広告

posted by fanblog

2017年02月28日

第434回 鶴見






文●ツルシカズヒコ



 内田魯庵「最後の大杉」によれば、それは一九二三(大正十二)年九月十六日の朝九時ごろだった。

 魯庵の家人が、大杉と野枝が洋装で出かけるのを裏庭の垣根越しにチラっと見た。

 魯庵はすぐ近くの聖書学院の西洋人だろうと思っていると、ちょうど遊びに来ていた魔子が後ろ影を見て、垣根の外へ飛び出した。

 すぐに戻ってきた魔子が言った。

「うちのパパとママよ」

 午後にまた魯庵の家に来た魔子が言った。

「パパとママは鶴見の叔父さんのところへ行ったの。今夜はお泊まりかもしれないのよ」

 伊藤真子(魔子)はこのときのことを、二十二年後にこう回想している。


 私が最後に父母と別れたのはやつぱり他所(よそ)へ遊びに行つてゐる時だつた。

 夢中で遊んでゐると父と母が外出のかつかうでやつて来た。

 横浜で震災に会った叔父達(現在私の居る叔父のところ)が鶴見に居るからこれから行つて連れて来ると云ふのだ、何時(いつ)もの私なら私も一緒にと云つて父にぶらさがるのだが、その時は、遊びが余り面白かつたせゐか"マコは集(ま)つてゐる"と云つてキヤア/\さわいで遊んでゐた。

 それがとう/\最後だつたのだ。


(伊藤真子「父大杉栄の記憶」/『婦人公論』一九三五年七月号)

noe000_banner01.jpg


 一九六五(昭和四十)年春(矢野寛治『伊藤野枝と代準介』p32)、福岡市に取材に訪れた瀬戸内晴美(寂聴)に、伊藤真子はこう語っている。


 殺された日は、珍しく父が私を置いていきましてね。

 やっぱり虫が知らせるというのでしょうか。

 どこへ行くにも私を連れていきたがる父が、その日にかぎって、私をお隣りの内田魯庵さんのところに置いていったんです。

 もし、私があの日いつものようにつれていかれていたら、一緒に殺されていたんですね。

 内田魯庵さんが、いつも私が大杉と出かけるのに、後追いもしないので後で考えたら不思議だったといってらっしゃいました。

 ええ、魯庵さんの家へは、毎日遊びにいっていて、自分の家にいるより長くいたくらいなんです。


(瀬戸内晴美「美は乱調にあり」・『文藝春秋』・一九六五年四月号〜十二月号/瀬戸内晴美『美は乱調にあり』・文藝春秋・一九六六年二月/瀬戸内晴美『美は乱調にあり』・角川文庫・一九六九年八月二十日/瀬戸内寂聴『美は乱調にあり 伊藤野枝と大杉栄』・岩波現代文庫・二〇一七年一月十七日)





 以下、特に引用を明記しない記述は、大杉豊『日録・大杉栄伝』の記述に従って、この日の大杉と野枝の行動を追ってみたい。

 九時過ぎに自宅を出た大杉と野枝は、自宅前の尾行の監視小屋の前を通ると「どこへ行くのか」と訊かれたので、外出先と目的を明確に答えた。

 ここでふたりの尾行がついた。

 淀橋署特高係巡査・江崎鎌次郎と、淀橋署に泊まっていた東京憲兵隊特高課上等兵・鴨志田安五郎である。

 大杉は白の綺麗な背広にソフトの中折帽を被り、品物を入れた手提を手に持っていた。

 野枝は麦藁帽を被り、オペラバッグを手に持っていた。

 自宅から十分ほど歩いて市電の終点付近(大ガード西)でバスに乗り、日比谷で乗り換えて八ツ山で降車した。

 品川から京浜電車に乗り、川崎(砂子町)で下車、神奈川県橘樹(たちばな)郡川崎町の辻潤の家を訪ねたが、辻の家は損壊していて一家は不在だった。

 後年、辻一(まこと)はこう回想している。


 ……もし地震が八月にあったら、夏休みは例年大杉の家に居候する習慣であったから、母親伊藤野枝とともに、刃物をもった狂人の狂気の犠牲と相成ったかも知れないのである。

 実際いっしょに殺された宗一少年は長いこと小生だとおもわれていた。


(辻まこと「居候にて候」/『東京新聞』一九六四年九月十四日/『居候にて候』・白日社・一九八〇年十月)





 大杉と野枝は再び京浜電車に乗り、生麦で下車。

 大杉の次弟・勇の避難先である、神奈川県橘樹郡鶴見町字岸(現・横浜市鶴見区岸谷三丁目)の大高芳朗の家を訪ねた。

 勇一家は近くの家に移っていたので、大高の母らしき人に案内してもらい、鶴見町東寺尾(現・横浜市鶴見区東寺尾五丁目)に行った。

 勇と妻・富子、橘あやめの長男・宗一は激震地の横浜で被災し、倒壊した家屋から這い出て、線路端に野営しながら三日間、飲まず食わずで鶴見にいた。

 勇夫妻はあやめから預かっていた宗一を、横浜の県立平沼高等女学校付属幼稚園に通わせていた(大杉豊『日録・大杉栄伝』p_501)。

 勇一家は会社の同僚・大高を頼って避難したが、まもなく貸家を見つけて落ち着いた。

 勇の勤務先の東京電気(現・東芝)川崎工場も倒壊したので、勇は仕事にも行けずに在宅していた。

 大杉と野枝が勇宅に着いたのは十二時半ごろだった。

 昼食をともにして、互いの震災の体験談をした。

 この家で頑張るという勇に、衣類などを取りに来るように言い、宗一を連れて二時半過ぎに勇宅を出た。

 着るものがなく、宗一は女の子の浴衣姿だった。

 勇も三人を送って同行し、生麦から京浜電車に乗り川崎で下車。

 六郷川鉄橋の橋脚が折れたので、六郷(六郷土手)まで歩き、六郷の駅で勇と別れた。





 品川に着いたのが四時ごろだった。

 市電に乗り薩摩原(三田四国町)で下車し、医師の奥山伸を訪ね見舞ったが、奥山は留守だった。

 大杉たちは奥山の家に上がり、台所で水を飲み、少し待ったが諦めて帰路についた。

 当時、奥山のところに通院していた鈴木茂三郎が、奥山から聞いた話としてこう記している。


 大杉夫妻は……先生不在のため立ち去った。

 その直後、帰宅した先生は、いそいで電車通りまで追っかけて、じっとレールに耳をあて、いつまでも大杉夫妻を乗せて走り去った電車の車輪の音をなつかしそうに聞いていた。

 大杉夫妻が殺されたのは、その日の夜半である。


(鈴木茂三郎『忘れえぬ人々』・中央公論社・一九六一年)


 

●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 03:14| 本文
ファン
検索
<< 2017年06月 >>
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
最新記事
写真ギャラリー
最新コメント
タグクラウド
カテゴリーアーカイブ
index(1)
本文(449)
プロフィール
さんの画像

1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
プロフィール
日別アーカイブ

美は乱調にあり――伊藤野枝と大杉栄 (岩波現代文庫)

新品価格
¥1,058から
(2017/3/4 02:04時点)

諧調は偽りなり――伊藤野枝と大杉栄(上) (岩波現代文庫)

新品価格
¥1,058から
(2017/3/4 02:09時点)

美は乱調にあり (英文版) ― Beauty in Disarray (タトルクラシックス )

中古価格
¥3,487から
(2017/3/4 02:14時点)

飾らず、偽らず、欺かず――管野須賀子と伊藤野枝

新品価格
¥2,268から
(2017/2/16 10:43時点)

自由それは私自身―評伝・伊藤野枝

中古価格
¥1,081から
(2017/2/9 02:00時点)

野枝さんをさがして―定本伊藤野枝全集 補遺・資料・解説

中古価格
¥3,913から
(2016/3/13 18:23時点)

定本 伊藤野枝全集〈第3巻〉評論・随筆・書簡2―『文明批評』以後

中古価格
¥18,616から
(2017/2/9 00:18時点)

伊藤野枝と代準介

新品価格
¥2,268から
(2016/3/13 20:05時点)

日録・大杉栄伝

新品価格
¥4,536から
(2016/3/13 20:13時点)

ルイズ 父に貰いし名は (講談社文芸文庫)

新品価格
¥1,620から
(2016/3/13 20:24時点)

地震・憲兵・火事・巡査 (岩波文庫)

新品価格
¥821から
(2016/11/5 01:11時点)

海の歌う日―大杉栄・伊藤野枝へ--ルイズより

中古価格
¥1,619から
(2016/11/5 01:26時点)

大杉榮 自由への疾走 (岩波現代文庫)

中古価格
¥2から
(2017/2/9 00:00時点)

日本的風土をはみだした男―パリの大杉栄

中古価格
¥700から
(2017/2/9 00:12時点)

動揺 [CY大正浪漫コミックス1]

新品価格
¥1,080から
(2016/3/13 18:18時点)

裁縫女子 (サイホウジョシ)

新品価格
¥1,132から
(2017/2/9 18:20時点)

「週刊SPA!」黄金伝説 1988~1995 おたくの時代を作った男

新品価格
¥1,296から
(2016/3/13 20:26時点)

×

この広告は30日以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。