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2016年03月19日

第26回 帰郷






文●ツルシカズヒコ



 一九一二(明治四十五)年三月末、上野高女を卒業した野枝は東京・新橋駅から列車に乗り、福岡県・今宿に帰郷した。

 この帰郷について野枝が書いた創作が「わがまま」である。

「わがまま」に登場する人物設定は、以下である。

 登志子=野枝、まき子=代千代子、野枝たちと同年輩らしい安子=千代子の親戚、叔父=代準介、叔母=代キチ、夫の永田=末松福太郎、「男」=辻。

「わがまま」では新橋駅から列車に乗り、博多へ向かったのは登志子、まき子、安子の三人である。

 昼の汽車に遅れたため、出発は夜になった。

 登志子は男と最後の別れになるかもしれないと思い、ジッと男の顔を見た。

 この男と二度と会えないとすれば、それは一生忘れられない悲痛な思い出になるだろう。

 そう思うと、男の顔を眺めているのが辛い。

 登志子はふと、十三歳年下の弟・清のことを思い浮かべた。

 まだ改札時間まで間があったので、登志子は故郷の幼い弟に頼まれた飛行機の模型を買うことを口実に、銀座に行くと言って新橋の停車場を出ようとすると、男が言った。

「僕が一緒に行ってやろう」

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 男は一軒一軒それらしい店の前で尋ねてくれたが、目的の模型は見つからなかった。

 登志子はもうそんな買い物なんかどうでもよかった。

 登志子はもう手を握り合うこともないできないと思ったのに、思いがけない機会が訪れことがうれしくもあり、悲しくもあった。

「もっと先まで行けばあるだろうけれども、時間がないかもしれない」

「ええ、もうよござんす、引き返しましょう。みんなが待っているでしょうから」

 停車場の階段を寄り添って上るとき、ふたりは手が痛くなるほど強く握り合った。

 改札口近くにまき子の後ろ姿が見えた。

 傍らに世話になった先生や世話焼き役の小父さんがいた。

 小父さんは野枝の顔を見ると、昼の汽車に遅れたのは登志子のためだと言って責めた。

 興奮し心が荒く波立ってる登志子にとって、その小言は耐え切れないほど腹立たしかった。

 自分に小言を言う資格のない人に、つまらないことを言われたということがまず不快だった。

 登志子は熱した唇を震わせ、眼に涙をいっぱい溜めて小父さんと言い争いをした。





 汽車が新橋の停車場を出た翌々日、登志子たちを乗せた関門連絡船門司港についた。

 船を降り、まき子と安子はいそいそと門司の停車場に歩き始めたが、登志子は重い足取りでずっと後れて歩いて行った。

 以前なら、故郷に帰ってきたという懐かしさ、うれしさを感じたが、今回はどうだろう?

 まるで自分の体を引きずるようにして行くのだ。

 仇敵のような叔父をはじめ、自分が進もうと思う道に立ちふさがる者ばかりだ。

 そして、みんなで自分に押しつけた、自分よりずっと低級な夫。

 そういう者たちの顔を思い浮かべると、イライラしてきて歯をかみならし、やり場のない身悶えがする。

 あと五、六時間したら、その夫の家に入らなければならないのだ。

 門司の停車場に入ると、登志子はベンチに荷物を投げるように置いた。

 まき子と安子はうれしそうに場内を見回している。

「チョイと、今度は何時に出るの。まだよほど時間があるかしら」

 まき子は野枝がボンヤリ時間表を眺めているのを見ると、浮き浮きした声で聞いた。

「そうね」

 登志子は気乗りしない返事をしてベンチに腰を下ろした。

 登志子はまき子の声を聞くと、叔父の傲然した姿を思い出して嫌な感じになった。





 男との一昨夜の苦しい別れが目に浮かんだ。

 五、六時間後の嫌なことを忘れるために、東京での出来事を思い浮かべて誤魔化していた。

 登志子の暗い心にいっぱいに広がり彼女を覆っているのは、最後の別れの日に登志子に熱い接吻と抱擁を与えた男のことだった。

 場内がなんとなくざわめいてきた。

「もうあと十五分よ、登志さん」

 と声をかけられ慌てて立ち上がったが、まだ十五分もあると思うと拍子抜けがした。

 ふとそこらの人々を見ると、登志子は急になんとも言えない哀しい心細い気がした。

 登志子はこの旅行の途中、大阪で連れを離れて、それから四国にいる人を頼って隠れるつもりでいた。

 それを思い出すと、不案内の土地の停車場でまごついている心細い自分の姿を、この停車場のどこかに見出した。

 登志子の心はさらに沈んだ。

 登志子はそのまま無茶苦茶に歩いて出口の方へ言った。





 車寄せのすぐ左の赤いポストが登志子の眼につくと彼女は思ひ出したように引き返して袋の中から葉書と鉛筆を出した。

 そしてまき子のたつてゐる反対の方をむいて葉がきを顔で覆ふやうにして男の居所と名前を手早く書きつけて裏返した。

 何を書かう?

 何も書けない。

 彼女の目からは熱い涙が溢れ出た。

『漸く此処まで着きましたーー』書いて行くうちに眼鏡が曇つて見えなくなつた。

 書けない。

 早く書いてしまおふとしてイラ/\して後をふり返るとたんに、

「改札はじめてよ、早く行きましょう」と急かれる。

 後の五六字は殆ど無意識に書いた。


(「わがまま」/『青鞜』1913年12月号・3巻12号/『定本 伊藤野枝全集 第一巻』_p85~86)


 野枝の「あきらめない生き方・その二」の始動である。

 野枝は辻との関係が断絶しないように、先手を打って葉書きを出したのである。



★『定本 伊藤野枝全集 第一巻』(學藝書林・2000年3月15日)




●伊藤野枝 1895-1923 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 22:22| 本文

第24回 おきんちゃん






文●ツルシカズヒコ



 年が改まり、一九一二(明治四十五)年、学校は三学期になった。

 野枝はほとんど何もやる気が出なかった。

 苦悶は日ごと重くなり、卒業試験の準備などまるですることができなかった。

「辻先生と野枝さん」と誰からとなく言われるようになったころ、野枝は辻とおきんちゃんが接近するのをじっと見ていた。

 野枝は、見当違いのことを言われるのがおかしくて、鼻の先で笑ったり怒ったりして見せていた。

 しかし、野枝もかなり接近していたのは事実だった。

 それは主に趣味の上の一致だった。

 野枝は同級生のように呑気な気持ちにはなれなかった。

 先生との恋愛関係みたいなことで騒ぐ余裕は全然なかった。

 みんなの噂は本当に絵空事だった。

 しかし、辻とおきんちゃんとの関係はかなり怪しいと、野枝は感じていたが、それをみんなに話すほどの興味も感じなかった。

 野枝は自分自身の気分にひたすら圧迫されていた。

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 野枝は代千代子と一緒に佐藤教頭の家に寄宿していたが、一月のある月曜日、教頭先生とそのふたりの子供、千代子と五人で日比谷に遊びに行った。

 三時ごろ教頭先生の家に戻ると、おきんちゃんと野枝のクラスのEと前年の卒業生が訪ねてきたと女中が言った。

 今しがた帰ったばかりだというので、野枝と千代子が停車場に行ってみると、三人はそこにいた。

 野枝と千代子が教頭先生の家に引き返すことを勧めたが、四時までに帰らなければいけないのでそれはできないという。

 そうしているうちに電車が来た。

 野枝が千代子に「じゃあ、千代子さん、駒込まで送りましょうか」と言いながら、身軽にひらりと電車に飛び乗った。

「いいわ、お気の毒だから本当に、ね」

 と三人は言ったが、千代子も電車に乗ってしまった。

 三人の顔に当惑の色が浮かんだ。

「駒込からすぐにお帰りになるの野枝さん」

 とEが聞いた。

「ええ、そうね。辻先生のところへ寄ってもいいわね、千代子さん」

「そうね、寄ってもいいわ、そして墓地抜けましょうか」

「それがいいわ」

 三人は顔を見合わせた。

「私たちも寄りましょうか一緒にーー」

 おきんちゃんが気軽に言うと、野枝はカッとなった。

「辻先生のところへ寄るくらいなら、なぜ私のところへ帰って下さらないんです! ちょっとだっていいじゃありませんか、少しひどいわ」

「よしましょうか。遅くなるわね」

 と、Eさんが野枝の顔を窺いながら言った。

 どっちつかずのことを言ってるうちに、電車が駒込に着いた。

「どうするの?」

 野枝がムカムカしながら、そう言って電車から降りた。

 三人はしばらくぐずぐずしていたが、やがて降りてきた。





 野枝には三人の気持ちが見え透いていた。

 最初からここへ来るつもりだったから、「四時までに帰らなければ……」なんて嘘をついたのだと思うと、女らしいいろんな小細工をして、下らない隠し立てをしているのが不愉快になった。

 電車を降りた三人は何か相談をしていた。

 野枝が皮肉な目でじっとEを見つめると、人のよい彼女はおどおどしたような困った顔をした。

 野枝はなんだか快いものを感じた。

 野枝と千代子が三人のところに行くと、おきんちゃんは黙って俥(くるま)に乗った。

 足が痛いことを口実にしてーー。

 野枝はフフンと笑いたくなった。

 残されたふたりは道を知らないという。

 野枝は不快だったので行かないと言ったが、道を教えてやってきわどいところで逃げてやろうと思い、一緒に行った。

 ふたりはこのあたりの地理にまったく不案内だったので、野枝はできるだけ遠回りをして、ふたりを引っぱり回した。

 途中で馬鹿なお供をしていることが嫌になり止そうと思ったが、こんなところで彼女たちをほっぽり出しても仕方がないので、意地の悪い目をして皮肉を言っては、Eの困ったおどおどした顔を見てある快感を覚え、腹いせをしながら歩いた。

 ふたりを辻の家の門まで送りつけ、すぐに引き返した。

 ふたりは後を追っかけてきたようだが、見向きもせずに急いだ。

 しかし、不快な念はどうしても押さえることができなかった。





 翌日、学校に行くと、Eはうつむいてばかりいた。

 野枝は意地の悪い顔をしてジロジロ見た。

 やがて、Eが小さな声で言った。

「ごめんなさいね。昨日は本当に悪かったわ」

「なに別に悪いこともしないじゃありませんか」

「でも悪かったわ、ごめんなさいな」

「私、あなたからお詫びされる覚えなんかありませんもの、なんですいったい」

 野枝の声には薄気味の悪い落ち着きと意地の悪い冷たさがあった。

 人のいいEは辛そうに首を垂れた。

「でも怒ってらっしゃるでしょう。今におきんちゃんもお詫びに来ますからーー」

「何を怒っているんです。おきんちゃんが何で私にお詫びするんです。そんなことちっともないわ」

 そう言い放って、野枝は教室を出て行った。

「小さな、ケチな根性だね、おまえは」と自分に言いながら、野枝はやっぱりケチな根性に負けていた。





 おきんちゃんが来た。

 しかし、野枝はまるで相手にしないような態度を見せて追っ払った。

 みんなが不思議な顔をして見ていた。

 辻に対してもなんとなく一種の軽侮を感じ始めた。

 野枝はまたイライラして、本当にまあどうしてこんなにイヤなケチケチした了見を持っているんだろうと思った。

 自分が嫌になってきた。

 しかし、他人にはなおのこと同感できなかった。

 何を読んでもおもしろくなくなった。

 すべてがつまらなくなった。

 野枝は「惑ひ」の終わりの方で、自分の辻に対する感情をこう分析している。

 
 併(しか)し今考へて見ると、その当時は色々な複雑な考察にわづらはされて苦悶を重ねてゐたときだから意識に上らなかつたのだけれども男に対する愛はその頃から芽ぐんでゐたのだなと町子は考へないわけにはゆかなくなつてしまつた。

(「惑ひ」/『青鞜』1914年4月号・第4巻第4号/『大杉栄全集別冊 伊藤野枝全集』_p275/『定本 伊藤野枝全集 第一巻』_p114)


 つまり、野枝が辻を恋愛対象として意識し始めたのは、上野高女五年の三学期のころだったということになる。

「惑ひ」は『青鞜』一九一四(大正三)年四月号に掲載されたので、野枝は二年後に、冷静に自己分析をして文章化したのである。



★『大杉栄全集別冊 伊藤野枝全集』(大杉栄全集刊行会・1925年12月8日)

★『定本 伊藤野枝全集 第一巻』(學藝書林・2000年3月15日)




 ●伊藤野枝 1895-1923 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 17:24| 本文

第23回 天地有情






文●ツルシカズヒコ



 野枝が福岡から帰京したころ、一九一一(明治四十四)年八月下旬の蒸し暑い夜だった。

 平塚らいてうは自分の部屋の雨戸を開け放ち、しばらく静坐したのち、机の前に座り原稿用紙に向かった。

 らいてうはその原稿を夜明けまでかかり、ひと息に書き上げた。

 書き出しはこうだった。


 元始、女性は実に太陽であつた。

 真正の人であつた。

 今、女性は月である。

 他に依つて生き、他の光によつて輝く、病人のやうな蒼白い顔の月である。

 偖(さ)て、こゝに「青鞜」は初声を上げた。

 現代の日本の女性の頭脳と手によつて始めて出来た「青鞜」は初声を上げた。

 女性のなすことは今は只嘲りの笑を招くばかりである。

 私はよく知つてゐる。

 嘲りの笑の下に隠れたる或ものを。


(「元始女性は太陽であつた - 青鞜発刊に際して」/『青鞜』1911年9月号・1巻1号/『元始、女性は太陽であったーー平塚らいてう自伝(上巻)』_p328)

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 矢野寛治『伊藤野枝と代準介』(p64)によれば、帰京した野枝は叔母のキチや千代子に対して、露骨に自棄な態度をとり始めた。

 さすがに叔父・代準介にはそういう態度は取れないが、この時期、代準介は長崎と東京を行ったり来たりしていて、月の半分も根岸の家にいなかった。

 準介は野枝の拗(す)ねた言動をキチから聞いていたが、卒業までには何とか落ち着くだろうと考えていた。

 野枝が帰京した後、末松家は入籍を急ぎ、野枝はすでに末松家の嫁なので生活費と上野高女の学費を出したいと申し出た。

 末松家と代準介の折衝により、末松家が学費を負担することで双方折り合った。

 野枝が末松家に入籍されたのは、十一月二十一日だった。

「伊藤野枝年譜」(『定本 伊藤野枝全集 第四巻』p507)には、野枝は「夏休み以降卒業までの間、従姉千代子と上野高等女学校の教頭佐藤政次郎宅に寄宿する」とある。





 野枝はこのころの苦悶をこう書いている。


 無惨にふみにぢられたいたでを負ふたまま苦痛に息づかいを荒らくしながら帰京したときにはもう学校は二学期に入つてゐた。

 彼女の力にしてゐる先生達は皆で彼女の不勉強をせめて、卒業する時だけにでも全力を傾けて見ろと度々云はれて居た。

 併し彼女の苦悶は学校に行つて、忘れられるやうな手ぬるいものではなかつた。

 彼女の一生の生死にかゝはる大問題だつた。

 きびしい看視の叔父や叔母のゐなくなつたと云ふことも助けて、苦悶は彼女にいろんなまぎらしの手段として強烈なヰスキーを飲むことや、無暗(むやみ)に歩くことや、書物にかぢりつくことを教へた。

 教科書は殆んどのけものにされてすきな文学物の書ばかりが机の上に乗るやうになつた。


(「惑ひ」/『青鞜』1914年4月号・第4巻第4号/『大杉栄全集別冊 伊藤野枝全集』_p268~269/『定本 伊藤野枝全集 第一巻』_p111~112)





 年末、上野高女では「桜風会」(文化祭のようなもの)が開催され、野枝たちのクラスはシェークスピアの『ベニスの商人』を上演し、野枝はベラリオ博士を演じた。

 さらに野枝は指名されて、土井晩翠の『天地有情』の中の新体詩「馬前の夢」を朗読した。


 卒業間際の桜雲会の余興に、シェークスピアの「ベニスの商人」を上演しました時、シャイロックが町田さんで、私が胸の肉一斤を取られようとする商人のアントニオで、ポーシャが竹下さん、ベラリオ博士が野枝さん、バッサニオが代さんでした。

 その時の会に野枝さんが、土井晩翠の『天地有情』の中の新体詩「馬前の夢」の朗読を、堂々と胸を張って終わった時は、会場の全員を夢心地にして了った程でした。


(花沢かつゑ「鶯谷の頃から」/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』「月報2」)


 花沢かつゑは「桜雲会」と書いているが、井出文子『自由それは私自身 評伝・伊藤野枝』(p37)では「桜風会」と表記されている。





 花沢かつゑは、野枝に関するそのころのこんなエピソードも語っている。


 級友で牛乳屋の娘さんが家庭の事情で学校をやめなければならなくなりました。

 佐藤先生もなんとかひき止めたいと考えていらした。

 そこであたしたちはその友達の親にかけあいにいくことになりました。

 ちょうど途中にあたしの家があったので、みんな焼いもなんか買って、家によって相談することにしました。

 ガヤガヤ話しているのを母は障子のかげで聞いていましたが、そのなかでひときわ目立つ野枝さんに眼をつけ、あんなしっかり者をうちの息子の嫁にしたいといったほどでした。


(井出文子『自由それは私自身 評伝・伊藤野枝』_p37)


 級長だった野枝の仕切りのよさが目立ったのだろう。

「惑ひ」によれば、野枝はだいぶすさんだ生活をしていたふうにとれるが、最高学年の級長としてやるべきことはやっていたようだ。

 井出文子は上野高女時代の野枝についてこう書いている。


 ともかく上野女学校のいきいきした下町娘気質のなかで、野暮な田舎娘の野枝は精一杯反応し、もちまえの強い性格で逆に友達に一目おかせている。

 これらの話から想像しても、上野女学校での教育が野枝の精神形成にあたえた影響ははかり知れないほどおおきかったとおもわれる。


(井出文子『自由それは私自身 評伝・伊藤野枝』_p37~38)




★『元始、女性は太陽であった 平塚らいてう自伝(上巻)』(大月書店・1971年8月20日)

★矢野寛治『伊藤野枝と代準介』(弦書房・2012年10月30日)

★『定本 伊藤野枝全集 第四巻』(學藝書林・2000年12月15日)

★『大杉栄全集別冊 伊藤野枝全集』(大杉栄全集刊行会・1925年12月8日)

★『定本 伊藤野枝全集 第一巻』(學藝書林・2000年3月15日)

★『定本 伊藤野枝全集 第二巻』(學藝書林・2000年5月31日)

★井出文子『自由それは私自身 評伝・伊藤野枝』(筑摩書房・1979年10月30日)




●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index




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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)『秩父事件再発見』(新日本出版社)など。
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