2017年04月01日

第437回 大杉外二名






文●ツルシカズヒコ




 九月二十三日、勇宛てに第一師団軍法会議から、事件の証人として召喚する旨の通知。

 大杉らの殺害を察知した近親者、同志、友人らが善後策を講じる。

 九月二十四日、勇と進と村木が憲兵司令部に遺体引き渡しの交渉。

 午後、福岡から上京した代準介も同行し、山田法務部長に面会。

「明朝九時に下げ渡す」との回答。

 勇は宗一の証人として軍法会議に出頭。

 午後三時、陸軍省が甘粕憲兵大尉が大杉外二名を殺害した旨の発表をする。

 そのニュースを朝刊が第一面の大活字で報じた日のことについて、内田魯庵はこう記している。

noe000_banner01.jpg


 朝の食卓は大杉夫妻を知る家族の沈痛な沈黙の中に終わつた。

 今日も魔子は遊びに来るかも知れないが、『魔子ちやんが来ても魔子ちやんのパゝさんの咄をしてはイケナイよ、』と小さい兒供を戒めた。

 何にも解らない小さい兒供達が何事か恐ろし事があつたのだといふ顔をして、黙頭(うなづ)いてゐた。

 暫らくすると魔子果して平生(いつも)通り裏口から入つて来た。

 家人を見ると直ぐ『パパもママも死んぢやつたの。伯父さんとお祖父(ぢい)さんがパゝとマゝのお迎へに行つたから今日は自動車で帰つて来るの、』と云つた。

 お祖父(ぢい)さんといふのは東京より地方へ先きに広がつた大杉の変事を遠い故郷の九州で聞いて倉皇上京した野枝さんの伯父さんである。

茶の間へ来て魔子が私の妻を見て復た繰返した。

『伯母さん、パパもママも殺されちやつたの。今日新聞に出てゐませう。』

 私は兒供達に『魔子ちやんのお父さんの咄をしてはイケナイよ、』と固く封じて不便な魔子の小さな心を少しでも傷めまいとしたが、怜悧な魔子は何も彼も承知してゐた。

 が、物の弁へも十分で無い七歳の子である。

 父や母の悲惨な運命を知りつゝもイツモの通り無邪気に遊んでゐた。

 同い年の私の兒供は魔子を不便(ふびん)がつたと見えて、大切(だいじ)にしてゐた姉様や千代紙を残らず魔子に与(や)つて了つた。


(内田魯庵「最後の大杉」/初出は『読売新聞』一九二三年十月二日〜六日、八日に掲載された「此頃の大杉の思出」/『思ひ出す人々』・春秋社・一九二五年六月)





 震災後十日間ほど野天生活をしていた辻潤は、その間、夜警に出たりしていたが、妊娠中のK女(小島キヨ)を彼女の実家に預けることに決め、老母と子供(一/まこと)をK(川崎)町からあまり遠くないB町の妹のところへ預けて、辻とK女は西へ向かった。

 名古屋でK女を汽車に乗せた辻は、それから二三日して大阪に行き、金策などしながら一週間ほど暮らした。

 辻が「大杉外二名」を報じる号外を手にしたのも、大阪滞在中だった。


 夕方道頓堀を歩いてゐる時に、僕は初めてアノ号外を見た。

 地震とは全然異なつた強いショックが僕の脳裡をかすめて走つた。

 それから僕は何気ない顔つきをして俗謡のある一節を口吟(ずさ)みながら朦朧とした意識に包まれて夕闇の中を歩き続けてゐた。

 妹の家に預けてあるまこと君のことを考へて僕は途方にくれた。

 それから新聞を見ることが恐ろしく不愉快になりだした。

 だから不愉快になりたい時はいつでも新聞を見ることにきめた。


(辻潤「ふもれすく」/『婦人公論』一九二四年二月号/『辻潤全集 第1巻』 )





 九月二十五日、勇、進、代準介、山崎今朝弥、安成二郎、服部浜次、村木の七人が、遺体引き取りのため憲兵隊本部へ出頭後、車で三宅坂の陸軍衛戍病院へ向かう。

 午後二時、陸軍衛戍病院に到着。

 中へ入れるのは親族と友人二名とされ、服部と村木は外で待つ。

 遺体は釘打ちされた寝棺に納められていたので、蓋を開けさせると、棺の中は防腐用の石灰で埋まり臭気芬々(ふんぷん)。

 掻き分けて指を差し込むと、スブッと中に入るくらい腐乱していた。

 棺は火葬のため軍用の幌付き自動車で落合火葬場に運ばれた。

 村木と安成が同乗。

 火葬場は大震災で倒壊しているうえに、多数の横死者が運ばれて渋滞。

 安成が三つの棺に「栄」「野枝さん」「宗ちゃん」と名前を墨書。

 九月二十七日払暁、荼毘に付された。





 安成二郎はこの間の経緯について、下記のように回想しているが、引用文中に「近藤憲二」とあるのは間違いである。

 近藤はこのころ駒込署に検束されているからだ。

 近藤ではなく村木か服部のことだと推測される。


 三君の死体は二十日に井戸から上げられ、第一師団で解剖に付した後、三宅坂の衛戍病院に置かれた。

 それを二十五日に遺族に引渡すといふので、近藤憲二君と私とで受取に衛戍病院に出かけた。

 三つの棺を置いた部屋に大勢の軍人がゐた。

 棺にはちやんと蓋をして釘づけになつてゐた。

 そのまゝでは受取れない。

 近藤君が蓋を明けることを要求した。

 軍人はぐぢ/\したが、強硬に云ふと兵隊に釘を抜いてあけさせた。

 しかし棺の中一杯にぎつしり石灰で埋まつて臭気を発してゐた。

 近藤君は石灰に手を突込んで死体に触れて見た。

 そのまゝ蓋をし、陸軍のトラツクに三つの棺を積み、私たちと兵隊が何人か乗つて、落合の火葬場に向つた。

 よく晴れた残暑の日の午後であつた。

 トラツクが四谷見付を通るとき、交通整理で一寸停止した。

 するとそこでバスから下りた宇野浩二君と邂逅し、宇野君は私達のトラツクにカメラを向けた。


(安成二郎「大杉君の死」/『無政府地獄 - 大杉栄襍記』_p116・新泉社・一九七三年十月一日)




●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 18:44| 本文
ファン
検索
<< 2017年06月 >>
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
最新記事
写真ギャラリー
最新コメント
タグクラウド
カテゴリーアーカイブ
index(1)
本文(449)
プロフィール
さんの画像

1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
プロフィール

美は乱調にあり――伊藤野枝と大杉栄 (岩波現代文庫)

新品価格
¥1,058から
(2017/3/4 02:04時点)

諧調は偽りなり――伊藤野枝と大杉栄(上) (岩波現代文庫)

新品価格
¥1,058から
(2017/3/4 02:09時点)

美は乱調にあり (英文版) ― Beauty in Disarray (タトルクラシックス )

中古価格
¥3,487から
(2017/3/4 02:14時点)

飾らず、偽らず、欺かず――管野須賀子と伊藤野枝

新品価格
¥2,268から
(2017/2/16 10:43時点)

自由それは私自身―評伝・伊藤野枝

中古価格
¥1,081から
(2017/2/9 02:00時点)

野枝さんをさがして―定本伊藤野枝全集 補遺・資料・解説

中古価格
¥3,913から
(2016/3/13 18:23時点)

定本 伊藤野枝全集〈第3巻〉評論・随筆・書簡2―『文明批評』以後

中古価格
¥18,616から
(2017/2/9 00:18時点)

伊藤野枝と代準介

新品価格
¥2,268から
(2016/3/13 20:05時点)

日録・大杉栄伝

新品価格
¥4,536から
(2016/3/13 20:13時点)

ルイズ 父に貰いし名は (講談社文芸文庫)

新品価格
¥1,620から
(2016/3/13 20:24時点)

地震・憲兵・火事・巡査 (岩波文庫)

新品価格
¥821から
(2016/11/5 01:11時点)

海の歌う日―大杉栄・伊藤野枝へ--ルイズより

中古価格
¥1,619から
(2016/11/5 01:26時点)

大杉榮 自由への疾走 (岩波現代文庫)

中古価格
¥2から
(2017/2/9 00:00時点)

日本的風土をはみだした男―パリの大杉栄

中古価格
¥700から
(2017/2/9 00:12時点)

動揺 [CY大正浪漫コミックス1]

新品価格
¥1,080から
(2016/3/13 18:18時点)

裁縫女子 (サイホウジョシ)

新品価格
¥1,132から
(2017/2/9 18:20時点)

「週刊SPA!」黄金伝説 1988~1995 おたくの時代を作った男

新品価格
¥1,296から
(2016/3/13 20:26時点)