広告

この広告は30日以上更新がないブログに表示されております。
新規記事の投稿を行うことで、非表示にすることが可能です。
posted by fanblog

2017年05月11日

第443回 可愛い単純な女性






文●ツルシカズヒコ



 一九二三(大正十二)年十一月から十二月にかけて発行された主な雑誌で、大杉栄と伊藤野枝の虐殺に関して特集を組んだのは『女性改造』『婦人公論』『改造』である。


『女性改造』十一月号(第二巻第十一号)には、特に特集のタイトルはないが、野上弥生子「野枝さんのこと」、大杉栄・伊藤野枝「七年前の恋の往復」、橘あやめ「憶ひ出すまゝ(栄兄さん夫婦と宗坊のこと)」(目次は「憶ひ出づるまゝ」)を掲載。

 巻末の「文芸欄」には伊藤野枝「或る男の堕落(遺稿)」を掲載している。

「哀しき避難者の手記」という記事もあり、何人かの寄稿者に交じって、平塚明子が寄稿した「震災雑記」が掲載されている。

noe000_banner01.jpg


『女性改造』同号の編集後記「読者諸姉へ」には、こう記されている。


「女性改造」も今月でほぼ復旧しました。

 殊に本月号には野枝さんの最後の作で、女史近来の力作と称せらるる遺稿や、殺された宗一少年の母である橘あやめ女史のとどろく胸を打ちおさへつゝ追憶の筆を執つて下さつた原稿、大杉夫妻の若き日の燃ゆるやうな恋文、我一流作家たる野上女史の追憶記などは他の雑誌には見られぬ異彩あるものであります。


(『女性改造』一九二三年十一月号「読者諸姉へ」)


「七年前の恋の往復」には、大杉と野枝が交わした手紙三通が掲載されている。

 大杉から野枝宛て・一九一六年五月二日野枝から大杉宛て・一九一六年六月六日、大杉から野枝宛て・一九一六年六月二十五日(大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』「戀の手紙ーー大杉から」の日付けは六月二十三日)、の三通である。

「七年前の恋の往復」のリードには、こう記されている。


 我武者と思はれる大杉氏にもかうしたこまやかな情の半面があつた。

 野枝さん神近市子さんとの三角恋愛はこの大杉氏の書翰により多く明瞭になります。

 この恋文は例の葉山事件前後(大正五年)野枝さんと大杉氏との恋愛の高潮時代に往復されたものです。

 そして上記の写真は、大地震の日柏木の大杉氏宅前の路次に避難中の氏夫妻を、安成二郎氏が撮影された二人の最後の写真です。


(『女性改造』一九二三年十一月号「七年前の恋の往復」)


「上記の写真」はタイトルとリードの上に掲載されている。





 野上弥生子「野枝さんのこと」は、冒頭に「野枝さんに就いて何か話せと云ふことでお引き受けしたけれども」とあるので、記者による口述筆記であろう。

 野上は『青鞜』を通じて野枝と出会い、自宅が隣接していたことによりふたりの交流が親密になり、野枝が辻家を出て大杉のもとに走り、葉山事件が起きて、それ以来まったく疎遠になったことなど、小説「彼女」(『中央公論』一九一七年二月号/『野上弥生子全集 第三巻』・岩波書店・一九八〇年)に記されていることをまず時間軸に沿って語っている。

「彼女」には記されていない、こんな記述がある。


 大杉氏とのことが起つたのは野枝さんがもう小石川の方へ引き越された後でしたからその過程に就いては私は何んにも存じません。

 たゞたつた一度その家へお訪ねした時に(二度目の赤さんに産着を持つて行つてあげたのだと記憶します)、野枝さんのゐた小部屋の机の上に大杉氏の訳した「相互扶助論」が置いてあつたのを覚えてゐます。

 発売禁止だけれども借りてゐるのだとか云ひました。

 でも誰から借りたのか私は聞かうともしなかつたし、野枝され(※ママ/「野枝さん」)も黙つてゐました。


(野上弥生子「野枝さんのこと」/『女性改造』一九二三年十一月号)





 さらに、野枝が辻との結婚を解消して辻家から出る決意をしたことを報告をするために、野上家を訪れた一件について野上が語っている。

 野枝が訪れたその日、野上家では謡会(うたいかい)が催されていたが、小説「彼女」ではその日が「四月下旬の或日」と記されているが、「野枝さんのこと」では「大正五年の三月」と記述されている。

 この一九一六(大正五)年春の野上家でのふたりの面会が、野上と生前の野枝との永久の別れになったが、「野枝さんのこと」によれば、一九二二(大正十一)年春にふたりは手紙を交わしたという。


 昨年の春であつたと思ひます。

 私たちは或る機会に一度何年ぶりかで手紙の往復をしました。

 野枝さんはいつもの情味のこもつた長い手紙でいろ/\書いて来ました。

 人間は本質的にさう変はるものではありません。

 私はあの頃と何んにも変はつてはをりません。ーーそんなことも書いてありました。

 それから又、考へると今直ぐにも訪ねて行(ゆ)き度(た)い気がするけれども、私のためにあなたの静かな生活を乱すことを思ふと気が引けて行(ゆ)かれません。

 私には尾行なぞがついてゐるものですからーーと云ふ意味を書いて、何処かで偶然の機会で逢へるのを待つてゐるとありました。


(野上弥生子「野枝さんのこと」/『女性改造』一九二三年十一月号)


 一九二二年春といえば、大杉がアルスに売り込んだファーブルの「科学知識叢書」の出版企画が通り、大杉と野枝はその準備に取りかかっていたころである。

 野枝はどんな手紙を野上に書いたのであろうか。

 翻訳仕事をすることになった野枝が、近況報告と久闊を叙する手紙を野上に出したのかもしれない。





 それから一年半後、甘粕事件で野枝が虐殺されたことを知った野上は、その悲しみをこう語っている。


 併(しか)しどんな偶然も決してこの地球上では私たちを出逢はせはしないと云ふことを知つた時の私の驚きと悲しみを想像して下さい。

 あの人に何の罪がありませう。

 あの人の社会主義かぶれなぞ、私の信ずるところが間違つてゐなければ、百姓の妻が夫について畑の仕事に出ると同程度のものにすぎないと思ひます。

 若(も)し大杉氏が貴族か金持であつたら、悦んで貴族や金持の生活をしたでせう。

 ーーこれは決して野枝さんを軽蔑しての意味ではなく、それ程にあの人は愛する人の世界に身を打ちはめて行(ゆ)ける人だと申すのです。

 あの人の一番美しいのはその点ではなかつたか。

 ただそれだけの可愛い単純な女性が、何故生かしておかれなかつたらうと思ふと、可哀想でなりません。


(野上弥生子「野枝さんのこと」/『女性改造』一九二三年十一月号)


 この期に及んでの野上の野枝に対する評価が、「ただそれだけの可愛い単純な女性」という夫唱婦随の良妻の枠にとどまっていることに注目したい。



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 17:38| 本文
ファン
検索
<< 2017年05月 >>
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
最新記事
写真ギャラリー
最新コメント
タグクラウド
カテゴリーアーカイブ
index(1)
本文(449)
プロフィール
さんの画像

1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
プロフィール

美は乱調にあり――伊藤野枝と大杉栄 (岩波現代文庫)

新品価格
¥1,058から
(2017/3/4 02:04時点)

諧調は偽りなり――伊藤野枝と大杉栄(上) (岩波現代文庫)

新品価格
¥1,058から
(2017/3/4 02:09時点)

美は乱調にあり (英文版) ― Beauty in Disarray (タトルクラシックス )

中古価格
¥3,487から
(2017/3/4 02:14時点)

飾らず、偽らず、欺かず――管野須賀子と伊藤野枝

新品価格
¥2,268から
(2017/2/16 10:43時点)

自由それは私自身―評伝・伊藤野枝

中古価格
¥1,081から
(2017/2/9 02:00時点)

野枝さんをさがして―定本伊藤野枝全集 補遺・資料・解説

中古価格
¥3,913から
(2016/3/13 18:23時点)

定本 伊藤野枝全集〈第3巻〉評論・随筆・書簡2―『文明批評』以後

中古価格
¥18,616から
(2017/2/9 00:18時点)

伊藤野枝と代準介

新品価格
¥2,268から
(2016/3/13 20:05時点)

日録・大杉栄伝

新品価格
¥4,536から
(2016/3/13 20:13時点)

ルイズ 父に貰いし名は (講談社文芸文庫)

新品価格
¥1,620から
(2016/3/13 20:24時点)

地震・憲兵・火事・巡査 (岩波文庫)

新品価格
¥821から
(2016/11/5 01:11時点)

海の歌う日―大杉栄・伊藤野枝へ--ルイズより

中古価格
¥1,619から
(2016/11/5 01:26時点)

大杉榮 自由への疾走 (岩波現代文庫)

中古価格
¥2から
(2017/2/9 00:00時点)

日本的風土をはみだした男―パリの大杉栄

中古価格
¥700から
(2017/2/9 00:12時点)

動揺 [CY大正浪漫コミックス1]

新品価格
¥1,080から
(2016/3/13 18:18時点)

裁縫女子 (サイホウジョシ)

新品価格
¥1,132から
(2017/2/9 18:20時点)

「週刊SPA!」黄金伝説 1988~1995 おたくの時代を作った男

新品価格
¥1,296から
(2016/3/13 20:26時点)

×

この広告は30日以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。