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2017年05月22日

第445回 野枝姉さん






文●ツルシカズヒコ




『婦人公論』一九二三年十一月・十二月合併号の特集タイトルは「殺された野枝さんの事」である。

 以下の面々が寄稿している。

 山川菊栄「大杉さんと野枝さん」

 和田久太郎「僕の見た野枝さん」

 橘あやめ「親切な野枝姉さん」

 らいてう「私の見た野枝さんといふ人」

 五十里幸太「世話女房の野枝さん」

 荒木滋子「あの時の野枝さん」

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 橘あやめ「親切な野枝姉さん」は、冒頭で野枝が大杉の次妹・柴田菊に書いた手紙(九月十五日投函した絶筆)を引用し、こう記している。


 思ひやりの深い親切な野枝姉さんは、以上の手紙を静岡の姉(栄兄さんから二人目の姉)に下すつて、そして、翌十六日に勇(やはり私の実兄)さん夫婦の避難所へ栄兄さんと二人で駆けつけ下さいました。

 避難所から幼い宗一(むねかづ)の身を引取らうとして行つて下さいました。

 同志の方々から『危険だから成可(なるべ)く外出しないやうに……』と度々注意されてゐるその危険をも冒(おか)して、勇さん夫婦と宗一とのために鶴見まで出向いて下さいました。

 そして、あゝ、そして、宗一をやゝ安全な自分達の家へ引取らうと急いで東京へ連れて帰つて下さる途中だつたのです。

 栄兄さんも、野枝姉さんも、宗一も、三人共憲兵隊に連れ行(ゆ)かれて、あのやうな惨(むご)い非道な殺され方をして了ひましたのはーー。

 私は、栄兄さんや野枝姉さんの思想だとか行動だとかゞ、何(ど)れ程社会に害を流すものなのか、或は又、どんなに立派な尊いことなのか、一向に存じません。

 そんな難しい事は私には解りません。

 ですけれども、虐殺して仕舞はねばならぬ程に悪い人間なのなら、その罪状を詳しく社会に発表して正々堂々とやつたらよささうなもの、と、女の浅はかな愚痴かも知りませんが、私は考へます。

 宗一のことは此処(ここ)に何事も申しませんが、兎に角憲兵隊ともあらうものゝ行動としては、随分と卑劣ななされ方だと思ひます。

 栄兄さんや野枝姉さんには、『何時(いつ)死んでもいゝ』といふ立派な覚悟が常からちやんと出来てゐたことゝ思ひます。

 が、しかしあの場合、何事も知らぬ頑是(ぐわむぜ)ない宗一が一緒であつたために二人は何(ど)れほど心を患(わずら)はされたか知れなかつた事でせう。

 いはゞまあ、宗坊(むねぼう)のためにわざ/\危険を冒して鶴見へ行つて下すつた姉さん兄さんですもの、惨殺される間際までも、毒手をあの兒が逃れるやうと、あらゆる手段をつくして下すつた在様が、私には眼に見えるやうにはつきりと感じられます。

『姉さんや兄さんは宗一を迎へに鶴見へ行つて下すつた為にあんな最後をなさつて了つたーー』。

 夜中にふとんなことを考へ出しますと、熱い/\涙がとめどないほど流れてまゐります。

『なあに、予審調書を見ても分るぢやありませんか、あの日は何うしたつて駄目だつたんです。お湯に出たつて、煙草を買ひに出たつてやられたんです。鶴見へさへ行かなかつたら、宗坊を道連れにせず済んだ位のものなんですーー』と、斯(か)う労働運動社の人達は言つて下さいますが私や宗坊のことをあんなに思つて下すつた姉さんのことを憶ひますと、私にはどうも宗坊のために死なれたやうにしか考(かんが)ら(※ママ)れません。

 済まない事だつたと思つて居ります。

 野枝姉さんは、ほんたうにいゝ姉さんでした。

 私が初めて姉さんに会ひましたのは、大正七年の冬に四年振りでアメリカから帰つて来た時でした。

 田端の小さな家に貧しい暮しをして居られましたが、初対面の私を幼ない時から共に育つて来た親味のやうにやさしくして下すつたので、遠い処から久し振りに帰つて来ました私は、まあ何(ど)んなに嬉しかつたことでせう。

 その時には、いつとう上の魔子ちやんがまだ歩くか歩かないかでしたが、私の宗坊は、同い年でも少し早く生まれましたのでそろ/\歩くやうになつて居りました。

 で、二人を日向で遊ばせながら、姉さんと私は子供の話しでよく夢中になつてゐる事がありました。

 今年の春、私が病気のために再び宗一を連れて日本へ帰つて来ました時も、姉さんは魔子ちやんを連れて横浜の波止場まで迎へに来て下さいました。

 そして、栄兄さんがフランスへ行つて居られる留守中なので、いろんな心配ごとや忙しい事に追はれてゐたんでせうに、私の病気のために、病院から何から何までよく世話をして下さいました。


(橘あやめ「親切な野枝姉さん」/『婦人公論』一九二三年十一月・十二月合併号)





 文の最後にあやめは、野枝が七月の末に菊に宛てた宗一とあやめの体調を気遣った手紙を引用しているが、その前文でその手紙を読んだ気持ちを、こう記している。


 左に記します野枝さんの手紙は、私も最近になつて菊子姉さんから見せて戴き、嬉し涙に濡れながら読んだ手紙なのです。

 これは七月の末頃に菊子姉さん宛てに下すつたものでして、宗坊の病気のことが書いてある為に、菊子姉さんは病院に居る私の体を気遣つて其の当時は見せて下さらなかつたのでした。


(同上)





 荒木滋子は玉名館に訪れた野枝と大杉の思い出を書いている。

 一九一六(大正五)年春、そして一九一九(大正八)年ごろの思い出である。

 滋子は冒頭でこう記している。


 さうですね、野枝さんに就(つ)いて何かと云ふお話ですが、私は野枝さんと格別のおつき合ひがあつたと云ふわけでもないし、と云つて無いと云ふわけでもありませんけれども、差出てお話する程の事も、実は無いのです。

 併(しか)し、あの方が、ああ云ふことになつたに就いて、種々の思出も私にはあります。

 とりとめもないことですが、それでも書かせて頂きませう。


(荒木滋子「あの時の野枝さん」/『婦人公論』一九二三年十一月・十二月合併号)



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 17:55| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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