2016年12月18日

第400回 水平運動






文●ツルシカズヒコ


『労働運動』三次・十三号に、野枝は「失業防止の形式的運動に対する一見解ーー生きる権利の強調と徹底」と「お花見眼鏡(時事短評)」を寄稿した。

「失業防止の形式的運動に対する一見解ーー生きる権利の強調と徹底」は、『労働運動』同号の一面巻頭の論説である。

 以下、その抜粋要約と引用。

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〈一、形式的な運動〉

 ●「失業防止」の声がだいぶ大きくなってきた。

 ●だが、政府や資本家はこの運動の恐ろしさを充分に感じてはいない。まだ窮迫した失業者の真剣な自覚的運動ではないからだ。

 ●なにがその運動の根本精神を妨げているのだろうか?

 ●指導者らが目の前の小さな効果だけを急ぎ、それによって労働者の信望をつなぎ、自己の野心を満たそうとしているかである。

〈二、権力者と労働者〉

 ●「失業防止労働者同盟」前半、失業の不合理を指摘した点はなんの異存もない。まさにその通りである。

 ●「失業の悲惨を完全に無くする方法は唯だ資本主義の撤廃である」とまではいい。

 ●「現に資本主義が存続してゐる限りは、失業の全責任は資本家階級と其の代表者たる政府の追うべきものである。八十万の失業者は資本家階級と政府に対して生活の保証を要求する当然の権利がある」

 ●だから「吾々は労働階級の当然の権利として、政府に対して失業問題の解決を要求するために一斉に決起しなければならぬ」とある。

 ●なるほど、当然の言い分だ。しかし、労働者の当然の権利を資本家階級が本当に認めるだろうか?

 ●彼らは自分たちの冨を擁護するためには、労働者の正しい権利ぐらいはいつでも一蹴する。

 ●政府は絶対の権力者であり、資本家擁護の機関だ。彼らは厳として労働者の生殺与奪の権を握っているのだ。

 ●「合法的」と称する手続きを踏んで、労働者の正当な「権利」が「恩恵」として「許可」されるまでの月日は容易なものではない。


〈三、矛盾した要求〉

 ●「失業防止労働者同盟」前半は、政府や資本家の横暴や不信をあますところなく糾弾しているが、後半にいたっては譲歩して「最少限度」の六つの要求をしている。

 ●労働者が譲歩の意を示せば、資本家や政府がその意を諒とするとでもいうのだろうか。そんなことはありえないのだ。

 ●なぜ、そんな可能性の少ない妥協的な「要求」を持ち出したのだろうか? 私が腑に落ちないのはその点である。

 ●自覚した労働者は、このような空虚な標語を掲げることを恥とするに違いない。


〈四、飢餓の恐怖〉

 失業は、今に始まつた事ではない。

 労働者は資本家の都合次第で、どんな好景気のときにでも失業する。

 資本家共は労働者や其の家族を飢えに追ひやる事を何とも思つてはゐない。

 まして不景気に際しての解雇にどれ程の責任を感じ得よう。

 労働者は其の失業に対する責任を資本家や政府に問う権利はある。

 しかし彼等の感じない責任をいくら問ふたと処でどうする。

 飢餓に迫られて、人間としてのすべての教養によつて得た誇りを、省みる事の出来なくなつた人間には、此の世の中はどういう風に見えるだらう?

〈五、生きる権利〉

 失業者は、空虚な標語によつて指導者を仰いでの空騒ぎを止めなければならない。

 必要なのはたゞ、失業者がその職を奪はれても、食物をもぎとられても、必ず堂々と生きる道を見出すであらうと云ふことを、権力者に宣言することだ。

 彼等の権力が、その資力が、其の支配が、どれ程大きいものであらうとも、遂に人間の生きる権利を奪ふ事は出来ないのだと云ふ人間の命の貴さに持つ自負を、彼等に示してやる事だ。

 生きる権利!
 
 飢えた人間の、最大の、そして最後の仕事は、其の生きる権利を恥かしめない事だ。

 自分の為めに当然与へられたものを、他人に乞ふと云ふやうな情けない真似をしない事だ。

 どうすれば、誰もが飢えずに、誰もが公平な分け前に与(あずか)り、他人を犯さずに生きていけるか、と云ふ事は、失業したものと、せぬものとの別なく、間違つた制度の下に苦しめられてゐる人間の、等しく考へなければならぬ事だ。

 此の資本家の横暴な支配下に生きてゐる労働者の間には、失業者と失業者でないものとの間にどれ程の隔りがあらう?

 両者の不安は、飢えは、五十歩と百歩の相違もない。

 殆んど同一だ。

〈六、正しい主張〉

 少々の目腐れ金では失業者は救はれないのだ。

 少々の政策の改善では労働階級の飢えは癒されないのだ。

 乞ふて与へられるものには、必ず恩恵が付随して来るのだ。

 自覚した労働者は、かかる侮辱を甘受する忍耐は持たないだらう。

 権利は譲歩から、自屈からは生まれない。

 譲歩は主張を卑しめる。

 生きる権利!

 それのみが凡ての人間に一様に与へられた唯一無二の正しい権利だ。

 そして他人の生きる権利を犯す事は、何よりも許しがたい人間の最大の罪悪である。

 失業者よ!

 諸君は政府や資本家の保護を求める前に、其の仕事を乞ふ前に、諸君が生産した物資が、一切の食物が、何処に処分されつゝあるかを知らなければならない。

 搾取機械にとりすがる前に、先づ考へなければならない。

 失業労働者団結せよ!


(「失業防止の形式的運動に対する一見解ーー生きる権利の強調と徹底」/『労働運動』三次十三号・一九二三年四月一日/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)





 以下、「お花見眼鏡(時事短評)」の抜粋要約と引用。

〈直接行動の流行〉

 ●今から五、六年前だったら、直接行動という文字を書いただけで、雑誌は販売頒布禁止にされた。そのころと比べたら、昨今の進歩は驚くほどだ。

 ●神聖なはずの議会で「ポカポカ」殴り合いをする程度はまだ罪はないが、このごろニョキニョキと台頭してきた反動主義者の直接行動。官憲が彼らの直接行動をありがたがっているにいたっては、呆れるほかはない。

 ●しかし、いわゆる「国粋」を主張する面々によって、直接行動が正当な手段だという風潮になれば、これは結構なことだ。

 ●誰も彼も、他人の手ぬるいやり方を、黙って我慢しているものは少なくなっていくだろう。直接行動! ありがたい流行ではないか。

〈紳士的労働者〉

 ●野心家の社会主義者、そんなのは本当は労働者でもなければ労働者の味方でもない。

 ●「資本家は悪辣横暴の手段で圧迫する、が、僕達はあくまでも紳士的態度でーー」などと、労働運動のリーダーは労働者を指導するが、労働者の真の利害はこの不当な「紳士的態度」と称する屈辱のために犠牲にされている。

 ●いつまでもおとなしくリーダーどものいうことを聞いていても、いつまでたっても「時機が到らない」のだ。

〈抜け目のない利用〉

 水平運動が大分活気を呈して来た。

 結構な事だ。

 吾々は全人類の解放運動の戦線に立つてゐる以上は、その運動への充分な協力はしなければならない。

 しかし、吾々は、水平社の人々と共に局部的なその戦線に立つ必要はないのだ。

 吾々は別の方面で、そして同じ人類の解放運動の上での同志として、お互ひの必要に応じた協力をすれば足りるのだ。

 最近、少し世間の耳目を聳(そばだ)たせる運動があると、抜目なく其の運動に媚びを送つて勢力扶植に余念のないものに、共産党がある。

 彼等は水平運動のその牢固たる結束の力を、其の権力獲得運動に利用しようとするのだ。

 彼等は決して虐げられたる階級の解放の為めに働いてゐのではない。

 彼等は虐げられた者の偉大な反抗の力を利用して、自家の権力を固めようとする、恐ろしい野心の虜となつてゐるのだ。


(「お花見眼鏡(時事短評)」/『労働運動』三次十三号・一九二三年四月一日/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



 
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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