2017年02月12日

第428回 最後の写真






文●ツルシカズヒコ



 一九二三(大正十二)年九月一日、午前十一時五十八分三十二秒、相模湾沖でマグニチュード七・九の地震が発生した。

 そのとき魔子は安成二郎の家でお昼を食べていた。


 地震の時は、恰(ちよう)ど皆んなで食事の最中であつたが、最初の震動が来ると、魔子ちやんと私の二人の子とが、わーツと泣き声を上げて洗足で外へ駆け出した。

 それで私は驚いて直にその後を追つかけ、三四間程のところでやつと三人を引き止めたが、おかげで私は二度目の大ゆれといふやつをちつとも見ずに仕舞つた。

 それ以来、魔子ちやんは私の家に来なかつた。

『どうして来ないの』といふと『をぢさんのところは地震があるから』と言つてゐた。


(安成二郎「かたみの灰皿を前に」/『改造』一九二三年十一月号/『無政府地獄 - 大杉栄襍記』収録時に「かたみの灰皿」に改題) 

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 魔子はこう回想している。


 ……震災の時、私達は柏木に住んでゐた。

 その頃近所に父の親友のYさんが住んでゐられて(これもあとで本で読んだのだが、柏木の家はそのYさんがお世話して下さつたのださうだ)私と同じ年頃のお友達があるので、毎日かゝさず遊びに出掛けた。

 あの日も朝傘を持つて水玉模様の浴衣を着て足駄をはいて(と思ふのだが)出掛けた。

 毎日の習慣でYさんの家でおひるを食べ終つたかと思ふ頃、ガラ/\とやつて来たのだつた。

 どうやつて逃げたのかはおぼえてないが、とにかく間もなく父が例のしりつぱしよりでやつて来たのを、私が一番早く見つけて、飛びついて、すぐにその手にぶらさがり乍ら家へ帰つたのだ。


(伊藤真子「父 大杉栄の記憶」/『婦人公論』一九三五年七月号)





 この大地震が起きた直後の大杉の家の状況については、水上雪子の証言が残っている。

 地震の直後、雪子はとっさにルイズを抱きかかえてイチジク畑に走り込んだ。

 一九七〇(昭和四十五)年、雪子と伊藤ルイ(ルイズ)が四十七年ぶりに再会し、雪子がこう回想している。


「ルイちゃんを連れ出したあと、あっ、ネストルちゃんが二階に寝ていたと気づいて、慌てて駆け上がったんですよ。ほんとに間一髪でした。運び降ろしたとたんに、階段が崩れ落ちたんですからね。ーーええ、あの日は魔子ちゃんはいなくて、エマちゃんはモトおばさんが抱いて連れ出したから」

(松下竜一『ルイズーー父に貰いし名は』_p14/講談社・一九八二年三月十日)


『ルイズーー父に貰いし名は』によれば、「……福岡県今宿の、没落した料理屋の娘雪子は、上京して大杉家最後の女中となった。当時の雪子は髪が縮れおでこが出て、キョロッとした大きな眼までがルイズと姉妹のように似ていて、それを人にいわれるたびにルイズ贔屓になっていた」。

 雪子は甘粕事件後、大杉と野枝の遺児たちと一緒に郷里・福岡に帰ったが、大杉家の手伝いをしていたことをひた隠しにし、人に語らなかった。

 大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、一九八二(昭和五十七)年にRKB毎日放送でドキュメンタリー番組『ルイズ その絆は』が放映されたが、その中にルイズ(伊藤ルイ)が雪子を探し、奈良の養老院を訪ねる感激の場面があるという。





 内田魯庵はこの日のことを、こう書き記している。


 九月一日の地震のあと、近所隣りと一つに凝(かた)まつて門外で避難してゐると、大杉はルヰゼを抱いて魔子を伴(つ)れてやつて来た。

『どうだつたい。エライ地震だネ。君の家は無事だつたかネ?』と訊くと、

『壁が少し落ちたが、大した被害は無い。だが、吃驚(びつくり)した。家が潰れるかと思つた。』

『下町はヒドからうナ。安政ほどぢやなからうが二十七年のよりはタシカかに大きい。之で先づ当分は目茶苦茶だ。』

「だが僕は、毎日々々セツ付かれて困つてたんだから、地震のお庇(かげ)で催促の手が少しは緩むだらうと地震に感謝してゐる、」と軽く笑つた。

 何でも大杉は改造社とアルスから近刊する著書の校正や書足しの原稿に忙殺されてゐたのださうだ。

 彼是れ小一時間も自分達と一緒に避難をしてゐたらう。

 余震の絶間なく揺(ゆ)る最中で、新宿から火事が出たとか、帝劇が今燃えてるとかいふ警報が頻りであつたので、近所隣りの人々がソワ/\して往つたり来たりしてゐた。

 そこへ安成二郎がコダツクを下げて来て、いゝ獲物もがなとソコラココラの避難の集まりを物色してゐた。

『どうだい、』と私は安成に向つて云つた。

『大杉に何処かソコラの木の下に立つて貰つてアナーキストの避難は面白からう。』

 大杉は笑つてゐた。

 安成が此写真を撮つたら好い記念だつたらうに、惜しい事をした。

(後に聞くと、夫から大杉の自宅へ行つて大杉夫妻を庭前で撮したのだが、名人だから光線が入つたのださうだ。)


(内田魯庵「最後の大杉」/初出は『読売新聞』一九二三年十月二日〜六日、八日に掲載された「此頃の大杉の思い出」/『思ひ出す人々』・春秋社・一九二五年六月)


「改造社とアルスから近刊する著書」とは、大杉の死後に発刊された改造社『自叙伝』(一九二三年十一月二十四日)とアルス『日本脱出記』(一九二三年十月二十五日)である。





 安成がコダツクを下げてやって来た場面を、安成本人はこう書いている。


 その日、地震がやゝ鎮まつてから、私はコダツクを下げて出かけて行つた。

 内田(魯庵氏)さんの家の前に、内田さんの家族の人達と一緒に大杉も立つてゐた。

 内田さんは読賣に大杉のことを書いて、『大杉に何処かソコラの木の下に立つて貰つて、アナーキストの避難は面白からう』と言つたが、私がさうしなかつたので『安成が此写真を撮つたら好い記念だつたらうに、惜しい事をした』といふやうに書いてゐるが、実はそれから内田さんに別れて、大杉と二人で彼の避難所へ行つて、そこに椅子を持ち出して腰をかけてゐる大杉と野枝さんを写したのだ。

 之が二人の最後の写真にならうとは、彼等も私も元より思ひも寄らないことであつた。


(安成二郎「かたみの灰皿を前に」)



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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