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2016年07月29日

第309回 大谷嘉兵衛






文●ツルシカズヒコ



 一九二〇(大正九)年四月三十日、大杉一家は神奈川県三浦郡鎌倉町字小町二八五番地(瀬戸小路)に引っ越した。

 谷ナオ所有の貸家を月六十円で借り、大杉一家四人と村木が住むことになった。

「鎌倉から」(『労働運動』1920年6月1日・1次6号/『大杉栄全集 第四巻』/『大杉栄全集 第14巻』)によれば、四月中旬、村木が知人の鎌倉の刺繍屋さんを仲介し、決めてきた家だった。

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 野枝は「引越し騒ぎ」(『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)に、村木の知人(刺繍屋のNさん)は「村木の小父さん」だと書いている。

 この大杉一家の引っ越しを『報知新聞』が「大杉栄氏が鎌倉に定住−−所轄署大警戒」という見出しで報じたことにより、ひと騒動が起きた。

 社会主義者大杉栄氏は伊藤野枝、村木源太郎と共に本日(※四月三〇日)午後三時横浜駅発、戸部署巡査四名尾行の下に三時四十分鎌倉駅に着し、横浜大谷嘉兵衛氏所有の鎌倉小町瀬戸小路二八五新築家屋を借り受け入れり。

 右三名は当地に永住の覚悟らしく鎌倉署にては直(ただち)に私服巡査五名を付近に配し、目下夫(だれ)となく警戒中なり。

 家賃は五十円なり(鎌倉)


(『報知新聞』1920年5月1日)





 「村木源太郎」は「村木源次郎」の誤記である。

 大杉の書いた「鎌倉から」によれば、鎌倉駅に到着した大杉一家を迎えたのは、高等視察に引き連れられた尾行刑事四人だった。

 大杉の尾行がふたり、野枝にひとり、村木にひとり、合わせて四人の尾行刑事である。

 署長以下総勢二十人の鎌倉署はてんてこ舞いの騒ぎになった。

 そして『報知新聞』により、家主は谷ナオではなくて地元の名士である大谷嘉兵衛であることが判明してしまった。

 引っ越して来てから四、五日して、大杉が仕入れてきた情報として、野枝が「引越し騒ぎ」にそのからくりを書いている。

 著名な実業家である大谷は、また道徳家であり独身主義者でもあったが、五十歳を過ぎて女中に手をつけ子供ができた。

 しかし、その女中がふたりの子供を残して死んだので、残された子供に家庭教師をつけた。

 その女家庭教師が谷ナオであり、谷は大谷の妾でもあった。

 大杉一家が借りた家は、大谷がその家賃を妾の月々の生活費に当てるために建てたものだった。

 道徳家として通っていた大谷は、妾の存在もその生活費を捻出するために鎌倉に家を持っていることも内密にしていたので、『報知新聞』の記事によって身から出た錆(さび)ではあったが、とんだどばっちりを受けてしまった。

 大谷は警察からの使嗾(しそう)もあって、差配を介して「社会主義者には貸せぬ」と言ってきた。

 大杉も野枝も村木も理不尽な要求を突きつける大家とは、徹底抗戦の腹づもりでいたが、道徳家らしからぬ弱味がバレてしまった大谷も強くは出れず、結局、大杉一家は立ち退きをせずにすんだ。

 鎌倉は選挙の時期だったので、始終顔を合わせている地元の有力者連からの圧力もあったが、いつものこととて野枝たちはめげなかった。





 ……『あんな奴らには米味噌醤油を売らない事にすれば閉口して行つてしまふだろう』と云つてゐるさうでう。

 しかしそれも私共には一向何んの影響もないんです。

 何故なら、鎌倉では向ふで買つてくれと云つても私達は出来るだけ買い度くないのですから。

 昨日も或る店で買物をしようとしますと其の店の主人が、今自分の処でもそれが入用で漸く他の店から買つて間に合はせたが、自分の店で売るのよりは三割方も高いと云つて、

『何しろ鎌倉のあきんどさんは高いのを自慢にしているのですからね』

 と真顔になつてゐましたが、それは全くです。

 私達のような貧乏なものは、とても此処の『別荘値段』のおつき合ひは出来かねます。


(「引越し騒ぎ」/『改造』1920年9月号/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』_p203)


「伊藤野枝年譜」(『定本 伊藤野枝全集 第四巻』_p514)によれば、野枝は鎌倉に移ってから、ミシンを購入して洋服を作り始めた。


大谷嘉兵衛




★『大杉栄全集 第四巻』(大杉栄全集刊行会・1926年9月8日)

★『大杉栄全集 第14巻』(日本図書センター・1995年1月25日)

★『定本 伊藤野枝全集 第三巻』(學藝書林・2000年9月30日)

★『定本 伊藤野枝全集 第四巻』(學藝書林・2000年12月15日)





●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 18:58| 本文

第308回 入獄前のO氏









文●ツルシカズヒコ

 一九二〇(大正九)年四月三日と四日、牛込区の築土八幡停留所前の骨董店・同好会で、第一回黒燿会展覧会が開催され、大杉は自画像「入獄前のO氏」を出品した(大杉豊『日録・大杉栄伝』)。


「入獄前のO氏」を、望月桂はこう評している。

 かつて曙町の家に行つた時、壁にフクロウか狸の面のような、自画像とも思はれるが自らは猫だと云ふものが筆太にぬつたくつてあるのに気づき、大杉は絵も描かせれば描く男だなと思ひ、黒燿会の展覧会の時にウンとおだて揚げたら、これが民衆芸術の見本だ、商売人には批評出来まいと力んで、二三ども説明を要する自画像を描いた。

(望月桂「頑張り屋だつた大杉」/『労働運動』1924年3月号)

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 四月六日、大杉は和田久太郎と魔子と船で関西に旅立った。

 四月七日に神戸着、二日間、安谷寛一が間借りしている家に宿泊した(安谷寛一「大杉の憶ひ出」/『自由と祖国』1925年9月号)。

 安谷寛一「晩年の大杉栄」によれば、船で関西入りしたのはひとり分の汽車賃しかなかったからで、船だとひとり分の汽車賃でふたり乗れて食事つき、魔子は船賃も食事も無料だったからだ。

 トルコ帽をかぶった大杉は、この季節には寒そうは茶のレインコートを着、上着なし、女ものの肩かけを首に巻き、コートの襟を立ててボタンをはめていた。

 大杉は「うまいものを腹一杯食わして貰うため」に安谷を訪問したのだが、和田が大阪に向かった後、安谷は大杉と魔子にすき焼きを奢った。

 安谷の家に戻ると、大杉は安谷が欧州大戦の前ころから講読していた外国の新聞雑誌などに熱心に目を通し始め、その作業は徹夜になった。

 大杉はその中から借りていくものをチョイスしていたのである。

 
 朝早く雨戸をくる音がしたかと思うと、ザアザア水の音がする。

 やっと眼をさまして見ると、大杉が二階の廊下から戸外の道路に向って小便を放っていた。


(安谷寛一「晩年の大杉栄」/『展望』1965年9月・10月号)





 四月八日は朝九時ごろ、大杉、和田、安谷、大杉の三弟・進、魔子の五人で、神戸のスラム街にある賀川豊彦宅を訪問した。

 大杉と賀川がド・フリースの「激変説((Mutation Theory)」など生物学に話に花を咲かせているときに、賀川が大杉にある質問をした。


 『大杉君、君の学説は何と云ふて定義すれば善いのだね?』

 それに対する大杉君の答は簡単であつた。

『インデヴヰヂユアリスチツク(個人主義的)・サンヂカリスチツク・アナキズム』

 大杉君が「個人主義」と「サンヂカリズム」とを並行せしめているところに彼の面目がある。


(賀川豊彦「可愛い男 大杉榮」/『改造』1923年11月号)


 大杉は賀川からファーブル『昆虫記』の英訳本を六、七冊借りた。

 大杉はその後、大阪や京都で組合活動家たちなどに会い、四月十二日に帰京した。


賀川豊彦 


★大杉豊『日録・大杉栄伝』(社会評論社・2009年9月16日)



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 13:32| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)『秩父事件再発見』(新日本出版社)など。
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