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2017年01月27日

第419回 有島武郎の死






文●ツルシカズヒコ



 大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、一九二三(大正十二)年七月十三日ごろ、大杉の次弟・勇が大杉家を訪れた。

 勇はフランスから帰国した兄に会いに来たのである。

 六月、アメリカ・ポートランドから橘あやめが、宗一を連れて来日した。

 あやめは結核を患っていたので、その治療のために帰国し、次姉・柴田菊が在住している静岡市内の伴野病院に入院していた。

 あやめは横浜在住の三兄・勇に宗一を預けていたが、宗一も体調がよくなく、奥山医師に診てもらっていた。

 勇は妻と宗一を伴って大杉家を訪れたが、この時のことを野枝は菊宛ての手紙に、こう記している。

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 勇さん夫婦が宗坊を連れて来てくれました。

 そして、いろ/\と病気の話しも聞きましたが、静岡の医者は宗坊の肺尖(はいせん)は悪くないと云つたのださうですね。

 ですけれども、何んですか私達の素人目で見てさへ宗坊の肺尖の悪いのが、明かに分るやうに思はれるのです。

 貴女(あなた)はさう思はれませんでしたでせうか。

 宗坊の肺尖は悪くないと医者から云はれて、アヤメさんがそれを信じて居られるのでしたら、それはアヤメさんの心をやすめて身体(からだ)にもさはらないといふ道理ですから、アヤメさんの病体のためにはそれでいゝかも知れませんが、私には何(ど)うも宗坊の肺尖が無事だとは思はれません。

 アヤメさんには知らさないで、もつとよい医者に宗坊の体を是非見せたいと思ひます。

 アヤメさんの腸は未だいけないさうですが、上の病気が下に来たのでなければよいがと案じられてなりません。

 腸結核にでもなつてはとても助からないと聞きますから、ほんたうに心配です。

 アヤメさんも折角病気を癒(なを)すために、日本まで帰つてこられたのですから、こんどこそはゆつくりと根本的に治して貰ひ度(た)いと思ひます。

 私が起きられるやうになりましたら、そちらへ行つてアヤメさんにつき切つて看護をしてあげ、いまのうちに早く癒してあげねばならぬと思つてゐます。


(橘あやめ「親切な野枝姉さん」/『婦人公論』一九二三年十一月・十二月合併号)





 あやめがこの手紙の存在を知ったのは、大杉、野枝、宗一が虐殺された後だったが、その経緯をあやめをこう記している。


 左に記します野枝さんの手紙は、私も最近になつて菊子姉さんから見せて戴き、嬉し涙に濡れながら読んだ手紙なのです。

 これは七月の末頃に菊子姉さん宛てに下すつたものでして、宗坊の病気のことが書いてある為(ため)に、菊子姉さんは病院に居る私の体を気遣つて其の当時は見せて下さらなかつたのでした。


(同上)


 野枝はこの菊宛ての手紙とは別に、あやめには葉書(官製)を書いた。

 宛先は「静岡市下二番町一五番地 伴野医院内」。

 発信地は「東京市本郷区駒込片町一五番地 労働運動社」。


 九日の日に停車場から送つた帯は届きましたか。

 一寸(ちよつと)おしらせ下さい。

 病気の方は其の後どうですか。

 勇さんが来ての話では宗坊の病気ももう大した事はないさうです。

 お菊さんは始終見えますか。

 何卆よろしく

 七月十五日


(「書簡 橘あやめ宛」一九二三年七月十五日/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)





 七月十六日『大阪毎日新聞』に、有島武郎の死についての大杉(O)と野枝(I)の対話が掲載された。


O あなたは有島をよく知つてたんだらう。

I 二三度会つたわ。

  だけど、何んだかめいりこんで、ずゐぶんおぢいさんのやうな感じのする人だつたわ。

O さうかなア。

  僕は子供じみた感じのする人だと思つたがなア。

  がしかし、年でもつて恋愛を云々することはよくないよ。

  ゲエテだつて、あんなにおぢいさんでゐて恋愛をやつた例もあるんだからね。

  それに僕だつて、年増女はすきなんだ。

  ちりめん皺のよつた年増女の美と来ては、一種格別なところがある。

  それと同じやうに、女の方からいはしても、年増男には一種の美があるだらうと思ふが、さう行かんか    ね。

  あなたはどう思ふ。

I さアねえ。

O ぢや、まアさうしとくんだね。

I ぢや、まアさうしとくわ。

O ところで、もしもだね。

  あの三人の遺児が、あすからでも路頭に迷ふやうな状態に置かれてゐる有島だつたらだ、はたしてあゝい   ふ死の道を選ぶことが出来ただらうか、とまア、斯ういふ論をする人もあるといふんだが、これについて   あなたはどう思ふ、僕はあゝいふ場合、貧乏であればあるほど死ぬものだと思ふよ。

  死んで行く当のおやぢは勿論、子供だつてその方がよつぽどしあはせだらうぜ。

  貧乏なおやぢに抱えられてゐるなんざア、子供にしたつてたしかにありがたいことぢやあるまいからな    あ。

I さア、あながちさうは行きませんよ。

  どちらにしたつて、子供はやつぱり可哀さうだわ。

  わたしは、有島さんのおかアさんと三人の遺児が、うなだれて写真に出てゐるのを見ましたけど、何んだ   か可哀さうでならなかつたわ。

  殊にあのおかアさん、愛国婦人会の幹部だとかいふあのおかアさんの、それにふさはしい悲しみが察しら   れましてね。

O 時にあなたは、あの女の人を知つてたのかね。

I 二三度来たわ。

  婦人記者なんてものはその職業柄からでせう、総じていゝなりをしてるものですが、あの女の人もずゐぶ   んけば/\しく着飾つてゐて、何んだか斯う軽薄に見え勝ちでしたわ。

  さうしてわたし、さうえらい人だなんて思つたりしなかつたけど……。

O 女にえらいなんてのはないものだよ。

  えらいなんてことをしひていはうとすれば、そりやア男の方にあるだらうね。

  さうぢやないかな。

I まアそんなこととでもいひますかね。

O 一体人間は死ぬ時にまでも虚栄といふやつがあるな。

  たとえば死んでからまでもきれいな姿でゐたいといふやうなことだ。

  お鼻やお尻から棒を垂らしたりしちや、どうも見つともないといふやうな考へかただ。

  有島は斯ういふことをちつとも考へなかつた。

  その遺書にも、死体は腐乱して発見されるだらうと書いてあるが、これなども美醜の感念や批評やを超越   して、あらかじめ期待して死んだのはえらいことだよ。

  それから、死ぬのに一番骨の折れない『首ツ吊り』といふ手段を選んだのも、有島らしい理性のひらめき   方として、ちよつとおもしろいことかも知れんね。

  死んだ場所が別荘でなくて山の中であり、腐つた死体が山の中から発見されたりしたら、これもちよつと   面白かつたかも知れん。

  僕はこの『別荘』といふことで思ひ出したが、有島はあれを『別荘』呼ばはりされるのを大変いやがつ    て、『あれは小屋だ/\』てなことをいつてゐたつけ。

  これは一人でしやべりすぎた。

  あなたももつとしやべらなきやいかんよ。

I わたし、何もしやべることはないわ。

  もう沢山だわ。

O それで合評はひどいなア。(以上談話)


(「ふたりごとーー有島武郎の死について」/『大阪毎日新聞』一九二三年七月十六日・三面/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』資料篇)


『定本 伊藤野枝全集 第三巻』解題によれば、『大阪毎日新聞』には『近代思想』の寄稿者だった和気律次郎が記者として勤務していた。

 その伝手で『大阪毎日新聞』は、こういう記事を掲載できたということなのだろう。



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 23:55| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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