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2017年02月19日

第431回 奇禍






文●ツルシカズヒコ



 近藤憲二『一無政府主義者の回想』(p37)によれば、病身の村木を除く、近藤、和田久太郎ら労働運動社の関係者が保護検束の名目で駒込署に留置されたのは、一九二三(大正十二)年九月八日だった。

 四十度近い熱を出していた和田はひと晩で帰された。

 所轄の駒込署には望月桂ら小作人社の関係者も引っ張られて来た。

 東京の各地で主要な社会主義者六十余名が検束されたが、なぜか大杉と山川均は検束されなかった。

 堺利彦はこの年の六月に起きた第一次共産党事件で検挙され、市ヶ谷刑務所の未決監にいた(山崎今朝弥『地震・憲兵・火事・巡査』)。

 荒畑寒村はロシアに亡命中だった(『寒村自伝』)。

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 近藤は駒込署に留置されていた「ある日」のことを、こう回想している。


 ある日、なにか気にくわぬことがあったのか、食いもののことからでもあったか、連中がみんなで騒ぎだすと、何ごとがおこったのかと留置部屋へとんできた巡査部長が、「あまり騒ぐと習志野の騎兵隊へ引き渡すぞッ」といったことがある。

 そのときには気づかなかったが、出てからその意味がわかった。

 純労働者組合の平沢計七、南葛労働の河合(ママ/「川合」の誤記)義虎らは習志野の騎兵隊に殺されたのである。

 いわゆる亀戸事件だ。


(近藤憲二『一無政府主義者の回想』_p38/平凡社・一九六五年六月三十日)





 大杉に対する界隈の物騒な噂が、魯庵の耳に度々入るようになった。

 大杉は外国の無政府党から資金を持って来て革命を起そうとしているとか、毎晩、子分を十五、六人も集めて隠謀を密議しているとか、「あんな危険人物が町内にいては安心ができないからヤッつけてやれ」とか、ある近所の自警団では大杉を目茶苦茶に殴ってやれという密々の相談があるとか、嘘か実(まこと)かそういう不穏の沙汰を、魯庵は度々耳にした。

 相当分別のある人までがそういう噂を信じて、魯庵と大杉とが交際あるのを知らないで、

「アナタのお宅の裏には大変な危険人物がいて、毎晩多勢集って隠謀を企らんでるそうです」

 と告げたものもあった。

 同じ近所のある口利きの男は、これも大杉と魯庵が友人関係であるのを知らないで、

「柏木には危険人物がある。大杉一味の主義者を往来に並べて、片っ端からピストルでストンストン撃ったら小気味がよかろう」

 とパルチザン然たる気焔を吐いて、いい気持ちになってるものもいた。

 こういう危険な空気が一部に醸されてるのを知ってか知らずか、大杉は一向平気で相変わらず毎日、乳母車を押していた。


 近所に住む大杉の或る友達が夫となく警戒したが、迫害に馴れてる大杉は平気な顔をして笑つてゐたそうだ。

 唯笑つてるばかりならイゝが、『俺を捕まへやうてには一師団の兵が要(い)る』ナドゝ大言してゐた。

 大杉には恁ういふ児供げた見得を切つて空言を吐く癖があつたので、此の見得を切るのが大杉を花やかな役者にもしたが、同時に奇禍を買う原因の一つともなつた。


(内田魯庵「最後の大杉」/初出は『読売新聞』一九二三年十月二日〜六日、八日に掲載された「此頃の大杉の思出」/『思ひ出す人々』・春秋社・一九二五年六月)





 袋一平一家は柏木の大杉の家に世話になっていたが、袋の母と妻とふたりの男児の四人は、神戸の安谷寛一の家に世話になることになった。

 村木の紹介状を持って、袋が家族を安谷の家に連れて行った際、袋が安谷に大杉のこんなエピソードを語ったという。


 ……震災後十日ばかりたって誰か周囲も割合静かだったのでレコードをかけようかと云ったのがいたらしい。

 何しろ、袋もやはり鴬谷の方にいたのが上野公園に逃げ込んで柏木まで歩いて大杉のところに転りこんだような訳ですから、ごちゃごちゃしているその中の一人がそう云った。

 すると大杉が『とんでもない話だ。困っている人が沢山いるのにこんな場所でレコードをかける馬鹿があるか』と血相変えて怒ったということです。

 その話の続きではないけれども、『革命というのはこんな時にやるんじゃないか』と云った人があった。

 それにも『どさくさまぎれにどたどたとやるのが革命じゃないんだ。だから多くの人が家もなければ食う物もないといって右往左往しているときに変なことをして困っている人をなお困らせてはいけないんだ』と大杉が云ったと袋が話しておった。

 こんなようなわけでどさくさまぎれに爆弾を持って走り廻る恐れは全くなかったし、実際夜警か何かに出て近所の人にも感謝されていたというようですから、そう妙な殺され方はしなくともよかったんです。


(安谷寛一「大杉栄と私」/『自由思想研究』一九六〇年七月号)




●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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