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2017年01月02日

第406回 c'est ça






文●ツルシカズヒコ



 一九二三(大正十二)年五月一日、大杉は朝早くパリ市内の様子を見に出かけた。

 電車の中は多少着飾った労働者の夫婦者や子供連れで満員だった。

「おい、今日はメーデーじゃないか、お揃いでどこへ行くんだい」

 大杉がそばに立っている男に、話し慣れた労働者言葉で話しかけた。

「ああ、そのメーデーのおかげで休みだからねえ。うちじゅうで一日郊外へ遊びに行くんさ」

 呑気そうにそう答えた男の右手には、サンドウィッチや葡萄酒の入った籠がぶら下がっていた。

 その男の横っ面を殴ってやりたいほどに、大杉の拳が固まった。

 あちこちの壁に貼られているC・G・T・Uのメーデーのビラは、みなはがされたり破られたりしていた。

 そしてそのそばには「メーデーに参加するものはドイツのスパイだ」というような意味のC・G・T(旧い労働総同盟)のビラが独り威張っていた。

 松本伸夫『日本的風土をはみだした男 パリの大杉栄』(p113)によれば、CGT(労働総同盟)は一八九五年結成、CGT分裂によって結成されたCGTU(統一労働総同盟)は共産主義者の影響力が強かった。

 林倭衛「仏蘭西監獄及法廷の大杉栄」によれば、大杉が林が宿泊しているホテルにやって来たのは、林がまだ寝床の中にいた十一時ごろだった。

 これからサン・ドニの集会に行くんだという大杉は林と一緒に、十二時ごろホテルを出た。

 よく晴れた日で、祭日なので街は着飾った人々で賑わっていた。

 サン・ミシェル橋のたもとで、大杉と林は別れた。

 大杉は別れぎわに、六時ごろまでには帰って来るから、一緒に飯を食って、夜はモンマルトルへ遊びに行こうと言い残して橋を渡って行った。

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 サン・ドニの労働会館(レジオン・ドヌール・ホール)は、開会の三時ごろから八百人あまりの労働者で満員になっていた。

 共産党と無政府党の共同のイベントである。

 演説が始まり、予定の弁士が次々に演壇に上がった。

 ルール占領反対、戦争反対、大戦当時の政治犯大赦、労働者の共同戦線というような当日の標語が収まりよく発せられた。

 アナキストの陣営から「もういいかげんに演説をよして、外へ出ろ」という叫び声が上がったが、それに応ずる声もなく、演壇の上からはそれをしきりに制していた。

 この「外へ出ろ」を演壇の上から叫びたくなった大杉は、コロメルを呼んで、彼の後にちょっと喋らせてくれと申し出た。

 大杉は日本のメーデーについて話した。

「日本のメーデーはまだその歴史が浅い。それに参加する労働者の数もまだ少ない。しかし、日本の労働者はメーデーのなんたるかはよく知っている」

「日本のメーデーは郊外では行なわれない。市の中心で行なわれる。それもホールの中でではない。雄弁でではない。公園や広場や街頭での示威運動でだ」

「日本のメーデーはお祭り日ではない」

 四十歳くらいの女性が「セエサ、セエサ」(そうです、そうです)と叫んでいた(筆者註/「セエサ」は「c'est ça」)。

 大杉の二、三十分の演説は無事に終わった。

『リベルテール』(一九二三年十一月)に、コロメルが執筆した「大杉栄追悼論説」が掲載されたが、コロメルはこのときの大杉の演説についてこう記している。


 私が話したあと、彼が発言した。

 大杉はフランスの労働者に対して語りたかったからである。

 権力による搾取に苦しむ無数の男女が会場を埋め尽くしていた。

 大杉は、次のように語った。

「はるか極東の地では、搾取される人々が自らの解放のために組織を作り、全面的な解放のために闘っている。世界のさいはてで、革命の意識が目覚めているのだ。諸君、がんばろう」


(田中ひかる「A・コロメルによる大杉栄追悼論説」/『トスキナア』二〇〇七年十月・第十号)





 演壇から下りた大杉は、「外へ出ろ、外へ出ろ」という叫び声を聞きながら、ひとり外へ出ようとした。

 そこに四、五人の私服がやって来て、「ちょっと来い」と拘束され、近くのサン・ドニの警察署に連行された。

 やがて警察の前で多勢のインタナシヨナルの歌が聞こえた。

 叫喚の聲が聞こえた。

 警察の中庭に潜んでいた無数の警官が飛び出した。

 大杉は警察の奥深く連れこまれた。

 大杉があとで聞いた話では、歌を歌っていた連中は、会場の中の十数名の女連が先頭になって、ただ日本の同志だというだけで名も分らない大杉を奪還に来たのだ。

 警察の前で大格闘が始まり、女連は蹴られたり打たれたりし、百人ばかりの労働者が拘引されたという。

 大杉は国籍も名前も言わず、旅券も身元証明書も持っていないと言い張り、その他の取り調べにも何も答えなかった。

 面会に来たコロメルらが、旅券通りの名前を言うようにと大杉に言った。

 その勧めに従い、大杉は旅券にある国籍と偽名を言った。

 旅券や身元証明書は、ドイツ行きの許可証をもらうためにリヨンの警察本部に預けてあると事実をありのままに言った。


 職業は新聞記者だ。

 主義はセンデイカリズムだ。

 なぜ日本人だと紹介さしたと云ふから、日本には長くゐて其の事情に詳しいし、日本の話しをするには日本人だと云つた方が効果が多からうと思つたからだと答えた。

 それで、リヨンの警察へ問ひ合はせられて其の実際が分り、本当になんでもなくつて放免されるならそれもよし、さうでなくつて此の上何とかされるならそれももう仕方がないと思つた。


(「入獄から追放まで」/『改造』一九二三年九月号/『日本脱出記』・アルス・一九二三年十月二十五日/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第三巻』・一九二五年七月二十五日/日本図書センター『大杉栄全集 第13巻』)





 ひと通りの取り調べが終わると、夜になっていた。

 四、五人の荒くれ男の制服がやって来て、大杉はいきなり両手を鎖でゆわえつけられ、部屋から引っぱり出され、玄関の方へ連れていかれた。

 玄関には一台の大きな荷物自動車が止まっていて、大杉はその箱の中にしゃにむに押し上げられ、十人ほどの巡査が乗り込むと自動車は走り出した。

 高い屋根のある大きな箱だった。

 中は真っ暗だった。

 両手を鎖でゆわえらて、両腕や肩を押さえつけられている大杉は、その片隅にあぐらをかいていた。

 巡査たちの吸う煙草のあかりで、奴らの顔が見えた。





 どうもヨオロツパ人くさくない面つきの奴が多い。

 或はアフリカあたりの植民地の蛮人か、それとも植民地の兵隊との合の子か、と思はれるやうな奴等だ。

 奴等は皆な今何処かで喧嘩でもして来たやうな、ひどく昂奮した勢いでゐた。

 そして何だか訳の分らない言葉でキヤツキヤツと怒鳴つていた。

 やがて、僕の一方の肩をつかまえてゐた奴が、熊のような唸り声を出して、僕の肩をこづき始めた。

 僕は形勢不穏と見てとつて眼鏡をはづしてポケツトに入れた。

 すると、僕の直ぐ前にゐた奴が、狐のやうな声を出しながら、僕の顔をげんこで突つつき始めた。

 そして、

『此の野郎、殺しちまうぞ』とか、

『支那人のくせにしやがつて』とか、

『ドイツ人に買はれやがつたな』とか云ふ、

 多少はつきりしたフランス語のほかに、何の事とも分らない或は熊のやうな、或は猿のやうな、或は狐のやうな、いろんな唸り声や鳴き声が、僕の上に浴せかけられた。

 中にはサツクの中からピストルを出して、それで僕の額を突くやら、剣を抜いて頭をなぐる奴まで出て来た。


(同上)


 行き先はすぐ近くだったので、大杉を乗せた自動車はすぐに止まった。

 大杉は引きずられたり、殴る蹴るされたりしながら、サン・ドニの別の警察署の中に押し込まれた。

 入口の奥の広い部屋に入ると巡査たちがいっせいに大杉に飛びかかって来て、大杉のネクタイやカラーやバンドや靴ひもを引きちぎり、そのまた奥の監房に押し込めた。

 大杉はそのままぐっすりと寝た。





 その日、林は午後四時からずっと部屋にいて、大杉が帰るのを待ったが、七時になったので戸口に貼り紙をして夕飯を食いに出かけた。

 夕食から戻った林だったが、大杉の来た形跡はなく、夜の十一時になっても大杉は姿を現さなかった。

 その日、佐藤紅緑は朝から大杉を待っていたが、午前十時になっても来なかったので、郵便を出しに外出した。


 町行く人はどれも/\鈴蘭の花を胸に着けて居る。

 花屋の屋台には鈴蘭が山の如く積まれて居た。

 私は一束を買つて宿へ帰つた。

 大杉氏は未だ見へない。

 午後になつた、夜になつた。

 到底私は一フランの貧民芝居を見る事が出来なかつた。


(佐藤紅緑「巴里に於ける大杉栄氏」/『文藝春秋』一九三〇年一月号)





●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 13:35| 本文

第405回 individualism






文●ツルシカズヒコ


 野枝は『婦人公論』一九二三(大正十二)年五月号に「自己を生かすことの幸福」を寄稿した。

「わが生活の目標」欄の一文で、他に生田花世深尾須磨子三宅やす子鷹野つぎ原阿佐緒が執筆している。

 以下、抜粋要約と引用。

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〈一〉

 ●現在の私は、他人への遠慮や気兼ねが少しもなく、本当に自分の思いどおりの我がままができる、呑気な生活をしています。

 ●この平穏無事な状態が幸福だとすれば、そうなのかもしれませんが、私はこんな幸福を喜ぶ気にはなれません。

 ●こんな生活が一生続くとしたら、なんと退屈なことでしょう。幸福は確かに人間を馬鹿にしてしまいます。

 ●警察の監視から逃れることができず、新聞や雑誌に誹謗中傷される、私たちの生活がなんで幸福なんだと、思う方が多いことでしょう。

 ●私たちの生活の目標は、世間の人たちのように、円満な家庭を作り子供たちの成長を楽しみにするというようなものではありません。

 ●私たちは、平穏無事な家庭の幸福がいつ逃げ出しても恐れない覚悟を、いつも持っていなければなりません。

 ●私たちの家庭の中心人物は、いついかなる理由で拉致されるかもしれないのです。

 ●その不安に思い煩っていたら、切りがありません。

 ●けれども、私たちのように進んで危険に身をさらさなければ、人は安泰でいられるのでしょうか?

 ●私は、自分だけには将来の保証があると思い込んでいる人たちの気が知れません。

 ●人は死ぬときには死にます。どんなにしっかりした幸福だと思い込んで握りしめていても、ときにはなんの造作もなく崩壊してしまいます。

 ●他人に与えられる幸福はあてになりません。その幸福に甘えられる間は、それもいいかもしれませんが、その幸福が離れたとき、取り乱すことがないようにしたいものです。

 ●その覚悟は、自分が生きていく目標をどこに置くかによって決まると思います。





〈二〉

 ●夢見がちな若いころ、私は恋愛を人生の第一義にしていました。

 ●しかしまもなく、私は人間はそんなことだけで本当に満足して生きていけるものではないことを知りました。

 ●いかに愛し合い、信んじ合って生活を営んでいても、ふたりは別の人間なのです。愛のためにお互いに自己犠牲を強いることは、本当の幸福ではないことを知ったのです。

 ●自己を生かすことによって得られる幸福が、本当の幸福だと私は思います。

 ●これは不安な家庭生活を呑気に享楽することができるようになるまでの、私の経験から得た教訓です。

 ●これは特別な境遇にある私の生活から得た教訓なので、思想も感情も隔絶している方々には、とうてい理解のおよばないことでしょう。





 元来私はエゴイストです。

 そして思想的には真先きにindividualismの洗礼を受けたのです。

 其の思想は今でも強く私の上に影響して居ります。

 そのせいかどうか、私には到底他愛的な犠牲的な心持はめつたに働きません。

 すべての基準が、自分といふものにあります。

 私が若くて、まだ他人の為めにつぎ込まれた思想に夢中でゐた間は、私は此の自分の性格的なindividualismに気づかずにゐました。

 けれども、やがて私がそれに目ざめた時には、私の其の性格に基づく人生観は非常に強いものになつてゐました。

 現在、一アナキストとして私が持つてゐる思想も信条も、やはり深い根を其処におろして居ります。


(「自己を生かすことの幸福」/『婦人公論』一九二三年五月号・第八年第五号/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集別冊 伊藤野枝全集』・一九二五年十二月八日/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』・學藝書林・二〇〇〇年九月三十日)





 ●今の私にとって恋愛はもう第一義的なものではありません。それが自分を生かすひとつの手段であれば、ある程度の犠牲は払いますが、私の全生活を無価値なものにする場合には、私の理知はそれを捨て去ることを命じます。

 ●私は世間の大方の婦人たちのように、良妻賢母がその生活の目的ではないのです。

 ●私は自分の目的を遂げることを妨げる不合理を、見逃すことができませんでした。


 私は自分の一生をどういう風に暮らすのが一番自分に不満を感じさせないか、と云ふ自らの問に対して其の不満を感じさす根本問題にブツかるより他はないとより答へること事が出来なかつたのです。

 それが私をアナキズムに導いた大きな理由です。


(同上)





 ●そう決心したと同時に私は第二の恋愛問題にぶつかりました。

 ●大杉と私は本当に信じ合って、ひとつの仕事に向かって進んでいこう、誰よりも信じる仲間として一緒に運動し、働いて自分を生かそうと思いました。

 ●しかし、その複雑な交渉が非常に煩雑になり醜悪なものになりかけたとき、私はとても辛抱できず、その渦中から逃れて他に途を求めようかとさえ思いました。

 ●しかし「私は大杉の同志じゃないか」、私の理知がそう囁きました。

 ●大杉はこう言いましたーー「僕だって煩(うるさ)いよ、いやで堪らないよ。だが、仕事や運動を始めれば、こんなことはすぐにカタがついてしまうよ。くだらんことを気にする暇はない。こんなことに煩わされるよりは、仕事の計画をまずしようじゃないか」。

 ●そのとき、私は非常に明瞭に私たちふたりの関係を理解することができたのです。





〈三〉

 ●しかし、以後、この理解が私の一切の生活の基準になったかというと、決してそうではありませんでした。

 ●形式の上では大杉と私の生活は世間並みの夫婦でした。私は彼の妻であり、彼は私にとって実にいきとどいた夫でした。

 ●私は運動を理解していながら、大杉の行動に絶えず不安を抱いていました。

 ●私と大杉が一緒に暮らすようになってから五年目に、大杉が三ヶ月間入獄しました。大杉が留守中の私の深い反省が私にひとつのことを教えました。

 ●「他人の生活に影響されるのは、他人の生活に自分が立ち入りすぎるからだ」ということでした。

 ●その後、病気や仕事の都合で二ヶ月ほど別れて住んでいたことがあります。私はそのとき彼に書いて送りました(筆者註/「『或る』妻から良人へーー囚はれた夫婦関係よりの解放」

〈四〉





 ●それから、私は大杉の生活に対して余計な気苦労を少なくしました。

 ●しかし「不安」がまったくなくなったわけではありません。「覚悟」はしていても、私たちの家庭から大杉を奪い取られることは、大きな悲嘆なのです。その悲嘆がいつ襲うかもしれないということは、やはり恐怖です。

 ●そのような不幸を待っているような不安な生活が、どうして本当の生活だろうと思う方があるでしょう。

 ●今の世の中の権力者を敵にする私たちは、ありきたりの幸福に酔ってはいられないのです。

 ●私たちの本当の心の平静は、不幸を待つような仕事によってしか得られないのです。

 ●私たちの仕事はとうてい目前の安逸では誤魔化し切れないのです。

 ●仕事が失敗して罪科に問われようとも、無為で安逸を貪るよりははるかに心を慰めるのです。

 ●その不幸に実際につきあたってしまえば、もうそこには「覚悟」がすわっています。その不幸を当然として受け入れることができます。

 ●私たちも家庭を構え、子供を育てている以上は、家庭をかばい子供を保護しております。

 ●そして、できるだけの安逸を貪ろうとしています。気が引けるような安逸も、いよいよというときの「覚悟」ができてからは、よほど気にならなくなりました。

 ●正面から非難されても、私には充分にそれに答えられる自信ができたからです。

 ●男に養われるということも、以前には非常に恥ずべきことのように考えていましたが、いつそれが拒絶されてもいいという覚悟ができてからは、甘んじて養われています。

 ●愛撫も保護も、受けられる間は受けています。だからといって、私は夫に束縛されることもないし、私が夫の行為を気に病むようなこともありません。夫に卑怯なことをさせるような自分でもないと信じております。

 ●要するに、私の現在の生活に対する目標、信条は「決して、自分を他人の重荷としないこと」です。

 ●たまさかの安逸が、享楽が、本当にしみるような幸福を感じさせるのも、世間の人の目には不幸を待つような生活であればこそ、としか考えられません。(一九二三年・四・三)




●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 12:26| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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