2017年01月11日

第412回 性教育






文●ツルシカズヒコ



 野枝は『中央公論』一九二三(大正十二)年六月号に「禍の根をなすもの」を寄稿した。

『定本 伊藤野枝全集 第三巻』解題によれば、「頻々たる性的事件と性道徳の新目標」欄の一文で、他に長谷川如是閑、三宅雪嶺、安部磯雄、菊池寛、神近市子、片山哲、加藤一夫、大山郁夫など十一名が執筆している。

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 以下、抜粋要約。

 ●最近、騒がれている性の問題、特に若い未婚の婦人たちのそれに対して、保護者たちの間に巻き起こされている憂慮については、子女の教育方針が根本的に改められない以上、決して取り除くことができないものだと信じております。

 ●今までの女は、ただ男の妻としてできるだけ高く売りつけられる目的だけで教育されてきました。

 ●家庭での教養も学校での学問も、嫁に行く目的だけで身につけさせられるのです。人間としての自分の将来を考えることは、ダブーとされています。

 ●そういう教育、年長者の保護の下、若い娘たちは盲目的に処女を捧げた男に一生を捧げなければならないという道徳を信じさせられているのです。

 ●保護一辺倒の処女の一番の危険は、隔絶された異性に対する無知と憧憬です。そこに悲劇が生じます。

 ●性的道徳とか性的教育とかが、頻(しき)りに流行する言葉になっています。

 ●なぜもう少し、自由に男の子と女の子を一緒にすることができないのでしょうか?

 ●今まで仲良くして来た男の子と女の子を、なぜ無理やりに引き離さなければならないのでしょうか?

 ●無分別な男女の「隔絶」がすべての悪い結果をもたらすのです。

 ●私は声を大にして言います。性問題を危険な傾向に導いたのは、老人どもの不純な精神だと。

 ●男も女も性別を意識するより先に、まず「人間」に対する識別を教えられるべきです。

 ●娘たちは男の妻として準備される教育から解放されなければなりません。少年少女の間にある性別の意識を伴わないフレンドシップが自然に育てられなければなりません。

 ●現在のすべての若い男女間の不純な関係は、ただ両性間の理由のない隔絶が生む無知と憧憬に根を張っているのです。

 ●平気で他人の娘の節操を犯す人たちが、自分の娘の節操にはなぜあれほど騒ぎ立てるのでしょうか。これが富裕な人々の贅沢な手前勝手でなくてなんでしょうか。

 ●未婚の娘の処女性はただ富裕な階級の人々にとってのみ大事なのです。貧しい家の子の節操は否応なしに踏みにじられます。

 ●踏みにじられた女たちは、男に対する鑑識眼を持つようになります。妻以外の女がどれほど多くの男を自由にしているかという事実が、それを証拠立てています。それは踏みにじられた女たちの、一種の復讐と見ることもできると思います。





 以下、野枝の性教育観を引用。


 最後に、私は性教育と云ふ事について一言したいのです。

 あの問題も、私は今騒ぎまはつてゐる女学校の先生方や、保護者達が、自分等の利己的な立場からする教育には反対します。

 まだしも放つておく方がいゝ位です。

 あの人達は到底冷静に、性の秘密を話して聞かせる資格を持ちません。

 たゞ、危険に対する憂慮ばかりが、あの人達の心持を領してゐます。

 それ故、あの人達は冷静に根本問題に触れる事が出来ません。

 おもふに、性教育と云ふものは、それ程に大さはぎをする必要のない事ではありますまいか。

 私は最近フランスの科学者のアンリ・フアブルが子供へ科学知識を与へる為めに書いた書物を翻訳しましたが、その間に、沢山のありがたい暗示にふれました。

 殊にありがたいのは、生物の繁殖についての微妙な説明です。

 就中(なかんずく)、植物の花粉と結実の関係は、立派にそれを人間の生殖の上に移して来られます。

 性の差別について、何の不純な考へも持たぬ子供達に、純粋な科学の立場から、生物の繁殖と云ふ事についての事実をよくのみ込ませておきさへすれば、必要の場合には僅かの冷静な言葉で、適確に人間の生殖の真意義をつかませる事ができます。

 生理も、衛生も、充分に、言葉をつくして説明する事が出来るでせう。

 私は、それだけの事で充分だと思ひます。

 それ以上は、子女自身の処理にまかせていゝ事ではないでせうか。

 要するに、問題の根本にあつて禍するものは、不自然な男女の『隔離』です。

 第一に、保護者、或は教育者の位置にある人達自身が、まづ甚だしい性別の意識にこだはることから解放されなければなりません。

 男も女もおんなじに、一人前の『人間』をつくる事を先づ心がけなければなりません。


(「禍の根をなすもの」/『中央公論』一九二三年六月号・第三八号第六巻/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)





 野枝が翻訳した「アンリ・フアブルが子供へ科学知識を与へる為めに書いた書物」とは、大杉との共訳のファブル科学知識叢書第一巻『科学の不思議』(アルス・一九二三年八月一日)である。

『科学の不思議』の英語版は 『The Story Book of Science』(by Jean Henri Fabre)で、「植物の花粉と結実の関係」とは「The Blossom」「Fruit」の下りであろう。



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 01:21| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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