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2016年08月08日

第317回 有名意識






文●ツルシカズヒコ



 野枝は『改造』九月号(第二巻第九号)に「引越し騒ぎ」(『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)、『婦人世界』九月号(第十五巻第九号)に「婦人の不平は意志の欠乏から」(『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)を寄稿した。

『定本 伊藤野枝全集 第三巻』解題によれば、「引越し騒ぎ」の目次には「(社会主義者奇譚)引越さはぎ」というコピーがついている。

「婦人の不平は意志の欠乏から」は「現代婦人の不平」特集欄の一文で、他に山田わか、西川文子、厨川蝶子、平塚明子、帆足みゆき林歌子、神近市子など十七名が執筆している。

 以下、抜粋要約。

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 ●不平と愚痴は一切言わないことにしたいと私は思っている。

 ●愚痴や不平ほど見苦しいものはありません。

 ●諦められることは綺麗さっぱりと諦めればいいし、それができないなら不平や愚痴をならべるより、自分の気がすむまでその事実にぶつかっていくことです。

 ●誰でも不平や不満はありますが、それに積極的にぶつかっていく意志のある人は少ないようです。

 ●日本の女たちにもっと強情に、我がままになってほしいと思います。

 ●本当に生きがいのある生活を享受するには、どこまでも積極的な生活をしなければなりません。

 ●強い意志の生活をしなければ、とうてい強い生活をすることはできません。

 ●日本人の生活は非常に消極的であるが、女はより消極的に教育されてきた。

 ●自分ひとりの生活を自分でつくり出すことが、不道徳とされてきた。与えられた生活に満足しないと、不道徳の者と扱われます。

 ●自由に観て考えることを、学校教育は非常にいやがります。

 ●正しい真理探究の知識欲の芽は、現代の学校教育ではできるだけ刈り取られるのが普通です。

 ●婦人の場合は、妻として母としての準備にのみ没頭させて、他人の保護の下に生きることを最大の要件として教育します。

 ●教育者は人生に対する根本的な知識を授けることができません。だから生徒は不屈の意志を養うことができません。

 ●教育者は消極的な生活のみを讃美します。

 ●私は思います。これからの若い娘さんたちが、強い意志を持った人になってくれるといいと。
 
 ●教えこまれることを鵜呑みにせず、自分で判断するだけの知識を持つこと、不必要な教育を拒絶して自分に必要な自己教育をするだけの意志をぜひ持ってほしいものです。

 ●女学校を卒業すると、娘たちの両親は娘の結婚のことばかり気にしています。

 ●しかし、ようやく社会のことがわかり始めのは二十歳をすぎたくらいです。それから四、五年しっかり知識 を身につけてから結婚を考えるのがベストではないかと、私は思います。

 ●現在の婦人たちに一番欠けているのは強い意志です。それは自力で獲得するしかありません。

 ●一身上のことは一切、他人に頼らず、他人から干渉されずに、解決するという覚悟が不可欠です。





 九月八日、大杉は横浜・吉田亭で開かれた社会問題研究会で演説、解散命令により屋外で演説し同志たちと革命歌を歌うなどしたため、大杉ら七名が伊勢佐木署に検束され、大杉は公務執行妨害で送検された(大杉豊『日録・大杉栄伝』)。

 九月のある日、比叡山から下山した宮嶋資夫が帰京途中に鎌倉の大杉宅を訪れた。

 宮嶋資夫「遍歴」によれば、そのとき宮嶋は桧の笠をかぶり太いステッキを持っていたが、それは山の上の生活で自然に身についたものだった。

 それを見た大杉がこう言ったという。

「その格好で東京を歩き廻ったら、じき有名になるよ」

 宮嶋は変なことを言うなと思ったが、そのときはあまり気にかからず、「東京に帰ったら、すぐ帽子くらいは買うよ」と答えた。

 後にいろいろなことを考え合わせてみた宮嶋は、大杉が持っているあるものの見方、考え方にハタと気づいたと書いている。





 つまり葉山で野枝を擲つたのも、比叡山で暮したのも、桧の笠もステッキも、みんな私が有名になるために意識的にやつた事と彼は解釈してゐるようであつた。

 私は呆れてしまった。

 そういう風に彼の眼に映つた私には何かがつがつした所があつたかも知れない。

 が、私は自分の売名のために行動した事は曽てない。

 自体私共のように都会で生れ育つた人間には、有名意識といふものは余りないのである。

 地方の人は風を望んで都会に上り、錦を着て故郷に帰ることを思ふが、都会人には上るべき都もなければ、帰るべき故郷もなく、そして身辺には有名人がうようよゐる。

 閣下も侯爵も同じ電車に乗つてゐるし、一世に名高い芸能人も街頭を歩いてゐる。

そしてそれ等の人に会つて話をして見れば、何も変つたとこのないただの人間である。
 
 従つて、有名になるといふことをそれほど有難い事とも思はないし、お酌が役者の素顔を見たがるように、有名人を見たいとは思はないのである。


(「遍歴」/『宮嶋資夫著作集 第七巻』)



★『定本 伊藤野枝全集 第三巻』(學藝書林・2000年9月30日)

★大杉豊『日録・大杉栄伝』(社会評論社・2009年9月16日)

★『宮嶋資夫著作集 第七巻』(慶友社・1983年11月20日)



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 17:11| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)『秩父事件再発見』(新日本出版社)など。
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