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2017年04月29日

第441回 煙草盆






文●ツルシカズヒコ



 一九二三(大正十二)年十月二日、代準介、野枝の叔母・坂口モト、お手伝いの水上雪子、魔子、エマ、ルイズ、ネストル、そして大杉の末弟(三弟)・大杉進も神戸まで同行し、一行は大杉、野枝、橘宗一の遺骨を携えて福岡に向かった。

 矢野寛治『伊藤野枝と代準介』は、代準介の自伝「牟田乃落穂」を引用し、一行のこの道中を詳述している。

 一行は十月二日、新宿駅発午後二時五十五分の中央線で名古屋経由で福岡に向かった。

 中央線を利用したのは、東海道線にまだ不通区間があったからである。

 塩尻(長野県)まで警視庁特高課員三人が付き添った。

 新聞記者たちが入れ替わり立ち替わり車中に押しかけ、質問するので、子供たちは泣き叫んだ。

 十月四日、午後一時三十二分に下関に到着し、野枝の妹・武部ツタがホームに出迎えた。

 船で門司に渡り、午後三時発の汽車で出発し、午後五時五十分に博多駅に着いた。

 その夜は全員、住吉花園町の代の家に泊まり、長旅の疲れを癒した。

 車中、代は大阪朝日新聞の記者に取材され、「後々のことは布施(辰治)、山崎(今朝弥)の両弁護士と同志の方に総てをお頼みして帰って来ました」(大阪朝日新聞・一九二三年十月五日)と答えている。

 帰福した代は野枝の父・亀吉と相談し、遺児たちを野枝の私生児として戸籍に入れ、同時に四児たちの改名をした。

 魔子は真実の「真子」、エマは笑みを絶やさぬように「笑子」、ルイズは両親の遺志を留めるように「留意子」、ネストルは大杉の名を与え「栄」と改名した。

 遺児たちの当面の落ち着き先は、魔子は代家で預かり、エマとルイズは今宿の野枝の両親のもとへ、まだ乳飲み子のネストルは代千代子(今宿に住む千代子もこの年に男児を出産していた)が預かった。

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 大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、十月四日、改造社の提唱により識者が組織した「二十三日会」が、首相、陸相、戒厳指令官、軍法会議弁護士を訪問して、次のような建白書(下記三十二名が署名)を提出した。


一、大杉氏殺害の真相殊に同氏以外の被害者の氏名、年齢、被害場所、その他一切の事情を速に公表す可し

二、甘粕大尉に関する軍法会議は完全に之を公開す可し

三、右事件に関する新聞記事差止めの命令は直ちに之を解除す可し

 伊藤文吉、長谷川万次郎馬場恒吾堀江帰一、千葉亀雄、渡辺鐵蔵、吉野作造、吉阪俊蔵、 饒平名智太郎(よへな-ちたろう)、鶴見祐輔、中野正剛永井柳太郎大川周明、太田正孝、山川均、山本実彦、松木幹一郎桝本卯平福田徳三小村欣一小村俊三郎、小松原弥六、権田保之助、安部磯雄、秋山高、北玲吉城戸元亮末広厳太郎三宅雄二郎三宅驥一下村宏、鈴木文治


(大杉豊『日録・大杉栄伝』・社会評論社・二〇〇九年九月十六日)





 この建白書が提出された十月四日、ギロチン社田中勇之進が松坂駅前で、甘粕の弟・五郎を短刀で襲撃し、逮捕された。

 十月七日、大杉らの遺骨や遺品は本郷区駒込片町の労働運動社へ運ばれ、大杉の末妹・橘あやめも仮寓。

 遺骨はその後、神奈川県・鶴見の大杉勇宅へ引き取られた。

 大杉と野枝の家(豊多摩郡淀橋町柏木)の留守を守っていた勇夫妻が、この家から退去したのは十月九日だった。

 空家になったこの家を借りたいという人物が現われた。

 菊池寛である。

 以下、菊池が安成二郎に宛てた手紙である。


 拝啓

 今住宅に困つてゐるのです。

 ところが宮ア光男氏が来られて、大杉氏のアトの家を借りてはどうかとの事ですが、右の家は何うなつてゐるでせうか。

 若し借りられるやうなら、一見いたしたいと思ひます。

 甚だ突然で恐れ入りますが、御世話ねがへませんでせうか。

 十月七日 菊池寛

 安成二郎様


(安成二郎『無政府地獄 - 大杉栄襍記』_p298・新泉社・一九七三年十月一日) 


 安成によれば、この手紙は松屋の四百字詰め原稿用紙に筆で書いたものだったが、菊池は結局、この空家に転居はしなかった。





 安成は大杉と野枝の形見分けについて、こう記している。


 西洋の煙草盆とでも言ふのか、灰皿と、巻煙草を立てゝ置く容器と、それらを載せる盆と、チユーリツプの模様のある硬質陶器の三つ揃ひを、私は彼のかたみとして貰つた。

 十月六日の夜、勤め先きから帰つて、机の上にそれを見出した時、『これは好いな、一番好いものだなア』さう妻に言つたが、急に胸の疼くやうな堪らない気がして、私はそれを目の前から取り除いた。

 この煙草盆は彼の鎌倉の家には無かつた。

 逗子へ移つてから、洋館の籐のテーブルの上に置かれてゐた。

 それから駒込の労働運動社、柏木の最後の家と移るたびに、籐のテーブルの上にこの煙草盆は何時でも載つてゐた。

『あれは逗子で買つたんだね』翌る朝、村木源次郎君に会つた時、さう言ふと、村木君はさうだと言つた。

 大杉は煙草が好きで、よくマドロスパイプを啣(くは)へてゐたが、然し余り味覚の鋭い方では無かつたらしく、金口でも朝日でも手当り次第に吸つてゐた。

 野枝さんのかたみの支那扇は妻が貰つた。

 支那の芝居の絵らしい絵のある扇だ。

 いつか野枝さんが私の家へ遊びに来たとき、『逆輸入ぢやありませんか』と、それをとつて見ながら言ふと、誰とかゞ買つて来たのだから、本物だと言つたが、多分大杉がフランスからの帰りのお土産でもあらうか。

 その時野枝さんの言つた買つて来た人の名前は私の耳に残らなかつた。

 珈琲をつぶす器具が、も一つ私の家にかたみに贈られた。

 彼等は自分の家庭の珈琲が自慢であつた。


(安成二郎「かたみの灰皿を前に」/『改造』一九二三年十一月号/『無政府地獄 - 大杉栄襍記』・新泉社・一九七三年十月一日/『無政府地獄 - 大杉栄襍記』収録時に「かたみの灰皿を前に」を「かたみの灰皿」に改題)




●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 22:44| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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