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2016年05月13日

第168回 野依秀市(三)






文●ツルシカズヒコ




野依『ヘエ、ヘエ、爾うでせう。

   まるでおノロケだ。

   さうさう、アナタは第三帝国の中村狐月君に恋して居るんですつてネ。』

伊藤『冗談言つちやいけませんよ。』

野依『ヘエーーだつてアナタはあの人が好きなんぢやありませんか。』

伊藤『イヽエ、嫌ひです。』

野依『嫌ひ。ホウト。嫌ひですか。

   オイ諸君伊藤さんは中村狐月君が嫌ひだとさ、

   覚えて居ててくれ給へ。

   ヂヤ僕は好きですか。

   好きでせうネ、

   こうして原稿を売りに来られるからには……

   僕の何処が好きです。』

伊藤『大きな声でお話をなさるところが……』

野依『ハ…ハ…ハ…こりア驚いた。

   宣しい、その理由を伺ひませう。』

伊藤『理由なんぞありアしませんよ。

   感じでございますもの。』

野依『デモ、琴とラツパとは違ひませう。』

伊藤『分りませんネ。』

野依『分らん奴があるもんですか……』

伊藤『ラツパはどうですか分りませんが、

   妾は、琴は嫌ひです。』

野依『琴は嫌ひですか、

   ハア……ハア……、ヂヤラツパは好きなんですね。

   僕はそのラツパなんです、

   ダガ僕は早稲田の大隈さんのように法螺(ほら)は吹きやしませんよ。』

伊藤『アナタだつて吹くぢやありませんか。』

野依「イヽヤ僕は言った事は必ず実行します。

   ダカラ、僕のは決して法螺ぢやないです。

   どうです伊藤サン、アナタも僕に感心したでせう。

   僕は何んでも強請的ですからね、

   アナタも此強請的に出会つては、

   やむを得ず感心でしせう。

   ダガ、本当にアナタは中村狐月君が嫌ひですか、

   どうしてです。』

伊藤『どうしてですか。』

野依『私は天真爛漫だから、

   好きなものは好き、嫌ひなものは嫌ひとハツキリ言ひいますが世間の人は好きなくせに嫌ひな風を装つたり

   嫌ひな癖に好きな風をしたりしますが、

   アナタも其実好きなんぢやありませんか。』

伊藤『さうぢやありません。』

野依『ソンならどうしてゞす。』

伊藤『大変迷惑をするんですもの。』

野依『どう迷惑をするんです。』

伊藤『方々へ行つていろんな事を言ふんですもの。』

野依『ハアー中村君が方々へ行つていろんな事を言ふので迷惑をするから

   嫌ひだと言ふんですか。

   ヂヤ僕がアナタの事を世間へ行つて何か言っても矢張り迷惑をしますか。』

伊藤『迷惑をしません。』

野依『コリア可笑しい。

   ハアハア成程、

   アナタが僕を好きだからそれで迷惑をしないと仰やるんですか…

   どうもアナタは却々巧い……

   一体アナタはどんな風な男が好きです。』

伊藤『妾はムジ/\して居るのが大嫌ひです。』

野依『ヂヤ僕なんどは大に好かれる訳ですな、

   私が平塚さんのところへ行つた後で、

   日日の角田さんが平塚さんを訪ねて、

   先達(せんだつ)野依君が来た筈だがどうでしたと聞いたら

   今迄コンナ可愛い気落ちの宣い人を見た事がなアいと言つて居たさうです。』

伊藤『さう言つてました。』

野依『ソンナに僕は気持ちの宣い男でせうか。』

伊藤『エヽ。』

野依『僕と一緒に居ると猶一層気持ちが宣いですよ…ハ…ハ…』

伊藤『本当に平塚さんもそう言つて居ましたよ。』

野依『だがそれ程平塚さんが言ふ程なら、

   僕が手紙をやつたのに、

   その返事ぐらゐ寄越したつて宣いぢやありませんか。

   要するに人間は嘘を吐(つ)かないで、

   各自の本領を発揮するのが一番ですよ、

   男は飽くまで男らしく女は飽くまで女らしくネ、

   ヂヤ、アナタは僕が世間へ行つてアナタの事を言つても

   少しも迷惑をしないと言ふんですね。』

伊藤『エヽ、迷惑しません。』

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野依『宣しい。

   どうもアナタのやうな女と話をする時は大いに褌を締めてかゝらなきアならない、

   どれ一つ帯でも締め直さう。』

   と、野依社長は椅子から離れたて着物を着直し乍ら、社員の一人の肩中(かた)をポンと叩いて……

野依『どうだ君、こういう風に質問しなくちや駄目だぜ、

   ダガこればかりはお手本と言つたところが、

   其人々に依つて違ふから一概には言へないが……

   ダガ伊藤サン、アナタは中村孤月君が嫌ひだつて、何処が嫌ひなんです。』

伊藤『ダツて女みたいぢやありませんか。』

野依『ホウ、何処が女みたいです……』

伊藤『口がうまい…………大嫌いです』

   …………のところは社の前を電車がヒドイ響を立てて通つたので聞き洩らした。

野依『どう言ふ風に口がうまいんです。』

伊藤『口のきき方がですよ。』

野依『ハアそうですか、

   アナタも却々口のきき方は巧い方ぢやありませんか。』

伊藤『人の事と自分の事は別ですもの。』

野依『併し中村君がアナタに恋して居るのは分つて居るでせう。』

伊藤『爾うでしやうか、本当か嘘から分りません。』

野依『中村君はお宅へ行きましたか。』

伊藤『来ましたよ、よく……』

野依『その時御主人はお宅においでゝすか。』

伊藤『居りますとも。』

野依『ヂヤお話も何も出来やしない。』


と言ひ乍ら袴の紐の両端をもつて野枝サンの椅子に近づき

野依『失礼ですが一寸紐を結んで呉れませんか。』

野枝サンは黙つて紐を結んで居た。


野依『ヤア有難う。』

伊藤『アナタは平塚さんがお好きですか。』

野依『私はアナタが好きです。』

伊藤『どうも有難う。』

野依『ネ、伊藤さん、

   僕には口がありませう、眼もあります、耳もあります、

   鼻もあります、その中でどこが一番いゝです』

伊藤『皆んな宣いです。』

野依『皆んな宣いと言ふのは、

   つまり皆んな悪いと言ふ事になりますネ。』

伊藤『マア、アナタの頭が一番宣う御座いますネ。」

野依『ハ…ハ…ハ…僕の頭が……』


と手で二三遍撫で回して





野依山田邦子さんも、アナタの頭の形は智慧のかたまり見たようで頭の恰好が頗るいいと言ひましたよ、』

伊藤『耳は余りよくありませんねえ。』

野依『眼はどうです。』

伊藤『宣いです。』

野依『口はどうです。』

伊藤『よござんす。』

野依『丹稲子(たんいねこ)は僕の耳がいゝつて言ひましたよ。』

伊藤『アヽ爾うでしたネ女の世界で拝見しました、

   山田さんはお出でになりますか。』

野依『病気の時に来て呉れました。』

伊藤『あの方は綺麗な人ですね。』

野依『アナタはまだ昼食(おひる)を食(あ)がらないんでせう、

   おごりませうか。』

伊藤『沢山です、朝食が遅いですから……

   野依さん、アナタは中津でしたネ。』

野依『エヽ爾うです、アナタは……』

伊藤『福岡です。』

野依『福岡ですか、同じく九州ツ児ですナ、

   僕はネ伊藤サン、爾う思うんです、

   アナタの様な女が十人ばかり集つてカフェーを開いたら屹度流行(はや)りますよ。

   そしてアナタ方が高等芸者になつて、

   来たお客の話相手になるんですよ、

   さうすれば屹度流行りますネ。』

伊藤『流行りませうネ。』

野依『どうですやつて見ちや。』

伊藤『お金がありませんもの。』

野依『資本は僕が出しますよ。』

伊藤『ソリア面白いでせう。』

野依『面白いですとも、

   さうすれば新しい女がカフェーを開いたって言ふんで、

   男の客は随分行きますよ、

   そしてそのお客を執(つかま)えてアナタ方がベラ/\喋つて大に煙に巻いてやるんですよ、

   それから、『新しい女及カフェー』と言ふ雑誌を出すんです、

   屹度売れますネ』

伊藤『エヽ………』





野依『平塚さんは、

   どうして奥村さんと一緒になつたんでせう。』

伊藤『好きなんでせう。』

野依『僕は爾う思いますね。

   今までの結婚は年上の男が年下の女をもらつたもんです

   自分より年が若ければ可愛いですから、夫は妻を可愛がり、

   妻も亦夫に可愛がられて夫婦は成り立つて居んです。

   処が、新しい女は男に可愛がられるよりも、

   男を可愛がつてやらうと言ふところから自分よりも年下の若い男を亭主にするんぢやないでせうか、

   恐らく平塚さんなどはさう言ふ意味で奥村さんと一緒になつて居るんじゃないですか。』

伊藤『平塚さんは上の方から可愛がられるのは厭なんでせう、

   下のものを可愛がる方が好きなんでせう。』

野依『何んだか奥村さんに紅い長襦袢などを着せて……』

伊藤『ソンナ事はありませんよ。』

野依『万事女のやうにさせて居ると言ふ噂ですが……』

伊藤『噂ですとも、ソンナ事はありません。』

野依『爾うですか。

   僕もそれ程平塚さんに好かれて居るんなら早く結婚を申込めばよかつたんでしたネ。』

伊藤『さうですネ、ですが、

   アナタでは奥村さんのやうにしては居られないでせう。』

野依『ハヽハヽハヽ伊藤さん、アナタのその帯の英語を一寸読んで聞かせて下さいナ。』

伊藤『読める方が沢山お出でぢやありませんか。』

野依『何んです、それは詩ですか格言ですか。』

伊藤『お話です。』

野依『アナタも平塚さんなどゝ一緒に吉原へ行つた一人ですか。』

伊藤『いえゝ。』

野依『アナタはあの事をどう思ひますか。』

伊藤『つまらない事でせう。

   あれは何んでも散歩の序手(ついで)に紅吉(こうきち)に誘われて尾竹さんの知つてる家へ行つたんでせう。』

野依『買ひに行つたんですつて……」

伊藤『ソンな事はありません。』

野依『僕等は男でもあゝ言ふ女を見ると気の毒に思ふのに、

   まして女同士の事だから一層気の毒と思うのが当然なのに、

   それを踏み込んで行つてヒヤカスなんテ……』

伊藤『ヒヤカスなんテ意味ぢやないんでせう、

   只、あゝ言ふ人達の生活を見に行ったんでせう、

  一寸分りませんからネ、

   紅吉さんに引つぱられて行つたんですよ。』

野依『紅吉と言ふ人は男みたいな女ぢやないんですか。』

伊藤『男と言ふよりも子供でネ。』

野依『何歳です。』

伊藤『二十三でせう。』

野依『二十三の女が二十一のアナタから子供だナンて言はれちや、

   やりきれませんねえ。』

伊藤『本当に子供ですネ。』

野依『同性の愛をしたとか何んとか言ふ事もあるんですか。』

伊藤『サウ言ふ事もあるかも知れませんよ。』

野依社長は野枝サンが持つて来た単行本の原稿をチョイ/\見始めた。


※堀場清子『青鞜の時代』(p135)によれば、野依秀一は『実業之世界』一九一二年十一月号に掲載された「怪気焔/平塚明子女史と語る」で、らいてうにインタビューをしている(筆者註)。

(『定本 伊藤野枝全集 第三巻』_p416~420)



★『定本 伊藤野枝全集 第三巻』(學藝書林・2000年9月30日)

★堀場清子『青鞜の時代ーー平塚らいてうと新しい女たち』(岩波新書・1988年3月22日)



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 19:07| 本文

第167回 野依秀市(二)







文●ツルシカズヒコ



野依社長は野枝サンが何を聞いても巧く言ひ逃げるので、

何やら話題を考へて居るらしく暫(しばら)く黙つて居たが、

間もなく砲門を開いた。


野依『アナタは凡(すべ)の男性に対してどう言ふお考へをおもちですか。』

伊藤『妾は喋る事が下手ですから一寸言へませんよ。』

野依『猾いネどうも……』


と再び砲門を閉ぢて密(そつ)と欠伸(あくび)をした。


野依『第三帝国』では一枚いくらですか。』

伊藤『サアどの位について居りませう、

   その大きいので一頁五円です。』

野依『ハハアこれで五円……

   何枚位になりますかネ。」

伊藤『多分、八枚位でせう。』

野依『すると一枚、六七十銭ですネ……

   さうですか。

   僕はネ伊藤さん。

   今日アナタがお出でになると言ふんで、

   何か議論でもなさりに来るのかと実は大いに吹き巻くつてやらうと思つて居ましたが、

   よもや原稿を買つてくれと言はれやうとは実際夢にも思ひませんでしたよ。

   それに僕ばかりに喋らしてアナタは、

   アナタはフフン、フフンと笑つてばかり居るなんテ、

   実際、猾いですよ、

   青鞜は何部印刷して居ます……

   千部も刷つて居ますか……』

伊藤『エヽさうです……』

野依「それで戻りが二割位もありますか。』

伊藤『そんなものでせう。』

野依「ぢや儲かるでせう。」

伊藤『儲かりませんよ。』

野依『併し労力に報ゐる丈け位の事にはなりませう。』

伊藤『いゝエ、なりません。』

野依「アナタは一ケ月に幾何(どのくらい)稼ぎますか。』

伊藤『サア、どのくらゐになりませう。』

野依『五十円位になりますか。』

伊藤『なりません。』

野依『併し御主人もお稼ぎになるんだから二人で五十円位にはなりませう。

   五十円ありア喰つて行けまさアネ。

   アナタのところに千原代志と言ふ人が居ますネ。

   『女の世界』の第一号の時に来て居ましたが、

   まるで男だか女だか分らない人ですネ。

   だから僕は、君は、男か、女かツて言つてやりましたがネ。』

伊藤「爾うですか、

   妾の家にも暫く居たんですが……』


※『元始、女性は太陽であった 平塚らいてう自伝(下巻)』によれば、千原代志は一九一四年の夏、人妻であったにもかかわらず家を出てらいてうと奥村の新婚家庭に同居、『青鞜』に「処女作」などを発表した。

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其時社長のところへ電話が懸つて来た。社長が頗(すこぶ)る元気づいた声を出して話してる最中、

野枝サンは夢を見て居る人形のやうにウツトリ椅子に凭(よ)りかゝつて居た。


野依『伊藤サン、あなたは平塚サンと二人で青鞜をやつたんですか。」

伊藤『イヽエ、

   最初の中はまるで違つた人達がやつて居たんですの。

   妾は去年の十一月頃からです。』

野依『青鞜は原稿料を払ひますか。」

伊藤「いゝえ、払ひません。」

野依「ホウ、そりア酷い、宛然(まる)で詐欺だ。』

伊藤『だつて別に妾達たは儲けやしないんですもの、

   皆ンな掲載(のせ)てもらひ度いと言つて原稿をもつて来るんです。』

野依『爾うでせう。

   掲載てさえ貰もらへれば何よりも光栄なんでせうからネ、

   それなら原稿料を払はないからつて一向差支ありませんよ……

   アナタはかうやつて外を歩いていうる中に好い男だと思う人がありますか。』

伊藤『サアどうですか』

野依「ありませんか。

   僕は別ですよ、一般の男の中で……』

伊藤『ありませんネ。」

野依「嘘を仰やい。

   幾人もあるでせう。

   亭主に不満だなんて言つて居るくせに好い男だと思う人がない事があるもんですか。」

伊藤『一寸見たつてよかありませんもの……』





野依『ダガ、アナタはなか/\巧いよ、

   僕にばかり喋べらして居るて、

   何か聞けば只フフンフフンと笑つてばかり居るちや、

   まるで暖簾に腕押しだ、恐れ入りましたよ。

   ……アナタはお子供さんがあるんですネ』

伊藤『エヽ。』

野依『幾歳(いくつ)の時御出産になつたんです。』

伊藤『十九の時……』

野依『結婚なすつたのは……」

伊藤『十八です。」

野依『御亭主さんのお郷里(くに)は。」

伊藤『東京です。』

野依『東京ですか、

   東京は何処かの学校に居らつしたんですかアナタはその学校の生徒だつたのですか。』

伊藤『エヽサウです。』

野依『何処の学校です。』

伊藤『チツポケな学校ですよ。』

野依『チツポケな学校つて……』

女史『ソンな事はどうでも宣いぢやありませんか。』

野依『御亭主さんはお幾歳です。』

伊藤「サア幾歳でせう。三十一でせう』

野依『三十一ですか、ヂヤ僕と同い歳ですネ。

   ヂヤ、アナタとこうして話して居らつしやると、

   御亭主と話して居るやうな気がしませうハ…ハ…ハ……、

   アナタは御主人の何処がよくつて恋したんです、

   気前ですか、それとも学問ですか、又は、男振りですか、

   さもなきア、学校に居る間、

   点数でもアナタに多く呉れたからですか。』

伊藤『ソンな事はありませんよ。』

野依『ぢや、所謂、意志の合致ですか……

   ダがアナタは芸者になると屹度流行児になりますネ、

   話の調子と言ひ、態度と言ひ、実に巧いものだことにその南京米の袋の中から……』

伊藤『ソンナに褒めて頂くと……」

野依『アヽ分つた、

  アナタはその南京米を入れるやうな袋を持つて居て今の御主人をその中へ取り込んで点数を余計つけてもらつたんですネ。』

伊藤『そうぢやありませんよ。」

野依『ぢや矢張り意志が合致したと言ふ訳ですか……

   ……あなた僕に……』

と言ひかけた時、主筆の青柳有美さんが二階から上つて来た。





野依『青柳さんお紹介します、

   この人が有名な伊藤野枝サン……

   この人が有名な青柳さんです……

   ネ青柳さん、伊藤サンがネ、

   何んでも彼んでも僕に原稿を買つてくれと言つて来たんですが、

   実際、女は図々しいもんですネ。』

伊藤『だつて図々しくなくつちや売れないんですもの。』

野依『ヂヤ図々しいのは宣い事ですか。』

伊藤『エヽ。』

野依『ねネ伊藤さん、アナタの御主人は英語が御上手ださうですが、

   その帯の英語も御主人に書いて貰つたんですか。』

伊藤『そうぢやありませんよ。』

野依『ヂヤ誰に書いてもらつたんです。』

伊藤『妾だつて英語ぐらゐは書けますよ。』

野依『伊藤さん、僕は先刻(さつき)から一人でペラペラ喋つて随版アナタを褒めましたが、

   少しは僕の事を褒めてくれたつて宣いでせう、

   ネ、世の中は物々交換です、

   アナタが僕を褒めて呉れゝば僕もアナタの原稿を買ひますよ。

   ハ……ハ……ハ、只ぢや嫌ですネ。』

伊藤『こゝで褒めてもつまらないぢやありませんか。』

野依『どうしてヾす。』

伊藤『だつてモツト多くの人が見りや猶宣いぢやありませんか。』

野依『ハアハア書くんですか。

   アナタのやうな名高い人に書いて戴きア僕も大に光栄です。』

伊藤『私、名高くなんかありやしませんよ。』

野依『どうです、僕と一つ大いに議論をしやうぢやありませんか。』

伊藤『妾、議論は嫌ひですもの。』





野依『どうもアナタは猾い。

   卑怯ですよ、

   亭主がどうのかうのと言つて盛んに議論をする癖に……

   アナタのやうな偉い人にも似合ひませんネ。』

伊藤『些(ちつ)とも偉くなんかありやしませんよ。』

野依『デモ世間では偉い女だと思つて居るぢやありませんか。』

伊藤『いくら世間が偉いと思つて居たからつて偉くないのは仕方がないぢやありませんか。』

野依『人間と言ふものは皆ンな爾うですし、

   世間と言ふものは大抵、ソンなもんですよ…

   ヂヤ伊藤サン、アナタは僕に会わない前に僕を想像して居た事があるでせう。』

伊藤『エヽ。』

野依『その想像して居た僕と、

   こうして会つた時の僕との感想を一つ伺ひませうか。』

伊藤『思つた通りです。」

野依『思つた通りぢや少しも分らないぢやないですか、

   どう思つたんです。』

伊藤『アナタのやうに思つて居ました、

   それに顔は写真で見て居ましたし、

   いろんな人からいろ/\聞いて居たんですもの。』

野依『さうすると、

   僕を齢(よわい)するに足ると思つて居たんですか。』

伊藤『思つて居ました。』

野依「ソレなら何故、女の世界の原稿を書かなかつたんです。』

伊藤『書けなかつたんですもの。』

野依『書けないのに何故請合つたんです。』

伊藤『だつて紙に向つて見なけりや書けるか書けないか分りませんもの。』

野依『どうも責任の観念が薄いから困るですナ時にアナタは肥つて居ますね、

   ダガ、アナタはアンまり美いものを食べますまい。』

伊藤『美いものを食べて居ますよ、

   いくら貧乏をしたからつて……』

野依『へえ、へえ、そうでしょう、

   まるでおノロケだ』

(『定本 伊藤野枝全集 第三巻』_p413~416)



★『定本 伊藤野枝全集 第三巻』(學藝書林・2000年9月30日)

★『元始、女性は太陽であった 平塚らいてう自伝(下巻)』(大月書店・1971年9月6日)



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 18:20| 本文

第166回 野依秀市(一)






文●ツルシカズヒコ



 一九一五(大正四)年七月七日。

 野枝は実業之世界社社長、野依秀市( のより・ひでいち)に会いに行った。

 このときの野依と野枝の対話記事「野依社長と伊藤野枝女史との会見傍聴記」が、実業之世界社発行の『女の世界』に掲載された。

 朝から曇っていた空がようやく晴れかけた正午近い頃、野枝は実業之世界社に電話をかけた。

「これから野依さんにお目にかかりたいと思いますが、お差し支えはないでしょうか?」

 結婚したての野依は筒袖の黒紋付に袴をつけて出社していた。

 黒紋付を着ていたのは、この日、親戚に結婚式があるからである。

 野枝からの電話に対応した社員が野依に用件を伝えると、野依はその社員に「よろしいすぐお出で下さい」と返事をさせた。

 そして社員の記者にこう言った。

「今、青鞜の野枝さんが来るそうですが、大いに怪気炎を吐いてやろうと思いますから、そこで筆記をして下さい」

 雑誌のネタにされるとは知らずに、野枝は洒落た模様のある麻の袋を下げて三階の戸口から入って来た。

「私、野依です」

 椅子の上に胡座(あぐら)をかいていた野依は、着物の着崩れを直して前の机の上に頭を下げた。

 野枝も軽く挨拶をしてそばの椅子に深くを腰を下ろした。

 席にいた四、五人の記者の目が一様に見てみぬふりの輝きをもって動きだした。

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野依『アナタが有名な伊藤さんですか。

   度々、お出で下すつたさうですが、何時も留守で失敬しました。

   ……アナタは写真で見たよりも実物の方がグツト美(よ)い、

   僕などもさうですがネ……』

伊藤『アナタは平塚さんにお会いになった事がありましたね。』

野依『会ひましたよ

   ……併(しか)し却々(なかなか)アナタも御健筆ですネ、

   青鞜を一人でやつて居るのは実に偉いですよ。

   僕などは口で喋つて書く方なんで……』

伊藤『イヽエ、妾(わたし)なんか駄目ですよ。』

野依『イヽヤ偉いです、

   時にアナタは夫婦和合の結果をあらはして居るんぢやないですか。』

伊藤『エ、何んです。』

野依『子供ができてるんぢやないですか。』

伊藤『違ひますよ。』

野依『こりア失敬しました。

   大変アナタのお腹が大きいもんですから。』

伊藤『女の世界は大変売れるさうですね。』

野依『売れますよ。

   アナタは原稿を書くと言つて違約しましたネ。』

伊藤『別に違約……』

野依『ぢや何故書かないんです。』

伊藤『だつて妾のものは女の世界へ向かないんですもの。』

野依『イヽエ向きますよ。

   変わった人間が屹度(きつと)好きますよ、

   智識階級にはアナタ方の書いたものが分りますが、

   一般の人にはチト分りにくいと思はれますから只分り易くさへ書いて戴ければいゝんです……

   オヤ、アナタは帯へ英語を書いて居ますネ、

   そりアどう言ふ訳ですか。』

伊藤『どう言う訳ツテこともありませんが、

   実は絵を描いて貰ひ度いと思つて居たんですが妾なんぞに書いて呉れる人がありませんもんですから、英語を書いた     んです。』

野依『ハアハア見たところ体裁が宜(い)いからですか、

   シャレて居ますね、

   何も英語を書かんでも日本語を書いたらいゝぢやありませんか……』

伊藤『エ日本字が下手なもんですから……』





野依『宜しい。

   僕は君のやうな人と結婚したかつたネ。』

伊藤『爾(そ)うですか。』

野依『僕も二、三日前に結婚しましたよ。

   今日僕は親類の結婚に行かなくてはならないのでこんな服装(なり)をして来たんですがネ……

   僕もアナタの作物は監獄の中で読みましたよ。

   女の雑誌を出さうと言ふ気があつたもんですから婦人雑誌は残らず見ました。

   何んでも海浜に行つて居つた平塚さんから、

   アナタに宛た手紙を出してありましたね、

   その雑誌にアナタは大変愚痴ぽい事を書いてありましたね、

   だから僕は、年が年中クヨ/\してばかり居て顔などももつと変かと……』

伊藤『時には爾う言ふ時もありますよ。』

野依『ヂヤ、今日は僕のところへ来たのでニコ/\して居ると言ふ訳なんですか。』

伊藤『エヽ……、マア……』

野依『亭主持ちの妻君連がよく言ひますよ。

   野依さんアナタは誰にも屹度好かれる人ださう言ふ好かれる人が監獄みたいなところに行くなんテ……

   ダが、伊藤サン、アナタもまだ子供ですネ、

   帯へ英語を書いて喜んで居るなんテ、

   僕等も二十歳時代にはよくそんなことがありましたよ、

   全くアナタは可愛いですよ、
 
   何歳です、二十一か二か……』

伊藤『二十一です。』

野依『二十一……僕とは十歳(とう)も違う。

   僕は可愛がつてあげますよ。

   三越へ連れて行つて珈琲でも飲ませてあげませうか……

   ネ伊藤サン僕はしまつた事をしましたよ、

   結婚などして……アナタはよく亭主に不満だと言ふが僕はマホメツトのやうに博愛主義だ。

   これでもクリスチヤンですからネ……

   ハヽハヽハヽ、と言つて仏教も宜いです、

   儒教もいゝです、

   其他に僕には僕の宗教哲学がありますから可笑しいですね。』

伊藤『御自分の宗教が一番宜いでせう。』





野依『アナタは全くまったく可愛いよ……

   ダが、どんな女でも僕の前に来ると直ちに僕に酔はされてしまう……

   ハアハア僕よりは十歳も若いですか。』

安成『ソリア若いですネ。』

   と『実業之世界』安成編輯長も電話をかけに来たついでに相槌を打つた。

野依『ハアハア、アナタの羽織は一寸洒落てますネ。

   アナタもまだ大に色気がありますナ。
 
   ハヽハヽハヽ草履をお穿きなさい草履を。

   足袋が汚れますよ。

   ……デハ伊藤サン、一つアナタの恋物語を聞かうぢやありませんか。』

伊藤『一寸話せませんわ、何(いず)れ書きますよ。

   妾、喋るのが下手なんですから……』

野依『僕は平塚さんよりもアナタが好きだ、

   アナタは平塚さんよりは偉い、

   二十一やそこらで、亭主に対する不満がどうの、

   女の領分が、どうしたなんテ、

   僕等の二十一位の時にはそんなことを考へもしなかつた、

   実にアナタは偉いですよ……

   時に今日はどう言う御用件でお出でになつたんです。』

伊藤『御迷惑なことをお願ひに参上(あが)つたんです。』

野依『私は少しも迷惑なぞしませんよ、

   イヤなら断る丈けですからね。

   併しアナタの事ならどんな事でも喜んで聞きませう、

   どんな事ですか。』

伊藤『原稿を買つてお貰ひ申し度いんです、

   青鞜の方で少し金が要りますもんですから。』





野依『オヤ、アナタは袋を持つてゐますネ。

   見せて御覧なさい。

   ハアハア、南京米の袋ぢやありませんか、

   アナタは南京米を喰つて居ますね、

   所謂廃物の利用ですなア、

   ……ヤア、之は失敬……失敬……

   どうしても酸いも甘いも噛み分けた人間でなくちやかういふものは持てませんよ。

   どうです、御亭主と別れて僕にラブしちや、

   僕は非常に面白いですよ、

   新しい女は僕のような快活な男を有(も)たなくちやとても満足は出来ませんよ。

   何も精神上に恋したからつて一向差し支がないぢやありませんか……

   時に、今、アナタは原稿を売りに来たと仰(おつし)やつたが、

   それを迷惑の御願ひとは、何が迷惑なんです、
   
   善いものなら買ふし、悪いものなら買はないまでゝ少しも迷惑でも何んでもないぢやありませんか、

   それも自由意志を抑へつけても是が非でもと言ふんなら兎に角だが……』

伊藤『それが悪くつても何んでも是非お願ひしたいと思ふんです。』

野依『ソンな事はアナタのやうな理性の発達した人の言い草ぢやありますまい。

   エ、どうです伊藤サン。

   やられたでせう……

   アナタは今日迄纏めたものを出版(だ)した事がありますか。』

伊藤『纏めたものはありません。』

野依『アヽ、爾うですか……

   ダが、新しい女だとか何んだとか言つても一向駄目ですよ、

   皆ンな僕に吹き飛ばされてしまふんですからネ……

   ハヽハヽハヽ、

   アナタは『第三帝国』によく書いて居られるやうですが、

  『第三帝国』の人がお好きですか。』

伊藤『別に好きと言ふ訳けもありませんが原稿料がとれますもんですから。』

野依『ハヽ、爾うですか。

   するとアナタは、

   なんでも彼んでも僕にこの原稿を買つてくれと言ふんですか。』

伊藤『エ、野依さんを見込んで買つて戴き度いと思ひます。』

野依『ヤヽ、アナタも却々巧い事を言ひますネ。

   併しアナタは本当に可愛い女だ。

   ダガまだ苦労が足りないから、

   人生が本当に分つて居ないやうですネ、

   社会の事が解らずに人生が解らう筈がありませんんからね、

   アナタはずいぶんいろ/\な事を言ふやうだが、

   何んだか階段の二段目から一足飛びに十段目へ飛び上るやうな事ばかり言つてるんであれぢや駄目だ……、

   こりア、失敬々々。

   何れ後からあの野依と言ふ奴は莫迦な事を言ふ奴だと言ふでせう、

   そりア僕も覚悟の前ですよ……

   今、アナタのお主人は何もして居らつしやらないんですか。』

伊藤『して居りますよ、

   翻訳をして居ります、

   ソコにも一つ出て居りますの。』

   と社長の横の机の上にあつた書物を指さした。





野依天才論、

   あヽ、これですか。

   アナタが辻さんのところへ嫁(い)つたんですか、

   それとも辻さんがあなたの許へ入聟(き)たんですか。』

伊藤『私が嫁つたんです。』

野依『さうでさう。

   ソンなら御亭主の辻と言ふ苗字を名乗るのが本当ぢやありませんか。

   夫婦は一心同体ですからネ、

   従つて姓名も一緒にするか、さもなければ、辻さんの辻と、

   伊藤の伊の字とをとって辻伊とでも命(つ)けるんなら分かつて居ますが、

   嫁に行き乍(なが)ら苗字も改めず自分ばつかり勝手な熱を吐いてるナンテ、

   随分、猾いよ。

   ……何んですかこの原稿は他(どつ)かへ持つて行きましたか。』

伊藤『エ、新潮社へ頼んだのですが、

   九月頃でなくては出せないと言ふんです。』

野依『九月だつて宣いぢやありませんか。』

伊藤『デモ、今日お金が要るんですもの……』

野依『君は図々(ずうずう)敷(し)いナ、

   勝手な事ばかり言ふんですネ。』

伊藤『だつて売るんですもの、

   買つて呉れる所へ持つて行かなきアなりませんもの。』

野依『ハイ、ハイ、光栄に存じますよ、

   アハハヽヽ。野依さんなら屹度買つて呉れると思つて、

   わざ/\お出で下すつた丈けでも光栄に思ひます

   ……だがネ、どうしてアナタ方の議論は社会を度外視して自分一個の考へばかり言つてるんです、

   四畳半で、ヤキモチ半分考へた議論を堂々と吹つかけて、

   女を導くなぞは確かに罪悪ですよ。』

伊藤『別に導きは致しません。

   又、妾等は人を導く程たいした人間でもありませんもの。』

野依『イヽエ、確かに導かれますよ、

   天下の女は皆んな莫迦ですからネ……

   アナタは本当に亭主に不満があるんですか、

   あるなら堂々と離縁したらどうです……』

伊藤『今は不満なぞありません。』

野依『今はないのですか、今迄なかったんですか、どっちです。

   一体、どう言ふ所が不満なんです。』

伊藤『解りませんねえ。

   時々喧嘩をする位の事はありますが……』

野依『ヂヤ、不満はないと言ふんですか。

   実際僕などもアナタから原稿を売りに来られてハイ/\と言つて直ぐにもお金を払ひ得る程の
   
   身分になり度いと思つて居ますが、

   貧乏で困りますよ。

   一体、その金はいつ要るんです。』

伊藤『今日、要るんです。』

野依『今日は駄目です。

   僕も今、金をこしらえつゝあるんですからネ。』

伊藤『何しろ青鞜が発売禁止になつたでせう、

   それに前からの残本もありますので、
   
   今月、雑誌をこしらえましても、本屋から一文も取れませんので、

   この原稿を売つたお金を印刷屋の払ひの方へ廻したいと思つて居ます。』

(『女の世界』1915年8月号・第一巻第4号/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』_p409~413)



★『定本 伊藤野枝全集 第三巻』(學藝書林・2000年9月30日)



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2016年05月12日

第165回 フランス文学研究会






文●ツルシカズヒコ



 大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、『平民新聞』を出せなくなった大杉と荒畑は、そのころサンジカリズム研究会を発展させた平民講演会を主宰していた。

 平民講演会は労働者を引きつけ新入会者を受け入れ、運動を前進させる橋頭堡だった。

 大杉らは平民講演会の会場を確保するため、水道端の大下水彩研究所を借りて平民倶楽部と命名。

 大杉が大下水彩研究所の家賃を稼ぐために始めたのが、「仏蘭西(フランス)文学研究会」だった。

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 ……生徒に宮嶋夫妻、神近市子、青山菊栄、尾竹紅吉、西村陽吉、山田吉彦(きだみのる)らがいた。

 ……十月ころ、慶応の学生・野坂参三が、サンジカリズム研究のためにフランス語をマスターしようと……研究会に出席している。


(大杉豊『日録・大杉栄伝』_p156)





 神近は当時、『東京日日新聞』社会部の記者だった。

 その職を得たのは前年(一九一四年)、紅吉と文学雑誌『蕃紅花』(さふらん)を創っているころだった。

『神近市子自伝 わが愛わが闘争』によれば、神近は紅吉の紹介で『東京日日新聞』小野賢一郎記者に会い、ジャーナリズムの道を歩むことになった。

 神近が大杉と初めて面会したのは、新聞記者としての取材だった。

 宮嶋資夫夫人の麗子(旧姓・八木)は『蕃紅花』時代の同人仲間だったので、宮嶋夫妻の家に出入りしているうちに、神近は次第に社会主義に興味を持ち始めた。

 そのうち宮嶋夫妻と一緒に平民講演会やフランス文学研究会にも参加するようになったのである。

 山川(青山)菊栄が「フランス文学研究会」の回想をしている。





 ある日神近市子さんが来て、大杉さんのフランス語の夏期講習会に出てみないかと誘われ、私はその前から独学でフランス語を少しかじっていたのでいくことにしました。

 クラスは二つ。

 上級には私のほかに一人か二人の男の学生。

 テキストはフランスの社会学者タルドの『ロア・ド・ソシアール』でしたが、下読みをしていくのは私ひとり、ときどき、ここはこれでいいのかしらと思って大杉さんにたしかめると、居眠りから目をさまして、どこだ、どこだというしまつ。

 足をはこぶだけばからしいので会期の二週間を待たずにやめました。


(山川菊栄『女二代の記ーーわたしの半自叙伝』/山川菊栄『おんな二代の記』_p214)





 山川はこの年(一九一五)の秋、神近に誘われて平民講演会にも参加した。


 大杉、神近両氏は入口でチラと見えたきりきえてしまい、六畳くらいのすすけた室に知らない男の人ばかり十五、六人もいたでしょうか。

 みな和服で、講師の荒畑氏の話に熱心に耳をかたむけ、話がすむとあちこちから質問が出、まじめでなごやかな、気持のいい会合でした。

 狭い座敷に人が多く、タバコの煙がたちこめたので、少しあけてくれ、という声がして縁側に向かった障子があけられる、まもなく誰かが「寒い、しめてくれ」といったので、「利害の一致はむつかしいなあ」というと皆が笑い出す。

 この夜の講演は階級的利害の一致による労働者の団結権、団体交渉の問題だったからでした。


(山川菊栄『女二代の記ーーわたしの半自叙伝』/山川菊栄『おんな二代の記』_p214~215)





 野坂参三は友人に誘われ、その友人と「フランス文学研究会」に二回くらい参加した。


 二階に上がると、八畳の座敷の真ん中には、写真で知っている大杉栄がすわっていて、すでに二人の若い女性と一人の男性とが、彼をかこむようにして雑談をしていた。

 わたしは、友愛会に関係を持つ学生で、フランス語の勉強をしたい、と自己紹介すると、彼は特徴のある大きな目をパチクリさせ、すこしどもりながら、歓迎する、といった。

 そして、先客の三人の相弟子を紹介した。

 二人の女性は神近市子、青山菊栄(のちに山川)だった。

 二人とも、顔立ちはしっかりしていたが、凄味が感じられた。

 男性は、当時帝大学生だった秦豊吉(のちに帝国劇場の社長)であった。

 大杉の講義は、ABC(アベセー)……の発音からはじまり、一人ひとりに発音させて、それをていねいに直してくれた。

 なかなか厳格だった。

 たしかソレルのものの抜粋を……テキストにしたが、きわめて難解でチンプンカンプンだった。

 第一回目も第二回目も、教室内の雰囲気が、わたしには異様に感じられた。

 そのうえに、大杉栄や二人の女性たちから、わたしたちが何か異邦人のように見られているのに気がついた。

 しかし、わたしの方も、彼女たちが、煙草(シガレット)をプカプカふかし、男のようなしゃべり方をするのが、気にくわなかった。

 当時の「新しい女性」にありがちな、たかぶったところも感じられた。


(野坂参三『風雪のあゆみ(一)』)



★大杉豊『日録・大杉栄伝』(社会評論社・2009年9月16日)

★『神近市子自伝 わが愛わが闘い』(講談社・1972年3月24日)

★山川菊栄『女二代の記ーーわたしの半自叙伝』(日本評論新社・1956年5月30日)

★山川菊栄『おんな二代の記』(岩波文庫・2014年7月16日)

★野坂参三『風雪のあゆみ(一)』(新日本出版社)



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第164回 三面記事






文●ツルシカズヒコ



『青鞜』七月号「編輯室より」から野枝の言葉を拾ってみる。


 ●……それで前号にも申しましたやうに八月は一月やすみまして九月の紀念号からしつかりしたものを出したいと思ひます。それで九月号には堕胎避妊についてのお考へを成るべく多数の方から伺ひたう御座います……何卒読者諸姉のまじめなお考へを伺ひたいと思ひます。

 ●私は七月中旬迄には一度九州の実家へかへらうと思つてゐます。

 九月号の原稿は七月十日過ぎならば左の所あてにお願ひいたします。 福岡県糸島郡今宿村 伊藤野枝

 ●……廿日頃まではいろ/\な印刷所をかへたりする用事で原稿がかけないで廿日すぎてからは毎日のやうに気分がわるかつたり何かしてすつかりおくらして仕舞ひましたので何も書けませんでした。……九月にはどうかしていゝ雑誌を出したいと思つてゐます。

 ●平塚明(はる)氏は四ツ谷南伊賀町四一にお越しになりました。

 ●大杉栄氏は小石川区水道端二ノ十六に仏蘭西(フランス)文学研究会をおいて毎週土曜日の夜高等科では一回読み切りの小説脚本、講演等を講義し猶別に初等科をおいて仏語を初歩から教授なさるさうです。


(「編輯室より」/『青鞜』1915年7月号・第5巻第7号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p247~248)

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 野枝は『新公論』七月号では「三面記事評論」欄で新聞の三面記事の評論をやっている。

『大阪朝日新聞』の三面にこんな記事が載った。

 大阪市内の某校の女教師は母と一緒に住んでいたが、そのうち養子を迎え結婚した。

 しかし、夫婦仲がうまくいかず、争いが絶えなかった。

 ある日の午後七時ごろに買い物に出かけ、十時ごろ帰宅すると、外出の時間が長いと夫に小言を言われ、大喧嘩になった。

 翌日もその続きがあり、結局、女教師は二階に上がって縊死した。

 野枝はこんな感想を書いた。





 実に下らない事に死んだものだとしか私には思はれない。

 始終そんなに争つてばかしゐたのなら何故に離縁でも何でもしないのだらう何も死ななくてもよさそうなものだと思はれる。

 三面記事としてはつまらない記事だ。

 こんなつまらない記事を女教師の縊死だなどゝ大げさに書くことはあんまり気のきいたことでもない。

 一体私は新聞紙の報道を信じることがどうしても出来ない。

 三面の一寸(ちょっと)した報道にもはやく報道すると云ふ方にばかりかたむいて、真実を報じやうと云ふ堅実な考へはまるでないやうに思はれる。


(「女教員の縊死」/『新公論』1915年7月号・第30巻第7号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p253)





 七月十一日、野枝は山田邦子に手紙を書いた。

 宛先は「東京代々木」、発信地は「小石川区指ケ谷町 青鞜社」。

『定本 伊藤野枝全集 第二巻』の「書簡 山田邦子宛」解題によれば、山田は『女子文壇』の投稿家として活躍していたが、文学への希望を父に反対されたため『女子文壇』の編集者の河井酔茗を頼って家出し中央新聞社に入社。

 同社の記者の今井健彦と結婚して退職したが、この年(一九一五年)は『青鞜』にも多くの作品を発表していた。

 野枝は九月に出す『青鞜』四周年紀念号の原稿を依頼した後に、山田に愚痴をこぼしている。





 私は今の処、本当に友だちといつてはないのです。

 平塚(らいてう)さんも遠くに行つて越して仕舞ひましたし、ろくに手紙も来ませんし書きません。

 あの方は本当に立派な方ですけれど、あの方にいつまでも優越感をもたせてゐなくてはおつき合ひの出来ない方です。

 ……私も子供が出来てエゴイステイツクになつたと非難されて遠ざけられて居ります。

 ……私はあの方に私の手を引かれて育てられたことは決して何時になつても忘れませんし、たつた一人の私の近しいたよりになる人と思つてゐましたのですけれど、そんな風です。

 私は本当につらひのですけれど、これも自分のゆくべき道ならば仕方がないのです。

 ……一度私の仕事として引きうけた雑誌をなげ出して仕舞うことは出来ません。

 ……つまらないぐちを思はず書いてしまひました。

 何卒おゆるし下さい。


(「書簡 山田邦子宛」/安成二郎編『大杉栄随筆集』明治大正随筆選集11・人文出版部・1927年/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p256)



★『定本 伊藤野枝全集 第二巻』(學藝書林・2000年5月31日)





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第163回 ロンブローゾ






文●ツルシカズヒコ


 野枝が物書きとして順調にステップアップしていく一方で、辻の評判は芳しくなかった。

 辻は、前年一九一四年の十二月、ロンブローゾ『天才論』の訳著を植竹書院から植竹文庫第二篇として出版した。

 英訳本『Man of Genius』の重訳である。

 出版にこぎつけるまでには佐藤政次郎、生田長江、岩野泡鳴、小倉清三郎らの協力があった。

 そもそも一九一二年の秋には訳し終わっていたのだが、佐藤政次郎に紹介された本屋がつぶれ、その後出版社がなかなか見つからなかったのだ。

 辻の作家デビュー作となった『天才論』は反響を呼び、たちまち十数版を重ねるベストセラーになった。

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 辻も決して仕事をしていなかったわけではなかったが、世間から辻はダメ亭主と見られがちになり、そうした世間の思惑から夫婦不仲説が流れた。

 野枝はそんな噂を否定しようと奮闘した。

 辻の名誉回復のためでもあるが、ダメ亭主と一緒にいると思われることは自分のプライドが許さなかったからだ。





 私が私の良人よりも多く名を知られてゐると云ふことの為めに私達の関係について屢々(しばしば)侮辱が加へられる。

 一体名を多く知られると云ふことがどれ程その人の価値を高めることになるだろう。

 私が名高いと云ふことの為めに、私が何も良人の価値を蹴落しはしない。

 ……日本社会の浅薄さを思はないではゐられない。

 ……私はたゞ私の偽らない感想を筆で書くと云ふこと丈けしか出来ない。

 それは誰にでも出来ることなのだ。

 私は少からず買ひかぶられてゐる。

 ……今はあまりに一般婦人の内生活のレベルが低くい為めに、少しばかり私があたりまえへなことを考へてその感じたりしたことを書けばそれが珍らしがられるのだ。

 ……私には格別の智識も才能もない事丈けはたしかだ、たゞいくらでもさうした智識を得やうとする欲望は持つてゐる。

 ……私の生活がたゞ他の人々の生活にくらべていくらか真実を多く持つてゐると云ふことしかちがつてゐないやうに、私の書くものはたゞ虚偽をまじえないと云ふこと丈けは自信と誇りにもなるけれども他の点は平凡すぎる程平凡である。

 それだのに世間の人は……良人には何時も軽い軽侮の影が投げられてある。

 私はそれには何時も不快を感じさせられる。

 私は自分よりも低いものや同等のものを恋愛の対象にしたくない。

 私の家庭に少しはいつて来た人は屹度彼を私より低くねぶみすをする人はあるまいと思ふ。

 彼は世間的の地位や名聞に対して非常に冷淡で、何時でも自由を欲してゐる為めに自由を拘束されるやうな位置や名聞は却つて邪魔な位に思つてゐる厄介と云へば厄介な強情な人間である。

 私が彼よりもずつと浅い小さなものでありながら名が多く知られていると云ふことに対しては実際苦しんでゐる。

 といつて私は決して彼のもつてゐるものが光らないからと云つて彼のねうちを軽く見る程無理解ではない。

 彼がそのまゝそれを握つたまゝ死んだとしても彼のねうちは少しもちがはない。

 よく知りもしないくせに彼是(あれこれ)云ふこと丈けはつゝしんで貰ひたいと思う。

 ……つまらない憶測をしたり、よくわかりもしない人から聞きかぢりを面白さうな読み物の種にすると云ふ人々の態度を憤らずにはゐられない。


(「偶感二三」/『青鞜』1915年7月号・第5巻第7号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p245~246)





「私信ーー野上彌生子様へ」は、弥生子が野枝に宛てた私信に対する公開の返信だが、弥生子が野枝に宛てた私信は野枝と辻の関係がうまくいっていない、野枝と大杉の関係が接近しつつあるという噂の真偽を確かめる内容だっと推測できる。

 野枝は「私信ーー野上彌生子様へ」の中で、その噂を全否定し、とかく世間からの評価が低い辻の名誉回復を試みた。

『青鞜』六月号に掲載された「私信ーー野上彌生子様へ」と、同七月号に掲載された「偶感二三」を読んだ大杉は、こんなことを思っていた。





 ……N子は雑誌Sで二度自分の家庭の事を書いた。

 其の一つは、TがN子の従妹の、ちょっと郷里から出て来てゐるのと関係した事実に就いての感想であつた。

 もう一つは、ある親しい友人に答へて、自分の家庭に何にか大きな動揺があると云ふ、友人間のうはさに就いての感想であつた。

 N子は、此の前者の事実に就いては、到底回復することの出来ない大きな創を負ふたやうだつた。

 しかし後者のうはさに就いては、Tに対する測る事の出来ない深い愛を説いて、全然其のうはさを打消してゐた。

 そして、多分此の後者の文章だつたと思ふが、Tに対する謂はゆる『愚図』の世評に就いても、切りに弁解に努めてゐた。

『いよ/\もうおしまひだな。』

 僕は直ぐに斯う直覚した。


(「死灰の中から」/『新小説』1919年9月号/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第三巻』/『大杉栄全集 第12巻』)





 大杉には辻がもう数年間なんの職業もなくほとんどなんの収入もない、といってたいして勉強しているのでもなしに、ただぶらぶらと遊んでいるように見えた。

 大杉はそういう辻に対する不平を野枝の口から聞いたこともなかったし、野枝が誰かに漏らしたという話も聞いたことがなかった。

 世間の辻に対する悪評に、野枝は沈黙を守っていた。


 これは、彼女のTに対する愛と信、と云ふだけでは説明が出来ない。

 彼女の人並はづれた見え坊から来る自尊心と意地つ張りとには、矢張り其の点では誰にも負けないつもりの僕までが窃かに驚嘆してゐた。

『彼女の意地つ張りが今其の絶頂に達したのだ。』

 僕は遠からず彼女の此の意地つ張りが破裂するのを予想しない訳には行かなかつた。

 そして僕は一人微笑んでゐた。

 しかし又、彼女の此の自尊心と意地つ張りを思う時、僕は彼女の二度までの手紙に、ただの一言の返事もしてゐないのが堪らなく不安にもなるのであつた。


(「死灰の中から」/『新小説』1919年9月号/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第三巻』/『大杉栄全集 第12巻』)


★『定本 伊藤野枝全集 第二巻』(學藝書林・2000年5月31日)

★『大杉栄全集 第三巻』(大杉栄全集刊行会・1925年7月15日)

★『大杉栄全集 第12巻』(日本図書センター・1995年1月25日)




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第162回 日常生活の日誌






文●ツルシカズヒコ




『新日本』一九一五年六月号(第五巻六号)に掲載された「日本婦人の観たる日本婦人の選挙運動」は、アンケートに回答するスタイルの記事で、野枝も回答を寄せている。

 他の回答者は鳩山春子矢嶋楫子(かじこ)、木村駒子、与謝野晶子、松井須磨子、津田梅子など。

 以下、質問は『定本 伊藤野枝全集 第二巻』「日本婦人の観たる日本婦人の選挙運動」(アンケート回答)解題から引用、野枝の回答は「結論」を意訳。

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質問一/あなたは、日本婦人が選挙運動にたづさはることを、どうお考へになりますか。

 加わってならないという理由はありません。

 しかし、この度の総選挙に五、六人の婦人が携わったようですが、ああいう手段として使われながら、得々としてひとかどの運動をしたようを顔をしている人を気の毒に思います。


質問二/単に我夫であり、我子であり、、親族知人あるが故に、其政見の如何を問はず、其選挙運動を助けるというふ事は果たして適当な事でせうか。


 社会問題にも政治問題にも興味を持つどころか、興味を持つに必要な知識さえ与えられず、それを不満に思わない婦人が多いのに、自分一個の政見を把持することができる婦人がいるのかどうか、はなはだ覚束ないと思います。


質問三/戸別訪問をしてあるくと云ふことに就いてのお考は、如何ですか。


 戸別訪問は最も拙劣です。


質問四/婦人が選挙運動に携はる前には、政治的教養を必要としますまいか、選挙運動に携はるより前に先づ、政談演説自由傍聴の道を開く方が急務とお考へになりませんか。


 社会的、政治的な方面に興味を持てる教養は身につけたいと思います。

 今のところそういう方面に興味を持っている婦人はいないようです。

 教育の欠陥が最大の理由です。


質問五/婦人が政治に携はるとして、其夫子等と政見を異にした場合は、どうすればよいとお考になりますか。


 現実からかなりかけ離れた質問です。

 しかし、もし私がそういう場合に遭遇したら、お互いの意見を尊重します。

(『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p231~233)





 野枝は『新潮』七月号に「私が現在の立場」を寄稿している。

『定本 伊藤野枝全集 第二巻』の解題によれば、『新潮』同号の「口絵」には一(まこと)と一緒に写っている野枝の写真も掲載された。

 野枝のメジャー誌デビューである。

 文芸誌『新潮』の創刊は一九〇四(明治三十七)年である。





 私たちの最初の行動は外面的な反抗の行為で現はれた。

 さうして世間の注目を引いた。

 前に私達の重(おも)に考へたり、また書いたりした事は主として、私たちの先輩に対する不平であつた。

 けれど、今私はすべて私の日常に這入つて来る種々な事象をどう取り入れるかと云ふことについてのみ考へてゐる。

 私の書くものはその営みの或る一小部分の記録に過ぎないのだ。

 本当に、それは平凡な女の日常生活の日誌に過ぎない。

 私の書くものには何の技巧もない。

 たゞ有りのまゝである。

 さうして、私の書くものは今迄文学的作品として取り扱はれて来た。

 併し私の気持では決してさう云ふ方面から価値のあるものではない。

 私の書くものはすべての人がーー文字をもつたすべての人が書ける事柄であらねばならない。

 それを何故私が公表するか、と云へば私の書くことは事実だ。

 私の出遭つた事柄だけは曲げることなく偽はることなく書いてゐる。

 殊に出遭つた後でその態度の間違つてゐたことを見出せばそのまゝ間違つてゐたと云ひ、適当であつたことはそのやうに書いてゐる。

 婦人と男子は敵味方抔(など)と呼ぶものでは決してない。

 私は理解ある人は決して婦人の味方だなどゝ云ひはしないだらうと思ふ。

 たゞ公平な眼で見て貰ひさへすればいゝ。

 婦人の位置が男子によつて堕(おと)されたとは云ふけれどもそれは婦人の方にも責めは当然負ふべきである。

 私たちが目覚めたからと云つて直ぐに新時代が来たと云ふことは出来ない。

 私たちが今ゆめ見てゐる世界は私達の幾代後に来るかわからない。

 私達は一生さうした空想によつて努力を続けてゆくやうなものであるかもしれない。

 併し、私はそれでもいゝ。

 たゞ只管(ひたすら)に自分の日々の生活に出来る丈け悔いを残さないやうに努力してゆくことが出来さへすれば。

 遂に私は一生万遍なき日常生活の平凡な記録を書くことのでみ終るかもしれない。

 けれどもそれでもいゝ。

 たゞ私がそれに嘘をまじえなかつたと云ふ自信さへあれば。

(四、六、一四)


(「私が現在の立場」/『新潮』1915年7月号・第23巻第1号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p250~252)



★『定本 伊藤野枝全集 第二巻』(學藝書林・2000年5月31日)



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2016年05月11日

第161回『痴人の懺悔』






文●ツルシカズヒコ




『青鞜』六月号「寄贈書籍」で、野枝は木村荘太訳『痴人の懺悔』(ストリンドベルヒ著)と青柳有美『美と女と』を紹介している。


 ストリンドベルヒの自伝の一部で氏の最初の結婚生活を書いたもので御座います。

 この小説は是非誰にも一読して欲しいものと思ひます。

 殊に多くの婦人達に……。


(「寄贈書籍」/『青鞜』1915年6月号・第5巻第6号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p230)

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『痴人の懺悔』について、野枝はこう書いたが、野枝はこの小説をいたく気に入ったようで「私信ーー野上彌生様へ」でも話題にしている。

 野枝はそれまでストリンドベルヒの作品をいくつか読んだり、土曜劇場で戯曲「父親」を見たりしたが、彼女はストリンドベルヒの作品を憎悪していた。

 なんとか憎悪の念をもたずに読めたのは「女学生」だけだった。

 しかし、芥川龍之介の遺書でも言及されている『痴人の懺悔』は、野枝のストリンドベルヒ観を一変させたという。


 私は無自覚な無知な女の醜さを染々と見せつけられました。

 一人の女の生活が一瞬にすぎた考へまでが真面目な最も率直な筆で隅からすみまで描き出されてゐます。

 さうして、私自身の中にもさうした、無自覚な、女の習性が沢山うごめいてゐるのを否定する勇気はどうしてもありませんでした。

 さうして私はそれが決して少数に属する特異の女でなく多数を占めた普通の女でしかないと思つたときに、本当に、しみ/″\嫌やな気持になりました。

 さう云ふ女が一ぱいうよ/\世界に充満してゐると思つて御覧なさい、本当に、たまりませんわ……本当に、私ストリンドベルヒと云ふ人を、えらいと思ひましたわ、何と云つても真実なものには叶ひませんのね……。


(「私信ーー野上彌生様へ」/『青鞜』1915年6月号・第5巻第6号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p225~226)





 ところで、『痴人の懺悔』は木村荘太が野枝に寄贈したわけだが、二年前の例の一件でふたりの仲は気まずい関係になってはいなかったのだろうか。

 荘太は野枝にこの本を寄贈した意図を、こう書いている。


 ……私のほうからの和解の意志は、これに篭れというこころを含めて、「青鞜」に送ったら、これはそのころ、野枝の単独経営になっていたその誌上で、全部的に好意のある紹介がされ、そんなふうにしては通じるものがいまはありそうに思われて、明るい気がした。

 あの、それから文学とは遠い生きかたをした女性の書くもののうちにたまたまされた文学者への想起にも、その後ストリントベルグぐらいしかあまりされていなかったのを見たりしたのにも。


(木村艸太『魔の宴ーー前五十年文学生活の回想』/『日本人の自伝18 木村艸太・亀井勝一郎』_p228)





『青鞜』六月号「編輯室より」の野枝の発言を拾ってみる。


 ●毎号々々意に満たないものばかり皆様にお目に懸けなければならないのを本当に残念に思ひます。今月はまた、私の体が重くて少しも思ふやうに動きませんので毎日々々怠けてゐましたので思ふ程の原稿も書けずにこんなうすいものが出来ました。

 ●……一人で私はもがいてゐます苦しくてたまらないのです。私は今年の八月号をやすんで九月の紀念号からすこし変つたものにしたい、もつとひきしまつた、むだのないものにしたいと思つてゐます。

 ●此の頃婦人矯風会の決議で見ますと、六年間を期して公娼を全廃すると云ふやうな項目が見えました。

 ●一寸考へた丈けでも何百年と云ふ歴史をもつた、一つの職業として認められて来たものを、そして必要に応じて存在してゐるものを、さう一朝一夕に根こそぎの止(とど)めをさすと云ふ事が出来得るであらうかと云ふことを考へて見ますと実にそうした決議が滑稽に思へます。 あの人たちがとても六年間で、全廃さすと云ふ確信があるわけではなくたゞさうした熱心さとか意気込みとかを見せる魂胆かと思はれます。 あの人たちが一生かかゝつて或は一代も二代もかゝつて公娼を廃止したとて更に盛んな勢ではびこる私娼をどうするつもりなのだろうと私は思ひます。 私娼の流す害毒は公娼のそれにまさるとも決しておとると云ふことはない筈です。それは明かな事実です。 あの人たちは、もつと根底に横はつてゐるものをとりのぞくことをしないでゐるのです。

 ●この頃の社のさびしさつたらありません。どなたもお見えになりませんのでポツネンとしてゐます。在京の方でおひまの方は少しくお話にお出で下さいまし。


(「編輯室より」/『青鞜』1915年6月号・第5巻第6号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p227~229)





 野枝と公娼についてだが、野枝の妹・ツタが瀬戸寂聴『美は乱調にあり』の中で、興味深い発言をしている。

 ツタは再婚したのだが、その再婚相手は二十七も年上の男で、大阪と下関で廓(くるわ)をやっていた。


「姉は、あんな主義だったけれど、そのことで、私たちの商売をとやかくいったことはありません。 大杉もそうでした。そのかわり、当然みたいにお金だけはとられましたが。下関の私の家へもよく来ました。私の主人は年が年ですし、はじめは、姉や大杉を全然理解せず、つきあうことも嫌ってましたので、私は姉の手紙でいつでも駅までゆき、駅で金をわたして、つもる話をするという方法で逢っていたくらいです。でもしまいには主人もしだいにわかってきて、姉も大杉も出入りするようになりました」

(瀬戸内寂聴『美は乱調にあり 伊藤野枝と大杉栄』_p46~47)


※木村荘太『痴人の懺悔』/国立国会図書館デジタルデータ



★『定本 伊藤野枝全集 第二巻』(學藝書林・2000年5月31日)

★木村艸太『魔の宴ーー前五十年文学生活の回想』(朝日新聞社・1950年5月30日)

★『日本人の自伝18 木村艸太・亀井勝一郎』(平凡社・1981年12月10日)

★瀬戸内寂聴『美は乱調にあり 伊藤野枝と大杉栄』(岩波現代文庫・2017年1月17日)



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 11:28| 本文

第160回 堕胎論争






文●ツルシカズヒコ




『青鞜』一九一五(大正四)年六月号は発売禁止になった。

『青鞜』にとっては三度めの発禁である。

『定本伊藤野枝全集 第二巻』「私信ーー野上彌生様へ」の解題によれば、原田皐月が書いた「獄中の女より男に」が「風俗壊乱」だとされたからである。

「獄中の女より男に」は、生活苦のために堕胎した女性の内面を相手の男性に宛てた手紙形式で描いた小説だった。

『東京日日新聞』(六月七日)の「青鞜の発売禁止」という記事には、野枝の談話が掲載された。

 野枝はこの一件について『青鞜』にこう書いている。

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 先月号は風俗壊乱と云ふ名の下に発売を禁止されました。

 忌憚にふれたのは原田さんのらしいのです。

 私は少しもそんなことを考へずに、可なりさうした考へが誰の頭にも浮かぶことを思つて立派な一つの問題を提起するものとしてのせました。

 けれども私は不注意な編輯者としてしかられました。

 けれども私は可なりあの堕胎とか避妊と云ふことについて男の人たちの意見は聞きました、けれども女の意見は聞きませんから知りたいと思つたのです。

 今でもその考へはあります。


(「編輯室より」/『青鞜』1915年7月号・第5巻第7号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p247)





 これが発端となり堕胎論争が起きた。

 原田は胎児は自分のお腹にあるのだから、自分の体の一部であり、自分の腕一本切り落とすのと堕胎は同じである、その自由は認められるべきではないだろうかという問題提起をしたのである。

 野枝は避妊はよしとしているが、堕胎は反対の立場である。

 野枝は原田の「獄中の女より男に」を読んだ感想を「私信ーー野上彌生様へ」に書いた。

「私信ーー野上彌生様へ」と「獄中の女より男に」は両方とも『青鞜』六月号に掲載されているので、野枝は原田が書いた生原稿を読んだ後に書いたのである。





 皐月さんは自分の腕一本切つたのと同じだと仰云つてゐます。

 腕は別に独立した生命をもちません、人間の体についてゐてはじめて価値あるものですものね、それを切りはなしたと云つて法律の制裁をうけるやうなことはすこしもないのです。

 ……ところが腕を一本他人のを切つて御覧なさい、それこそ大変ですわ、直ぐ刑事問題になるでせう。

 それと同じですわ、たとえお腹を借りてゐたつて、別に生命をもつてゐるのですもの、未来をもつた一人の人の生命をとるのと少しもちがわないと私は思つてゐます。

 皐月さんはお腹の中にあるうちは自分の体の一部だと思つていらつやるらしいんですけれども私は自分の身内にあるうちにでも子供はちやんと自分の『いのち』を把持して、かすかながらも不完全ながらも自分の生活をもつてゐると思ひます。

 其処に皐月さんの考へと私の考への相異があるのですわね。


(「私信ーー野上彌生様へ」/『青鞜』1915年6月号・第5巻第6号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p223)





 生活の窮迫と堕胎については、実際に窮乏から堕胎するケースがあったら同情するという前提で、野枝は自分が窮乏していたころに出産した体験を踏まえてこう書いている。


 私も子供を産むことを恐れながらとう/\産んだ一人である。

 そうして産まれると云ふことが分つた頃は、一番苦しかった頃であつた。

 私はその頃矢張りあゝした恐ろしい事の空想を幾度か経験した。

 私はどうかして産まれないことを願つた位愚かな考へを持つた。

 私の体の中の他の生命がずん/\育つて気味わるく勝手に動くやうになつても、私はまだどうかして産まれなかつたらと思つた。

 若しも私がその頃決して困つてゐなかつたらそんな考へを起しはしなかつたらうと思ふ。

 何時かはかうした事件が本当に持ち上つて来るであらう。

 いくつも/\。

 考えれば本当にいたましい事である。

 けれども私の考へを云へばこれは疑ひもなく一つの圧迫にまけた事になる。

 罪悪であるとかないとか云ふことを無視して、さうである。

 例えはつきりと子供の上に愛が目覚めなくても何処かにかくれてゐるのだ。

 さうしてそのかくれた力が矢張りその生命に保護を加へてゐる。


(「雑感」/『第三帝国』1915年6月25日・第44号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p239~240)





 野枝はこのとき、一歳半の幼児を持つ母であり、そして第二子を妊娠中だった。

『定本 伊藤野枝全集 第二巻』収録「雑感」解題によれば、『第三帝国』では松本悟朗、『青鞜』では山田わか、らいてうが加わるなどして、堕胎論争に発展した。

 野枝は「私信ーー野上彌生様へ」の中で、一歳半の一(まこと)の子育てについての考えも述べている。


 静かなあなたのやうな方にはそんなことがないかもしれませんけれど私のやうに感情の動揺のはげいし者には殊にかなしい情ない子供に対して申しわけのない絶望の時がちよい/\見舞ひます。

 殊に、ひどくヒステリツクになつてゐる時などに、執念(しつこ)くまつわりついたり何事かねだつたりする時私の理性はもうすこしもうごきません、狂暴なあらしのやうに、まつわりつく子供をつき倒してもあきたりないやうな事があります、けれども直ぐ私は、自分でどうすることも出来ないその、狂暴な感情のあらしがすぎると理性にさいなまれるのです。

 そのかなしい感情をどうすることも出来ないと云ふことが私には情なくも腹立たしくもあり絶望させられるのです。

 そして子供が可愛さうでたまらなくなります。

 子供がそれをどういう風に感受するかと思ひますと、私は身ぶるいが出ます。

 けれどすぐ私はそんな時に思ひます。

 あゝ、私はまた間違つた教育者を衒(てら)はふとしてゐると。

 私のこの突発的な感情を今によく理解させさへすればいゝのだ。

 そのうち子供の方で理解するやうになる、と思ひ返します。

 自分の醜い処を覆はふとするやうな卑劣なまねは子供に見せたくないと思ひます。

 たゞ醜い自分の欠点に対して自覚を持つてゐないと子供に卑しまれると思ひます。


(「私信ーー野上彌生様へ」/『青鞜』1915年6月号・第5巻第6号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p224~225)



★『定本 伊藤野枝全集 第二巻』(學藝書林・2000年5月31日)




●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 11:06| 本文

2016年05月10日

第159回 伊藤野枝オタク






文●ツルシカズヒコ



 その頃、野枝は彼女に異様に注目し接近してくる青年に閉口していた。

 「伊藤野枝オタク」の中村狐月である。

 芥川龍之介は井川恭に宛てた書簡で、狐月を酷評している。


 批評家は大がい莫迦だよ

 中では小宮豊隆が一番利巧だがね

 ぼくのこの知識はぼく自身の個人的経験に立脚してゐるんだから確だ

 中村狐月の如きは脳味噌の代りにほんとうの味噌のはいつてゐるやうな頭を持つてゐる


(井川恭宛書簡・一九一六年十月十一日/『芥川龍之介全集 第十八巻』_p58)

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 大杉はシニカルな視点だが狐月を評価していたようだ。


 あの、ちょっとした文章なり顔色なりを見て、すぐさまその人の心の奥底を洞察することにおいて、まさに天下一品とも称すべき批評家、僕はよくあの男のことをこんなふうに評価して多くのあきめくら作家どもから笑われるのだが……。

(「男女関係についてーー女房に与えて彼女に対する一情婦の心情を語る文」/『女の世界』1916年6月号/日本図書センター『大杉栄全集 第3巻』_p223)


 辻も狐月に言及している。


 野枝さんは至極有名になつて、僕は一向ふるわない生活をして、碌々(ろくろく)と暮らしてゐた。

 殊に中村狐月君などと云ふ「新しい女の箱屋」とまで云はれた位に、野枝さんを崇拝する人さへ出て来た。


(「ふもれすく」/『婦人公論』1924年2月号_p13/『辻潤全集 第1巻』_p394)





『青鞜』六月号(一九一五年)に野枝が書いた「私信ーー野上彌生様へ」は、野上が野枝に書いた私信に対する返信である。

 それによると、おおよそ、こんなことのようだーー。

 狐月の批評を読んだ野枝は、彼の頭の明晰さや観察の緻密さには感心したが、その人となりに関しては虫の好かないタイプだった。

『第三帝国』に書く約束をすると、狐月が何かにつけて理由もなく、野枝に会いに来るのもいやだった。

 来そうだと思っただけでも気が重くなった。

 大嫌いだというそぶりを見せまいとする自分が不快になったので、野枝は狐月に面と向かって言った。

「私、あなたのことが嫌いです」

「ああ、それは私もとうに知ってます。私は生まれつきこういう人間ですから、仕方がありません。そういう人間だと理解していただければ、それでよいです」

 そのうちに狐月は無遠慮な文面の手紙をよこすようになった。

 狐月の中では自分ひとりが野枝の最も立派な理解者だと言ってきたりする。

 野枝の家庭生活を侮辱するようなことも書いてきた。

 腹の立った野絵は、狐月に公開の怒りの手紙を書いた。

『第三帝国』第四十二号(一九一五年六月五日)に載った「中村狐月様へ」がそれである。

『第三帝国』第四十一号(一九一五年五月二十五日)に掲載された、狐月の「文芸評論」を読んで、それまで返事を保留していた狐月からの二通目の手紙にこたえたものと推測される(『定本 伊藤野枝全集 第二巻』「中村狐月様へ」解題)。





 以下、野枝の手紙の内容を抜粋要約。


 ●狐月は野枝に「自分より偉いと思う人がいるなら名を挙げて下さい」と書いた。野枝は人の言動を偉いとか偉くないとかで判断しないから、挙げなかった。そもそもそんな質問には無理がある。

 ●男の理解者は自分ひとりのような顔をしていることに腹が立つ。最初から高い評価をする方とは親しくなりたくない。そのうちディスイリュージョンを抱いて急速に評価が下がるから。

 ●そもそもあなたは私のごく一部しか知らない。私は自分の欠点までも認めて理解してくれる人と親しくなりたい。あなたは私の真の理解者ではありません。

 ●あなたは辻を蔑視しているようですが、彼は私のすべてにおける指導者です。

 ●手紙を書いているうちに憎悪がこみ上げてきました。

 ●あたなが私のことを方々で言いふらしているのも迷惑です。変な噂が私の家庭のことにまでおよんでいることが、私の耳にまで入ってきました。

 ●無遠慮な返事の催促の手紙も何度も来ましたが、これにも腹が立ちました。

 ●私が一番嫌っているあなたと私のつながりまで疑われようなことになったら、それこそ不快です。

 ●あなたはこの手紙でも私に対するディスイリュージョンを抱いたはずです。それは私の望むところです。

 ●あなたの嫌いなところを除けば、あなたに対する尊敬は残ります。あなたが私に近づいてくることが嫌で嫌で仕方がないのです。

(「中村狐月様へ」/『第三帝国』1915年6月5日・第42号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p234~237)


 以上が野枝の怒りの返信だが、狐月は『第三帝国』四十二号(一九一五年六月十五日)に掲載された「野枝さま」(『現代作家論』収録)を書き、野枝からの第二信に答えている。


★『芥川龍之介全集 第十八巻』(岩波書店・1997年4月8日)

★『大杉栄全集 第3巻』(日本図書センター・1995年1月25日)

★『辻潤全集 第一巻』(五月書房・1982年4月15日)

★『定本 伊藤野枝全集 第二巻』(學藝書林・2000年5月31日)




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posted by kazuhikotsurushi2 at 15:19| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)『秩父事件再発見』(新日本出版社)など。
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