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2016年04月18日

第98回 生の拡充






文●ツルシカズヒコ



 一九一三(大正二)年七月初旬。

 奥山が赤城山から下山してまもなく、「緊急親展」と朱字で書かれた新妻莞からの手紙が、らいてうが滞在している赤城山の宿に届いた。

 らいてうの東京の自宅から転送されて来た手紙だった。


 啓 私はあなたに対して私の立場としてとった態度は、私以外の誰人が衝(あた)ろうとより外にあるまいと思われる処であったと思います。

 しかしそれに対してあなたは私にどうして下されたか、思い切った今度の行を決行なさるにハガキ一枚も飛ばして下さらなかった。

 そのお心はまんざら呑込めない訳でもありませんが、よく深く骨に染みるものがない訳にはゆきません。

 そしてそのお礼として、私は此の事件に関する事実の全部と、あなたが大野に与えた手紙の全部とを公開致します。

 これがせめてもの私の礼心、快よくお受け下さい。

(厚い好意が対者の出よう一つで比ぶべきなき憎悪と変るのも自然の理でしょうか。)

 七月六日 西嶋 坦


(奥村博史『めぐりあい 運命序曲』/現代社/一九五六年)

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 らいてうと奥村が九ヶ月ぶりに再会した日の朝、実はらいてうは新妻から妙な手紙を受け取っていた。

 らいてうが新妻気付で奥村に宛てた手紙を密かに開封して読んでいた新妻の手紙は、「大野宛てのお手紙拝見」という書き出しだった。

「大野」は奥村のこと。


 お手紙のうち私のこと、ああ仰言るのはご尤なのです。

 だからこの手紙ではあなたに対する私というものをとっくりお胸に入れて置きたいと思います。

 私は《詩歌》の片隅で活字でお目にかかっているでしょう。

 ところが事実はそうではないのです。

 大野はあなたにお逢いする前から私の可愛い弟であったのです。

 私は大野がなくては淋しくてかなわなかったのです。

 昨年あのころ城ヶ嶋に二人で行っていたのです。

 そしてあなた及びしげりさんから大野に下されたお手紙は先ず私が先に拝見することにしてあったのです。


(同上)





 らいてうはこの手紙が来たことを奥村には知らせず、赤城から帰京してから、赤城に転送されて来た手紙とともに奥村に見せた。


 驚き呆れた奥村だったが、「私の可愛い弟」に心当たりがないこともなかった。


 はて妙な? ……と浩は思いながら、ついこの間遭遇したばかりの出来事を思い出した。

 それは西嶋の下宿を訪ねたとき、問われるままに旅の話に遅くなり、電車はもうないし、歩いて帰る辛さに好きでもなく泊まったが、翌あさ息苦しいのに愕いて目を覚すと、西嶋に接吻されていた。


(同上)


「わたくしの生涯でこれほど腹の立ったこと」がなかったらいてうは、即座に筆を取り、新妻に向けて公開状を書き、『青鞜』九月号に「手紙の中から」として発表した。

 奥村は新妻と絶交した。





 大杉栄と荒畑寒村が『近代思想』を創刊したのは一九一三(大正二)年十月だったが、この年の同誌七月号に大杉の「生の拡充」が載った。


 征服の事実がその頂点に達した今日においては、諧調はもはや美ではない。

 美はただ乱調にある。

 諧調は偽りである。

 真はただ乱調にある。

 今や生の拡充はただ反逆によってのみ達せられる。

 新生活の創造、新社会の創造はただ反逆によるのみである。


(「生の拡充」/『近代思想』一九一三年七月号/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第一巻』一九二六年)





 七月、野枝は「動揺」を書くために、執筆に勤(いそ)しんだことだろう。

 四百字詰め原稿用紙で百六十枚ぐらいある原稿を二十日間ほどで書き上げた。

 身重の身であったこともあり、かなりハードだっただろう。

 野枝が「動揺」の原稿を書き上げたのは七月二十七日だった。

 毎月一日発行の『青鞜』の校了は前月の二十五日ぐらいのようなので、通常の入稿締め切りを過ぎていたのかもしれない。

『青鞜』八月号に野枝の「動揺」が載り、『生活』八月号に木村荘太の「牽引」が載った。

『時事新報』が野枝と荘太との恋愛事件を「別れたる恋人に対する心持」と題して、三回連載の記事にした。

(一)記者CS生「『牽引』と『動揺』と」(八月九日)

(二)木村荘太「『牽引』と私」(八月十日)

(三)伊藤野枝「『動揺』について」(八月十一日)





 つとめて真実に大胆に自身の感を偽らない事に全力をつくして素直に書きました。

 木村氏は小説として発表せられたにもかゝはらず私は単なる事実の報告として発表いたしました。

 木村氏の「牽引」を拝見して……「シンセリテイを自己の最大の宝にしたく思つて居ります」とお書きになった事を思ひ出すと相手にする気にもなりません、何だか滑稽になつて来ます。

 私は「牽引」に現はれた私より以上の私が自分である事を信じています。

 それから事件の動機とかその他の外面的な事実についても私は他人に勝手な批評をされる事を好みません。

 それ等の些細な事一つ/\皆私自身の内部から湧き上つて来た私以外に知るものゝない気持から来た意味のあるものなのです。

(八月九日朝)


(「『動揺』に就いて」/『時事新報』一九一三年八月十一日」/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』)


●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 13:27| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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