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2017年01月28日

第420回 帰朝歓迎会






文●ツルシカズヒコ




 一九二三(大正十二)年七月、大杉がフランスから帰国して一週間ほどしたころ、岩佐作太郎が、大杉に会うため労働運動社を訪れた。

 大杉は二階にいるというので岩佐が上がっていくと、大きな椅子が雑然と置いてあり、その間の床の上に野枝が座り、その膝から大杉はムクムクと頭を上げた。


 黒い上に尚ほも黒くなつた彼を見て悦んだのみでなく、『あゝ、大杉は幸福な奴だ!』とこう思った。

 大杉には常に会うて居たが、併し、その時位ゐ、彼等の幸福そうな、楽しそうなシーンははじめてゞあつた。

 愛人野枝は多くもあらぬ彼の白毛を抜いてゐた。

 細君に白毛を抜いて貰ふ男は天下に沢山あらう。

 けれども、その時の場面はそれと違ふ。

 暖かい、楽しい、楽しい、幸福さが部屋一パイにハチ切れそうであつた。

 所謂瑞雲たなびくとはこんなことかと思う!


(岩佐作太郎「飯の喰へない奴」/『改造』一九二三年十一月号)


 岩佐は、末尾にこう書いている。

「僕は無能である。常にめしが食へなくなる、けれど、大杉は他の人々のするやうに、めしの食へない、働きのない奴だと云つた、やうな態度は示さなかつた」

「飯の喰へない奴」というタイトルは、この一文のゆえである。

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 七月二十二日ごろ、大杉と野枝は魔子を連れて、茅ケ崎の南湖院に入院中の横関愛造を見舞った。

 大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、横関は『改造』の編集者だったが結核を患い改造社を退職、『改造』に「日本脱出記」を連載していた大杉が療養中の横関を見舞ったのである。

 その日に限って、尾行の姿がなかったので横関は不思議に思った。


「オヤ、今日は御付武官が見えないね」

 と、私が不思議そうにいうと、彼はニッと笑って、吃り、吃り、

「ウウン、面倒臭いからまいてきた」

「へーえ、親子三人で抜け出すなんて、あざやかものだね」

「ナアニ、あいつらまくのは屁でもないよ。ただまくとね、尾行の奴が譴責になるんだそうだ。だから、よくよくのことがなけりゃ気の毒だからまかないことにしてるよ」

 と、アハハハと高く笑った。


(横関愛造『思い出の作家たち』/法政大学出版局/一九五六年十二月五日)


 その日の朝早く、盛装をした野枝と魔子は、買い物にでも行くふりをして表玄関から堂々と出た。

 その後、大杉は手拭をぶら下げて近くのお風呂屋に行った。

 二時間経っても大杉が風呂屋から戻らないので、尾行が三助に聞くと、大杉はもう一時間も前に裏口から出て行ったという。

 さあ大変ーー尾行が大騒ぎしているころ、大杉は品川駅で野枝と魔子に落ち合い、茅ケ崎行きの汽車に乗っていたのである。





 大杉の帰朝歓迎会が開かれたのは、七月二十八日だった。

『読売新聞』(七月二十九日)によれば、会場は京橋鍋町のパウリスタで、会は午後七時半から始まった。

 主な出席者は室伏高信村松正俊加藤一夫服部浜次、有島生馬、千葉亀雄秋田雨雀、安成二郎、岩佐作太郎、新居格、近藤憲二、野枝など。

 変わり種では、大杉の高等小学校時代の柔道の師範だった坂本謹吾も出席。

 総勢五十六名の会だった。

 午後九時十分、閉会。

『読売新聞』にはワンピースに帽子を被った野枝と、大杉のツーショット写真が掲載されている。

 秋田雨雀はこう記している。


 暑い。
 
 散歩。

 墓地で日光浴をやった。

 夜、パウリスタで大杉君の歓迎会があった。

 大杉君は若くなったような気がする。

 野枝君は洋装していたが、お腹が大きいのだそうだ。

 利部をスパイだといって、ある男がなぐりかかったので、みんなでとめた。

 カフェ・新橋とロシアによった。


(『秋田雨雀日記 第一巻』/未来社 /一九六五年)





 大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、「利部」は慶応出身で秋田の地主の息子、利部一郎。

 安成二郎「二つの死」の本人の解説によれば、発起人は小川未明、加藤一夫、山本実彦、室伏高信、新居格、秋田雨雀、安成二郎、石黒鋭一郎、村松正俊、北原鉄雄、千葉亀雄、城戸元亮の十二人だった。

 案内状にはこう書かれていた。


 日本を脱出した大杉栄君が巴里の牢屋から帰つて来ました。

 そこで、我々少数の友人が、来る七月二十八日午後六時から、銀座カフェー・パウリスタに於いて、氏の歓迎会を開き、ゆつくり寛談する事にしました。

 貴君も御出席下さるならば幸ひです。


(安成二郎『無政府地獄 - 大杉栄襍記』「二つの死」/新泉社/一九七三年十月一日)


 会費は二円だった。



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 20:58| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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