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2017年02月06日

第423回 コケテイツシユ






文●ツルシカズヒコ



『婦人公論』一九二三年八月号は、特集「有島武郎情死事件批判」、および特集に付随する「波多野秋子さんの印象」を掲載した。

「波多野秋子さんの印象」には谷崎潤一郎、宇野浩二、室生犀星、芥川龍之介、佐藤春夫らが寄稿しており、野枝も「軽蔑と反感」を寄稿している。

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 有島氏の死の道伴(みちづ)れの婦人が、波多野秋子氏だといふのを知ると同時に、婦人公論社の用で、二度程訪ねて見えられたその人を思ひ出しました。

 きれいな人だつた、と云ふことは覚えてゐますが、どんな風な顔だつたのか、その顔を思ひ出すことは出来ませんでした。

 正直に云ひますと、私は初対面の人に、何時(いつ)も私がするやうに、ぢつと正面からその人の眼を見据ゑた時、私は何にもその人の眼から、私のさがすやうな興味ある光りをさがし出すことが出来ませんでした。

 その人の眼の中に私の見たものは、美しい人に共通な微かなプラウドと、稍(やや)ヒステリカルな光りを帯びたコケテイツシユな少し尖つた冷たい眼ざしでした。

 其処(そこ)には私共のやうな同性を引きつける女らしい暖か味や尊敬を感じさせる叡知の閃めきはありませんでした。

 私の眼にうつつた波多野氏の外見は、いゝ意味にも、悪い意味にも、現代の相応な知的教育を受けた婦人らしい処のない、どちらかと云へば、その姿態も、外貌も表情も、職業的に洗練された婦人達の持つものに近いと云ふ感じを持たせました。

 そしてその最初の印象と同時に受け取つた、その話しぶりに再び軽蔑を感じたことをかくすことは出来ません。

 更に、その用件は原稿の依頼でしたが、その原稿の内容についての望みが、少し指図がましい口吻(こうふん)になつた時、私は思はず、何か一言、手きびしくやりかへしてやつたことを覚えてゐます。

 恐らく私は島中氏を知つてゐなかつたら、此の婦人記者からの依頼は退けたことだつたらうと思ひます。

 要するに、私が婦人記者として会つた波多野秋子と云ふ婦人に対して私が感じたのは、軽蔑と反感でした。

 けれども、恐らくは此の印象は、波多野氏が多分私に対してやはり何かの理由で軽蔑と反感を持つてゐたせいかも知れないと思ひます。

 新聞や何かでよく知つてゐる方達の話で見ますと、大変に聡明で、趣味の広い立派な婦人だつたらしいやうですから。

 しかし、私の眼にはどうしてか、インテレクテユアルな影が見えませんでした。

 どんな反感や憎悪を示されようと、もしその影を見ることが出来てゐたら、もう少しはあの美しい婦人に尊敬を持つたでせう。

 また、もう少しはその美しいと思つた面影の何処かにその魂のあらはれの特徴を見つけ出してゐて覚えてゐたらうと思ひます。


(「軽蔑と反感」/『婦人公論』一九二三年八月号・第八年第八号/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)


「島中氏」は『婦人公論』編集長の嶋中雄作である。

 なお、野枝は「婦人公論社」と記しているが、「中央公論社」の誤記である。





「有島武郎情死事件批判」には正宗白鳥、秋田雨雀、生田長江らが投稿しているが、山川菊栄も「単なる自殺乃至情死事件として」を寄稿している、


 ……畢竟(ひつきやう)するに自殺は逃避である。

 人生の難関を突破する気力を欠く者の行為である。

 有島氏は『歓喜して死に向ふ』と遺書した。

 二人が『歓喜して』死に向つたといふ六月八日の頃は、社会主義者の『大検挙』の当座であつた。

 日本の無産階級の前衛隊にこのやうな災害がふりかゝり、投獄、拘引続々として闘士が奪はれつゝあり、残る者はその後備(あとぞな)へのために東奔西走しつゝあつた時、それらの騒ぎを別世界の出来事と見て恋ゆゑに『歓喜して死に向つた』二人、病人までも寝床から駆り出される忙しさをよそに見て、幾らでも働ける健康な身体(からだ)をわれと殺した二人、かうした極端な対照は何といふ不思議な心持を起させることだらう?

 私は不幸な二人に対しては単にその死を悼み、その遺族に同情するに留めておきたい。

 たゞこの出来事を以て名のある文学者の行為なるが故に推称することは戒めねばならず、未来に生きる青年男女は、今一層広く人生の事実を知り且つ究めて、真に社会人類にとつて有意義な事業のためにのみ尊き一命を捧げる覚悟をして欲しく思ふだけである。(七月九日)


(山川菊栄「単なる自殺乃至情死事件として」/『婦人公論』一九二三年八月号・第八年第八号)





 山川菊栄は後年、波多野秋子についてはこう記している。


 ……この年の三月ころか、『婦人公論』の記者の訪問をうけたとき私はひと目見てハツとしました。

 何という美しい、しかし何という絶望的、退廃的な感じの人でしたろう!

 そしてその目、その表情が、なんと私の祖父延寿の後妻おたねさんによく似ていたことでしょう。

『婦人公論』の記者には美しい人が多かったものですが、みなキリッとして新鮮で、健康な、知的な美しさで、この人のように今にもくずれおちそうな歌麿の遊女を思わせる姿態、散りがけの花びらのようななやましくなまめいた趣きとはまったくちがったものでした。

 これが『婦人公論』の記者だろうか。

 ペンよりも花札かお銚子をもつ方が似あいそうなその人を私はふしぎな思いで見たものでした。

 それからしばらくしてからこんどはその人が山川均に原稿を頼みに来た帰り、私の室へちょっとあいさつに来たとき、二度私は驚きの目をみはりました。

 同じ人とは思えぬほどふけて、おそろしいやつれよう。

 おちつきのないうつろな目つき、いかにもすさんだ感じで、あのなまめかしい、風にもたえぬ風情から、美しさがきえて、病的なくらさだけ残っていました。

 いったいまあこの人はどうしたのだろう?

 どこか悪いのではないか聞いてみようかと思う間もなく、その記者は急ぐからと立ちました。

 めったに人のうわさをしない山川がその夜、

「昼間来たあの『婦人公論』の人はばかじゃないかね」。

 私がそうは思わないというと、山川は、

「フーン、あれで雑誌記者がつとまるなら女なんてらくなもんだね」

 といったきりでした。

 それから半月あまりだったかと思います。

 有島武郎氏の情死の相手としてあの婦人記者波多野秋子の名が新聞に出たのは。

 私の家へ最後に来たのは死の旅の直前ではなかったでしょうか。

 あの日の異様な様子、ただごとでない、うつろな、すさんだ表情のしたに、若くして心にもなく死をもとめる者の深い悩みがきざまれていたことまでは、私に見えなかったのです。


(山川菊栄『おんな二代の記』_p347~348/岩波文庫・二〇一四年七月十六日)





●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 00:56| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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