います。高らかに叫びます!

「戦うに、決まってんじゃねーか!!!」
俺の夢は、今をおまえと幸せに生きることだッ!!文句あるかバカヤローッ!!」

今までのアリババは、どちらかというと「自分がやらなければならない」「王子としてどうあるべきだろうか」「皆のためにどうするのが一番良いことなのだろうか」という考えが強かったと思います。
それがこの時は、100%自分の気持ちが言葉に表れました。
遂に自分自身を悟ったのだと思います。
そう考えると、33巻はシンドバッドが自分自身を悟った巻であり、34巻はアリババが自分自身を悟った巻ということになります。
そしてその悟りを導いたのはモルジアナという存在。

ああ、つくづくいい女ですよ、モルジアナ!

格好良いぞジュダル!

そんなこんなで、アリババとアラジン、白龍とジュダル。それに5人目の仲間としてネルヴァ。彼らが今度はシンドバッドの聖宮に挑みます。
ネルヴァ、いいキャラです。
堕転しているためルフの書き換えの影響は受けていませんが、その堕転の理由が「ジュダルに連れて行かれた田舎での強制労働」というのがまたショボい。ルフのビィビィという泣きがとてもシュールに響く。いやあ、いいキャラです。
31巻の「あいつはおだてられやすいボンボンといった感じの・・・」はここの伏線だったんですね。

聖宮での戦いはシンドバッドの7人のジンの試練=迷宮を攻略するという形で進みます。
第一の聖宮は憤怒と英傑の信念。

これを打ち破ったのはジュダルです。
そのジュダルが格好良かった!これがもう一つの34巻の見せ場でしたね。

先程のアリババの「文句あるかバカヤローッ!!」に少し似ていますが、ジュダルが言い放ったのは
「それのどこが悪いんだ、言ってみろーーーッッ!!!」
という言葉。
なんかスカッとする、ジュダルらしい言葉ですね。

でも本当に格好良いのはここから。
シンドバッドに対して言い放ちます。
「あいにく俺はもう、自分の人生ってやつに満足しているんでね。白龍と暴れて結構楽しかったからな!」
「おまえも自分の生き方満喫しろよ!シンドバッド少・年!」


ジュダルはかつて自分の運命を呪って堕転したマギです。呪ったのは、アルバにさらわれて黒のマギとしての人生を余儀なくされたという重い運命でした。
しかし今のジュダルは違いました。
運命に振り回されることなく、自分の生き方を自分中心に見つめ直し、楽しみ、そして満足していたんです。それをサラッと言えてしまう。
そこに私はジュダルの格好良さを見ました。

思えばジュダルも必死に運命と戦っていた気がします。自分と真逆の光の存在であるアラジンを頑なに拒否し、「お前を倒せるなら何にでもなってやるぜ」とかつては言っていたことも思い出しました。
それが一旦死を自覚し、そこを乗り越えることで、自分自身を縛る運命をも乗り越えていたんですね。ジュダルもシンドバッドやアリババと同じく悟ったのかもしれません。

これも34巻の見どころだと思いました。

一向に先が読めないマギ。


とはいえまだ6つの迷宮を残し、さらに迷宮を解いたとしても上位の神との戦いとやらが待っているのか、世界はどうなるのか、全く先が読めなくなった「マギ」。
イル・イラーを降ろし世界を滅亡させようとする組織との戦い→商売の世界での戦い→上位の神との戦い(?)と展開し、さらにこの先はどうなるのか、読者としては深い霧の中で船を進めているような状態でとてもとても不安です。

でもアリババがきっと何かやってくれるはず。
その確信はこの34巻で持てました。


また次の巻が楽しみです。

ああ、良かった。
とりあえず34巻の感想は一応書けた・・・。

今回も長文を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

↓↓過去のマギについての記事はこちら

マギ 32巻 大高 忍(※ネタバレ)

マギ 31巻 大高 忍(※ネタバレ)

マギ 30巻 大高 忍(※ネタバレ)

マギ 29巻 大高 忍(※ネタバレ)

マギ 28巻 大高 忍(※少しネタバレ)

マギ 27巻 大高 忍(※少しネタバレ)

マギ 大高 忍 (11〜26巻)

マギ 大高 忍(1〜10巻)
posted by もとみ at 2017年07月03日 | Comment(0) | TrackBack(0) | コミック

2017年06月11日

テレビが「一人で見るもの」から「その他大勢と一緒に見るもの」へと変わったと感じた瞬間

テレビで「炎の体育会TV(TBS)」を見ていた時のこと、マスクドマンという企画がありました。
スポーツに取り組む中学生と、子どもたちが憧れる選手(元プロ?)とが真剣勝負をする企画です。

今回の競技は野球。
全国大会クラスで活躍する中学生達の前に、マスクで顔を隠したガタイのいい選手が現れました。何でも、引退したプロ野球選手との事。

誰なんだろう?と興味が自然と湧きます。
しかし、いかんせんプロ野球には全然興味がないため、番組でヒントが幾つか出されますが全然ピンと来ません。

Twitterで検索してみたら・・・


そんな時、ふと思い付きました。
同じように番組を見て、「こいつは誰だろう」「きっと誰それだ」と考えている人が多いに違いないと思い、Twitterで「マスクドマン」と検索してみました。
するとまあ一杯出てきます。

「元木だろ」
「元木じゃん」
「元木w」

Twitterの人たちの間では、もう「マスクドマンの正体は元巨人の元木」という結論が出ている感じでした。見る人が見れば簡単に分かるものなんですね。
なるほどなあ、と感心すると同時に「これは今までにない体感かもしれない」と考えました。

インターネットがもたらす「皆で見る体験」という新しい体感


今までテレビを見るというのは、こんな感じだったと思います。
・同じテレビの前で見ている人間で楽しさを共有する
・翌日以降、同じテレビを見ていた人間と感想を共有する


この時に感じたことは、次のような感じでした。
・同じテレビの前で見ている人間で楽しさを共有する
・同じようにテレビを見ていて、インターネットやSNSで繋がろうという意識を持っている大勢の人間と楽しさを同じ時間軸で共有する


そう、「自分以外の大勢と一緒に楽しんでいる」という、スタジアムや、映画館にも似た感覚でした。
これは一人でテレビを見るよりも何だか楽しい気がします。
しかもスマホで簡単に体験できる。

テレビが「一人で見るもの」から「その他大勢と一緒に見るもの」へと変わったんだなあ、としみじみと感じた瞬間でした。
良くも悪くもネットの向こうには大勢の人間が存在していて、その気配を感じることができるんだなあ、と実感しました。
posted by もとみ at 2017年06月11日 | Comment(0) | TrackBack(0) | そこはかなきこと

2017年06月10日

インターネットに対して幻想を持っていたことに気付かせてくれた本「ウェブでメシを食うということ」 中川 淳一郎

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この本を読むまで、「ウェブでメシを食う」という言葉に魅力を感じてしまう自分がいました。

それは何故かと考えると、
・すぐ目の前にあるありふれた世界である「ウェブ」で「メシが食える」
・今の現実とは違うユートピアのような世界が広がっていて
・自分もそのおこぼれに有りつける

というような幻想を持っていたのだと思います。

書店でこのタイトルに目が止まったのも、「ああ、なんかそんな生活っていいなあ・・・」という思いを、微小規模ながらブログを書いている身として思い浮かべてしまったからに他ありません。

その背景には、私自身が
「ウェブという集合知で作られる世界の中には、人間の小さな悩みなど吹き飛ばしてしまうような素晴らしく新しい空間が広がっているんだ」
という理想論的な認識を持っていたのだと思いますが、しかし、この本に書かれているのは、徹底的にリアリズムで、人間が作り上げる戦いの物語でした。

多くの人間が登場してはその関わりの中で仕事が生まれたりトラブルが生じたりというごく普通の社会で、ウェブというものは一つのフィールドに過ぎず、そこを舞台に仕事をする人間たちが主人公の世界。
書中ではその様子がありありと生臭く書かれていました。
本の帯に書かれていた「ネットの仕事は、こんなに人間臭くて、面白い!」というキャッチコピーがその様子を良く表しています。
(良くできたキャッチコピーだなあと感心しました)

その中でも「なるほどなあ」と認識を新たにさせられたのは、”ウェブはバカと暇人のもの”という筆者の本のタイトルともなった、ウェブに対する悲観的というか、ネガティブなものの見方でした。
筆者の体験と結びついたこの考えは本書中で実体を持つかのように、大きな説得力を発揮し、ごく自然に私はその考えに納得してしまいました。

腑に落ちた、というのが正解かもしれません。
ネットニュースサイトを見るたびに「有名人のブログ記事や、テレビのバラエティー番組での発言をニュースに挙げたものばっかりじゃないか」と違和感を感じていたのですが、その違和感の正体と、ネットニュースが自然とそうなってしまっている現象の背景とが、この本を読むことによってすっと自分の中に入ってきた感覚がありました。

「そうか、自分はウェブに幻想を持っていたんだなあ」

そう気付かされたのが、この本の大きな収穫だったと思います。
勿論読み物としてもとても面白かったです。濃いエピソードが山盛りで圧倒的でした。

中川淳一郎さんの著書を読んだのはこの本が初めてで、実は名前を知ったのも初めてだったのですが、本の内容は不思議とすっと自分の中に入ってきました。
世代的にも近いものがあり、大学の情報室でだけメールが出来た時代や、テレホーダイへの熱狂など、共通する時代背景が書かれていたこともその理由かもしれません。

他の著書も読んでみたいと思いました。
というか早速一つ注文してしまいましたが・・・
※この早さはインターネットの恩恵ですね。最初に紹介した自分の「ウェブに対する幻想」とは全く別の次元で、作用としてのインターネットは確実の社会と生活を変えているのは間違いないなあ、と痛感しました。
posted by もとみ at 2017年06月10日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 本:教養

2017年05月06日

これが俺たちのライブだ!UVERworldの「IMPACT」

「IMPACT」は2014年7月2日に発売された「Ø CHOIR」の収録曲です。
ライブでは同じく「Ø CHOIR」の1曲目の「零HERE〜SE〜」とセットで演奏されます。

最初聞いた時は「ノリはいいけど何が言いたいのか良く分からない」という印象でした。
「”7th trigger”ほど格好良くもないし、”the over”のように訴えかけてくる歌詞でもない」ということであまり聴くことはなく、記憶の片隅に置いてありました。

ところが初めて行ったUVERworldのライブで聴いた「IMPACT」は、CDで聴くのとは根本的に違い、全てを吹っ飛ばすようなエネルギーが溢れまくっていました!
まさにライブで輝く曲。

これがライブだ!というメッセージが込められたIMPACTの事を書いてみたいと思います。

まさに”衝撃”だった広島グリーンアリーナ


「7th trigger」を初めて聴き、それからしばらくしてUVERworldのLive Blu-ray「UVERworld LIVE at KYOCERA DOME OSAKA」を買いました。
UVERworldのライブってどんなモノなんだろう?っていう興味から買ってみたものだったんですが、これが相当に格好良いものでした。音楽、映像、MC、メンバーの楽しそうな笑顔。
テレビの向こうから空気感さえ漂ってきそうな作品と言えると思います。

これを買って以来、

UVERworldのライブに行きたいなあ。
ライブで7th triggerを聴きたいなあ。


という思いは日々募るばかりでした。
そんな時に丁度UVERworldの15&10 Anniversary Tourが行われていて、その中に「広島グリーンアリーナ」を見付けました。
愛媛に住む私にとって広島は隣県、瀬戸内海を高速艇で渡れば1時間ちょっとの距離です。

「行ける!」

幸いにも発売開始に並んだロッピーでチケットを買うことができ、人生初のUVERworldライブに胸を踊らせながら瀬戸内海を渡っていきました。
昨日までのセトリには「7th trigger」「7日目の決意」「GOLD」など聴きたい曲が満載の状態で、期待はどんどん膨らみます。

会場に入ると、アリーナにひしめく人、体温と汗の匂い、空調のカビ臭い匂い、スモークがかった空気、そんな雰囲気に更にテンションは上がります。
そしてライブが始まり・・・さあ、何の曲だというところで聞こえてきたのは、

「愛が愛を・・・」

というフレーズ。
??
会場は「オオー」と盛り上がっていましたが、僕には全くピンと来ませんでした「儚くも永久のカナシ」でした)。聴いたことがあったような、ないような曲だったんです。
周囲はもう一気にノッている状態ですが、僕はノろうとしていても中々ノレない状態です。しょうがないよねファンになってまだ短いから知らない曲もあるよね・・・と慰めながら迎えた次の曲は、「PRIME」。輪をかけて知りません。全く聴いたことねえよ、と完全に置いて行かれた感じです。

まあ、ライブだもんな、新しい歌ばっかりとは限らないもんな・・・と自分自身を慰めていると、TAKUYA∞が
「今日は普段やらない昔の曲ばっかりをやるよ!
と叫んでいます。
アリーナは「ウォォー!!」と盛り上がりましたが、僕は完全に
「えっ、そうなの!?」
って鳩に豆鉄砲な状態です。

そうなんです。この日は昔の曲を中心としたセットリストをやるというコンセプトの皮切り公演だったんです。昔からのファンには最高!な感じだったとは思いますが、最新の曲しか知らない私にはほとんどが知らない曲ばかりで、でも生で紡がれるUVERworldの音楽は素敵に格好良くて、でもノリきれなくて・・・という2時間が過ぎていきました。

最後くらい新しい曲をやるのかな!?と思っていましたが、最後も知らない曲。
まあ、楽しかったから、いっか!またライブに行こう。と考え始めた時、TAKUYAが「はーい、メンバー集合!反省会するよー」とメンバーを集めだしました。

「お前ら俺が200曲やるっていったらついてこれるのかー!?」

みたいな(記憶うろ覚えですが・・・)MCをファンに投げかけつつ、もうちょっとだけやるよっていうことになり、お!と思いましたがそこでもやっぱり知らない曲(「君の好きなうた」)でした。

そしてもう一曲、となってSEIKAのサクソフォンが響き始めました。
「あ、これ、聞いたことある!」
Blu-rayで見たことあるし付いていけそうだ!と興奮気味な中で始まったのがそう、「IMPACT」でした。

前置きが長くてすみません。
ここからがようやく「IMPACT」の内容です。

これがもう、圧巻のステージでした。
それまでも会場のボルテージは高かったですが、この曲が始まった途端、最初の「Ladies and Gentlemen」のところから会場のギアが一段上がりました。
「Express」
「Mind」
とTAKUYA∞が歌うごとに更にそれは加速していき、「Come on! 」で一気に会場がバン!と爆ぜました。

僕は座席が前方のスタンド席最上段という会場全体を俯瞰的に見れる場所だったのもあり、しっかりとこの目で、肌で感じました。

CDで聴いていて「何か良く分からないなあ」と思っていた歌詞の一つ一つの全部が次々と打ち込まれてきて、その全部がことごく刺さってきます。

サビの「Wow…」のところでは会場全体が吠え、それを先導するTAKUYA∞はまるで神を降ろしたシャーマンのよう。会場はその叫びに意味があるかのように全力で吠え、リズムを叩き出すUVERworldとが織りなすその光景は、まるで会場が一つの生き物になったかのようでした。

まさに一体感。

曲の終わりを迎える頃には「いつまでもこの瞬間が続いて欲しい」という思いを感じていました。
その中で、
「ああ、これがライブなんだなあ」
と知りました。


IMPACTに込めたメッセージ、「これがライブだ!!」


この経験以降、僕にとってIMAPCTは燦然と輝く名曲になりました。
最初に聴いた時に「何か良く分からない」と思っていたのが不思議なくらい、嵌まりました。
その理由を考えてみると、このIMPACTが「ライブに向けて完全チューニングされた曲」なんだろうなあ、という事に落ち着きました。

部屋でCDで聴いても全く刺さらなかった歌詞が、曲が、ライブ会場で聴くとバシバシに刺さってくる。それは、ライブ会場の雰囲気、匂い、照明、轟音、そういった「ライブ」でしか味わえないものと一体になってはじめて実体を持つようにチューニングされているんじゃないか?という考えです。
つまりこの曲はライブで聴いて初めて完成する曲なんだと。

だとすれば、それはライブを全身に染み込ませているUVERworldだからこそできる音楽なのかもしれません。
この曲に込められたのは、愛とか夢とか希望とか戦う気持ちとかそういうものではなく、
「これが俺たちのライブだ!」
「ライブをやっているとき、俺たちはこんなに熱い気持ちになっているんだ!」
というUVERworldのライブへの熱いメッセージなんだと思います。


今更ながら見たPVが格好良い!


しばらくして、IMPACTのPVをYouTubeで見ることがありました。
不思議と見たことはなかったのですが、何で今まで見なかったんだろう!?と軽い後悔を覚えるようなメチャクチャ格好良いPVです。

ライブ会場へようこそ!と誘う真太郎の洒落たアクションに始まり、余すこと無くライブ会場の興奮を見せつけてくる、すごく格好良いPVです。



でもそう思えるのも、多分、実際のライブで「IMPACT」を体感したからでしょう。
ライブで味わっていなければ、「へー、格好良いなあ」だけで終わっていたかもしれません。

やはりライブでこそ燦然と輝く「IMPACT」。
少しでも興味を持ってしまったら、ぜひライブに行きましょう。その何百倍の衝撃を味わえること、うけあいです!
posted by もとみ at 2017年05月06日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

2017年04月08日

本気で人と付き合っているのか?と問いかけてくるAbemaTV「徹の部屋」が面白い!!

半年ほど前に「たった一人の熱狂」という本と出会いました。

アニマル浜口のような、いかつい年配の男性が怒鳴りつけるというインパクトのある表紙に「何だこのオッサンは?」「何を怒鳴っているんだ?」と引きつけられたのをはっきりと覚えていますが、そのオッサン、もとい、本の著者が幻冬舎の代表取締役社長である見城徹さんでした。

この本は内容もインパクトの大きな本でした。表紙から受けたものよりもはるかに。
そのインパクトの大きさゆえに、まだ記事は書けていません。何故かは分かりませんが、自分の中で「この本のポイントはこの3点くらいで、今の自分にとってはこういう印象だった」と簡単に言葉にしてしまうことに躊躇いを感じていることがあると思います。

見城さんの本、それから見城さんと付き合いのある藤田晋さんや堀江貴文さんの本(元々堀江さんの本は好きで読んでいました)などを何冊か読みましたが、それでもまだ整理しきれず、書ける気がしません。

確実に言えるのは、「自分自身の世界が広がった」ということです。
物の見方や考え方もそうですが、一番印象を強く受けたのは「人との付き合い方」というエッセンスでした。見城さんの本を読んだ後では、自分自身の人との付き合い方は、とにかく浅いとしか言いようのないものにしか感じられませんでした。

とまあ話が長くなりそうなので、一旦戻します。
そう、AbemaTVが面白いんですよ。
アプリをダウンロードするだけで、スマホやタブレットで簡単に番組が見られることにまず驚くのですが、そのチャンネルの豊富さや、地上波とは異なる「異質さ」にもう一段の驚きを感じました。

その中で出会った「徹の部屋」という番組。
「見城徹が今、一番会いたいゲストを招き、内蔵と内臓をこすり合わせる様な熱狂トークを披露する」というキャッチフレーズの番組です。

これがとにかく面白い。
普段の地上波で見ているタレントさんの印象ががらっと変わります。普段のテレビは「テレビの向こうの世界」として見れるものなんですが、この番組は、「僕達の世界の延長線上にいる、この人達が作る現実の世界」を見せてくるんです。
それもすごく生々しく。

その中で平成29年2月26日に放送された「徹の部屋#10」が、芯に響いてくる強烈なボディーブローを打って来ました。

この回のゲストはネクシーズ社長の近藤太香巳さんと、郷ひろみさんでした。
司会の見城徹さんと付き合いの長い3人でどんなトークが繰り広げられるのか・・・と期待していましたが、期待と予想を遥かに上回るものでした。

というのは、僕は「エピソード」に期待していたんですよね。
ところが僕は、それとは全く違う、3人が醸し出す「人間関係の深さ」にノックアウトされてしまったんです。

それが何かと言うと、表情や言葉、リアクション、エピソード、あらゆるものの背景に「どこか通じ合っている3人」というものの姿が見えた気がした、ということです。
そしてその姿は、普段の僕の人との付き合いの中には全く無いものでした。

僕は、まあ、気にしいです。
そして軽く対人恐怖症だと思っています。だからといって人と付き合いが出来ない訳ではないんですが、常に「場の流れを感じ取り、人の気持を推し量り、差し障りのないこと、相手が楽しくなりそうな話の進め方を考えていく」というスタイルを取る傾向があると思います。

ところがこの3人の間にはそんなものは見て取れない。
勿論、プロスポーツのスキルの凄さが素人には分からないように、僕が感じられないレベルでそういうった事も考えているとは思うのですが、それよりも強く感じられたのが「躊躇うこと無くさらけ出し、ぶつかり合う」という人間関係の姿でした。

僕は、

「ああ、僕は今まで、本当の意味では人と付き合っていなかったんだな」

と呟きました。

そしてそれと同時に感じたことがありました。
それは普段から感じている「自分の考えを他人が理解してくれない」という寂しさや不満が、ごくごく当たり前の事ではないのかという事。
なぜなら、そもそも「自分の考えを他人に対してぶつけていない」のだから、理解なんてされるはずなんて無いって当たり前のことだから。

この番組は、視聴者に対して「俺たちのように本気で人と付き合っているのか?」と問いかけてきます。

この人達のようになりたい。

そう少しでも思った僕は、少しづつですが、本気で人とぶつかっていくことを考えていきたいと思います。
試してみたいと思います。
posted by もとみ at 2017年04月08日 | Comment(0) | TrackBack(0) | そこはかなきこと

2017年02月14日

BDレコーダーに溜まっていく録画番組の山!押し潰されるその前に

以前に「テレビの音がうるさいと感じる時」という記事を書きました。


テレビの音がうるさいと感じる時: 世界は素敵で面白い、そんな生き方を目指すブログ




元来テレビっ子だった私が「テレビがうるさい」とふと感じたくだりや、その理由は何なんだろうと考察した記事なのですが、意外とアクセス数が多くて(あくまでこのブログの中では、ですけれど・・・)驚いています。
同じように感じる人が多いってことなのかな?

さて今日はまた「テレビ」に関してまた書いてみたいと思います。
タイトルのとおり、BDレコーダー(HDD搭載のもの)に気が付けば録画番組が溜まりまくってもう見ることも無理っぽい・・・ときの話です。

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とは言いつつテレビを観ています。


そうなんです。決してテレビを全く見ていないという訳ではありません。
例えば去年話題になった「逃げるは恥だが役に立つ」も見ていました。面白かったです。

そういえば自分が今チェックしているテレビ番組ってどれくらいあるんだろう・・・とふと考え、整理してみました。次のリストのとおりですが、結構あるなって感じです。
・カルテット(ドラマ)
・下克上受験(ドラマ)
・奪い合い、冬(ドラマ)
・機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ(アニメ)
・ワールドプロレスリング(スポーツ)
・全力!脱力タイムズ(バラエティ)
・アメトーーク(バラエティ)✕2
・そこまで言って委員会NP(報道バラエティ)
・らららクラシック(音楽)
・題名のない音楽会(音楽)


並べただけではピンと来ませんので、時間にしてみましょう。
見る時は大抵録画でCMを飛ばしますから、1時間30分番組は1時間、1時間番組は40分、30分番組は20分でざっくりと計算します。あ、NHKはCMが少ないですから30分番組は30分とします。

60分+40分✕4+20分✕5+30分=350分

一週間で350分!なんと、実に5時間30分ものボリュームになっていました。
なんだ大したことないじゃんって思う人もいるかもしれません。一週間で5時間30分ですから、1日あたりだと1時間を切りますからね。

でも家族持ちには結構厳しい時間です。
なぜなら、これらの番組は今のところ全部私の趣味に過ぎないからです(泣)。家族の時間にこれらのテレビを見ることはできず、つまり、一人の時しか見れないという制約があるってことなんです。

一人で使える時間のうち、一週間に5時間30分。
これはかなりキツイです。
ではどうなるか?というと、単純な話ですが「見れません」。じゃあ諦めて見たいものだけ見ればいっか・・・て考えれば良さそうですが、そうはいきません。

なぜなら、見えない鎖に縛られているからです。

自動録画というネビュラチェーン


見えない鎖とは何か。それはBDレコーダーによる「自動録画」です。

このBDレコーダーは、革命的な家電製品です。今の若い人には(すみません、お決まりのフレーズで・・・)VHSビデオで録画していた頃のことなんて知らない人も多いでしょう。かつては「VHSテープ」という大きなカセットに録画していました。

このVHSテープには幾つかの制約があり、それに応じて録画する側も工夫が必要でした。
・録画できる時間が少ない(通常2時間、3倍録画で6時間)
→何本ものテープを持ち、テープ残数を把握しながら差し替えていた。
・録画後の編集ができない(編集するには高額な機材が必要)
→同じドラマだけを連続して録画するには専用の◯◯テープを作り、録画刷る時にはそのテープをかならず使わなければならない。ミスは許されない。
→CMカットをするためには、テレビの前に張り付いて自分が「録画一時停止」操作をCMのたびにしなければならない。
・中身の確認は実際に見るしかない
→手間がかかる。これを怠ると大事にしていた番組が上書きで消えてしまう。

これらの課題が、BDレコーダーの登場によって全て一気に解消されてしまったのです。これはVHS時代を知っている人間には「テレビ録画の革命や!!!」としか言い表しようがないインパクトでした。

更にHDD大容量化により録画可能時間も飛躍的に伸びました。もうこれからは、好きな番組を好きなだけ録画できる。そんな夢が正に現実のものとなったのです。

・・・ちょっと話が逸れてしまいました。
しかしそんなBDレコーダーにも一つデメリットがありました。ようやく話が戻りますが「自動録画」です。自動録画が何かというと、改めて言うまでもありませんが、「同じ番組を自動的に毎週録画してくれる機能」で、本当に便利な機能です。

ではその便利な機能の何が問題なの?ということなんですが、まさにこの便利というものが曲者で、便利だからその機能を使ってしまいます。「ちょっと面白そうだな」と思うと、数分もかからないうちにその番組の自動録画が出来てしまう。とても簡単です。

「あ、これも面白そう」
「これも面白そう」
「これも見てみたいな」
・・・


そうして登録された設定に従い、BDレコーダーは黙々と自動録画を繰り返していきます。機械的に(機械ですから・・・)。そしたらどうなるか?もうお分かりですよね。
あっという間に、レコーダーの中は未視聴の録画番組が山のように積み上げられてしまいます。

こうなったらもう無理です。物理的に全部を見ることなんてできません。
でも気になっていたあのドラマ、話題になっていたあのドラマも、そのレコーダーには第1話から最終話まで全部録画されているんですよ。

見たい。いや、見なければいけない!
きっと面白いものがそこにあるから。見ることができるものを見ないなんて、何か損するような気持ちだから。

限られた時間の中で見ようと努力する傍ら、レコーダーは機械的に新しい録画をどんどん積み上げてきます。物量戦です。どんなに奮戦(視聴)しても敵の補給は尽きること無く、積み上げられた録画番組の山にやがて押し潰されてしまう。。。

気が付けば、私はそんな状態になっていました。
そんな中で、何とか確保した時間で録画した番組をちょっとだけ見ることができると、「ようやく少しだけ見れた・・・」とホッするとともに、重荷が少しだけ減ったような感覚を覚えるのです。

でもふと気付きました。
ちょっと待てよと。
俺は”重荷から解放されてホッとするためにテレビを見ているのか?”と。

楽しむために見ようとしていたはずが・・・


そうなんです。
元々は「楽しいものが見たい」という自発的な気持ちだったものが、気が付けば「見ないと損」「見なければいけない」という強制的な意識へと変貌していたんです。

悦楽だったものが苦行に変わり、また、行為の主体が自分自身からそれ以外の誰かへと変わっていた。
これで楽しいはずがありません。冷静に考えて、こうまでしてテレビを見る必要なんてあるはずもない。でも、いつの間に変わってしまったんだろう?

自分なりに思考を巡らせてみました。
そして気付いたのは、勘違いによる錯覚に陥っていたこと。
まず最初に、「便利にたくさん録画できる」ことを「いつでも自由に見られる」ことだと認識していたのだと考えました。
でもこれは勘違いではなく事実です。私は録画した番組を、好きなときに、いつでも自由に見ることができます。この事に間違いはありません。

次に、この「いつでも自由に見られる」ことを「録画した番組の全てをいつでも自由に見られる」ことだと認識していたと考えました。
ここです。ここに第一の勘違いがあったのです。

録画した番組の「全て」を自由に見ることなんて出来ないのです。一つ一つの番組を見ることは勿論可能です。事実です。でも全部を網羅して見るためには、録画機能とは関係なく、結局は自分がそれを見る時間を確保できるかどうか次第なんです。
結局は時間を確保できず、見れずに山積みになっている、ということです。

そしてそこに、過去の自分の「これが見たい」という気持ちが亡霊のようにこびりつき、自分自身に「見なければいけない」という義務が課せられているかのような錯覚に陥る。これが第二の勘違いです。

録画番組は機械的にドンドン積み上げられていく。
「見なければいけない」という義務感はそれに従いドンドン強くなっていく。
この心理的負担が自分自身に重くのしかかってくる。

これが今の状態なんだと。
ここから脱却するために、そもそも論で考えてみました。

「見なければいけない」からの脱却。


そもそも論として、本来は楽しむために見ようとしていたものです。
それが「見なければいけない」ことで苦しむようなら本末転倒。

じゃあどうすればいいか?

見なければいいんです。

ただそれだけ。
または、最初から録画しないという方法もあります。
後でどうしても見たくなればDVDとかオンデマンドとか多分方法はあると思いますし。

溜まった録画番組は「見れないもの」と割り切って、一切合切、削除してしまいましょう。
断捨離の考え方では(あまり最近聞かなくなりましたね・・・)、「いつか使うものは捨てる」のが原則。これをBDレコーダーにあてはめると、「いつか見たいものは削除する」のが原則。

少なくとも1ヶ月以上見ていないものは、お気に入りの保存用を除いて、スパスパっと削除してしまえばいい。
しかし、そう思っても、いざ消す段になれば、録画容量が一杯じゃない限りはやはり消せません。今のところ「消す必要」が無いのです。私の手もここで止まりました。「そうだ、とりあえず、録画容量が一杯になったら消そう」と、何とも気持ちは弱いもの。

でもいいんです。
後は「見なければいけない」という錯覚で作り出した思考から脱却し、「見られたら見ればいい」「どうしても暇な時に見たらいい」というような緩い思考でBDレコーダーに向き合うことができれば、心の負担にはなりませんから。

別に見なくたって損もしないし、得もしない。
そこにどんなに面白いコンテンツがあったとしても、なかったとしても構わない。
自分が楽しめる状態の時に、楽しむものとして、楽しめる範囲で見ればいい。

きっと、そうなんです。

でも気をつけないといけません。
油断するとあっという間に「見なければいけない」という強迫観念にまた堕ちてしまいます。それは現代社会が私たちに仕掛けているのようなもの。
(この「罠」についても、また記事で書きたいと思います)

というわけで、BDレコーダーから心を解き放ち、また一つ気持ちを楽にして日々を生きていきたいと思います。

長文を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
タグ:テレビ
posted by もとみ at 2017年02月14日 | Comment(0) | TrackBack(0) | そこはかなきこと

2017年02月05日

マギ 32巻 大高 忍 (※ネタバレ)

おめでとう。

もう一度、最初に言わせてください。
おめでとう。

32巻はですね、色々と書きたいことはあるんですよ。
成長したアラジンの魔法の凄まじさ(完全にチート級)、白龍やモルジアナの強さ、シンドバッドの心が追い詰められていく描写、見どころの多い巻なんです。

そんな中でも際立つのは、そう、アリババがモルジアナに求婚する話です。

ちょっと驚いたんですよね。大分前に、アリババがモルジアナに告白するという話がありましたが、その時は「モルジアナに告白を受け入れられたと勘違いして大いに浮かれまくったアリババがその間違いに気付いて人間不信に陥る」という半ばギャグみたいな回でした。
その後は、アリババのモルジアナに対する気持ちがどうなったみたいな具体的な話は無かったですし、アリババが死ぬとかアラジンがいなくなるとか、まあ物語が大変なことになっていましたので、すっかり私もそのことを忘れていました。

だからモルジアナと再会したシーンでも、「あ!モルジアナだ!」ぐらいの感想しか私は持ちませんでした。それよりも白龍との再会の方が印象的でしたので、すぐにモルジアナのことは正直忘れてしまいました。

おめでとう、アリババとモルジアナ!


そんなアリババとモルジアナの関係が急展開したのは、再会を祝して4人で宴席を囲んでいるときでした。
「素面のうちに言いたいことがあるんだから!」
とアリババはアラジンとの話を切り、「モルジアナ!」と声をかけます。
ここから急展開だったんですよね。

自分の話を始めたアリババは、その中で「家族」についての考えを持ち出したことを触れます。
そして「俺も年を取った後、家族が欲しいなって思った時に・・・」

「真っ先に思い浮かんだのが・・・モルジアナだったんだ」

続けてモルジアナに対する想いを話した後、ついにアリババは「俺と結婚してくれよ。」と、静かな、それでいて強い眼差しでモルジアナに気持ちを伝えました。

ど、どうするんだモルジアナ。

ちょっと白龍といい感じにも見えたけど(数年一緒にいた間に、何か気持ちが変わったかもしれないし・・・!!)。どんな言葉をアリババに返すんだろうか。

急に、ページを捲る手が止まりました。
こんなにページを捲るのに緊張したのは初めてです。

「暗黒大陸へ渡り・・・」
と話し始めたモルジアナ。「私も自分を、知りました」
うつむき加減だった顔をあげ、アリババに真っ直ぐに向き合ったその目は、力強い光を浮かべていました。
モルジアナはどこか挑戦的な笑顔で、
「ファナリスの女は自分に二度、死ぬよりも悲しい思いをさせた男を、許さないそうですが?」
と言葉を続けます。
アリババが「二度と死なねーよ!」と返します。

そして、次のモルジアナの言葉が。

「大丈夫、私が死なせません。
夫婦になりましょう」


おめでとう!
アリババ、モルジアナ!

2人の長い旅が一つの終着点に辿り着いたかと思うと、急に涙がこみ上げてきました。
よかったねアリババ。散々モテないキャラとしていじられてきたけど、真剣な想いが、真剣な愛情によって結ばれ、最高の物語を手にしたことで見事に収まった感じです。

それにしてもモルジアナの返事が凄い。
いかにもファナリスらしいと言えばそうですが、こんなに力強いプロポーズへの返事を私は今までに見たことがありません。

「大丈夫、私が死なせません。」

この一言に、アリババを一度失ったモルジアナの悲痛な過去、鍛え上げた強さへの自身、二度と離れないという決意、色んな感情が秘められている気がしました。

そういえばアリババが一度死んだ時には、モルジアナは暗黒大陸を目指してアリババとは離れていたんですよね。暗黒大陸から戻ったらアリババが死んでいた。その時にはきっとモルジアナは、離れていて何も出来なかった自分自身に果てしない悔しさを感じて苦しんだに違いないんですよね。

それがモルジアナの一度目の「死ぬよりも悲しい思い」だったのでしょう。

そして「二度も悲しい思いをしたくない」ではなく、「二度目の悲しい思いなんて、私がさせない」という強い決意を持ったモルジアナ。心の強さと、アリババへの思いの強さと、その両方があって初めて出てくる言葉なんだと思います。

この間、ページ数にしてたったの8ページ。
こんな短いページ数に、2人のこれまでの物語と想いとが凝縮され、読者の手へ届けられたことはもう奇跡ですよ。

さすがはマギ、さすがは大高先生です。

ああ、このシーンだけで、32巻はもう最高!な体験でした。

一応、シンドバッドについて・・・


シンドバッドが追い詰められていきます。
頼みのアルバはアラジン達に敗れ、どうやら商売の方も少しずつ他の勢力に押されている感じも出てきている様子。再会したアラジンは何だか甘い事を話し出して、ついに「誰も、何も分かっていない」というような考えを持つに至ります。

表情は笑っていますが、どこかその笑いは薄っぺらく、「このままではいけない」という焦燥感に駆られているようにも見えてしまいます。

さらに32巻の最終話では、煌帝国が同盟からの離脱を表明し、これまでずっと自分を憎んでいた紅玉から「今の平和はあなたのおかげです。ありがとう」という言葉を投げかけられます。
それは単純な感謝の言葉ではないでしょう。
シンドバッドから離れ、一人の独立した人間として向かい合うことが出来たからこそ言えた言葉です。

だからこそシンドバッドはこう考えたはずです。

「紅玉までも、俺の理想から離れて、間違った道を進もうというのか」

世界が自分の手から一つずつ離れようとしている。
その離れていった先には、また過去と同じような悲劇が待ち構えている・・・。そんな考えから抜けることができないシンドバットは、これでまた、相当に精神的に追い詰めれていくはずです。

さて、次の展開は?


最終章の導入部が終わり、いよいよ物語が動き出しそうな雰囲気が満ち満ちています。

追い詰められたシンドバッドがどう動くのか。
無敵の強さを見せつけるアラジンはこれからどうするのか。アリババは?白龍は?
一向に姿を見せないジュダルは何をしているのか。

アルバはダビデに頼って何をしようとしているのか。

それらの答えは33巻に示される・・・!!?
ということを楽しみに、発売を待ちたいと思います。

最後にもう一度。

おめでとう!!
(何だかエヴァの最終回みたい)

今回も長文を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

↓↓過去のマギについての記事はこちら

マギ 31巻 大高 忍(※ネタバレ)

マギ 30巻 大高 忍(※ネタバレ)

マギ 29巻 大高 忍(※ネタバレ)

マギ 28巻 大高 忍(※少しネタバレ)

マギ 27巻 大高 忍(※少しネタバレ)

マギ 大高 忍 (11〜26巻)

マギ 大高 忍(1〜10巻)
タグ:マギ
posted by もとみ at 2017年02月05日 | Comment(0) | TrackBack(0) | コミック

2017年01月31日

もし、一流の営業マンが陸上部の監督になったらをリアルでやったら的な・・・「逆転のメソッド 箱根駅伝もビジネスも一緒です」 原 晋

タイトルが長くなってしまいました。

今をときめく青山学院大学陸上部原監督の本です。
恥ずかしながら今年の箱根駅伝をテレビで見たそのままの勢いで買ってしまいました。いわゆるミーハーです。

本の内容は、原監督の現在までの半生を振り返りながら、それぞれのポジションでどのようなことを考え、努力してきたかを書いたものです。読者はその追体験をしていくという感じで読み進めていくことができます。
実は、青山学院大学での指導に関する記載はそれほど多くはありません。
「指導方法の中身を知りたい!」という人にはひょっとすると物足りないかもしれません。

でも原監督の人となりというか、物事の捉え方・考え方を知りたいという人には、断然この本をおすすめできます。
例えばこんなエッセンスが紹介されています。

・情熱を持って商品に接し、理解し、それを顧客に直接伝える。
・売り手側の物の見方で接するのではなく、顧客の立場に立って考える。
・力を発揮するためには、人を作るのではなく、チームを作る。その過程で一人一人の向上を図っていく。


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さて、タイトルにもある「逆転のメソッド」とは何でしょうか?
原監督は本書の中で「これまでの人生で何度も逆転して這い上がってきた」と語ります。
その秘訣といいますか、本質的な結論は、次のように書かれていました。

”第一にあきらめないこと、そして第二に悔しいと思える自分を持つことだ。”

なんてシンプル!!
これが本質である・・・つまり、これを持たなければ逆転なんて出来ないというのが筆者の考えです。

私はこれを、
・悔しいと思う気持ちは窮地から這い上がるための原動力になる。
・あきらめないことは、必ず這い上がるという継続の決意になる。

と受け取りました。これらが両輪となり、やがて逆転という現象を起こすのだと。

どちらも今の自分には欠けている点かもしれない、と思いました。
悔しい時はむしろ「悲しい」という感情で過ごし、あきらめないというよりも「もう駄目かもしれない」という投げ出してしまう精神状態に傾きがちではないかと。

「悲しい」ではない。
「悔しい!」と考えるんだ。そして這い上がる決意にするんだ!

そんなメッセージを私は受け取りました。
「伝説の営業マン」が語ることですから、私のような者がどこまで実践できるかは不透明ですが、心のストックとして残しておくことにします。

今流行りの原監督の著書、なかなか面白い本でした。

2017年01月09日

スマホ買い換え!iPhone7とGalaxy S7 Edgeとを約2ヶ月間ほど迷い倒した僕の結論は「iPhone7」

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最近、スマホを買い換えました。
Xperia Z3(ソフトバンク)からiPhone7(docomo)に変えた訳なんですが、これでもかというくらい悩み抜きました。

ウェブの記事や、YouTubeでのレビューを見ればみるほど悩みが深まり、
「どっちを買うたらええんや〜〜!!」
と夜空に叫びたくなるような日々を過ごしました。

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その時の考えの記録として、また、ひょっとしたら同じ悩みを持つ誰かの参考になるかもしれないと思い、その記録を書いておきます。
※なお評価の基準は全て僕目線での基準ですので、参考になるかならないかは全く保証できません。

悩んだのは、ズバリiPhone7とGalaxy S7 Edgeのどちらに機種変更するか!です。
それでは書いていきます。

Galaxy S7 edgeを選ぶことのメリット

 まず整理しました。
・今のスマホがAndroidなので違和感なく使える。
・以前にGalaxyシリーズを使ったことがあるので抵抗がない。
・液晶が有機ディスプレイで綺麗
 これは個人差がありますが発色の存在感が液晶よりも強く、綺麗に見えます。コントラストが強いんでしょうかね。
・Edyが使える
 iphoneはEdyが使えません。コレ便利なんですよね。Edyは近所のスーパーでも使えます。財布なしで買い物できる楽さ、小銭を出し入れする煩わしさの無さは、一度使うともう手放せません。ApplePayは使える店も増えてきましたが、まだまだ。

これらは十分なメリットでしたが、僕が最大のメリットとして考えていたのは次の点です。

・GearVRが付いてくる!+安い
コレですよ。
2016年は「VR元年」と言われてもう久しく、既に2017年になってしまいましたが、「VR」なんてものは僕には全く関係ないと思っていました。
普通のゲームで飽き足らない人向けのコアなコンテンツだと考えていたのです。

それがイベントで偶然体験してみたら、このGearVR+Galaxy7edgeのセット、予想を覆すクオリティの高さでした。圧倒的な没入感!映画館で初めて「アバター」を見たときのような衝撃を感じました。

なんだこの異世界は!という衝撃です。
目の前に広がる立体空間。頭を動かすとそれに追随して変わる眼の前の世界。空を見上げることも、高いところから下を覗き込むことも、まるで自分がそこに座っているかのような感覚で実現できてしまうんです。

しかもその時に行われていたキャンペーンが「docomoに乗り換えてGalaxy7edge」を買うと、無料でGearVRが付いてくる」というもの!!
さらに他の機種に比べて値段が数万円値引きされていたんです。タイムリー過ぎます。
もう半分以上「買いだろコレ」という気持ちになっていました。この時はね。

iphone7を選ぶことのメリット


正直ほぼ気持ちの中ではGalaxy7edgeに決めかけていましたが、店頭に行くとどうしても気になってしまいました。
でもまあ、そこまでは正直揺れていなかったんですよね。

この記事を見るまでは。

Androidでツムツムをやるとカクカク処理落ち!iPhoneの方がオススメ?
この記事にショックを受けました。でももし読んでいなければ、後できっと後悔したと思います。ありがとうございました・・・。




ツムツムは僕がスマホで熱を入れて遊んでいる唯一つのゲームです。
そして今までAndroidスマホでだけ遊んできました。正直、カクカクというか、ツムが落ちてくるのが遅い!と感じたり、ツムが消えるのが遅い!と感じることが多々ありました。でも、ゲーム自体がそういうものかと思っていたんですよ。
ところが、それはAndroid特有の症状だとこの記事は言うのです。嘘だろ・・・?と思いながら、持っていたipad mini4にツムツムをインストールして試してみました。

そうしたら、驚くほどの早さ。唖然としました。
スピードだけの問題だけではありません。早さもさることながら、一つ一つの処理の早さが組み上げるゲームバランス、それに対応しなければという焦らされる気持ち。体感的には全く別のゲームというくらいの違いでした。

これまでツムツムに費やしてきた時間は何だったんだという喪失感が全身を包みましたね。そしてこの事実は、「これからAndroidを使うんだったら、ツムツムの本当の魅力は味わえませんぜ」という厳しい現実を僕に宣告したのです。

そして一つの大きなメリットがここに出現しました。

・本来のツムツムが楽しめる

いや、まあ、他にもあるんですよ、iPhoneを選ぶことのメリットは。
例えば他のMac機器の連携とか。

実はApple製品も幾つか持っていまして、
・MacBook Air
・iPad mini4
・iPod shuffle
・iPhone 3gs
・iPod Classic(第3世代)
・ついでに、Bose Sound Air
ちなみに音源はitunesで管理しています。

改めて数えてみると何だか完全にAppleユーザーですが、不思議とiPhoneに執着は無かったんですよ。なぜなら使っていたXperia Z3がとても良かったから。
不満といえばゲームやカメラを使っているときの「熱さ」と、ツムツムをやっているときの目に見えて早いバッテリーの消耗くらいで、それ以外の通常の使用では全く問題はありませんでした。

スマホで撮影した写真データをMacBookに移動するのが少し手間がかかるという事はありましたが、そこまで頻度がある訳ではなく、全然許容範囲でした。
だから「iphone7が防水になった」と聞いても「ようやくAndroid並になったか」程度にしか思っていませんでした。

しかしこのツムツム問題は衝撃をもってiPhoneの地位を急激に押し上げることとなったのです(あくまで僕の中で)。
※ついでに書くと「モンスト」でもiPhoneの方がグラフィックが綺麗です。当たると敵がブルブルと細かく震えるとかの違いがあり、驚きました。

・迷える日々

それからはひたすら迷い続けました。
AndroidかiPhoneか。
ということもありましたが、主には、
GearVRかツムツムか。

そうして辿り着いた結論は、
「GearVRはせいぜい遊んで一日に数分から数十分。それも家で一人の時しか出来ない。でもツムツムはほぼ毎日やっているし、外出先でも遊んでいる」
「優先するべきはツムツム」
という事でした。

そうして僕はiPhone7を買いました。

実際にiPhone7を使ってみると


すごく良いです。これは正直驚きました。
主な購入動機となったツムツムの動きは勿論ですが、実際に使ってみると「感覚的に良いと感じる」事がとても多いことに気づきました。

・サイズが丁度良い。軽い。
 いつでも持ち運んでいたい気にさせます。
・指紋認証が一瞬。
 ほぼボタンを押す(厳密には押していませんが・・・)だけで携帯がセキュリティ保護されたうえで起動する感覚は凄いとしか言いようが無いと思いました。
・全然熱くなることがない。
・カメラが綺麗、早い。
・Apple製品との連携はやっぱり便利。気持ちいい。

ホーム画面の構成はAndroidがやっぱりいいなと思います。日本語入力もちょっと使いにくい。
が、それを超える優位性を感じました。

あれこれ悩んだけど、次にスマホを変えるとしてもまたiPhoneでいいかな。
なんて清々しい気持ちで考える瞬間が確かにありました。
結果、iPhone7に大満足しています。

いやあ、考え抜いて良かった!
ということでこの記事は終わります。

でも何だかんだいって、この悩んでる時っていうのが、後から考えるときっと楽しい時間なんでしょうね!
posted by もとみ at 2017年01月09日 | Comment(0) | TrackBack(0) | そこはかなきこと
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