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2019年04月20日

日蓮正宗の解散(笑)

忙しかった今月の勤務もようやく今日から落ち着きを見せる事になり、早速昨日はお寺で3時間半の唱題行をやらせていただきました。


私のブログを見て頂いているという現役さんから連絡を頂いたりする事もあり、こんな駄文でも現役顕正会員の方が正法に気付くきっかけとなるのであれば本当に本望だと思います。


私もそれほど頭のいい人間では無いので、他の顕正会員の方のブログに比べると何かと読みづらかったりする事もあると思います。ただ私は広く、大勢の顕正会員の方に事実を知って頂きたいというだけなのです。



誰でもSNSで簡単に情報が発散されるようになり、それをきっかけに多くの方が正法に目覚めている事実はまさしく「現証」であると思います。



今はもう既にネット社会であり、スマートフォンの爆発的な普及によりすぐにググって答えを出せる時代となりました。もう「便所の落書き」等で片付ける時代では無いのは誰でも実感としている事だと思います。


確かに間違った情報もあるかもしれません、ただそれは新聞・テレビでも同様であるのは身近な所でここ最近私自身が経験としている所なのです。



我々元顕正会員が開設しているブログにはほぼ全てに於いて連絡先が記載されています。よって会って話せる方は是非とも会って話したいと思っています。



今、顕正新聞に載せられる登壇内容はみな顕正会側からの一方通行です。もっと広く、視野を広げ相手側の主張に耳を傾けなければいけません、「法華講員の言う事なんて聞く必要ない」なんて言っていたらどうやって広宣流布するんでしょうか?



相手側の言う事に対し、一つ一つ破折をする、それがまさに大聖人様のお振る舞いであり、折伏だと思います。


相手の信仰する事に対してこちらが知識を得なければ、どうやっても広宣流布などできません。


どうか末端の方こそどちらが正しいのか、きちんと精査してほしいと思います。
上に行き、罪業を積んでからでは遅いのです。



ところである顕正会員のブログに於いて、


かりそめにも御本尊を謗ることが、どれほど深い罪障を作るか。恐れ多くも御本尊に対する誹謗であれば、その罪、まさに万死に値するもの、無間地獄は疑いありません。後になって「あのときは言い過ぎました。勘違いでした」といって済む問題ではありません。


と言った事が書いてあります


もっともらしい事を書いていますが、御本尊の事に対して目を向けさせようとしないようにしているとしか思えません。


信仰で一番大事なのは御本尊様です、三大秘法を一大秘法に約せば「本門の本尊」に当たるのは顕正会員でも分かっている事だと思います。


本尊義がいい加減では全く話にならないのです、存在しない御本尊がある時点で既にニセ本尊が確定しているのです。それを拝めばどうなるのか、大聖人様は「家に主のなきに盗人が入り、人の死するに其の身に鬼神入るが如し。」(木絵二像開眼の事 文永九年 五一歳 638)と仰せになっています。



御本尊をお札で例えるのは恐れ多いですが、ニセ札もいくら本物だと思いこんでいても所詮は「ニセ札」であり、ただの紙切れです。



顕正会では「日布上人大幅御形木御本尊」なるものが会館に安置されてますが、宗門に於いてそのような御本尊は存在していません(注・日布上人の御形木御本尊はあるものの大幅はありません)



そもそも導師曼荼羅の御形木御本尊など法華講員が聞いたら驚くほど、有り得ないんです。


これはどういう事かと言えば、日本に初めて来る外国人に、「日本には三千円札があるから、これ使って」と渡すようなものです。このような行為を浅井会長はやっているんです。


何も知らない会員にそのような事をする事が大謗法であり、知らずとは言え、それを拝む事がいかに罪業を積む行為なのかを我々は主張しているのです。



況や、臨終という大事な時にこのようなニセモノの本尊を掲げるという事がいかにとんでもない事なのか。事実を知った我々からすればゾッとする話なんです。



だから我々は顕正会員にニセ本尊である事を訴えるのです。御本尊を謗るも何も、ニセモノはニセモノです。


じゃああなたはニセ札を財布に入れますか?謎の三千円札を財布に入れますか?(ネタとしては面白いかもしれませんが・・)



顕正会の会館に掲げている御本尊が白く綺麗である事は我々元顕正会員がよく知っているんです。



そもそも臨終用心抄を文・義・意に照らし合わぜずに解釈し、根幹であるニセ導師曼荼羅と在家が導師の葬儀をやっている事実から目を背けさせようとしている、更に日蓮正宗信徒でも成仏の相を現じている事実を知ってか知らぬか知りませんが説明できるのか、と言いたいものです。





と、あまりにも前段が長すぎてしまいました、本題です。


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これは妙観講・機関紙に於ける慧妙3月16日号からです。


ここで顕正会教学部のN氏が浅井会長と大草講頭の対論を実現するとの話が出ましたが、「日蓮正宗との解散」を賭けないとやらない、等と逃げてしまっているのです。


簡単に「日蓮正宗の解散」などと言っていますが意味が分かりませんね。


浅井会長は『(正系門家の中から)必ずや正義にめざめて立つ(中略)「有羞の僧」が二人・三人と出現することを、私は確信しております』

「日目上人御出現の露払いとして、正直にして小欲知足、道念ある僧侶が次々と出現しないわけがありましょうか」 (顕正新聞平成31年4月5日号)


と、3月度の総幹部会での発言と非常に矛盾しています。


大体、日蓮正宗が解散したら唯授一人の血脈はどうなるのか、大石寺はどうなるのか、そもそも戒壇の大御本尊様はどうなるのか、もはや噴飯ものとしか言いようがありません。

末端の会員がつい口走ってしまったとかならまだ百歩譲って分かりますけど、これを教学部員の人間が誰の命を受けてか知りませんが発言しているのですから、どうしようもないでしょう。


ちなみに慧妙に訂正記事がありますが、これは日付と日達上人の臨終の話をした相手の間違いを訂正しただけであり、内容そのものはしっかりとうちの妙相寺のメンバーが隣で聞いています。 

2019年04月15日

相変わらず末寺糾弾

ようやくネットが復活したキッコーマンです。


ちょうど最新の顕正新聞の情報も入ってきましたが相変わらず末寺糾弾の記事に溢れていますね。

SOPH…さんのブログにもある通り、この登壇内容などは事実を都合のいいように歪曲して掲載されている事はもう重々承知していますのでもはやバカバカしいとしか思えないですね。



そんな中、法華講から顕正会に・・という内容もあります。


「供養・供養」と言われるとか、参詣する度に供養しなくちゃいけないとか、書かれていますね。



私は既に、何度でもブログで書いていますが、供養の強制など全くありません。


まず、私は長野の妙相寺の所属であり、菩提寺は長野県です。横浜に住む私が長野までちょくちょく通うのはさすがに無理がありますので普段の参詣は職場近くの都内寺院にて参詣させて頂いてます。


御授戒を受けてから2年半、ここのお寺にはずっとお世話になっており、御僧侶や信徒さんともすっかり顔馴染みになっています。


そんなこちらの寺院ですが、しょっちゅう参詣していますが御供養は実は本当にたまにしかしていません、だからといって御僧侶から何も言われる事もありません。


あと御供養をどれだけしているかは信徒同士では知りません。誰がどれだけ御供養したなども全く分からないのです。



勘違いしてはいけないのは、御供養は御本尊様に対してするものです、なので自宅の御本尊様にも当然御供養をするわけです。


ご飯を炊けばお供えをしてから頂くし、お菓子やお酒なども同様です。 また日蓮正宗の御僧侶は給料制ですから御供養は全てお寺の事に使われる為、御僧侶の懐に入る事もありません。会社員は会社のお金は自分の懐に入りませんよね?それを勘違いしている顕正会員の多い事、その辺りは邪宗とは違うんです。



顕正会と日蓮正宗を両方経験している私からしてみれば顕正会の方がよっぽどお金に関してはえげつないですよ。


もうすぐ新聞購読推進が始まりますが、私はこの新聞購読の立て替えを5部ほどやっていました、自動車税の支払いと重なる為、いつもこの時期は頭が痛かったのを覚えています。


さてこの機関紙、未活動の後輩の所へ送付すると受取拒否になる事が活動家でしたら経験があると思います。


その場合、当然それ以降は新聞は送付されないわけですが・・、するとお金はどうなるかというと返ってこないんですよね。当然そのお金は顕正会のお金になるわけです。


また広告文は会館で10円で頒布されていますが、これ、高いんです。


我々が配布しているチラシ、両面カラー刷りで1枚3円なんです。それも印刷は外注ですよ。


また顕正新聞も一部200円ですがほぼ同じ枚数の大白法は110円です。


そして広布御供養、これも誓願がありますよね?


結果、顕正会の方がよほどお金に苦しむ形となっているのが実情なんです。ハッキリ言って日蓮正宗に来てからの方がお金に関しては本当に楽になりました。



顕正会員の方は情報が一方的になりがちですが、もっと相手側の話も聞いてみて真実を確かめるべきでしょう。


ところで妙観講の大草講頭が浅井会長と一対一の法論を促しています

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元々、浅井会長は大草講頭からの法論から逃げ回っては、「日蓮正宗の解散を賭けろ」等というバカげた事を言っていますが、「講頭」の立場でそんな事を賭けられるわけがない事などは、以前妙信講の講頭であった浅井会長自身が一番知っているハズなんです。


会員には無責任に法論しろ等と言っておきながらトップに浅井会長がこの体たらくとは情けなくないのでしょうか?


大草講頭は法華講大講頭であり、法論する立場としては申し分ないはずです。


そして顕正会のトップとして

・ニセ本尊疑惑
・在家の葬儀
・塔婆の否定
・勤行の改変


会員が法華講から詰められて答えられないこの事実を責任者として出てきて堂々と説明したらどうなのでしょうか。

そもそも昭和54年7月15日の顕正新聞より
26812.jpg


このような事がありますが、完全に自分達の今やっている事と矛盾していますね。


そして顕正会員の方たちに忠告しておきたい。

「凡そ謗法とは謗仏謗僧なり。三宝一体なる故なり。」(608P)、今あなた達が盛んにやっているのは大謗法です、このままいつまでもこのような事をやっていれば本当の現証が出てくるでしょう。


本当の「罰」です。何よりも破和合僧は五逆罪のうちの一つです、とんでもない事をしている事を自覚するべきでしょう


2019年04月04日

表面上だけで判断してはいけない

私事ですが・・。何故かパソコンのみネットが繋がらなくてタブレットで記事を書いています。


今、樋田さんが顕正会婦人部と対論している動画がアップされており、それをまとめようと思っていましたがネットが繋がらない原因が判明するまではお預けとなります。


しかも今月前半は勤務がきついのでちょっと時間がかかりそうです・・


さて、そんな中昨日、顕正会婦人部の方と樋田さん、セロリさんを交えてお話する機会がありました。樋田さんとセロリさんが揃っていれば是非ともガチンコであるという上長に来て頂きたかったのですが逃げてしまいました。


正直樋田さんとセロリさんがいれば教学部が来ても全く問題ないとは思うんで是非とも思った所ですが・・、上長は見捨ててしまったのでしょうか。


もし顕正会が正しいのであれば堂々と出てきて法論するべきでしょう。SNSなどを見ても分かりますが、法華講員はいつでも顕正会との法論は喜んで受けるんですよ。しかし顕正会は何故か逃げようとしてしまう。


顕正会員のブログなるものもみんな連絡先が無いでしょう?しかし法華講員のブログには殆ど連絡先が記載されているんですよ、別に電話番号など載せなくてもメールアドレスだけでも十分なんです。今どきメールアドレスなどいくつでも作れるんですから。


ちなみに件の婦人部の方は明日、無事御授戒の予定となりました、幸い私の職場から近くの所に住んでいらっしゃり、私もフォローしやすいので有難いです。



さて、SNSを見ると某顕正会員の方よりの情報で、とある末寺ではバーベキューをやって外国人を誘ったり、本山へ向かうバスの中でビールを飲んでいた。等と集会で発表があったそうです。


この顕正会員の方は私の元上長であり、つまり私のいた組織の部集会という事なんですが、これを発表した人物ももしかすれば私の知っている人かもしれません。


正直、これを聞いて「くだらないなぁ」と思いました。


そもそもその情報自体が事実かどうかも今の顕正会では怪しい所、というのが大前提ですが、例えそれが事実だとしても私としては何も気にしませんがね。


法華講員だって色んな人がいますよ、みんな右に習えのような同じ人の集まりではありません。


信心の強弱もあるし寝る間を惜しんで活動する人もいればそうでもない人もいるでしょう。


しかしそれは顕正会も同じではないですか?


ちなみに、その外国人が御開扉を受けなければ別にビールを飲んでも問題は無いでしょう。もし御開扉を受けるとなれば当然よろしい事ではありませんが。



もし事実が発覚すれば手継ぎの師匠である御住職様よりお叱りを受けるだろうしそれ相応の報いが本人には来るでしょう。


そもそも顕正会だってもっこり副長さんの話によればかなりの飲兵衛揃いだったそうですし、私自身も週末は夜遅くまで飲み歩いて翌日二日酔いで日曜勤行に出たりもよくしていました。


元148隊長も、同じような事があったと先日聞きましたしね。


二日酔いはともかく、入信報告書の偽造は私の元支隊長がやっていて降格されましたしね、更に私が遅番で部集会に出られない時、「閉館後でも会館の前まで来れば結集になるから来てくれ」とよく分からない理由で会館前を車で素通りして結集1になっていました(笑)


信じられない人もいるかもしれませんが、確かに法華講でも「ちょっと違うんじゃない?」と言う人もいるとは思いますよ、でも顕正会員でもそれは同じ事なんです。


「法に拠って人に依らざれ」ですから人を見て私は仏法の正邪を判断するつもりはありません。


私が顕正会から日蓮正宗に移ったのも結局人ではなく、法義上での事ですから。


そういう表面上の事で正邪の判定など到底くだらない事ではないでしょうか?


しかし、私が見てきた法華講員の方々でそのような事をする人は少なくとも全く見ませんでした、活動する中で色んな末寺にお邪魔させて貰う事もありますが、どこのお寺に行っても日蓮正宗は暖かい御僧侶や信徒さんばかりです。


むしろこちらが恐縮してしまう事が殆どなんですね、法華講ってみんなフレンドリーな方が多いのです。


先日の春季登山会は渋滞を懸念して新幹線で行きましたが、新富士駅から本山へ向かうバスの車中は全く知らない人同士にもかかわらず感激の語り合いをする光景が見られました。


法華講員も色々な方がいるでしょう、とは前述したのに矛盾していると言われそうですが驚くほど法華講は暖かい方達が多いですよ。
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