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2017年04月13日

第438回 葉鶏頭






文●ツルシカズヒコ




 一九二三(大正十二)年九月二十七日、朝八時から落合火葬場で骨揚げ。

 魔子、エマ、ルイズ三人の遺児と勇らの近親、岩佐、服部ら同志、安成、松下ら友人が骨を拾い、三つの骨壺に納め、遺骨は柏木の家の祭壇に置かれた。

 この夜の告別の集いには近親のほかは、近藤憲二など検束中の同志は列席できず、病身の和田久太郎と村木、服部夫妻が列席。

 友人知人は山本実彦、北原鉄雄、内田魯庵、足助素一、山崎今朝弥、布施辰治、安成夫妻、橋浦泰雄、佐々木孝丸、小牧近江、青野季吉、堀保子らが列席した。

 内田魯庵は、こう記している。

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 大杉は無宗教であつたが、遺骨の箱の前に三人の写真を建て、祭壇を設けて好きな葡萄酒と果物を供へた。

 其晩は近親と同志とホンの小数の友人だけが祭壇の前に団居(まどゐ)して、生前を追懐しつゝ香を手向けて形ばかりの告別式を営んだ。

 門前及び付近の要所々々は物々しく警官が見張つて出入するものに一々眼を光らした。

 折悪しく震災後の交通がマダ常態に復さないので、電車の通ずる宵の中に散会したが、罪の道伴れとなつた不運の宗一の可憐な写真や薄命の遺子の無邪気に遊び戯れるのを見て誰しも涙ぐまずにはゐられなかつた。


 大杉の一生を花やかにした野枝さんとの恋愛の犠牲となつた先妻の堀保子も、イヤで別れたので無い大杉に最後の訣別(わかれ)を告げに来て慎ましやかに控へてゐたが、恋と生活とに痩(やつ)れた姿は淋しかつた。


(内田魯庵「最後の大杉」/初出は『読売新聞』一九二三年十月二日〜六日、八日に掲載された「此頃の大杉の思出」/『思ひ出す人々』・春秋社・一九二五年六月)





 橘宗一の母である大杉の末妹・橘あやめは、大杉の次妹・柴田菊とともに静岡市から駆けつけた。

 そのときのシーンを和田久太郎が鮮烈に記している。

 和田は一九二四(大正十三)年九月一日、福田雅太郎(大杉と野枝殺害時の戒厳司令官)をピストルで狙撃するが未遂に終わった。

 以下の文面は市ヶ谷刑務所に拘置中の和田が、あやめ宛てに書いた書簡(一九二五年九月四日)からの引用である。





 淀橋の家で、三人の遺骨を祭壇にのせて、ささやかな手向けの花などを立ててゐた時、貴女は柴田さんに連れられて入つて居らつしやいました。

 其処に居た服部(浜次)夫妻と安成(二郎)の細君と僕とは、ハツと胸を打たれて面を伏せました。

 吾々は貴女の顔を見るに堪えなかつたのです。

 と、貴女は入つて来るなり庭から『宗坊はゐますかツ』と叫ばれました。

 僕等がそれにどう答へることが出来ましよう……女達はすぐ『わつ』と声をあげました。

 それを聞いた貴女は『ぢやア、あれは本当なんですかツ……本当なんですね……宗……』と言ひさして縁先きへ崩折れてしまはれました。

 其処へ、二階から村木が降りて来ました。

 勇さんも降りて来られました。

 そして、『兎に角まあ……』と言つて、泣き入る貴女を二人で二階へ連れて行きました。

 僕は下に、ぢつと遺骨の傍で俯向いてゐました。

 そして、悲痛な腸をかきむしる様な貴女の泣き声を聞きながら、ガリ/\と歯を噛んでゐました。

 やがて一時間ほど経つて、貴女は二階から下りて来られました。

 僕はやはり何も言ふ事が出来ず、ただ心の中で『とんだ飛ばつちりで、申訳けがありません』と詫びながら、そつと目礼をしました。

 貴女は三人の遺骨の前へ行つて焼香をなさいました。

 そして、其処に祭つてあつた三人の写真を見つめてゐるうちに、再び『わつ』と泣き伏してしまはれました。

 無理のない事です。

 が、僕等は病中の貴女の体をどんなに気遣つたか分りません。

 貴女はまた、勇さん(大杉)や女の人達に連れられて、二階へ行かれました。

 僕はやはりぢつとして其の場に残つてゐました。

 傍には、服部の細君ときよ子さんが居ました。

 と其処へ、こんどは魔子ちやんがエマちやんと連れ立つて、ニコニコ笑ひながら入つて来ました。

 その後からは、まだ足つきの危ないルイちやんが、これもキヤツキヤツと嬉しさうに笑ひながら、よち/\とついて来ました。

 マコちやんエマちやんは、そうと遺骨の前に行き、ぴつたり並んでお線香を上げました。

 そして、二人で顔を見合せて悪戯さうに笑み交しては、合掌礼拝するのでした。

 それを見たルイちやんがまた、後ろでキヤツキヤツと喜びながら、四ツ這ひになつてお尻を突つ立て、頭でコツ/\と畳を叩くのでした。

 服部の親子は、もうさつきから子供達のすることを眺めて、泣いてゐました。

 エマちやんを探しに来た九州の伯母さんと、ルイちやんを探しに来た女中のお雪さんとは、襖の処へ突つたつたまゝ、子供達を指さして泣き出しました。

 僕も堪らなくなつて、玄関から前庭へ走つて出ました。

 其処には葉鶏頭が、秋の日を充分に受けて真つ紅に燃えてゐました。

 僕はその真紅な血のやうな葉鶏頭をぢつと見つめました。

 僕の眼からは泪は落ちませんでした。

 しかし、その葉鶏頭の血の色からは、しばらく眼を離す事が出来ませんでした。


(和田久太郎『獄窓から』・労働運動社・一九二七年三月十日/黒色戦線社・一九七一年九月一日)


●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 22:44| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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