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2016年04月18日

それでも原発は止まらない・・・???



川内原発を止めて!!!

西沢昭裕

片山礼子さんの《本日の名言》はわかりやすい!

原発は止まらない.jpg


すぐ北の熊本で大震災で苦しんでいるのに、
丸川環境相が
「川内原発を止める必要がない」
と言ってのけた。

不安倍増トンデモ内閣


https://www.facebook.com/akihiro.nishizawa.5?fref=photo
posted by ケメ at 20:09 | Comment(0) | 震災

2015年06月27日

千葉の憂鬱・3.11千葉県市原市の石油コンビナート爆発を再考

東北地方太平洋沖地震 石油コンビナート爆発の瞬間
千葉県市原市コスモ石油


地震によるコンビナート火災(千葉県市原市コスモ石油)
0:00 1度目の爆発
1:36 2度目の爆発
2:52 3度目の爆発
3:44 4度目の爆発

隣接地にチッソの工場があり、
触媒として劣化ウランが約780キロ保管されていて延焼。
千葉柏、東京東葛地域が放射能汚染してるのは
このせいだと考える。

当時東京までの南風は吹いてない。
ほとんどが東へ向かう西風と一部、
北西へ向かう風が吹いて、飯舘村汚染。
が、南に向かう風はずっと吹かなかった。

http://twitter.com/#!/naka430/status/87853703956148225
千葉県市原市チッソ石油化学五井製造所に保管されていた
劣化ウラン 並びに ドラム缶に保管されていた
廃触媒は延焼したのでは・・・
黒い雨の原因は焼けた廃触媒だろう

http://twitter.com/#!/naka430/status/88494213196550144
千葉県市原市チッソ石油化学五井製造所の
劣化ウラン保管庫
一部延焼とあるが全焼の間違えじゃないの
屋根も壁も全て焼け落ち柱の鉄骨が
アメ状にぐにゃぐにゃに曲がってる。
グーグルの衛星写真で確認出来ます。

3.11千葉コンビナート隣接
「劣化ウラン倉庫」全焼についての検証
より抜粋



NUKALERT
小型 軽量 放射能 放射線 探知機 測定器 ガイガーカウンター




☆☆☆ 東京・千葉で鳴りましたよ, 2011/4/23
投稿者 ミッキー7

3年ほど前に買いました。
3/11東京から千葉に歩いて帰るときに
初めて音がなりました。
その後も東京千代田区の事務所で
出勤時から約1時間のあいだに
30秒間隔で1回(1mSV/h)なってます。
(最近はならない日が増えました)

3月末位に船橋周辺(高速)を車で走ったとき
2回(2mSV/h)なってました。
(車の窓を閉めろと1回に減りました)
音を止めることはできませんが、
かばん等に入れるとかなり低くなります。
今は体外より体内のほうが気になるので
計測できるもののほうが良いかなと思います。

他のサイトで
「気温の上昇中には過敏で気温の下降中には鈍感」
とありました。

車や室内で気温が上昇中の場合は少ない放射線量でも
過剰に反応している可能性があるようです。
(1〜2回の連続音の場合で気温の上昇がある場合は
1時間ほど様子をみる必要がありそうです。)
4/23も自宅で寒い部屋から暖かい部屋に移動したら
鳴りましたが1時間くらいしたら鳴り止みました。

3/11に歩いて帰っている途中に立ち寄った避難所で
休憩中に鳴りました。
(このときも寒い外から避難所に入り
気温の上昇がありました)


ワッフルさんのコメント:
アラームが鳴る1mSv/hというのはかなり強い放射線です。
原子炉施設の中でもそれなりの装備で入るところです。

一般のオフィス内にそのような場所があるとは考えにくい。
事実とすると大問題です。
保健所などに頼めば
サーベイメータで調査してくれると思います。

装置の誤動作以外に考えられるのは、
身近な製品に放射線を出すものがあることです。
蛍光塗料やラジウム鉱石の粉末を練り込んだ健康器具など。
宝石の発色を自然のものと変えるために
中性子照射することがあるそうです。
ガラスにもウランガラスというものがあります。
光学ガラスの屈折率や分散特性を変化させるため
放射性元素を添加していた時期があります。
Amazon

*******************************************
コスモ石油デマの真相 - 劣化ウランは燃えていた
2011.11.19 Sat 19:03 -edit-
3月11日震災の日。劣化ウランは燃えてしまったんですね。
デマではなかった可能性が非常に高まりました。

コスモ石油デマの真相
投稿者 しょうがゆ 日時 2011 年 5 月 27 日 13:55:56:

地震発生直後に出回った
「コスモ石油から有害物質が発生するため
首都圏の人は雨にあたるな」という
デマ(ということになっている)ですが、
真相はコスモ石油の隣にある
チッソ石油化学に保管されている劣化ウランへの延焼を
懸念するコスモorチッソ石油化学の内部の人間が流した
真実の情報であったようです。

「単なる震災デマ」として、
見過ごすことの出来ない事実です。

**************************************


【証拠写真】 3.11 千葉 市原コンビナート爆発時のキノコ雲

私は千葉と東京の県境、ディズニーランドの花火が
見える位の場所に住んでいます。
地震直後ちょっと外に出て近所の安否確認をしたくらいで、
自宅におりましたが、
13日の午後駅までタクシーで関西の実家に避難しました。
電車の乗り降りだけでそれほど外にいたわけではありません。

その夜、
生まれて初めてという位、びっくりする位の鼻血が出ました。
ティッシュで押さえ切れずに抱えたゴミ箱にぼたぼたこぼれる
ほど、なかなか止まらない異様な鼻血でした。
なので15日以前の数値は実感としてウソだと思います。

Qちゃん 2012-09-02

えーっ!【重要】 RT @vivian5163
3・11の千葉券市原市・五井のチッソ工場の倉庫の大火事、
数日間に渡り燃えました。
そのとき燃えた劣化ウランは765kgと
報道されていたのですが、
今年の4月8日になって「20トンだった!」
と言い出したのですよ。東京は終わりじゃん!!!
http://togetter.com/li/660444

クリス・バズビーが驚いた東京都内の桁外れのウラン汚染
の原因は市原ウラン火災かもしれない
http://ameblo.jp/pochifx/entry-10943095948.html
http://www.tax-hoken.com/news_ad3Oodkrcc.html

政権中枢の人間からも内部告発が出ています。

原発・放射能に関する、『ある噂』
http://ameblo.jp/64152966/entry-10992788405.html

ある知人が、最近、親戚に言われたと今、電話がきた。
親戚は国会の事務局に長年いる人。

「今の政府の言う事を信用するな。

数値は本当じゃない。

都内でも十五歳以下の生存は保障しない。

海外か遠くに逃げろ。

静岡くらいまでは危ない」

元総理とも懇意にしている親戚の話に、

僕の知人は困惑していました。

311以降の千葉モニタリングポスト 〜 
一体何が起こっていたのか (記録保存用)


************************************

放射能汚染からの避難 国内移住の為の参考情報








posted by ケメ at 13:27 | Comment(0) | 震災

2015年06月20日

2011年から毎年20万人以上の人口減少が続いている。

人口推移.jpg

http://www.stat.go.jp/data/jinsui/pdf/201505.pdf


人口統計.jpg
(青い矢印は、テラパッドの都合上付いたものでこの件には関係ありません。)

参考

http://saigaijyouhou.com/blog-entry-5021.html?sp&m2=res

これでも、日本の医師達は、

沈黙を続けるのか?

あなた方の責任は大きい。

今日は福島からの風が吹き、

外は濃霧、

それでも子供を学校に行かせるのか?

それでも仕事に出掛けるのか?

私達の責任も大きい。

posted by ケメ at 23:47 | Comment(0) | 震災

2015年05月19日

隠蔽か黙殺か 〜封印された汚染マップ


「“3.11”を忘れない 
隠蔽か黙殺か〜封印された汚染マップ〜」
東日本大震災の直後、アメリカが下したある決断。
それは核特殊部隊を派遣すること。
日本がまだ陸上モニタリングに頼っていた当時、
来日した部隊は、
福島上空を飛行し特殊技術で汚染マップを作成した。
だが、日本ではこの地図は闇に葬られることになる。
地図が封印された結果、
放射線量の高い地域に避難を続けた被災者も多い。
一体何故汚染マップは封印されたのか。
果たしてこれは隠蔽だったのか、それとも黙殺だったのか…
http://www.tv-asahi.co.jp/telementary/

制作:テレビ朝日



隠蔽か黙殺か 〜封印された汚染マップ〜
【テレメンタリー(2014年2月16日)】





被曝情報隠し 涙の訴え 双葉町町長 参院7/10





日本政府の恥の上塗り、

http://www.kantei.go.jp/jp/pages/tokuteihimitu.html

平成26年12月10日、
「特定秘密の保護に関する法律」
(特定秘密保護法)が施行されました。




http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014120900519

「知る権利」制約、懸念根強く=特定秘密保護法が施行
安全保障上の機密を漏らした公務員や民間人に
厳罰を科す特定秘密保護法が10日、施行された。
同法は昨年12月に成立。
政府は施行に先立ち、運用基準を策定し、
秘密指定の状況をチェックする監視機関も整備した。
しかし、行政の恣意(しい)的判断で
秘密指定の範囲や期間が拡大する可能性は排除されておらず、
国民の「知る権利」が制約されるとの懸念は
野党や言論界などに根強い。

*
国民の命を守るつもりもない政府が守りたがる秘密、
そんなものが国民の利益になる訳がない。
posted by ケメ at 14:05 | Comment(0) | 震災

2012年12月08日

死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日

正月に読んでおきたい本

死の淵を見た男
吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
***************
その時、日本は“三分割"されるところだった――。

「原子炉が最大の危機を迎えたあの時、
私は自分と一緒に“死んでくれる
"人間の顔を思い浮かべていました」。

食道癌の手術を受け、その後、脳内出血で倒れることになる
吉田昌郎・福島第一原発所長(当時)は、
事故から1年4か月を経て、ついに沈黙を破った。
覚悟の証言をおこなった吉田前所長に続いて、
現場の運転員たちは堰を切ったように真実を語り始めた。

2011年3月、暴走する原子炉。
現場の人間はその時、「死の淵」に立った。
それは同時に、故郷福島と日本という国の「死の淵」でもあった。
このままでは故郷は壊滅し、日本は「三分割」される。

使命感と郷土愛に貫かれて壮絶な闘いを展開した男たちは、
なぜ電源が喪失した放射能汚染の暗闇の中へ
突入しつづけることができたのか。

「死」を覚悟した極限の場面に表われる人間の弱さと強さ、
復旧への現場の執念が呼び込む「奇跡」ともいえる幸運、
首相官邸の驚くべき真実……。

吉田昌郎、菅直人、班目春樹、フクシマ・フィフティ、
自衛隊、地元の人々など、90名以上が
赤裸々に語った驚愕の真実とは。

あの時、何が起き、何を思い、人々はどう闘ったのか。
ヴェールに包まれたあの未曾有の大事故を
当事者たちの実名で綴った渾身のノンフィクションが
ついに発刊――。





By 本格派 (東京都小平市)

この本で取り上げられているのは、吉田所長を中心に、
1、2号機の中央制御室(中操)の当直長である井沢氏、
当日は休日だったが、津波の後に現場に駆け付けた
当直長の平野氏、注水作業のために現場で活動した
自衛隊員たちなど、まさにあの地獄の現場を知る人間たちである。

我々が知っている東電幹部たちの無責任で
事故を小さく見せようとする不誠実な自己保身の姿勢とは
正反対に、現場では部下からの信頼の厚い吉田所長の指揮の元、
全電源を喪失した中でできること、やるべきことを、
置かれている状況を一つ一つ地道に把握しながら
臨機応変に考え、本店からの指示など待つことなく、
決死の覚悟で着々と進めていたのである。

それは、巷で思われているのとは異なり、あらゆる知識と経験と、
「事故を何としても収束させる」という強い意思を凝集した、
与えられた条件の中では最善に近い対応であったのだ。

初期の対応で重要だったのは注水ルートの確保であったという。
電源がない中でできるのは消防車を使って注水することであると
早くから考えた吉田所長は、消防車の手配を掛けるとともに、
注水用のバルブを開ける作業を真っ先に進めた。

1号機では事故当日の19時くらいから
燃料のメルトダウンが始まっており、
それに伴って原子炉建屋内の放射線量が
高くなっていったため、この作業が遅れていれば
注水ルートの確保ができなくなっていたという。
現場の必死の作業が辛うじて日本を救ったのである。

Amazonレビューより
posted by ケメ at 09:36 | Comment(0) | 震災

2012年05月18日

高倉健と1枚の写真

遅くなりましたが、和基博士のブログにあった忘れられない記事です。
3.11を振り返る高倉健のお話です。
是非、写真の上のURL をクリックして
全文をご覧ください。



2012年 03月 16日

「1枚の写真」

高倉健

「戦後の日本が蓄積してきた経済や社会のシステムが
パンクした瞬間でした。」
 
2010年の秋にオファーを受けた「あなたへ」の出演。
すでに具体的な動きが、始まっていました。
しかし、俳優に何ができるというのだろう?

 自分の中に生まれた問いかけが、
暗雲のように体中に広がっていきました。

■絶対に負けない

 そんな弱りかけた気持ちに、
ビシッとムチを入れてくれたものがあります。
それは、雑誌に掲載されていた一枚の写真でした。
イタリアにお住まいの作家の塩野七生さんが、
現地の週刊誌に載っていたと紹介している写真でした。

http://quasimoto.exblog.jp/17536783/
posted by ケメ at 17:41 | Comment(0) | 震災

2012年03月26日

原発事故対応は大失敗

原発事故対応は大失敗
管直人前首相インタビュー
2012/2  http://www.jiji.com/jc/v?p=politician-interview_kan_01-01

あの震災から1年を迎えるのを前に
時事通信のインタビューに応じ、
当時の政府の対応を振り返った。

-東北大震災から間もなく一年を迎える-

原発事故は事前の備えが余りにも不十分だった。
備えが無かった政府の対応は大失敗だった。

-首相官邸の初動には厳しい評価があるが-

自衛隊への派遣要請については、
阪神大震災の時の遅れが頭にあった為に、
いち早く、救命活動に即座に入ることを要請した。
10万人態勢を取ってもらったが、自衛隊の初動は非常に迅速だった。

大地震という状況の中で言えば、
自己完結的な能力を持ち、いろいろな被災に対応できる自衛隊の活動は非常に効果的だったと思う。


原発事故では、原子炉の中で何が起きているのか分り、予測できて初めて次の対策が可能だ。

原子力災害対策特別措置法・10条、15条の報告があって、
すぐに動き出し、まずは事態の把握に努めようと、東電
経済産業省原子力安全保安院、原子力安全委員会の責任者に、それぞれ官邸に来てもらったが、どういう状況にあるのか、報告があがって来ない。

それには二つの原因がある。
計測器などの損壊により、本当に解らないから情報があがって来ないという部分と、現場に情報があっても伝わらなかった部分があった。

そういう中で、どういう施策があるか、という提案が出てこない。普通だったら、「こういう状況だからこうすべき」という提案が出てくるが、それが出てこない。
これがある意味一番大変な事だった。

翌3/12朝、現地に視察に行った。
鑑定にきちっと情報があがって来て、
誰かが的確な対応をしているのであれば、任せる事は可能だったが、あの時は災害対策拠点のオフサイトセンターも機能していない。

私としては黙って見ている時ではなく、現場で実際に対応している福島第一原発の所長に、きちんと話を聞かないといけないと思った。


-政府は阪神大震災などを教訓に鑑定の危機管理体制を強化した。危機管理官の動きも見えなかった。
ほとんど機能しなかった。-

危機管理官の責任はあるだろう。
しかし、原発事故の状況を一番わかるのは、
事業者(東電)だ。それ以外なら、保安院の現地情報だ。
しかし、情報はこなかった。情報そのものが極めて不十分だった。

東電はトップ2(会長、社長)が居なかった。
その影響も解らない。

地震、津波に対してはある程度やれたと思う。

原発に対しては、極めて不十分だった。
つまり、東電から上がってくる情報そのものが極めて不十分だった。

原因はどうしても、全部3.11前にある。
つまりは原発の全電源喪失を一切想定していなかったからだ。電源が喪失すればメーターが見えない。
メーターが見えなくなることを想定していない訳だから、
危機管理が結果としてうまくいかなかった。

最大の問題は備えが無いことだった。


-首相が前面に出る事に批判もあった。-

首相が陣頭指揮を執るのは例外だ。
今回は例外になるから、やらざるを得なかった。
野党も国会で「将たるものはあそこ
(官邸執務室)に座るべきだ」
と言っていたが、黙って座っていても何にも情報が来ない。そこをじーっと待ってと言う人はそういう政治家であって、陣頭指揮が一般的にいいのか悪いのかではなく、
私は必要だと思ったやった。

-震災関連会議の議事録が見作成だったことをどう思うか。

知らなかった。恥ずかしい限りだ。
しかし、議事録の有無の問題と情報開示の問題は若干違う。会議はほとんど、冒頭にテレビカメラが入り、決定したことは直後に官房長官が発表した。

議事録が無いことは弁明のしようが無いが、情報を隠したとか、情報がその時点で出ていないかというと、ほとんど出ていた。


-原発事故が深刻になった場合を想定した
「最悪シナリオが昨年3月25日に作成されたが、公表されなかった。-

セカンドオピニオンというのか、現場に直接かかわっていなくても原子力に詳しい人たちの意見も聞いておくことが必要だと判断した。

最悪の状態が重なった時、どういう状況が起き得るか、私自身の参考にしたいと思った。

-首都が壊滅的な破壊を受けた場合の首都機能バックアップは必要か。

それも含めて備えの問題だ。
今回、本当に最悪の場合は、首都圏からも非難しなければいけない可能性もあった。

3000万人の人間が避難することが、通常の対応で可能だろうか。関東大震災の時は戒厳令をしいた。

日本が3分の1も、しかも首都という一番の敵が見えない敵にやられる訳だ。それに対応できる体制が何なのか。

今回、10万人や20万人に避難して貰ったが、それでも大変だった。
もしそれが1000万人、2000万人だったら私は今の備え、法律、制度を含めて全く不十分だと思う。実際に経験してみて。
私はその後、小松左京のに損沈没を読んだ。
何千万ノ人間が動くと言うのは、たんに動くだけでない。
そういう緊急事態の時に、自衛隊や警察に対してどうするか、場合によっては個人に対してどう規制をかけるか。
今の制度でも出来るが、とても十分だとは思えない。

-自民党は災害・テロ時に首相の権限を強化し、私権を制限する緊急事態条項を創設する憲法改正案を検討している。こうした法制面の検討は必要か。-

当然そうだろう。唯今回のこと自体を、野党も検証してくれなければ。その事もあって、野党にも「強力してくれと言った」まさに危機だから、危機状態にあるのだから、もっと協力してほしいと思った。そういう問題はまだ残っている。


時事ドットコム






posted by ケメ at 14:14 | Comment(0) | 震災

2012年03月02日

秋月辰一郎・長崎原爆記・抜粋


図書館にリクエストしておいた秋月辰一郎の本だが、
館員がないというので、この本だけは市民の為にも
是非購入すべきだと力説しておいた。
しばらくして電話があり、
注文した本はなかったが、それに近いものが何冊か
あるというので取りに行った。

放射能に関する対談の掲載された雑誌と
広島と長崎の原爆の記録が2冊、
そのなかに、短いが秋月辰一郎の手記もあった。

夕方又図書館から電話があり、
渡しそびれたものがもう一冊あるという。

どうせ似たようなものだと思い、
全部読み終えてからとりに行った。

長崎原爆記

秋月辰一郎

これですよ!




抜粋

長崎原爆記


この記録は、昭和二十年八月九日、長崎原爆投下以来、
1ヵ年の地獄の様な悲惨、医学と人間の無力さを、
同じその被爆地に居て描き綴ったものである。

その意味で、これは
被爆医師である私の一年間にわたる被爆白書と言えると思う。

原爆投下の瞬間、
私は浦上第一病院の診察室で外来患者に人工気胸を施していた。

爆心から千八百メートル隔たり、
爆風の威力も熱も減じゃくしていたとはいえ、
病院は猛火に包まれてしまった。


それからというもの、私の時計は止まったままである。


私にこの記録をかかせたのは、治療も十分受けられないまま
この世を去っていった人びとの地底からの叫びなのである。

私の行き着くところは、
原子爆弾を投下したアメリカへの憤りではなく、

この悲惨さを知りながら、
敢えてこれを行った人間の心の恐ろしさであった。



浦上第一病院 現在 聖フランシスコ病院



広島の医師や長崎医大の教授、医師は自らも被爆し、
放射線を浴びながら、放射性物質がうずたかく積もった土地の上で、
次々に命を奪い去る放射能症に立ち向かったのである。

それは機器もなければスタッフもいない、医術や医学でもない、
人間の命と命の血みどろの叫びであり、呻きであった。


頭髪がごっそり抜ける。

口中から血が出る。赤痢かな。紫色になる。

出血班が出る。紫斑病かな。

こう考えてるうちにその人はぽっくり死ぬ。


生き残った人が悲しみに打ちひしがれて、その屍を埋葬する。
私が往診した人、病人を担ぎこんだ人、
あるいは焼け跡の病院に搬送した人々はこんなになって死んでしまった。

私はこの事実に八月十三日ごろから気がついていた。

八月十六日を過ぎると、これと類似の人は急に数を増した。


吐き気がする、体がだるい、

血便が出る、頭髪が少しずつ抜ける。

皮膚に紫色の斑点が出る。

歯ぐきから血が出る。



これまで私は、

全身火傷、ガラス創、木材レンガの治療にばかり当たった。
しかし、新しい疾病にぶつかる。

これらの症状は、ある場合には全く無傷だったのに忽然と起こった。
しかも一、二日のうちに症状が激化して患者は死んでしまう。
あるいは四、五日〜一週間と
徐々にそれらの症状があらわれて死んでしまう。

激症から弱小まで千差万別、実にその人の抵抗力、年齢によって
雑多であったが、ただはっきり言えることは、
爆心地からの距離に比例して、照射の量が決まるということであった。

ここで私は、原爆症、放射能症を考えねばならなくなった。
八月十五、十六日頃、
私は自分の症状が、
レントゲン・カーターに酷似していることを明瞭に自覚したのである。

私や治療スタッフなども八月十五日頃から疲労が加わって来た。
私は初め野宿は疲れるものだと思い、全身叩かれたような疲労感を、
病院の庭にごろ寝を続けたせいだと思った。

私は原爆症、放射能症を知らない。

しかしここで、自分の体の疲労や自覚症状を考えてみた。

レントゲン放射線は、波長の極めて短い電磁波である。
人間の細胞を透過する。しかしラジウムと同じく、
多量であれば人間の細胞を破壊する。
レントゲン放射線に破壊される細胞は、
分裂が盛んにおこなわれる組織細胞である。

幼弱細胞、生殖細胞、骨髄細胞・・・
とにかく生命現象の営みの盛んな細胞は、
レントゲン放射線によって壊死する。

私はここまで原子症を理解した。
しかし原子爆発がいかなる放射線を生ずるか知らない。

ラジウム放射線、レントゲン放射線、ガンマー線、そんな放射線であろう。

その放射線が人間の造血組織、骨髄組織を破壊したのであろう。
だから紫斑病みたいな患者が多いのだ。
私の推理と診断はここまでだった。

私には血球計算機もなく、
血球染色して顕微鏡で見る余力も装置も全くなかった。

ただ創造と推理だけであった。

私は更に「レントゲン宿酔の治療法を思い起こした。

かつて私はレントゲン教室で患者がカーターになったり、
自分がカーターに苦しんだ時食塩水を飲んでいた。
生理的食塩水より少し余計に塩分を含んだ塩水の引用を患者にも命じた。
そうすると私自身、気分が良くなった。
それは当時レントゲン室で働いていた人々の常識であった。

爆弾をうけた人には、塩がいいんだ。
塩が、効果があるんだ。


私に、新しい生物物理学、原子生物学の知識はない。
書物も論文も何もない。
それでもこの秋月式の栄養学に信念を持ってきた。

秋月式栄養学=ミネラル栄養学である。

この時のミネラル栄養学を端的に表現するならば、
食塩、ナトリウムイオンは造血細胞に賦活力を与えるもの、

砂糖は造血細胞毒素ということになる。

この考え方は、私が長崎医大の放射線教室に居た時、
患者や医師や技術者にしていたレントゲンカーターの治療に一致する。

そして今、
この原爆症にも私のミネラル栄養論がそのまま役立つのではないか。

私の胸中に信念にも似たものが悠然と湧いてきた。



玄米飯に塩を付けて握るんだ。

からい、濃い味噌汁を毎食食べるんだ。

砂糖は絶対行かんぞ!



私は炊事方や職員に厳命した。

それが履行されないと、私は気の毒なくらい相手をどなった。

砂糖はいかん、甘いものはいかん。

砂糖は何故悪いんですか?塩が何故効果があるんですか?

こう誰もが尋ねる。いちいちこれを、根本的に説明するのもまだるっこい。

悪いと言ったら悪いんだ、砂糖は血液を破壊するぞ。

この時の私にひらめいたミネラル原爆症治療法は、
私自身と、周囲の私を信ずる人々の間には行われた。


その後、永井先生のビタミンB1・ブドウ糖論の治療法
長崎医大影浦教授の柿の葉煎汁療法のビタミンC大量法、
あるいは酒やアルコール治療法など種種の原子病治療法が行われた。

しかし私は、このミネラル治療法の為これまで生きながらえ、
元気に病院で医師として働いてきたのだと信じている。

私は極めて虚弱体質であり、千八百メートルの地点で原子爆弾を受けた。

致死量の放射能でなかったのかもしれない。

しかし私や、修道士、神学生、婦長や看護スタッフや、入院患者は、
被爆の廃墟に死の灰の上で、その日以来生活をしたのである。

その人々が、勿論疲労や症状はあったであろうが、それを克服して
元気に来る日も来る日も、人々のために働き、誰もこの為に死なず、
重い原爆症が出現しなかったのは、
実にこの秋月式の栄養論、食塩ミネラル治療法のお陰であった。

私とその周囲の人々は、それを信じている。


学会ではたとえ認められなくても。


秋月辰一郎





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posted by ケメ at 19:36 | Comment(0) | 震災

2012年01月27日

食品のセシウム新基準に怒り ???

福島のニュース
「農家できなくなる」 食品のセシウム新基準に怒り 

「厳しくされたら農家をやめるしかない」。食品中の放射性セシウムの新基準値について、厚生労働省と内閣府食品安全委員会による説明会が24日、福島市で開かれ、出席した県内の農家らから怒りの声が相次いだ。東京以外で初めて開催されたが、国の方針に納得しない生産者の姿が目立った。一方、消費者は基準の一層の厳格化を求めている。県は放射性物質検査態勢の確立に不安を抱える。

 「毎日食べるわけではない、あんぽ柿やブルーベリーなどの嗜好(しこう)品まで100ベクレルとすべきではない」。説明会で二本松市の農家男性は、国が農家の窮状を反映せず基準値を厳しくしたことに憤り、見直しを求めた。「一律の厳格化により農家は生産できなくなり、特産品が消えてしまう」と訴えた。
基準値が下げられることにより、放射性物質検査を担う県や市町村には、現在の態勢で対応できなくなる恐れが出ている。

 基準値が下がることは検出下限値の設定にも連動し、従来以上に精度の高さが求められることになる。県は現行の基準値が1キロ当たり200ベクレルの飲料水の検出下限値を4〜5ベクレルに設定しているが、新基準値10ベクレルでは1ベクレルまで下げる考えだ。この場合、検査時間は現在の15分程度から20〜30分に伸びる見通しだという。
 県担当者は「人員配置や検査スケジュールを見直すか、検査機器を増やしたりしなければならなくなる」とみる。県は国に検査機器の拡充を要望することも検討している。
(2012/01/25 09:45)
「厳しくされたら農家をやめるしかない」。食品中の放射性セシウムの新基準値について、厚生労働省と内閣府食品安全委員会による説明会が24日、福島市で開かれ、出席した県内の農家らから怒りの声が相次いだ。東京以外で初めて開催されたが、国の方針に納得しない生産者の姿が目立った。一方、消費者は基準の一層の厳格化を求めている。県は放射性物質検査態勢の確立に不安を抱える。

 「毎日食べるわけではない、あんぽ柿やブルーベリーなどの嗜好(しこう)品まで100ベクレルとすべきではない」。説明会で二本松市の農家男性は、国が農家の窮状を反映せず基準値を厳しくしたことに憤り、見直しを求めた。「一律の厳格化により農家は生産できなくなり、特産品が消えてしまう」と訴えた。
基準値が下げられることにより、放射性物質検査を担う県や市町村には、現在の態勢で対応できなくなる恐れが出ている。

 基準値が下がることは検出下限値の設定にも連動し、従来以上に精度の高さが求められることになる。県は現行の基準値が1キロ当たり200ベクレルの飲料水の検出下限値を4〜5ベクレルに設定しているが、新基準値10ベクレルでは1ベクレルまで下げる考えだ。この場合、検査時間は現在の15分程度から20〜30分に伸びる見通しだという。
 県担当者は「人員配置や検査スケジュールを見直すか、検査機器を増やしたりしなければならなくなる」とみる。県は国に検査機器の拡充を要望することも検討している。
(2012/01/25 09:45)

経済至上主義、
そうだ・・・
原発の推進派は、ここにもいた訳だ。
似ている・・・この感覚。
東電、経産省、原発村民
お金以前の倫理観の欠如した人々。
世界中に放射能をばらまいた
罪の意識の欠片もない人々。
感覚的に嫌悪する。
この様な人間性を疑いたくなる様な生産者から
何も購入したくない。

そういえば、
田中康夫を否定した、長野県民にも
こんな感覚の人がいたな。
ブルームーン(青いバラ)が咲きました。
やたら公園や、子供の遊ぶ路地に
除草剤をまき散らし、
その上で寝そべる猫達に、明らかな外傷が出来ていると言っても、
子供たちが花の蜜を吸って遊んでいる事実を訴えても、
これまで問題が出ていないからと除草剤をまき続ける。
こういう感覚の人々も原発村民の隣組で、
ラウンドアップを売り込むモンサントのおぞましさなど
説明すればするほど訳のわからんことを言うとそっぽを向いてしまう。



福島の農家がすべて基準値を下げる事に怒りを覚えている訳ではない。
厳しくした方が、消費者も安心して購入できると基準値を下げることに喜んでいる農家もいる。

此処はしかと、見極めるべき時だと思う。
生産者の名前をしっかり明記することこそ
重要な事だし、何もかも、加工品に至るまで、
しっかりと、生産者を辿れる仕組みを確立するべきだ。

汚染された土と向き合い、ゼオライトやホタテ粉、
バイオ活性剤、などで必死に研究を重ねる、有機農法
の方々もいる。

是非顔の見える流通を心がけて頂きたいものだ。
もう嘘やでたらめはうんざりなのだから、
嘘をついたり、隠したりしない、
そういう人の手から手へ渡って来たものがいい。


1粒でヨーグルト10個分!ごはんで手軽に乳酸菌が摂れて毎日健康!
posted by ケメ at 14:42 | Comment(0) | 震災

2012年01月14日

1/9に爆発があったという噂?


1/9に爆発があったという噂?

片山さつきのブログより
http://satsuki-katayama.livedoor.biz/archives/6587985.html

南相馬の元市議会議員から市長に連絡がはいり、
1月9日にまた、福島第一で(おそらく4号炉だと思うが)
なんらかの爆発が起きており、それを政府が隠している、
という話であった。真偽のほどはわからないが、
水素爆発ではあっても、核爆発ではないであろう。
(水素爆発でも、放射能の飛散がかなりの量でおきるのに
なぜそれほど平静なのか、地獄を見た方は違う、
と原発50キロ以内におられる方の背負ってきた凄まじい恐怖とストレスを、
かえって痛感させられました。)。

4号機および使用済み燃料プールについては、
カレイドスコープさんのブログをご一読下さい。
http://kaleido11.blog111.fc2.com/
 Fri.2012.01.13  NRCは4号機プールのためのタスクチームを組んでいた
 Sun.2012.01.08 4号機の使用済み燃料プールにいる作業員たち
 Wed.2012.01.04 4号機の燃料プールは震度5には耐えられない!?
 Tue.2011.12.20 アメリカの人々は4号機建屋崩壊を非常に心配している



http://nanohana.me/ 

東京電力は11日、
今月9日に福島第1原発で作業中に心肺停止状態となり病院に搬送された男性が、
当日午後5時に死亡していたことを発表した。死亡から2日たっての発表について、
病院から連絡を受けていなかったため、と釈明した。

ただ内部被ばく量については発表されていない。
呼吸や食物から体内に取り込まれたセシウムは筋肉にたまる性質を持つ。
人体では心臓に集中する。セシウムから放射されるγ線により細胞内のミト
コンドリアが破壊され、筋肉が機能しなくなることはよく知られている。

セシウムは心臓にたまる
東京電力では同作業員の外部被ばく量を6ミリシーベルトにとどまっており、
死亡は放射性汚染物質とは無関係、と説明した。

東京電力では、死亡した作業員について氏名などを発表していない。今後、報道機関などにより臓器の
状態や内部被ばく量などが追跡調査されるのを避けるため、と見られる。

心して置こう

原発作業員が、放射線を浴びながら
現場で作業していて、そこで死んでも
死亡は放射性汚染物質とは無関係

ということは、つまり被爆による死は存在しない。

若い子達がジョギング中に死んでも、

子供たちが鼻ジを出しても

数年先の癌などさらっさら検証にも値しないという

先を見越した原発村の対応である。

これ程の惨事をまき散らしたものを
放置しておくなら、日本に未来はない。

さんざん甘い汁を吸って置き、
これ程の惨事をまき散らし、バタバタ人が死んでいるのに、
誰も責任を取るものがいない奇々怪々な法治国家。
検察は
この惨事に、一人のどうでもいいような政治家の罪を
捏造することに夢中だったのである。

政府、および官僚の総入れ替えは必須である。
この期に及んで、
東電、経産省、原子力村を温存しようとしている
政治家から切って捨てることこそ急務である。
そして同時に

原発とめろ!新橋アクションのブログ
男性は同日朝から、
原子炉冷却によって生じる汚染水処理で出た
放射性物質の貯蔵タンク製造のため、
コンクリートを流し込む作業をしていた。
午後2時20分ごろ体調不良を訴え、
同原発内の医療室で医師の治療を受けたが、
回復しないため同4時半ごろ福島県いわき市内の病院へ搬送された。
同原発ではこれまでに3人の作業員が病気などで亡くなっている。【野田武】

 東京電力福島第1原発事故の復旧作業で、
作業員の安全確保のルールや手順が
なし崩し的に緩和されていることが、
作業員らの証言で分かった。
続きはこちらへ
↓↓↓
http://shinbashiact.seesaa.net/article/245381096.html
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posted by ケメ at 11:19 | Comment(0) | 震災
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