2017年01月30日

第422回 和田久太郎






文●ツルシカズヒコ



 一九二三(大正十二)年七月。 

 フランスから帰国して間もなく、大杉は野枝と魔子を連れて山崎今朝弥の自宅を訪問し、帰国の報告をした。

 山崎の妻が同席中は、お菓子を食べながら、フランスの話、浮き世の話、子供の話などをしていたが、山崎の妻が一階に下りて行くと、大杉は洋行の用向きや隠密に行ったわけ、旅費調達の苦心、今後の運動方法などを語り出した。

 その間、山崎の九歳の子供、堅公(堅吉)と魔子は、歌ったり、踊ったり、泣いたり、笑ったり、喧嘩したり、バカにハシャギ廻っていた。

 葉山事件では、服部浜次が野枝派、宮島資夫が神近派、山崎は保子派と目されていたが、いつのまにか山崎は神近とも野枝とも気持ちよい仲になっていた。

 しかし、山崎の妻は保子への義理立てばかりではなく、どうも野枝とは相許す間柄にはならなかった。

noe000_banner01.jpg


 大杉君も野枝さんも素振りで之れを知つてる、で野枝さんは僕からみると気の毒な程、僕の妻に下た手に出てゐた。

 此日も野枝さんはくるなり堅公にマコを謝罪らせうとした。

 去年僕と妻とで堅公を連れて鎌倉へ行つたとき、帰りを送つて来たマコと堅公とが停車場で大喧嘩をし、双方の両親と尾行が総出で漸く引分けた。

 其後二人は久しく正義を主張して相譲らなかつたが、今年の初め頃からマコが悪かつたから堅チヤンにあやまりに行くと、言つてると云ふ野枝さんの話であつた。

 マコは今日初めて其機会を得た訳なんだが、野枝さんの色々の心尽しも其効なくマコはどうしてもあやまらなかつた。


(山崎今朝弥「外二名及大杉栄君の思出」/『改造』一九二三年十一月号)


 野枝は社会性に欠けていたという評価がされがちだが、このあたりは彼女の社会性の高さとして注目したい。

「主義者」の弁護を一手に引き受けていた弁護士の山崎は、大杉と野枝にとっては不可欠の人物だったはず。

 ゆえに野枝は山崎の妻にも下手に出ていたのだろう。





 和田久太郎は『獄窓から』に、このころのことについてこう記している。


 一月、労働運動編集上の事に就き意見(殊に伊藤野枝君と)合はず、且つ病身にてもありたれば、二月初め、那須温泉に至り江口渙君にたよる。

 五月帰京。

 温泉にて生まれて初めての恋女を得、帰京後、彼女の近く(浅草千束町)に二階を借りて住み、労働運動社と離れて雑文など書きて生活す。

 七月、大杉帰国、村木源次郎、僕を浅草に呼びに来る。

 大杉と僕と談数刻せし後、僕「猶しばらく運動を止めて居たし」と言ふ。

 大杉、「さうだ。しばらく遊ぶがいゝ」とて、遊んでゐる間の生活費を支給せんといふ。

 僕、笑つてこれを受く。

 八月中旬、僕、膀胱カタルを病み、横臥する。

 村木来つて「社には君の嫌ひな野枝君は居ぬ。来つて寝よ、看護せん」と言ふ。

 八月二十四日、村木に伴はれて労働運動社に行き病臥す。


(和田久太郎『獄窓から』/労働運動社・一九二七年三月十日/改造社改造文庫・一九三〇年十一月十五日/復刻版は黒色戦線社・一九七一年九月一日)


 野枝と和田久太郎との確執に注目したい。

 安谷寛一が指摘している「労働運動社の楽屋裏」とは、つまりこの野枝と和田の確執のことなのだろう。

 鎌田慧『大杉榮 自由への疾走』(岩波現代文庫_p393)によれば、和田が生まれて初めて得た恋女とは堀口直江、「浅草十二階」(凌雲閣)の下にいる娼婦で、病毒がひどくなって那須温泉に養生に来ていたのだった。



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



【このカテゴリーの最新記事】
posted by kazuhikotsurushi2 at 23:37| 本文
ファン
検索
<< 2017年04月 >>
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
最新記事
写真ギャラリー
最新コメント
タグクラウド
カテゴリーアーカイブ
index(1)
本文(439)
プロフィール
さんの画像

1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
プロフィール

美は乱調にあり――伊藤野枝と大杉栄 (岩波現代文庫)

新品価格
¥1,058から
(2017/3/4 02:04時点)

諧調は偽りなり――伊藤野枝と大杉栄(上) (岩波現代文庫)

新品価格
¥1,058から
(2017/3/4 02:09時点)

美は乱調にあり (英文版) ― Beauty in Disarray (タトルクラシックス )

中古価格
¥3,487から
(2017/3/4 02:14時点)

飾らず、偽らず、欺かず――管野須賀子と伊藤野枝

新品価格
¥2,268から
(2017/2/16 10:43時点)

自由それは私自身―評伝・伊藤野枝

中古価格
¥1,081から
(2017/2/9 02:00時点)

野枝さんをさがして―定本伊藤野枝全集 補遺・資料・解説

中古価格
¥3,913から
(2016/3/13 18:23時点)

定本 伊藤野枝全集〈第3巻〉評論・随筆・書簡2―『文明批評』以後

中古価格
¥18,616から
(2017/2/9 00:18時点)

伊藤野枝と代準介

新品価格
¥2,268から
(2016/3/13 20:05時点)

日録・大杉栄伝

新品価格
¥4,536から
(2016/3/13 20:13時点)

ルイズ 父に貰いし名は (講談社文芸文庫)

新品価格
¥1,620から
(2016/3/13 20:24時点)

地震・憲兵・火事・巡査 (岩波文庫)

新品価格
¥821から
(2016/11/5 01:11時点)

海の歌う日―大杉栄・伊藤野枝へ--ルイズより

中古価格
¥1,619から
(2016/11/5 01:26時点)

大杉榮 自由への疾走 (岩波現代文庫)

中古価格
¥2から
(2017/2/9 00:00時点)

日本的風土をはみだした男―パリの大杉栄

中古価格
¥700から
(2017/2/9 00:12時点)

動揺 [CY大正浪漫コミックス1]

新品価格
¥1,080から
(2016/3/13 18:18時点)

裁縫女子 (サイホウジョシ)

新品価格
¥1,132から
(2017/2/9 18:20時点)

「週刊SPA!」黄金伝説 1988~1995 おたくの時代を作った男

新品価格
¥1,296から
(2016/3/13 20:26時点)