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2016年12月19日

第402回 rien á faire






文●ツルシカズヒコ



 林倭衛「仏蘭西監獄及法廷の大杉栄」によれば、アンチーブに滞在していた林は、小松清の誘いでアンリ・バルビュスに面会し、林はバルビュスの肖像画を描くことを了承してもらった。

 大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、林がバルビュスに面会したのは、一九二三(大正十二)年三月三十日だった。

 大杉が林に出した手紙の中にも、バルビュスについての言及がある。


 バルビユスの肖像画がうまく行くといいがね。

 僕もバルビユス(共産党)とアナトル・フランス(共産党から除名された)とロメン・ロオラン(先づ無政府主義)との三人に会つて、三人の比較評論を書いて見たいと思つてゐるんだが、それには三人の本を大ぶ読まなければならんので、まだいつの事になるか分らない。

 リオンではまだ女を知らない。

 君のやうな悪友がゐないもんだからね。

 火曜二日。


(『改造』一九二四年六月号・林倭衛「仏蘭西監獄及法廷の大杉栄」/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』「脱走中の消息」/大杉栄研究会『大杉栄書簡集』一七九 林倭衛宛・一九二三年四月二日)

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 ちなみに林倭衛「仏蘭西監獄及法廷の大杉栄」には小松清はKと記されているが、『大杉栄書簡集』・一七八の補注がKを小松清と指摘している。

 林は結局、バルビュスの肖像画を描くことをキャンセルし、四月九日ごろリヨンに行き、二十日ぶりに大杉と会った。

 林と一緒に小松も来たが、小松はその日のうちにパリに向かった。

 林は大杉が滞在しているオテール・ル・ポワン・デュ・ジュールの一室に投宿し、一週間ほどリヨンで過ごした。

 大杉は「日本脱出記」の原稿の末尾に「ーー 一九二三年四月五日、リヨンにて ーー」と記している。

 つまり『改造』七月号(一九二三年)に掲載された「日本脱出記」を脱稿したのが「一九二三年四月五日、リヨンにて」だったわけだが、この原稿を日本に送る段取りをしたのは林だった。

 林は「仏蘭西監獄及法廷の大杉栄」に「……彼は改造に送つた『日本脱出記』に手を入れ、其が出来たので僕の手を経て巴里に廻し、そこから日本へ送つた」と書いている。





 待てども待てども、大杉のドイツ行きのビザは下りなかった。

 春爛漫。

 リヨンの畑には林檎や梨子の花が咲き、道ばたのプラタナスやマロニエが青々とした若葉を茂らせていた。

 大杉と林は地図を頼りに、リヨン郊外に散歩に出かけた。

 カフェで大杉は熱い珈琲を飲み、林は葡萄酒の杯を傾けた。

 林は大杉が語った、ある計画を記している。


 彼は或時斯麼 (こんな)ことを云つた。

『ドイツから帰つたら、ローン河を船でアビニオン辺りまで下だらうぢやないか、アビニオンの近傍に、フアブルの居たところがあるんだ、そこへ行つて見たい』

 このローン下りは僕も……考へてゐたことだつたので、大いに乗気になつて、その計画などを話し合つた。


(林倭衛「仏蘭西監獄及法廷の大杉栄」/『改造』一九二四年六月号)





 そうこうしているうちに、大杉のドイツ行きの旅費をほとんど使いはたしたので、とりあえず林はパリに出ることにした。

 パリに出た林は、サン・ミシェル橋に近いセーヌ河岸に宿をとった。

 向かいはパリ法院警視庁ノートルダム寺院、下流の方にはルーヴル宮殿が見える。

 金を都合してリヨンの大杉に送った林に、大杉から二通の手紙が届いた。


 きのふ高等課へ行くと、金曜日に警視庁へ廻してあるから、今から直ぐ向へ行くといゝ、多分もう出来てゐるだろうから、と云ふ。

 喜んで行つて見ると、まだゞ、Il faut attendre quelques jours だと云ふ。

 ……要するに、Il faut attendre quelques jours のほかに rien á faire だ。

 ……ケルク・ヂュウルになると、あしたになつてもあさつてになつてもやはりまだケルク・ヂュウルだ。

 ……きのふは……ゴリキイの Engagnant mon Pain と云ふ自叙伝小説を買つて来て、けふまでそれを読み耽つてゐる。

 もう十七日だ いやになつちまうよ。


(『改造』一九二四年六月号・林倭衛「仏蘭西監獄及法廷の大杉栄」/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』「脱走中の消息」/大杉栄研究会『大杉栄書簡集』一八〇 林倭衛宛・一九二三年四月十七日)


「Il faut attendre quelques jours」の英訳は「It takes a few days」で和訳は「数日かかります」、「rien á faire」は「 nothing to do」で「どうしようもない」。





 きのふ電報を受取つた。

 金はまだ来ない。

 きのふ午後又警視庁へ行つた。

 するとこんどはケルク・ヂュウルどころではなく、ア・ラ・スメエン・プロシエンになつた。

 来週になつて又行けば、こんどはオ・モ・プロシエンになるのかも知れない。

 ……オ・モ・プロシエンがこんどは又ア・ランネ・プロシエンになるだろう。

 くさ/\すろ事おびたゞしい。

 十九日。


(『改造』一九二四年六月号・林倭衛「仏蘭西監獄及法廷の大杉栄」/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』「脱走中の消息」/大杉栄研究会『大杉栄書簡集』一八一 林倭衛宛・一九二三年四月十九日)


 大杉栄研究会『大杉栄書簡集』一八一によれば、「ア・ラ・スメエン・プロシエン」は「来週に」、「オ・モ・プロシエン」は「来月に」、「ア・ランネ・プロシエン」は「来年に」である。

 このあたりの苛立ちを、大杉はこんなふうに書いている。


 ……又例の日参だ。

 あした、あさつてと云はれるのにも飽きて、少々理屈を並べると、フランス人の癖の両方の肩を少しあげて、『俺あはそんな事は何んにも知らねえ』と云つたまま相手にならない。

 其の肩のあげかたと、にや/\した笑顔の癪に触るつたらない。

 行くたびにむしやくしやしながら帰つて来る。


(「入獄から追放まで」/『改造』一九二三年九月号/『日本脱出記』・アルス・一九二三年十月二十五日/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第三巻』・一九二五年七月二十五日/日本図書センター『大杉栄全集 第13巻』)



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 09:38| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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