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第274回 スペイン風邪 [2016/07/04 10:45]
文●ツルシカズヒコ
大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、一九一九(大正八)年一月二十六日、大杉は売文社で群馬県からこの日上京した蟻川直枝と会い、気が合ったふたりは浅草十二階下にある黒瀬春吉の店「グリル茶目」で食事をした。
このときの話を、安成二郎が大杉からおもしろおかしく語って聞かされた。
大杉と蟻川は「グリル茶目」での食事を終えると、吉原に行くことにした。
売文社に行くとき、大杉は尾行をまいていたので、黒瀬の尾行..
第246回 第二革命 [2016/06/09 16:27]
文●ツルシカズヒコ
一九一七(大正六)年十月三日、保釈中だった神近は東京監獄八王子分監に下獄した。
二畳ほどの独房に入れられた神近は、午前八時から午後五時まで、屑糸をつなぐ作業に従事させられた。
昼食後の三十分の休憩、夕食後から夜八時の就寝までは仕事がないので、本を読むことができた。
神近が保釈後に執筆を開始した『引かれものの唄』の原稿は、下獄間近に仕上がり、十月三十日に法木書店から出版された。
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第245回 魔子 [2016/06/09 16:10]
文●ツルシカズヒコ
一九一七(大正六)年九月二十五日、野枝は大杉との間の第一子、長女・魔子を出産した。
大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、魔子をとりあげた助産婦・北村悦は東京の産婆会の会長で小石川で助産婦をしていた。
そして、北村悦の夫、北村利吉は警視庁勤務の巡査だったが、魔子をとりあげた北村悦を介する縁で、大杉と北村利吉は親交があったという。
文学座俳優の北村和夫は、北村利吉・悦夫妻の孫である。
北村和夫は..
第244回 世話女房 [2016/06/07 21:13]
文●ツルシカズヒコ
七月初めに北豊島郡巣鴨村宮仲に引っ越して来た大杉と野枝だが、九月末に野枝が大杉との第一子、長女・魔子を出産する直前のころの野枝について、大杉が『女の世界』に書いている。
懇意の編集者である安成二郎に依頼されたようで、大杉は安成に話しかけるようなスタイルで書いている。
まず、冒頭にこう記している。
もう今日か明日か知れない産月の大きなお腹を抱へて、終日ごろ/\して呻つてゐるあいつに、何んの近..
第228回 塩瀬の最中 [2016/05/31 12:42]
文●ツルシカズヒコ
日蔭茶屋事件が起きる直前、大杉と野枝の訪問を受けていたらいてうは驚いた。
神近が『青鞜』から離れて以降、らいてうは彼女と疎遠になっていたが、彼女が大杉が主宰するフランス語教室やフランス文学研究会に参加しているらしいという噂話はどこからともなく聞いていた。
しかし、らいてうは神近と大杉が傷害事件に発展するような深い間柄であることは、まったく知らなかった。
こんないたましい破局に、神近さんが、..
第206回 野狐さん [2016/05/22 17:34]
文●ツルシカズヒコ
……永代静雄のやつてゐるイーグルと云ふ月二回かの妙な雑誌があるね。
あれに面白い事が書いてある。
自由恋愛実行団と云ふ題の、ちよつとした六号ものだ。
『大杉は保子を慰め、神近を教育し、而して野枝と寝る』と云ふやうな文句だつた。
平民講演の帰りに、神近や青山と一緒に雑誌店で見たのだが、神近は『本当にさうなんですよ』と云つてゐた。
青山は、あなたが僕に進んで来て以来、僕等の問題に就いては..
第203回 二人とも馬鹿 [2016/05/21 19:10]
文●ツルシカズヒコ
一九一六(大正五)年五月末、『女の世界』六月号を読んだ野枝は、大杉にこう書いている。
あなたは本当にひどいんですね。
あんな余計な処まで抜き書きをしなくつたつていいぢやありませんか。
本当にひどい。
でも、あなたが怒る/\つて云つてらしたほど怒りはしませんけれどね。
大好きなあなたがお書きになつたのですものね。
三人のあれを読んで分らない人は到底救はれない人達ですね。
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第202回 いやな写真 [2016/05/21 17:10]
文●ツルシカズヒコ
堀切利高編著『野枝さんをさがして』によれば、野枝は五月二十九日(推定)付けの手紙を安成二郎に宛てて書いている。
多恵春光著『新しき婦人の手紙』(日本評論社出版部・一九一九年九月)の第九章「文例 知名婦人の手紙」に「執筆の約束と周旋を頼む」という仮題で収録されているもので、この書簡は『定本 伊藤野枝全集』(全四巻)には収録されていない。
○○(※1)ありがたくたしかに落手いたしました。
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第198回 金盞花 (きんせんか) [2016/05/20 16:17]
文●ツルシカズヒコ
五月八日、野枝は午前中に十枚ほど原稿を書いた。
午後は流二のお守りをして過ごした。
前日の嵐がひどかったので、別荘の掃除が大変だと言って、婆やが午後から暇をもらったからである。
この日の御宿の夕方は風がなく、野枝が御宿に来て初めての静かな夕方だった。
妙に憂鬱になった野枝は支店のおかみさんを呼んで、女中たちと一緒にお酒を飲んで騒いでみたけれど、少しも酔えず、気がめいるばかりだった。
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第196回 豆えん筆 [2016/05/20 14:07]
文●ツルシカズヒコ
大杉栄、堀保子、神近市子、伊藤野枝ーー当事者たちに会って、今回の騒動の真相を知りたいと考えたジャーナリストがいた。
『女の世界』編集長の安成二郎である。
安成の視点は新聞記事から一歩踏み込んだ、雑誌ジャーナリズムの視点だった。
安成は大杉が保子という正妻がありながら、神近という愛人を持ったことにはジャーナリストとしての関心はほとんどなかったが、野枝の出現にもかかわらず大杉と神近との関係が途絶えていな..
第169回 野依秀市(四) [2016/05/13 19:58]
文●ツルシカズヒコ
野依『アナタの御亭主はアナタを可愛がりますか。』
伊藤『ソンな事を聞くもんぢやありませんよ。』
野依『言つたつて宜いぢやありませんか。』
伊藤『正直な事を言はないから大丈夫です。』
野依『ヂヤ、アナタは不正直な女なんですか。』
伊藤『分りません、
嘘を吐かうと思へばいくらでも吐けるんですもの。』
又、社長は単行本の原稿の上に眼を落して居たが、軈(やが)て野枝サンが中村狐月君に..
第166回 野依秀市(一) [2016/05/13 16:01]
文●ツルシカズヒコ
一九一五(大正四)年七月七日。
野枝は実業之世界社社長、野依秀市( のより・ひでいち)に会いに行った。
このときの野依と野枝の対話記事「野依社長と伊藤野枝女史との会見傍聴記」が、実業之世界社発行の『女の世界』に掲載された。
朝から曇っていた空がようやく晴れかけた正午近い頃、野枝は実業之世界社に電話をかけた。
「これから野依さんにお目にかかりたいと思いますが、お差し支えはないでしょうか?」
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