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2017年02月10日

第427回 くらちゃん






文●ツルシカズヒコ



 大原社会問題研究所からドイツに留学していた森戸辰男が八月九日に帰国したので、大杉は森戸に葉書を書いた。


 御帰りのよしきのふ始めて新聞で知りました。

 ドイツへ行つたら是非御訪ねしたゐと思つてゐたのだが、/近日御訪ねしたいと思つてゐます。

 /八月十一日


(大杉豊『日録・大杉栄伝』から引用/広島大学文書館所蔵)


 大杉は自宅の住所を「淀橋町柏木三百七十一(大久保脳病院裏)」と記したが、森戸の家は東大久保なので、両家は徒歩圏内だった。

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 矢野寛治『伊藤野枝と代準介』によれば、大杉から「男児誕生」の電報を受け取った代準介は、八月十六日に博多から上京した。

 野枝の叔母・坂口モト、三女・エマ、伊藤の親戚の娘・水上雪子(十八歳)も代と一緒に上京した。

 雪子は産褥中の野枝の家事育児の手助けのために、しばらく大杉の家に同居することになった。

 上京した代はいつものように手みやげを携え頭山満邸を訪問し、大杉の家で十日ほど過ごした。

 代は八月二十七日に東京を発ち、大阪で二泊、関東大震災が起きる前日、八月三十一日に博多に戻った。

 大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、この月(八月)、大杉が横浜の次弟・勇を訪ねたという。

 大杉は代準介が博多に帰るのを見送りがてら、横浜まで行ったのかもしれない。

 大杉が横浜・西戸部町の勇の家に行くと、近所の友人(池田琴次郎)宅へ行っているというので、そちらに廻ると、二人はテニスに出かけて留守だった。

 大杉は二人が戻るまで池田宅で待ち、座敷で昼寝をし、扇子に揮毫をしていったという(大杉豊が池田の長男・潔から聞いた直話として『日録・大杉栄伝』に書いている)。

 野枝の父・亀吉も今宿から上京し、大杉家に泊まったことがあるという。

 大杉と野枝が虐殺された甘粕事件の直後、亀吉がこう語っている。


 大杉にしろ野枝にしろ世間では何と言つても、人間としては慈愛深い父母であり、子供でした。

 ことに大杉は私たちを実父母のやうに優しくして、東京を訪れたときなどは、床もとつてくれるし、ひげが伸びると床屋へ行けといふし、夜分は自分で枕元に火鉢や時計まで運ぶなど細かいところまで気を配つてくれたものです。


(長崎新聞一九二三年十月九日/大杉豊『日録・大杉栄伝』_p470より孫引き引用)





 安成二郎「かたみの灰皿を前に」によれば、八月二十三日ごろ、野枝は慶応大学病院に入院中の安成の妻を見舞った。

 安成二郎「挿話」によれば、安成の妻の経過は順調で八月いっぱいで退院することになったが、退院後直ぐの立ち働きを気づかった安成は、女中を求めることにした。

 安成が大杉の家に行って相談すると、

「くらちゃんはどうだろう」

 と、大杉が野枝を顧みて言った。

「そうですね、来るかもしれませんね。雪ちゃんへこの間、手紙が来ていたんですが、聞いてみましょうか」

 野枝は二階から下りて行き、すぐに上がって来て、

「来たがってるそうですよ、手紙を出してくれるように頼んでおきましょうか」

「え、どうぞ。僕は大杉君のような危険人物ではないと言ってやるようにして下さい」

 野枝の従妹の雪ちゃんは、大杉一家が労働運動社に住んでいたころも女中をしていたことあったが、くらちゃんは労働運動社の隣りの弁護士の家の女中だった。

 くらちゃんに対する弁護士の細君の扱いがひどいので、同情した雪ちゃんは大杉家の自分の部屋にくらちゃんを引き取り、面倒を見ていたことがあった。

 雪ちゃんのその行為は誰にも相談することのない独断だったが、大杉も野枝も気にとめることはなかった。

 野枝が安成に太鼓判を押すように言った。

「くらちゃんなら、それは大変な働き手ですから、いくら仕事があっても大丈夫です」

 くらちゃんは郷里の秋田に帰ってから体調を崩していたが、雪ちゃんが安成に言った。

「まだ体がしっかりしてないようですが、東京に出たいと言ってますから、すぐに手紙を出しましょう」

「私も秋田の人間ですからって言ってやって下さい」

 と安成は頼み、その日のうちに旅費の為替をくんで雪ちゃんに渡した。

 しかし、結局、くらちゃんは上京しなかった。

 十月の半ばごろ、なかなか上京して来ないくらちゃんに、安成が手紙を出すと、彼女の父親から葉書が届いた。


 クラは田舎なれど三名の御医者の手にかゝり、専ら快よくなるものと思居り候処、伊藤野枝さんの話を知らせたるに大いに落胆いたし、その後日増に重態となり……遂に本月十四日午前八時死去致し候。

 死ぬ三日前より昼夜の別なく魔子ちやん/\雪ちやん/\とお両人の名を非常によんで永眠仕り候……。


(安成二郎「挿話」/『秋田魁新報』一九二四年一月/『無政府地獄 - 大杉栄襍記』)


 大杉と野枝が虐殺され、その打撃にへし折れそうになっていた安成の心も少し落ち着いて来ていたが、この葉書を見た安成の胸の底は疼き、何とも言えない気の毒なクラちゃんの一生を考えて暗然とした。





 野枝は『婦人公論』九月号のアンケート「人生に於ける恋愛の位置」に回答を寄せている。

 以下、抜粋要約および引用。

 
 ●込み入った難しい問題ですね。

 ●人それぞれの人生観、時と場合によって大きな相違があるのではないでしょうか。

 ●恋愛は人間に大きな転機を与えたり、生死の間を彷徨させるような動機をもたらします。

 ●しかし、恋は人生の第一義的なものだとすぐに言い切ってしまうことはできないでしょう。

 ●恋愛は人間を非常に強くします。恋の後押しがあれば、ずいぶん思い切った敵も平気で作り、その敵と戦いもします。義理も人情も平気で踏みにじります。

 ●一生の前途を棒に振って、喜んで死んで行くという不思議なことも敢行させます。

 ●恋愛はいい条件のもとにおいては、実に平凡です。なんの異常な力も生じません。そしてかすかに華やかだった色彩も徐々に薄れていきます。

 ●高調した恋の感情が異常な力を発揮するのは、その恋が不遇の場合に限られます。不遇な恋は猛然と反抗します。

 ●しかし、不遇におかれて生じる本能的な反抗心は、恋愛だけに限られたことではありません。

 ●ゆえに恋愛には何の価値もなく不道徳なものでさえあるという考えに反対するのは当然ですが、恋愛を人生最大の目的とする考えにも反対です。





『如何によく生きるか?』と云ふ人間の大事な問題が、どんな答へで解決するかによつて事はきまるのではないでせうか。

 そして私は今迄自分の『生命』を恋愛の為めに捧げた勇敢な人達が、つひに本当に現実的にはよく生き得なかつたといふ事実を挙げることが出来ます。


(「人生に於ける恋愛の位置」アンケート回答/『婦人公論』一九二三年九月号・第八年第九号/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)


 野枝はこう言いたかったのであろう。

 恋愛に殉じて心中とかする人がいますが、それは現実逃避でしかありません。

 これは有島武郎の心中事件に対する、野枝の見解であろうと思われる。


●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 22:50| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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