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2018年01月05日

魔の通力

先日、愛用しているパソコンが故障してしまいました。お店に持っていくとメモリーとCPUが原因だと、買ってからだいぶ経つのでしょうがないですね、HDDは異常が無いのでデータは無事なので良かったです。


いい機会なのでの中身を取り換え、Windows10にアップデートしましたが、itune等の音楽データをipodから取り戻したりと面倒な作業も多くなってしまいました。


さて、音楽データの整理をしている中に、宇多田ヒカルの「蹴っ飛ばせ!」という曲がありました。

https://www.youtube.com/watch?v=b81TO_KyFKs&list=PLGncrfe1zjeK0PNDBcegsowROQvDfW1kD


この曲は私が高校生の時に出たアルバムに収録されており、知名度はあまり無いもののテンポが良く、気に入ってよく聴いていました。



誰でも「この曲を聴くとあの時の事を思い出すんだよね」という曲はあると思いますが、私はこの曲を聴くと魔の通力を思い出します。



私の地元は横浜らしく坂が多く、地元には赤門坂と呼ばれる地元でも有名な急坂がありました

akamonsaka1.jpg


学校がテストで早く終わったその日は、吉野家の牛丼を載せてお腹が空いていたのもあり、自転車でこの「蹴っ飛ばせ!」を聴きながらノリノリで爆走で下っていったわけです。



するとバランスを崩して道路の真ん中に寄っていってしまい、そこのカーブの先から自動車が!


しかし自動車のど真ん中に突撃してしまいましたが、何故かお互いにスムーズに減速でき、自転車の前輪と自動車のバンパーがボヨーンとクッションして転倒する事も無く、牛丼と共に無傷で済んだのでした。



お互い無傷なので、警察を呼ぶ事も無く終わったのでした。



そしてまだ顕正会に入信して勤行やったりやらなかったりだった私は、「これは仏法の功徳では無いのか!?」と思い、そこから紹介者である同級生のY君に「仏法って凄いね!」とメールを送ったのでした。



そこから私は勤行を欠かさず実践しました、御受戒を受ける当日の朝まで、顕正会勤行は一度もサボった事が無いほどでした。



そして支隊長とも連絡をマメに取るようにもなり、会館にも行くようになり、そして折伏(勧誘)をする事となったのでした。



魔の通力というのは不思議なもので、ポンポンとパチンコの景品のように出てきます、免許を取って車を購入し、活動に使うようになったものの学生なのでガソリン代に悩んでいた所、自営業だった父から会社名義のガソリンスタンドのカードを渡され「使っていいぞ」と言われたのです、実はこのすぐ前に広布御供養をしていたのです。



魔は親の思いをなして・・と御金言にありますが本当に親を使ってきました(笑)



また社会に出て、配送の仕事をしている時にもありました。



私は当時、企業向けに給食弁当の配送をしていましたが、住宅地で信号の無い交差点を通過した時に一時停止を無視してきた2tトラックと衝突してしまいました。


私が乗っていたのは旧型のハイエースだったのですが


s5051-1513-02.jpg

↑このスライドドアの部分にぶつかりました。 

そしてトヨタマークがあるグリルは先の方に吹っ飛んでいたのでした。



もし少しでもタイミングが悪く運転席の方に突っ込んでいたらどうなっていたか、そして正面からぶつかっていたら基本設計の古いこの型のハイエースでは五体満足ではいられなかったかもしれません。



そして私自身も腰を痛め、割れたフロントガラスで頭にちょっとした切り傷で済んだのでした。



このような現証が起これば、信じてしまうでしょう。

そして顕正会員は「何故そのような功徳をいただきながら、宗門に行ったのか?」と思うでしょう。



しかし先ほどもチラっと出しましたが

「若し衆生生死を出でず仏乗を慕はずと知れば、魔是(こ)の人に於て猶(なお)親(おや)の想(おもい)を生(な)す」(種々御振舞御書 建治二年 五五歳 1063)

「人善根(ひとぜんこん)を修すれども、念仏・真言・禅・律等の行をなして法華経を行ぜざれば、魔王親のおもひをなして、人間につきて其の人をもてなし供養す。」(1063)

「一分のしるしある様なりとも、天地の知る程の祈りとは成るべからず。魔王・魔民等守護を加へて法に験(しるし)の有る様なりとも、終(つい)には其の身も檀那も安穏なるべからず。」(御書・諫暁八幡抄 1531)



と大聖人様は仰せです、そして日淳上人は

■宗教の利益はその根本に尊崇し奉る本尊の正邪により且つその説かれる教法の正邪によつて分かるるのである。本尊と教法が正法である時利益は期せずして現ずるは理の当然であつてその利益は又正しいのである。

若し教法が不純であり邪法であるならば仮令(たとい)利益をいふもそは必ず不純であり邪道の利である。
故に宗教に入るには唯その利益を見て決するは冒険この上なしといはなければならぬ。

故に宗教選択の道は利益を先とせず法の邪正をもつてなさねばならない。

日蓮大聖人は■「但し法門の邪正をもつてただすべし、利根と通力とにはよるべからず」と仰せられてあるが此れが宗教選択の要道である。

利根とは人間の智慧才覚に任せていふその言葉によるを指し、通力とは不思議なる力のみを以て神仏を計ることである。

此等は共に斥(しりぞ)けなければならないのである。


と仰せです。



つまり現証だけで判断してはいけないのです。 道理と文証で顕正会が有利になりますか?なるなら堂々と法華講員と法論できますよね? どこの組織も「正宗に行った」と言えば「アイツとは関わるな」と除名処分をさせ、逃げ出します。



先日高知で脱会すると言った壮年も、誰も助けてくれませんでした。

https://www.youtube.com/watch?v=C00E5rePRKQ



仏法とは三証ですから、道理と文証があってそこに現証があるのです。




そして、日蓮正宗で御受戒を受けたら、自身の罪障が出てきます。
これまで蓄積した罪障が正法を取り入れる事によって噴き出してきます。



顕正会員からしてみれば「宗門に功徳などないではないか」と思うかもしれません。



しかし蓄積された長年の偽本尊の害毒は深いものがあります、
しかし命では本物の御本尊様の功徳を感じます。


もし正宗に行く事に迷いを持つ方がいたら・・ 一刻でも早く正法に帰依しなくてはいけません。
そうしないと後で罪障消滅で苦しむのは自分自身なのです。





2018年01月01日

日蓮正宗の化儀

明けましておめでとうございます。

今年は参詣寺院にて、0時からの元朝勤行、そして14時からの元旦勤行に参加させて戴きまし、御住職様より御祈念を賜り御本尊様を中心とした年明けとなり、誠に有難い限りです。


明日は大石寺へ初登山し、戒壇の大御本尊様に新年の御挨拶を申し上げます。


年末においては12月度総幹部会における浅井会長の謀りに、早く顕正会員には気付いて、目覚めて欲しいという思いにかられました。
http://toyoda.tv/asai.tabakari.htm




話は変わりますがこんな漫画を御存知でしょうか?

https://sp.handycomic.jp/product/index/title_id/60008041

「よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話」という題材で、エホバの証人の信者の子供による体験談を漫画にして書いたものです。



元々はTwitterで投稿されていたものですが、好評で正式に出版社から書籍化されたものらしいです。
興味がある方はリンク先のハンディコミックで電子書籍で見られますので有料ですが見てみてはと思います。


見るとエホバの証人の活動等が分かりやすく書かれていますね、とにかく縛りが凄い。

顕正会もなかなか縛りがありましたがここまで酷くは無いな、とは思ったもののどこか通じるものもあります。



顕正会の時は、生活上での縛りはエホバほどありませんが、勤行前の飲酒は絶対禁止となっています。


では日蓮正宗ではどうなんでしょうか?実は私は先ほど14時の元旦勤行の折に御宝前にお供えした樽酒を戴いております。

じゃあ夕の勤行ではどうするかというと口をゆすいで行えばよろしいとなっています。

日有上人は化儀抄において「手水の事、塩気に限るべし不浄の物なるが故に、たゞし酒には手水を仕ふべし破戒なるが故に云云。」と書かれています。



普段の勤行でも御宝前に座る前には手を洗い口をゆすぐことが望ましいのですが、飲酒をしたり臭いもの(ニンニクやネギなど)を食べた後は口をゆすげばよろしいとされています。



当然、勤行の前よりした後に飲酒をするのがベストですが、社会人であれば仕事帰りに一杯・・等という機会も多いと思います。そういったやむを得ず飲んでしまった後に「飲んだから勤行しなくていいや」というのではなく「口をゆすいで勤行をしなさい」という意です。



ただあまりにも泥酔して勤行というのもよろしくありません、そもそもお酒というのは節度を持って嗜むものです、「酒は飲んでも飲まれるな」と言いますからね。



そして漫画の中に葬儀の話が出てきます。葬儀の際に手を合わせない事で親戚から白い目で見られるシーンがあります。


顕正会では葬儀にすら出ちゃいけないので白い目どころではありませんね。
知り合いどころか親の葬儀にすら出ちゃいけません。


しかし顕正会員の方に聞きたいのですが浅井会長はいつ葬儀に出ちゃいけない等と発言しましたか?幹部の間で勝手に広まっていった話ではないのでしょうか?

これも化儀抄においては
「他宗他門の人死去せば、知人ならば訪ろうべし。但し、他宗他門の本尊・神座に向かって題目を唱え経を読まず、死去の亡者に向かって之れを読むべし。惣じて法界の衆生の死去の由を聞き受けては之れを訪ろうべし云云。」

と仰せです。つまり・・

邪宗の葬儀であっても知人ならば、行って遺体に向かい読経・唱題してあげなさい、という事です。
ただ邪宗の坊さんが読経してる最中に一人だけ読経・唱題してれば「なんだアイツは」となりますので心の中で黙読します。 世間から異質と思われれば布教の妨げになり、法も下げます。



この時には当然、日蓮正宗の御念珠を使用し、他宗の本尊や位牌に手を合わせてはいけないとされています。また邪宗の読経に合わせてはいけないとされていますね、これは謗法となってしまいます。

宗派によっては方便品・寿量品を読誦するところもありますのでつられて読んでしまわないようにしなくてはいけません。




またエホバでは誕生日を禁止したり教会で騒いだ子供を鞭でぶつというような虐待のような事をしていると漫画では書かれています。

日蓮正宗では御講等の時には子供が泣いたり声を出したりする時もあります。
しかし追い出されたり、顕正会のように別の部屋に隔離される事はありません。(もちろん親が気を使い席を外したり静かにするように注意したりはしますが)

それは法統相続の精神があるからです。

参詣寺院の御住職様は以前こう仰せでした
「子供が騒ぐからと言ってお寺に子供を連れてこないなんてとんでもない、子供は広い所に来れば騒ぎたくなるものです。そしてそれを他の人がうるさいと邪険にするのはいけない、子供の成長というのは親だけでなく講中全体で育てるものなのです。」そして御住職様は長い僧侶経験の中で「しっかりとお寺に連れて来られた子供は大人になり、現在立派な法華講員としてみんな活躍している」と御指導されたのでした。


少年部として独自の行事もあり、お寺によってお菓子や果物を戴いたり、御僧侶の下でお経の練習をしたりする所もあります、そして子供達はみな笑顔で楽しそうだったりします、小学生の段階で唱題太鼓の練習をする子もいます。


また子供が修学旅行や遠足で邪宗の寺に行く事もあります。私も小学校では日光へ、中学校では京都へ行きましたが当然邪宗寺院に行く機会もあります。



漫画では一人で取り残されていましたがこれは顕正会でも同様です、顕正会では邪宗寺院の敷地内に入る事を禁じられています。


しかしそんな事いつ浅井会長が言いましたか?これも葬儀同様幹部の間で広まったのではないでしょうか?



これも化儀抄では
「他宗の神社に参詣し一礼をもなし散供をも参らする時は、謗法の人の勧請に同ずるが故に謗法の人なり、就中正直の頭を栖と思し召さん垂迹の謗法の人の勧請の所には垂迹有るべからず、還つて諸神の本意に背くべきなり云云、但し見物遊山なんどには神社へ参せん事禁ずべからず、誠に信を取らば謗法の人に与同する失あり云云」



と仰せです、つまり拝んだり布施をせず見学だけなら謗法にはならないとされています。
ただもちろん謗法はよくない事を徹底した上での事です。折伏精神に溢れる人ならば「どこか矛盾を突いてやろう」と破折の気持ちで行く事もありましょう、しかし軽い興味で行ったという精神ではいけません。わざわざ自ら謗法に近づく事はありません。



エホバは別として顕正会員が日蓮正宗に帰伏すると化儀では色々緩く感じるかもしれません。
しかし御受戒については別です、厳しいです。


しっかりと本人が御受戒を受ける意志を確認し、本人直筆の上で印鑑を押し、更には御供養を必ず本人から出させないといけません、いい加減なやり方で御受戒は受けられないのです。


当然御僧侶でないと御受戒はできず、菩提寺でない寺院で御受戒を受ける際にはきちんと菩提寺の御住職様に連絡しお寺同士でやり取りをしてから御受戒の許可が得ます、顕正会のようにその辺の幹部が勤行やってハイおしまいではありません。


細かい部分では緩く感じる所はあっても大事な所は非常に厳格になっています。


なんかエホバの話になったり顕正会の話になったりゴチャゴチャしてすいません・・


エホバについては樋田さんが破折しています

https://www.youtube.com/watch?v=bqIYQAx-nto

https://www.youtube.com/watch?v=L2WKkgiMyVg

https://www.youtube.com/channel/UCLKbPpOO8Ru25z2f3b9TGeA/videos

https://www.youtube.com/watch?v=S9wUmt53o1M


2017年12月29日

文章で伝える事

浅井会長の12月度総幹部会の席上での発言です。(文章書き起こしですね。)

1514549514589.jpg

しかし原文ではこうなっています。

1514549523074.jpg


1514549520735.jpg
と、このようにまるで印象が異なります。

まず、「戒壇の大御本尊に純真な、しかも確実な信心をもって本門の題目、南無妙法蓮華経を異口同音に唱えたてまつることができたとき・・」が抜けていますが、この意義とは熱原の三烈士の如く強情な信心が三分の一、という意味ですね。

残りは普通に自行化他に励む信仰の人達です。そんな吹けば飛ぶような信仰の人が三分の一だなんて日達上人は仰せではありません。

そもそも6000万の国民投票とかよく分からない事を言って広宣流布と定義しているのは誰ですか?何故血脈相承を受けていない浅井会長がそのような事を言えるのですか?


文章というのは言葉を一つ、二人削るだけでだいぶ印象が変わるのです。

いい例として、私が経験したのは以前とあるバス停前にあるカーショップに、キャデラックのフリートウッドというデカいアメ車が150万ほどで売られていました。

3925_o.jpg

私は車好きの同僚に「〇〇(バス停)の前の店に、キャデラックあるじゃないすか?いいっすよね〜、150万なら買えるんすよね。買っちゃおうかな〜(笑)まぁ駐車場置けないし税金高いから買えないんすけどね」

↑この(笑)から先の部分を外してみてください。何故か私がキャデラックを買う事になっています、そしてこの結果職場では「キッコーマン、キャデラック買ったらしいぞ!」という事になってしまいました。

また、以前テレビでやっていたのですが、Aさんという小学生の女の子がポーチを買ってもらい、クラスのグループLINEに写真を載せてた所、Bさんが「何これかわいくない?」と送ろうとした所、?を付けるのを忘れてしまい「何これかわいくない」と送ってしまったそうです。

結果このBさんは「ひどい子」という事でいじめられてしまったとのコトでした。

このように文章というのは言葉を一つ、二つ削るだけでまるで違う印象となるのです。

浅井会長は巧みにこのような印象操作をしているとしか思えませんね

2017年12月17日

顕正会員との対話。不敬の御開扉?

今日、ときわ台の東京会館近くの公園で顕正会員の方への折伏を試みようと思いましたが寒さのせいか誰も座っていない。


とりあえず温かい飲み物を飲みながらベンチに座っていると外国人のお兄さんが女子部の方に連れてかれていきました。「あぁ入信勤行だな・・」と思ったら外国人のお兄さんは一人で戻ってきました。


そしたらそのお兄さんは自分に声をかけ「お兄さんここ何の施設?怪しいから逃げてきちゃったよー」と言うので説明してたら女子部の人が追ってきたので女子部二名と話しました。


話すと「御開扉は2万円かかるんでしょ!」とか「浅井先生は御開扉受けてなんかない!」とかデタラメ言ってきたので話していきましたが途中で「もういいです!」と逃げようとしたので私が「日蓮正宗は破折しなくていいんですか?これだけ世の中に謗法がはびこって、破折しないでどうやって広宣流布なんてするんですか!」と言うと会館に通報しにいきました。

私は外国人のお兄さんに「今のうちに逃げた方がいいですよ」と言うと「お兄さんも逃げた方がいいんじゃない?面倒な事になりそうだよ」と気遣ってくださいましたが私は「大丈夫、僕は正々堂々と話するから!」と
言い外国人のお兄さんは私に礼を言い去って行きました。

そして「さあいつでも来い!」と構えていると会館衛護が来て弱々しく一言、「声かけないでください」と言うので私が「公園の敷地内で布教するのは自由ですよね」と言いましたが逃げるように会館に去っていきました。

何とも情けない話です。


ちなみに外国人のお兄さん曰く「観光だ」と言われろくに説明もされず連れてかれたみたいです。



とりあえず一人邪教に染まらずに良かったですが・・





私が現役だったとしてもろくに仏法の話もせずに入信させるなど折伏ではないだろう!と思ってしまいます。

それにしても御開扉が2万だとか、私はビックリして「誰から聞いたんですか?」と問うと「元学会の人」とか・・

このようなデタラメを聞いた人が集会の登壇で活動報告として登壇しているんでしょう。


日達上人から日顕上人の相承も成されていない、と言うので「じゃあ日目上人から日道上人の相承は説明できますか?」と言うと黙ってしまうし

思うのは何故法華講員から逃げるのか?対論できないならできる人を連れてくればいいのではないですか?

相手をしなくていい等といつ大聖人様が仰せになりましたか?

また浅井会長が御開扉を受けていない等と確信を持って言い切るとは・・
浅井会長が御開扉を受けた文証はいくらでもあります

昭和39年1月

浅井甚兵衛 講演

本日このめでたい正月五日に登山のおまねきを賜りました。
只今、三千達成の御報告を本門戒旦の大御本尊様に申し上げました。
(拍手)(冨士 昭和39年1月号)

昭和39年8月

渇仰の思いであった御開扉は第六十六世日達上人猊下の大導師のもとに午后一時三十分から奉安殿で行われ、講頭先生(※甚兵衛)を中心とした一同は熱い感涙にむせんだ。(冨士 昭和39年8月号)

【証拠@】

「気にかかっておりました台風二十三号もなんら障礙もなく、本日ここに妙信講の全講員無事に戒壇の大御本尊に御内拝を遂げ奉ったこと、誠におめでとうございました」
(『富士』昭和46年9月号8ページ)  

これは浅井会長が御開扉を受けたことの有り難さを祝っているもの。

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【証拠A】

妙信講は法華講連合会への参加を拒んだことにより、登山停止を受けている。
しかし、後のそれが許され、御開扉を受けている。以下はその事の特集記事

冨士 昭和46年9月号 「総本山御登山  特別報道」

「総本山御登山特別報道」より抜粋 

九千突破の中に迎えた期を画する妙信講の総登山は、絶好の天候にめぐまれた八月二十八日(土)勇躍の講員二千百名が参加して盛大に挙行された。
この総登山は、昨年十月の六年ぶりの総登山以来、一万達成までは再ぴ戒壇の大御本尊へのお目通りは叶わぬものと、ひたすら大法弘通に選進する中に、はからずも貌下よりお許しを給わったもので、講員一同の感激は一通りではなかった。

(冨士 昭和46年9月号)  

【証拠B】

講頭講演 冒頭部分(浅井甚兵衛氏)
 只今御開扉を給わった本門戒壇の大御本尊は、宗祖日蓮大聖人出世の本懐、仏法の極理、最大深秘の大御本尊でありまして、事の広宣流布の時至らば国立の大戒壇堂に御安置さるべき大御本尊であります。日本民族をはじめ世界の人類が救済される誠に尊極無上の大御本尊であります。今私共は、宿縁深厚にして時至らざるに内拝を賜ることは、幸いこれに過ぐるものはありません
(冨士 昭和46年9月号)

【証拠C】

以来、妙信講は総本山の御会式に参詣も叶わず、正月登山も出来ずにおります。およそ御開扉を断絶される事は、正宗信徒として『死ね』と云うことであります。

試練と忍従
(『顕正会「試練と忍従」の歴史』36ページ下段)

私共の思いには、御開扉を許す許さぬは、昔より血脈の御一人の為されるところにして、一般僧侶すら口にする所ではないと。
(『顕正会「試練と忍従」の歴史』 30ページ下段)

御遷座の翌年五月、妙信講は久々の御登山を総本山に願い出た。
(『日蓮大聖人の仏法 改訂版』 255ページ)

→ 戒壇の大御本尊が正本堂に御遷座された翌年の昭和48年に、妙信講が正本堂にて御開扉を願い出たことを証明するもの。


現在の顕正会は

宗門は正本堂を御遺命の戒壇であると断言した」 と主張し、最近では正本堂のことを 「偽戒壇」 と呼んでいますが、

妙信講(顕正会)はその正本堂においてさえ御開扉を願い出ている。

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日寛上人時代にも 御開扉 御内拝 が存在していた証拠

● 「未だ時至らざる故に直ちに事の戒壇之れ無しと雖も、既に本門の戒壇の御本尊存する上は其の住処は即戒壇なり。其の本尊に打ち向ひ戒壇の地に住して南無妙法蓮華経と唱ふる則は本門の題目なり。志有らん人は登山して拝したまへ」(寿量品談義・富要十巻131頁)

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「上野殿が、熱原の大法難の事後処理で、心ならずも長い間身延の大聖人のもとに参詣することができなかったとき、大聖人様はお手紙で
『参詣遥かに中絶せり、急々に来臨を企つべし、是にて待ち入って候べし』
と仰せられた。
いま顕正会も、御遺命守護の御奉公のゆえに登山を妨害されてすでに歳久しい。
しかしこの重大な御奉公を命かけて成し遂げたとき、必ず大聖人様の御意に叶って登山が叶うことを、私は確信しております。
その時こそ、全顕正会員ともに手を携え、晴れて、涙の中に、戒壇の大御本尊様にお目通りをさせて頂こうではありませんか。
(大拍手)」
(『「学会・宗門」抗争の根本原因』 451ページ)顕正新聞 平成3年7月5日
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と、これだけの文証があるのです。

浅井会長は自ら御開扉を受けて、願いを出しておきながら「不敬の御開扉」などと言い僧宝を謗る謗法行為。
これで大聖人様の御遺命を守る仏弟子の団体などと言えますか?

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2017年12月14日

11月度総幹部会「トランプ訪日」特集号を拝読して

先般、発刊された顕正新聞11月度総幹部会「トランプ訪日特集号」をツイッターを通して拝読させて戴きましたがその衝撃は今尚冷めやらぬものであります。



まず今年1月の教学試験の受験者が空前の17398名であったとありましたが、合格者は空前の少なさであります。


これはとりあえず受けさせるという数集めのような試験であったと拝察されます。


現に一昨年の登用試験の試験会場の衛護を私はやりましたが、試験会場に入って普通は基礎驚愕書を読んで予習をしたりするものですが、そんな事をせずプラプラ煙草を吸いに出る人たちの多い事、これは主に寿町的な方々が多い事もありましたが、もちろん真面目に受ける人も多くいます。しかしあまりにも目につきましたし、会場収容人数の振り分けをカウントしている私からしてみればとても困りました。


当然ゴチャゴチャになるので会場とホールを行ったり来たりしてバタバタしました。

何とかうまく収まりましたが部長に「お前使えねえ」と罵られてしまいました、そして全体を担当する班長も叱責されて話しながら持ってたボールペンを何回も落としていました、「だ、大丈夫だろうか?」と心配になりましたが・・


とまあそんな事は特にどうでもいいのですが、日本語の全く通じない外国人もいて、どこの組織かはおろか紹介者の名前すら分からないという方もいました、これにはかなり困ったもので色んな思い当たる節を連絡したり等かなり大変でした、受付の女子部の方の必死な調べで何とか分かりましたがあまりにも無責任すぎます。

現場ではこのようなバタバタになっている事実が実はあるんですね。



次は広布御供養ですがここで浅井会長は「宗門はカネに執着している、信心が堕落すれば仏法よりも我が身が大事になる。だから彼らは御遺命を捨てても平然なのです。末寺の坊主は口を開けば『供養、供養』と言う、自分の生活の方が大事なのです。」と発言しています。


これは日蓮正宗の御供養の精神を知らない顕正会員を誑かしていると言ってもいいです。


何度も書きましたが日蓮正宗の御供養は「志」であり、金額は100円だろうが1000円だろうが受け付けますし、人それぞれ生活環境は違いますし、収入が入るタイミングも違います。

なので自分が出せる金額やタイミングでいつでも御供養ができます、そしていつ誰がいくら御供養をしたなんて、そんな事は信徒同士は知るよしもなく、御僧侶しか知りません。

また法要等で御供養をした時は記念品を頂ける事があります。

私の参詣寺院で記念法要の御供養を数千円(その時経済的に余裕がなくやむなく)程度したのですがオリジナルの御念珠入れを頂いたのです。 私は思わず「御供養が少なかったのでは・・」と御僧侶に言うと御僧侶は笑顔で「そんな事ありませんよ」と仰ってくださりました。その御念珠入れは頂いてからずっと愛用させていただいています。

日蓮正宗の御供養はあくまでも御本尊様に対する御供養であり、御僧侶に対してではありません。

必ず御宝前にお供え申して、お寺のために使われます。

そもそも日蓮正宗の御僧侶は給料制であり、御供養で御僧侶がボロ儲けなんてありません。

そして口を開けば「供養・供養」なんて言いません、口を開けば「折伏・唱題」です。

嘘だと思えば大日蓮の猊下の御指南を見てみればいいのです、御法主日如上人猊下は折伏・唱題の大事をいつも仰せになっています。

私の菩提寺の御住職様は「御供養というのはお金や物だけじゃない、身の供養も大事」とご指導されました、身の供養とはお寺のお掃除や任務(顕正会でいう衛護のようなものですね)や法要の準備などですね。

このように実際に日蓮正宗で信心していると本当に経済的に楽になったと感じます。

日蓮正宗では未入信者の御供養は一切受け付けませんし、立替などタブーです。もちろん借金などとんでもない話です。


日蓮正宗では仕事・学業・家庭をしっかりやっていきなさいと言われますので当然ですね。



そして新会館建設ですが顕正会員は「え?」と思ったでしょう、来年は郡山会館、再来年は仙台会館だけ。

1年に1つなんてあったでしょうか?大体1年に3つは建ちますよね。 

いくら大会が行われるしたって先日の福山ビッグローズにしたってかかって150万くらいでしょう
http://www.big-rose.net/modules/gnavi1/index.php?lid=13

川口総合文化センターに至っては平日夜という状況であれば20万程度ですよ
https://www.lilia.or.jp/charges

顕正会の資産10億円で何とかならぬものなんでしょうか?


そして最後に安倍首相がゴルフプレーで転んだのをトランプが助けなかったのを日米関係が崩れる前兆・前触れって・・冷静に聞いたらおかしな話ですよ。

大聖人様は御在世の折に、北条時頼に諌暁されましたが北条時頼の悪口を言ってこき下ろそうとしましたか?

こんなしょうもない事をいちいち言うよりも、神道の何がいけないのか、三証をもって顕すべきではないでしょうか?モリカケ問題のスペースが全て神道破折のスペースならわかりますけどね
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↑なんかこのブログは文字ばっかなので実家の犬の写真(盗撮)を貼ってみました

2017年12月09日

真実を確かめよう

ちょっと久しぶりな更新となります。

12月3日の広島大会において、K幹部より登壇があって、ある会員が徳島の末寺の御会式に強引に参加させられて、更にその時の布教公演において御尊師様より「日達上人の臨終が悪臨終だった」と言っていた。という登壇がされたとの事でした。


まだ詳しい事実も分かりませんしどのような登壇がされたのかも不明です。


しかしSNS等で情報を集めていくと実際にそこのお寺で御会式に参加された方曰く「臨終についての御指導はあったが日達上人の事では無いし、そもそも日達上人のお話しすら出なかった」との事です。

これから情報が集まって事実が分かってくるとは思いますがこのような活動報告を大会という公式の場で発言するという事はそれなりの覚悟でやらなくてはいけないと思いませんでしょうか?

もしこれが捏造やデマだったりした場合はまさに嘘つきの団体と言わざるを得ないと思います。


浅井会長に安倍首相に対して「総理大臣は嘘をついてはいけない」「ペテン師」等と総幹部会という公式の場で発言し、顕正新聞という公式の機関紙に載せてかなりの部数を会員に配らせています。

このような発言はちょっとしたお茶の席だとか、雑談程度ならいいでしょう、しかし公の場で発言してしまうなら責任を問われてしまいます。


さて、日達上人が悪臨終を迎えた等という証拠はどこにあるのでしょうか?


浅井会長の情報にはソース元がありませんよね?

まさか除名された浅井会長がその場にいたとはまず有り得ない話です。

ソースが無い文証などは文証として成り立たないのです。


そして日達上人から日顕上人の相承は当然成されています。
http://toyoda.tv/gosojo.htm

顕正会員は「細井日達は悪臨終だ!」と騒ぎますが、では歴代上人の臨終の相はどうだったか言えますか?

文証がハッキリしている日寛上人は別として顕正会会館の本尊を書写されている日詳上人・日胤上人・日布上人・日開上人の臨終の相は言えますか?

それを日達上人だけ見てワーワー騒ぐのはおかしいですよね?


結局、情報元は正信会や学会なんですよ。そして情報を戴いておきながら非難するんですから、これほどえげつない話は無いですよね。

盗人猛々しいなどとはまさにこの事を言うのではないでしょうか。

2017年11月25日

不敬の御開扉

平成20年2月5日号顕正新聞にて


私はこの御開扉について、最も恐れ憂えていることがあった。それは、戒壇の大御本尊の御安危であります。
このことについては、阿部日顕への対決における三度の書状のすべてに重ねてこれを述べている。

第一回の書状を引用すれば、こういうことです。「そのうえ貴殿はいま、奉安堂という大規模な礼拝施設
を作り、各末寺・法華講に登山を強要しては収入の増大を図っている。これ戒壇の大御本尊を営利の異とする以外の何物でもない。ここに最も憂うべきは、大御本尊のご安危である。このような濫りの御開扉であれば、
悪心を懐く者が紛れ込むことは極めて容易である。もし奉安堂内に曝発物等が持ち込まれたら、いかなる事態が生ずるであろうか。いま時に当って、大御本尊のご安危こそ一閤浮提第一の大事である」と。

そして今、この憂いは、ますます深くなっている。「正面から至近距離で」犀角独歩という男、知って
いますか。本名は岩立盛郷。あーいっか佐野忠男なる者の除名通告文が顕正新聞に掲載されましたが、その中にこの男の名が出てましたね。

佐野忠男は、戒壇の大縄本尊を誹詩している犀角独歩と手を携え、一緒に集会で講演していた。犀角はもっぱら大御本尊を誹詩し、佐野は顕正会を誹詩するという二人三脚をしていた。そこで佐野を除名したわけですが、その除名通告文の中に、たしか「犀角独歩」という名が挙げられていたですね。この犀角は学会くずれです。そして阿部日顕の「河辺メモ」に触発されたのか、以来、狂気のように口をきわめて戒壇の大御本尊を誹諒するという大護法者となった。実はこの男が先月、戒壇の大御本尊の鮮明なる写真を手に入れることができたとして、得意げにこれを公表していた。

そして彼はこう述べた。

「提供者のプライバシーを守るため、出所は敢えて公表しないが、正面から至近距離で撮影されたものである」と。

いいですか。このことは、戒壇の大御本尊に敵意を懐く者が、やすやすと奉安堂内に侵入できることを物語っているのです。そして犀角のいうごとく「正面から至近距離で撮影」できるくらいなら、その場所に爆発
物を置くこともできる、ということを示している。
阿部日顕への対決申し入れの第二回書状において
「もし爆発物等が仕掛けられたら、いかなる事態が惹起するであろうか。この大渦、汝の万死を以てしでも償えるものではない」と私は記したが、この憂いが今や、現実味を帯びて来たのであります。

ここに及んで、なお不敬の御開扉を中止しない輩は、もはや仏様の御命を危うくする仏敵である。ーこう私は断じたいが、皆さん、どうでしょうか(大拍手)。
「雄近荷不見」の輩無道心の僧侶は僧侶ではない。大聖人様は「法師の皮を著たる畜生なり」とも仰せら
れている。これらの輩は、戒壇の大御本尊のおそばにいても、その尊無過上がわからない、身が震えるほどの思いがない。また御生骨の近くにあっても、その御聖意が拝せない。これらの輩を「難近而不見」というのであります。



さてこの浅井会長の発言、現役時代の私はすっかり信じてしまいました。
当然です、情報も何も無い中ですからね。

しかし今見ると実にいい加減でデタラメなのです。


まず犀角独歩が奉安堂内に入り撮影した云々について、樋田さんが簡単に説明していますが
https://www.youtube.com/watch?v=c-xYzg1w36c


まず犀角独歩の写真はやたらと鮮明なのです。

ここまで鮮明で正面からの撮影、一眼レフで望遠レンズを使用しない限りはとても無理です。

この時点で御開扉を経験した法華講員なら分かりますが、そんな事無理なのです。

まず平日の添書登山で空いていたとしても、奉安堂内は詰めて着座させられますので周りに法華講員がいます。更に周囲には多くの任務者がいます。

そんな状況で一眼レフで撮影等できますか?

また戒壇の大御本尊様は青年の御僧侶の身長ほどの大きさではあるものの、奉安堂自体がかなり大きいので
信徒席からはとても大きくは拝せません。

また戒壇の大御本尊様はかなり高い位置に御安置されており、「正面から至近距離」なんていう事は扉をお開きする御僧侶以外には絶対に無理なのです。猊下がお座りになられる所ですら至近距離ではないのです。


つまり御開扉中に爆発物を仕掛ける等、とても無理難題な話で、仮に1万歩くらい譲って爆発物を仕掛けたとしても、信徒席に爆発物を置いた程度では戒壇の大御本尊様に届くわけも無いし、大御本尊様の電動扉は銀行の金庫並みの頑丈さで守られています。


初めて御開扉を受ける人は「いつ大御本尊様がお出ましになるんだろう」と思うくらい何重に守られているのです。


またやすやすと入れる・・等ありますが奉安堂に入るには御住職様から許可を得た信徒のみが入れますのでちゃんとチェックが当然あります。 やすやすとなんか入れません。


このように、浅井会長はいい加減なデタラメを教えているわけです。

また登山を強要等いい加減な事ばかり、登山を強要等、私は一度もされていません。
むしろこちらからお願いするんですよ? 

だからみんな笑顔で登山しているんです。

そして前回の記事にも書きましたが、ご高齢でありながら戒壇の大御本尊様の下へ参る日顕上人。
地球の裏側だろうが笑顔で参詣する海外信徒の方達。


この現実をどう説明するのかと言いたいものです。

2017年11月23日

視野を広く持って!

10月の選挙で顕正会員の政治活動とも言える姿が目立ちました。

街中で顕正新聞特集号を配布し、また演説の際に現れ、新聞を手に掲げる・・
この姿に疑問を持った古参の顕正会員が宗門で御受戒を受けるという事実もあるのです。



神道を破折するなら分かりますが、やっている事はモリカケ問題の事ばかり・・
ツイッターを見ているとモリカケ問題で追求したら逃げられたとか。

当然、法華講員が声をかけると多くの顕正会員は逃げます。
実際法華講メンバーが声を掛けて逃げられたという話はかなり聞きます。



実際私も某地元の地下鉄駅(小さい駅ですが)で新聞配布をしている婦人に遭遇しました。
私が声を掛けるとかなり警戒して創価学会員か聞いてきたので「違います」というと「では法華講か」と
聞いてきたので「そうです、しかも元顕正会員です」と答えました。


すると婦人達は「あなたたちとは話す事はありません!」と言ってきました。
私は「あなた達からしてみれば日蓮正宗は謗法なんでしょう?では破折しないといけないのではないですか?」と言うと「顕正会から法華講に行った時点で浅井先生から除名処分を受けてるんです!」と言われました。

その婦人らが言うには我々のように宗門に行った者は救いようがないのだ。と

そして許可を取らずに駅構内で配布してたようで駅員さんから注意を受けたので立ち去ろうとしてしまいました

婦人は「あなた達は必ず現証が出ますから!」と言うので私は「三証は御存知ですか?」と切り返すと「知っている」というので「ならば現証だけで論じてはいけませんよね、道理・文証をもって話すべきですよね」と言うと黙って立ち去ってしまったのでした。



話を聞くとやはり殆どがこういったパターンのようですね。


またセロリさんが地元駅で配布してる婦人に会って電話番号が書いてありました、2枚もらって別の番号だった事から私とセロリさんで1人ずつかける事にしました。

セロリさんの方は電話に出ませんでしたが、私の方は電話に出たので話を進めていくとやはり「法華講員か」と聞かれたので正直に言いました。

すると「細井日達は悪臨終で相承ができなかったんですよ!」と言ってきたので、私が「それは誰が見たんですか?当時浅井先生は除名を受けている身、何故親族でもない赤の他人である浅井会長がそんな事を知っているんですか?」と問うと黙ってしまいました。

そして「日達上人から日顕上人の相承については相当数の証言がありますよ」
http://toyoda.tv/gosojo.htm

と言うとまた何も言えなくなってしまったのでした。


またその婦人曰く、「私の紹介者や組織の人達もみんな法華講に行ってしまった!」と何故か墓穴を掘る証言をしてきたので「それは正しいからでしょう」と言うと「国立戒壇が・・」と始まりましたので「宗門では国立戒壇という名称を使用しないだけで、本門寺の戒壇は変わらず目指してますよ、何がいけないのでしょうか?それよりも御本尊を勝手に作る事の方が問題では?」と、そしてニセ本尊の事や塔婆、葬儀等を問い詰めていくとまた「現証が・・」と言い一方的に電話を切ってしまったのでした。



まず顕正会員の方に言いたいのはまず視野を広める事。


日蓮正宗で思ったのは破邪顕正の精神が強い事。
創価・顕正に限らず邪宗を破折する精神が強い、その為には相手の事をしっかり聞いた上で間違いを説いていく事が大事です。

その為には相手がどんな事を言っているのか学ぶ必要もありますよね

顕正会員もその精神があるならば、大日蓮や妙教等を読んでみてはどうでしょうか?
そこから「おかしい」という部分があるならば破折すればいじゃないですか。

そしてそれが日蓮大聖人の仏法ではないですか?

大聖人様は逃げたり自分だけの事を主張したりしましたか? 違いますよね。
相手の間違いを折り伏せる、これが折伏ですよ。


どうか顕正会員は広い視野を持ってほしいと思います

2017年11月21日

宗祖日蓮大聖人御大会

11月20日、21日にかけて総本山大石寺で行われる御大会に参加させて戴きました。

実はその前日の19日は所属寺院の支部登山であったので大石寺に3日連続でいた事になります。

大石寺二大法要である御虫払法要とこの御大会、今年は両方とも参加できた事、本当にありがたく思います。
ちなみに御虫払法要の時についてはセロリさんのブログに書いています。
https://blogs.yahoo.co.jp/no_sleep502goal/15157725.html


さて顕正会員であったなら御大会の意味は分かるとは思いますが、御大会とは日蓮大聖人が弘安5年10月13日に御入滅された日に行われる法要ですね。 ちなみに新暦に直すと11月21日が旧暦の10月13日に値する為この日が御大会となります。

この御大会までの1カ月近くは各末寺において「御会式」が奉修されるのです、法華講員は皆それに参加します。このように僧俗全員が大聖人様の不滅の滅をお祝いするのです。

普通、人が亡くなった時というのは悲しみ、喪に服すのが一般的ですが大聖人様だけは違うのです。
参加者は礼服に白ネクタイを着用し、皆「おめでとうございます」と挨拶するのです。

この辺りの意味は・・ 「日蓮正宗 御会式」でググってみましょう(手抜き)


さてその総決算というのが総本山大石寺で行われる御大会なのです。
この御大会は各末寺で参加人数が決まっています、ちなみにウチのお寺は早い者勝ちで決まります。
つまりに誰でも参加できるチャンスはあるわけですね。

曜日に関係なく行われますから、平日だと仕事の関係で来れない人も多かったりします。
私のように元々不規則勤務の人間には関係無いんですが。


さてそんなわけで今年は月・火に行われたものの海外25カ国からの信徒も含めておよそ4200名ほど参加したそうです。

1日目の最初は13時半から御開扉です。この日は御歳95歳にならんとされる御隠尊日顕上人も同座されます。
世間の常識で言えば先代の猊下である日顕上人の方が偉いんじゃないの、と思われそうですが。現御法主上人猊下である日如上人の方が立場が上になるのですね、なので日顕上人は日如上人に頭を下げるのです。

お座りになられる場所も猊下よりも下の位置になるのです。


御開扉が終わると各宿坊にて夕勤行をした後、素早く食事をして素早く布団を敷きます。

そしてお練り→三々九度の儀式となります。
20年くらい前のものですがこんな感じです。
https://www.youtube.com/watch?v=AbsyW_b5YKo&t=46s

これは今も全く何も変わっていません。本当に驚くほどにそのままです。
つまり伝統行事とはそういう事なのです。

また行列の際に法華講大講頭が武士の格好をし刀を持って猊下の後ろを歩くのですがこれは我々信徒が御法主上人猊下をお守りするのを、あらわしているそうです。

また若い御僧侶が走っているシーンがありますが。これはお練り(法主を中心とした行列が境内を練り歩くこと。)この行列は御影堂前の石畳の上で歩みをとめる。すると御影堂で待機していた助番僧が法主のもとに向かって説法を願いに向かう。これは法華経に説かれる「三止三請」をあらわすものである、とされています(wikipediaをコピペしましたが)。

そして動画の1:36秒あたりが三々九度の儀式なのですが、御僧侶が持っている箱に濁り酒が入っています。何故このような姿勢なのかというと、濁り酒は濃い成分が下に沈殿しますよね 薄い所を提供するのは失礼ですから濃い部分を提供する為にこのような姿勢になるらしいです。

ちなみにこれ、動画では短いですが実際はけっこう長いのです。
お練りが始まるのが18時、三々九度まで全て終わるのが21時半くらいです。

ちなみに客殿前には、たいまつに火が付けられています。このムードというのは何とも言えないものがありますね。

22時に就寝した後、2時半からの丑寅勤行に向けて1時半には起きないといけません。
丑寅勤行が終了して坊に戻ると4時でまた就寝、そして5時50分に起床です、寝る時間などありませぬ。

ただ勘違いしてはいけないのはこれは観光ではありませんし遊びでも無いのです。
重大法要に代表信徒として連ならせて戴いてるだけです、御僧侶はもっと厳しく過ごされています。

これを見るに我々所詮、在家の人間等は普段、いかに甘えて楽して過ごしているのかよく分かります。


そして朝勤行と朝食が終わると今度はテレビでなく直に参道に立ち、生でお練りの行列を拝見できます、ちなみこのポジションというのは整理券みたいなのがあり、その記号によって違います。なので生の人もいればテレビの人もいるのですね。

この時、海外信徒の方達が自分らの対面に来ました、中には車イスを使用している方もいます。25カ国ですがお隣の中国や韓国もいれば地球の反対側のブラジルからの信徒もいます。

ちなみにブラジルは直行便がなくニューヨークとかで乗り継ぎが必要です、そして所要時間は25時間ほどで運賃は平均で130000円! 私は所要時間は1時間ちょっと、交通費は高速代で片道3100円+ガソリン代。 本当に頭が上がりません。

海外信徒の方達は皆笑顔で手を振ってくださります。そして真剣にお念珠を掛け、お題目を唱えます。

この海外信徒の方達の信心を見ていると本当に感動するんですよ。


さてそのような中、行列で近くで生で見るというのは本当に何とも言えない光景でした。本山では大勢の御僧侶が整列して歩かれるのを目にできますが、この光景は特に顕正会だった自分にはとても新鮮で感動する光景なんです。


そして申状を捧読です。

これは顕正会でもやっていますが比べちゃいけません。日蓮正宗においては

日有上人申状
立正安国論
日蓮大聖人申状(宿屋入道許御状)
日興上人申状
日目上人申状
日道上人申状
日行上人申状

を読みます。顕正会で日有上人とか読みましたか?

そして昼食の後、お花くずしと布教公演で一切が終了します。


この御大会に参加して・・ 本当にいかに日蓮正宗こそが宗祖以来の伝統をしっかりと守っているのか、よく分かります。お題目を唱えるだけで声が詰まってしまうほど、何回も感動しました。

本当に貴重な体験をさせていただきました。

2017年11月17日

顕正会会館とは

顕正会の会館の中はどうなっているのか気になる方も多いと思います。
そこで全国色んな会館を回った経験から申し上げます。




中は至って普通で、若干和風になっています、どことなくお寺をモチーフにしたような感じです。

創価学会が洋風をイメージしているのと比べると割と日本人なら落ち着くんじゃないでしょうか。



会館によっては「茶寮」と呼ばれる食事するスペースがあり、基本的にはみんな手作りです、なので味は美味しいですね、家庭的な味だと思います。しかし値段は高めです。

なのでお金が無い会員はみな近くのスーパーで菓子パンを買ったりしています。


そして下駄箱があります、顕正会員は歩き回りますからとても臭い時があります。



そして集会室があります、ここには御本尊が安置している所としてない所があり、礼拝室が集会やビデオ放映等で使用していて使えない時はここで参詣します。



そして礼拝室です、御本尊が安置されている場所で会館の中で最も広い場所です。



礼拝室に入るとドンドンドンと音が鳴っているので初めて来る人はとても怪しく感じます。これはメトロノームで、お題目を周りと合わせる為に存在するのですね。



ちなみにこれの元となっているのは恐らく日蓮正宗の唱題太鼓でしょう。



日蓮正宗のお寺でも勤行で唱題に入ると太鼓を叩いてその音に合わせてお題目を唱えます。初めてこれを聞いた時に「顕正会はこれをパクってたのか」と思いました。しかし生の太鼓ですから顕正会のメトロノームのような不気味さはありません。



会館は比較的人が多いです、これはまず会館そのものがそれほど多くない事、そして御本尊が各自宅に安置していない事から御本尊様を求めて会館に参詣する人、また幹部に来させられる人などが多いからと思われます。



ちなみに各会館は交通の便がいいかと言うとそうでもありません。大体の会館は駅から15分から20分ほど歩きます。


地方会館などは駅から離れている割に駐車場が無い、コインパーキングすら近くに無いとか割とあります。



仙台会館などは地下鉄の終点駅から徒歩15分ほどの住宅地で、近くにパーキングが無いので車で来たらどうすんすか、っていう場所でした。


今はありませんが静岡の藤枝会館もかなり駅から遠いです、バスに乗らないといけませんがバスの本数も少なく、やはりパーキングもありませんでした。



地味な遠さとして、山形会館。山形会館は最寄りの酒田駅から歩くと30分くらいは見た方がいいでしょう、駐車場がありましたがとても日曜勤行等大勢の人が来た時に足りるレベルではありませんでした。



郡山会館は車で行きましたがコインパーキング等ありません、衛護隊に聞いたら近くの公園に止めると・・



このように顕正新聞では「交通至便」と書かれていても実際は微妙な所が多かった気がします(もちろん確かに便がいいところもあります。)



駐車場に関してはお金の無い顕正会員が多いですから、路上駐車は多いですね。私の通っていた神奈川会館ではしょっちゅうパトカーが取り締まりに来ていました。 入信当初はあの一帯はホテル街であり、ラブホテル以外には工場やちょっとしたビル、駐車場等ばかりでしたが、近年はマンション街となり申し訳なさそうにラブホテルが点在しています。



よってコインパーキングも30分100円程度が今は15分100円となりました、集会なんかあればあっという間に1000円越えです。


昔は紳士服のコ○カや環2沿いのサンデー○ンに無断駐車したりする者とかいました。今はニ○リとかでしょうがニ○リは21時までなので集会に参加すると出られなくなりますね。



総幹部会の会場である川口も近くのパチンコ屋に無断駐車したり、また東京会館では小学校の横に止めたり・・、本部なんかだと産業道路の野田線を超える陸橋脇も顕正会員の路上駐車ポイントでした。



私は仕事柄もあり、パーキングに止めてましたが最初の方はやはり路上駐車をしていた事もありました。


このような行為は「法を下げる」という事を自覚しないといけませんね。


ところでお前どんだけ色んな会館行ってんだ、と思う方もいると思いますが以前記事にした通り旅行好きもあり色々行きました(もちろん戦いで行った所もありますよん)



今もう無い所も含めると

札幌会館
秋田会館(旧)
八戸会館
仙台会館
山形会館
郡山会館
会津会館
新潟会館
三条会館
長岡会館
柏崎事務所
群馬会館
高崎会館
宇都宮会館
水戸会館(新・旧)
筑波会館
本部会館
東京会館
千葉会館
旭会館
南房会館
神奈川会館
横浜会館
藤沢事務所
相模会館
小田原会館
新富士事務所
信州会館
富山会館
金沢会館
藤枝会館
名古屋会館
京都事務所
大阪会館
高知会館


です。


これだけ色んな会館に行ったのは「違う御本尊様は無いのかな」という期待も含めてだったんです。
御本尊様の真実についてよく分かっていなかった自分はどこかに違う相貌の御本尊様があるはず



御本尊様をコピーなど無いはず


そう思っていたからです。



今日蓮正宗で信心して、色んなお寺に行く事もあります、当たり前ですがみな違う御本尊様です。

同じ御法主上人猊下が書写された御本尊様であっても微妙に大きさや筆跡が異なっていたりする事もあります、そして授与書き、書写された日付がしっかりしたためられています。


もちろん板の御本尊様ですから、艶が消えてしまっていたりお色直しをしてピカピカの御本尊様もあり様々です。


何度でも言いますが顕正会の御本尊はニセなんです。


仮に本部・東京・神奈川のように常住の本物であったとしても、血脈が繋がっていない御本尊様に功徳は無いのです、創価学会のニセ本尊と同じなんです。



どうか顕正会員の方はしっかりと現実を見つめて下さい。浅井先生は血脈を受け継がれているのでしょうか?

「仏法において正法が混乱しないように相承の道を立てて明らかにされているのであります。それでこの相承の跡を尋ねていけば正しい仏法か、間違った仏法かを知ることができるのであります」
日淳上人の仰せです。



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