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2017年06月22日

第449回 女らしい女






文●ツルシカズヒコ




『婦人公論』一九二三年十一月・十二月合併号の特集「殺された野枝さんの事」。

 五十里幸太(五十里幸太郎)は「世話女房の野枝さん」を寄稿している。

 五十里は辻潤とは「子供の時からの知り合ひ」だったという。

 五十里が初めて野枝に会ったのは小石川の指ケ谷の「辻君の叔母さんの家」だった。

「辻君の叔母さん」とは辻の母・美津のことかとも思えるが不明。

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 其処(そこ)での僕の彼女に対する第一印象は、寧ろ予期に反したものであつた。

 ……青鞜社に関する概念や、僕が瞥見した其の時分の平塚雷鳥女史、尾竹紅吉女史等から受けた感じから想像してゐた野枝さんと、初対面の野枝さんとは非常な相違があつた。

 野枝さんは無邪気さうな愛嬌のある顔と、大きな可愛いらしい目と、いゝ髪毛の持主で、何処となく家庭的の女といふ風だつた。

 その時から僕は彼女に親しめるやうに思つた。


(五十里幸太「世話女房の野枝さん」/『婦人公論』一九二三年十一月・十二月合併号)



 五十里が野枝に二度目に会ったのは「指ケ谷町の辻君の家、即ち青鞜社」だったというから、野枝が『青鞜』編集長時である。


 ……野枝さんの手料理の馳走を受けた。

 それから時々其処へ訪れる毎(ごと)に、彼女が子供の世話をしたり、洗濯をしたり、台所を働いたり、原稿を書いたりしてゐるのを見た。

 原稿を書いて居る時は別だが、其の他の場合に受けた僕の印象は、野枝さんは普通の家庭の女、悪く云へば所謂(いはゆる)良妻賢母だといふことに過ぎなかつた。


(同上)





 辻と同棲していたころの野枝を、五十里はこう記している。


 野枝さんはハイカラなものも食ふし、西洋の歌も唱(うた)ふ。

 然(しか)し一緒に居た辻君のお母さんが生粋の江戸つ子であつた故か、江戸前の食ひ物も好きだし、長唄も唱ふし、三味線も少しは弾いた。

 辻君のお母さんは長唄と哥澤(うたざわ)に長じて居て、唄好きの僕の妹が好きで……僕は妹同伴で出掛けたことが度々あつた。

 其の時は、野枝さんも大いに唱ひ、大いに弾(ひ)いたものだ。

 たゞこの時分から僕が野枝さんに反感を持つのは、彼女が江戸つ子の僕に対して、江戸前の食ひ物の通(つう)を振り廻すことだ。

 洋食に関しても同様の場合が可成りあつた。

 然し新しい女と世間から思はれてゐる彼女が、全く下町の女らしい気分に浸つて終(しま)ふ時は、僕も思はず拍手したいやうな気持ちになつた。


(同上)





 五十里は大杉とも「永い知己であつた」という。

 五十里の妻の父親が大杉の父親・東と軍隊の同僚だったこともあり、大杉と「妙に近親的な私交があつた」からだ。

 辻とも大杉とも親交があった五十里は、意外なエピソードを披露している。


 指ケ谷町時代の終り頃に、大杉君は辻君の家に二三回遊びに行つた。

 野枝さんはその頃農民問題について何か考へて居たので、大杉君に共鳴してゐた。

 辻君と大杉君とは決して仲が悪くはなかつた。

 ……遂に辻、大杉、野枝の三人は、実際超人的(?)の諒解の下に、辻君は野枝さんを離別し、野枝さんは大杉君の下に走つたのである。

 最初野枝さんの隠れ家は、荒木滋さんの玉名館(ぎよくめいくわん)といふ神田三崎町の旅館だった。

 その頃大杉君は九段上の第五福四万館に下宿して居た。

 一夕(せき)何の酔興(すいきよう)でか、僕は辻君を恋敵大杉栄の下宿に誘つた。

 そして三人車座になつて痛飲した。

 全然酒のいけない大杉君も、盃を重ねること三度(たび)、辻くんは徐(おもむ)ろに腰間の尺八を取り出して、千鳥の曲を奏したといふ内緒話は、誰も御存知あるまい。


(同上)





 五十里によれば、辻と離婚した後の野枝と一(まこと)、辻家との関係は悪くなかったようだ。


 このまあちやんは此の間の甘粕事件の時に、柏木の大杉の家へ焼香に来たが、随分大きくなつて、親父(おやぢ)やお袋よりも悧巧ものゝやうに見受けられた。

 扠(さ)て辻君の家は其後、下谷稲荷町に引越した。

 辻君は例によつて、天蓋(てんがい)を我がものと心得て飲み歩いてゐる。

 留守はお母さんと子供だけである。

 其処で野枝さんが時々安否を訪ねて行つた。

 お母さんも野枝さんもお互ひにお互ひが好きであつた。

 或る時はお母さんが、大杉家を訪れることもあつた。

 嫁と姑とが、斯うした行きがゝりになつた時にも、斯(か)くも親しくあつたことは、よく彼等の一面を語つて居るではないか。


(同上)





 しかし、五十里は野枝のよさをその「世話女房」的なところに見出している。


 その後の野枝さんは、大杉君の妻女として家事向きの事や、二人の間に出来た四人の子供の面倒を見る事に忙しかつた。

 その片手間に原稿を書いた。

 労働運動にもなつた(※ママ/「もになつた」か?)。

 しかし野枝さんは、矢張り女らしい女、普通の世話女房としての好さを多く持つて居たやうに思はれる。

 私はエレン・ケイを論じ、エマ・ゴールドマンを云々する洋装の野枝さんよりも、無邪気に端唄(はうた)に合せて三味線を弾く下町気分の時の野枝さんの方が遥かに好きであつた。


(同上)


 五十里は菊富士ホテルで野枝に殴る蹴るの暴力をふるったりして、野枝とはずいぶん喧嘩もしたがすぐに和解し、ふたりの交友は彼女の死の直前まで続いていたという。





●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 16:00| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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