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2016年03月31日

第62回 女子英学塾






文●ツルシカズヒコ




「青鞜社第一回公開講演会」の翌日、『東京朝日新聞』は「新しき女の会 所謂(いはゆる)醒めたる女連が演壇上で吐いた気焔」という見出しで、こう報じた。


 当代の新婦人を以て自任する青鞜社の才媛連は五色の酒を飲んだり雑誌を発行する位では未だ未だ醒め方が足りぬと云ふので……神田の青年会館で公開演説を遣(や)ることになつた

▲定刻以前から変な服装(なり)をして態(わざ)と新しがつた女学生や

之から醒めに掛つて第二のノラで行(ゆ)かうと云つた風の新夫人連が続々として詰め掛けたが

此数日来憲政擁護や閥族打破の演説会で武骨な学生の姿のみ見慣れた者には

一種変な対照であつた

▲最初白雨と称する肥つた女教員然の人が開会の辞を述べ

次には伊藤野枝と云ふ十七八の娘さんがお若いにしては紅い顔もせず

「日本の女には孤独と云ふことが解らなかつた様に思はれます」と云つた調子で此頃の感想と云ふものを述べたが

内容は如何にも女らしい空零貧弱なものでコンナのが所謂新しい女かと思うと誠に情無い感じがした

▲生田長江氏の「新しき女を論ず」は内容もあり筋も通り近頃痛快な演説であつたが……

岩野泡鳴氏の「男のする要求」は氏一流の刹那的哲理の閃きはあるとしても動(やや)もすると脱線せんとして得意の離婚説の所になると

聴衆席にいた自称救世主の宮崎虎之助氏が奮然として演壇に駆け上り

泡鳴氏に掴(つか)みかかつて「君の離婚の説明をせよ」と怒鳴り立て

生田長江氏が中に入つて漸く鎮撫(ちんぶ)する大騒ぎを遣(や)つた


(『東京朝日新聞』1913年2月16日・5面)

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 野枝はどんなことを話したのだろうか。

 野枝は『青鞜』一九一三年四月号に「この頃の感想」を寄稿しているが、『定本 伊藤野枝全集 第二巻』解題によれば、「この頃の感想」は野枝が講演会で話した内容に手を入れたもののようだ。

 野枝は「この頃の感想」の終わりをこう結んでいる。


 犠牲という言葉程賎しむべき言葉はない。

 親が子の犠牲になる、子が親の犠牲になる。

 友情の為の犠牲、恩人への犠牲、これほど馬鹿々々しい事はない。

 ……希望もあり充分に信頼するに足る自己を持った者が……他人の為に、下らない道徳や習俗に迷わされてすべて投げ出すと云う事などは実に馬鹿な事だ。


(「この頃の感想」/『青鞜』1913年4月号・3巻4号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p27)


『青鞜』一九一三年三月号の「編輯室より」は、講演会についてこう記述している。


□早くから世間で色んな間違つた噂を立てられてゐた本社の第一回公開講演会は去る二月十五日の土曜日に青年会館で開かれました。

 本社創立の際、春秋二季に講演会を開いて先生方の御講話などを乞ふといふやうに規定してはありましたが、今日まで其運びに至らなかつたのでした。

 社員の白雨氏は開会の辞にかへて本社の精神と事業と、将来の目的を述べ、あはせて来る四月七日から開始する青鞜社研究会のことを発表しました。

 新進音楽家の沢田柳吉氏の来られるのが遅かつたので、とうとうプログラムは変更して、社員中の最年少者の伊藤野枝氏が幼稚な、けれど真面目な自己の感想をこの頃の感想といふ題の下で話しました。

 次に阿部次郎氏の「或る女の話」といふ題で御話のある筈の処を当日御風気のため、御出席頂きながら、御話を伺ふことの出来なかつたのは大変残念なことでした。

□それでプログラムは又変更して、生田長江氏の「新しき女を論ず」、次に澤田氏等の音楽がありました。

 同氏は渡欧間際の御忙しい中を特に御都合の上御出下さつたのでした。

 次に馬場孤蝶氏の「婦人の為めに」最後に社員岩野清子氏の「思想上の独立と経済上の独立」(両者共附録参照)があつて、らいてう氏のいつもながらの低声な閉会の挨拶に一千の群衆が会場を出たのは午後五時半頃でした。

□同人等はこの会に対する世評の如何はしばらくおき、始めにかういふ一の催しをしたことによつて、今迄知らなかった経験を得たことと聴講された多数の婦人の中の一人でも、二人でも真に女を思ひ自己を思ふ人に何かの暗示を与へ今迄気づかずにゐたところのことを考へさせることが出来たことで満足して居ります。


(「編輯室より」/『青鞜』1913年3月号・3巻3号_p115)


 プログラムの「いの一番」は沢田柳吉のピアノ演奏だったのだが、沢田の到着が遅れ、野枝が先頭バッターとして登壇したのであろうか。





 大杉は泡鳴と宮崎の乱闘について、こう書いている。


 演説の半ばに、傍聴席から一人の紳士が飛び出して、いきなり演壇の上に登つて行つて、『君はたび/\細君を取りかへるさうだな』と云ふやうなことを怒鳴り立てた。

 そして泡鳴と取ツ組み合つて、とう/\演壇から押し落とされた、傍聴席では拍手喝采止まない。

 此の紳士は、実はメシヤ仏陀事、宮崎某と云ふ神様だ。

 泡鳴氏は半獣主義の獣だ。

 そして傍聴人は多分人間だ。

 僕は何んだかむしやうに面白くなつて了つた。


(「青鞜社講演会」/『近代思想』1913年3月号・第1巻第6号_p12/日本図書センター『大杉栄全集 第14巻』_p)


 大杉は『近代思想』三月号に掲載した「青鞜社講演会」では、野枝について触れていないが、後にそのときの野枝の印象をこう記している。


 ……曽つてS社の講演会で、丁度校友会ででもやるように莞爾(にこ)々々しながら原稿を朗読した。

 まだ本当に女学生女学生してゐた彼女……。


(「死灰の中から」/『新小説』1919年9月号/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第三巻』_p554/日本図書センター『大杉栄全集 第12巻』_p)






 山川(青山)菊栄は岩野清子について、こう書いている。


 ……岩野清子さんは大丸まげにうすおなんどの裾もよう、しっちんの丸帯という、御婚礼のおよばれに来たような盛装で熱弁をふるいました。

 その姿は昔の男女同権論者の型だそうで、岩野清子にはよく似あっていました。


(山川菊栄『おんな二代の記』_p197)


 らいてうを野次りに来た聴衆もいたが、あまりにあっさりした閉会の挨拶に期待が外れたようだ。


 蚊の鳴くような声でいつの間にしゃべって終(しま)ったのか三分間も演壇に立って口をモガモガさしたばかりで聴衆は呆気にとられ……。

(『国民新聞』1913年2月17日/堀場清子『青鞜の時代』_p158から孫引き引用)


 今日はよく来てくれて有難う御座いますと至って簡単な人を喰うたもので皆失望していた。

(『都新聞』1913年2月○日/堀場清子『青鞜の時代』_p158から孫引き引用)





 山川菊栄『おんな二代の記』(p198)によれば、「青鞜社第一回公開講演会」を聴講に行った女子英学塾在学生から、こんな話を聞かされたという。

 新聞が講演会のようすを派手に報じた翌日、二月十七日、女子英学塾の教室でのできごとである。

 河合道子(日本基督教女子青年会会長)先生が、青鞜社の講演に行った者はないかと問い、聴講に行った在校生が手を挙げると、河合は青くなって震え出し、いきなり教壇の上にひざまずいて祈った。

「おお神さま、哀れなかの女を悪魔のいざないから救わせたまえ」

 女子英学塾三年に在籍していた神近はこの講演会の聴講には行かなかったが、青鞜社との関わりによって、校長の津田梅子からペナルティを課された。

『神近市子自伝 わが愛わが闘い』(p105~115)によれば、卒業直前の卒業アルバムの写真撮影もすんだころだったという。

 神近はミス津田(津田梅子)に呼び出された。


「あなたが青鞜という“新しい女”の同人にはいっているという噂を聞きますが、ほんとうですか?」

 ミス津田は校長室に私を呼びつけ、眉を曇らせていった。

「はい、はいっています」

「ああ、やっぱり……。ほんとうだったのね」

「…………」

「あのグループは婦人の道徳を乱し、社会の秩序を乱します。はいっているのが真実なら、当分、東京を離れてもらいます。そうでなければ卒業させられないと、きのうの職員会議で決定しました」

 あまり突然のことで、私は返答に困った。


(『神近市子自伝 わが愛わが闘い』_p105~106)


 ミス津田は卒業と引き換えに、弘前の県立高女(青森県立弘前高等女学校)に赴任することを条件として突きつけた。

 神近は東京で就職するつもりで、履歴書まで提出していたので当惑した。

 東京を離れるなら、せめて長崎の活水女学校に行きたかったが、神近はこの条件をのみ青鞜社から退いた。





 一九一三(大正二)年四月初旬、神近は同級生などおおぜいに見送られ、上野駅から弘前に出発した。

 らいてう、紅吉も見送りに来た。

 東京から追放されたとはいえ、神近は異郷の地での教員生活をそれなりに楽しんでいたが、事件が起きたのは一学期の終業式後だった。

 弘前高女校長の自宅に呼び出された神近の前に現れた校長は、六月に発売されたばかりの本を手にしていた。

 赤本作家として一部で名の通っていた樋口麗陽が書いた『新しい女の裏面』という本だった。

 赤本とは、『元始、女性は太陽であった 平塚らいてう自伝(下巻)』(p400)によれば、「下等な読物」である。

 この本に『青鞜』一周年記念号に掲載した写真「南郷の朝」が無断転載されていて、説明文に「神近市子」の名前があった。

 木村政子を神近市子と誤記したのである。

 写真は人違いであり暴露記事も間違っていると神近は主張したが、かつて『青鞜』の同人だった者を県立の女学校に雇っておくわけにはいかないという、校長の決定は覆らない。

 神近は一学期限りで退職し、浅虫で一週間ほどのびのびと泳いでから東京に帰ってきた。




★『定本 伊藤野枝全集 第二巻』(學藝書林・2000年5月31日)

★山川菊栄『おんな二代の記』(岩波文庫・2014年7月16日)

★堀場清子『青鞜の時代ーー平塚らいてうと新しい女たち』(岩波新書・1988年3月22日)

★『大杉栄全集 第三巻』(大杉栄全集刊行会・1925年7月15日)

★『大杉栄全集 第14巻』(日本図書センター・1995年1月25日)

★『大杉栄全集 第12巻』(日本図書センター・1995年1月25日)

★『神近市子自伝 わが愛わが闘い』(講談社・1972年3月24日)

★樋口麗陽『新しい女の裏面』(○○○・1913年○月○日)

★『元始、女性は太陽であった 平塚らいてう自伝(下巻)』(大月書店・1971年9月6日)





●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 22:06| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)『秩父事件再発見』(新日本出版社)など。
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