2016年12月04日

第393回 四平街






文●ツルシカズヒコ



 二月二十二日の『東京朝日新聞』に、「大杉氏は再び日本へ上陸させぬ方針か 突如満州四平街に現はると廿一日午後外務省に入電 露国入りには不干渉の我官憲」という見出しの記事が載った。


 問題になつて居る大杉栄氏は長春を通過して北行露西亜に入るべく専ら噂されて居るが、

 未だその姿を見せない、

 然るに二十一日午後我外務省へ同氏が二十一日突然満州四平街に現れたとの入電があつた、

 多分同地から哈爾濱(ハルピン)を通過して入露するだらうといはれるが、

 我官憲では同氏の入露に就ては干渉しないが、

 其代り氏が再び日本へ帰るやうなことがあるとても、

 かの片山潜氏と同様断じて上陸を許可せぬ方針らしい


(『東京朝日新聞』一九二三年二月二十二日・五面)


 後藤警保局長はこうコメントしている。


『……大杉氏の上海行きを知らずに居たのではありません、上海へ行つたからとて問題にしたく無いと思ふ、神戸から船で行つたことも聞いて居ます、勿論警視庁も知つて居る筈ですが、それをどうかうする訳には行きますまい』

『帰朝するとしても上陸を許すか許さぬかと云ふことは考えて居ません、従つてその場合で無ければ、どうするかと明瞭にお答へする訳には行きません』


(同上)

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「夫が帰らねば私も日本を去る 併しソンナ事の無い様に 子供を寝かせて伊藤野枝女語る」という見出しの、野枝に取材した記事も載っている。


 駒込片町の労働運動社で数名の同志に囲まれつゝ、夫栄氏の留守を淋しく守る伊藤野枝さんは二十一日の夜、宵から愛児を二階に寝かして何事か語り合つて居た、

『大杉がもし内地に上陸禁止になつたら其時は私も日本を去り、

 大杉の跡を追うて行くことにならうと思ひます、

 台所に居る時も原稿を書いて居る時も私は絶えず其決心だけはして居ます、

 さうでした暮れの二十三日に朝の食事をすまして大杉は汽車の時間が遅れるからと大変に急いで、出掛けましたが非常に元気でした、

 其時は只「左様なら」と言つた切り私も大杉も何も言ひませんでした、

 併し決心してゐるものゝ上陸が許されなくなるやうなことになると実際は困ります、

 どうぞそんなことの無いやうにしたいものです』

 と耐へ難ない淋しさを見せたが、フイと話題を変へて

『大杉は家庭生活では誠に優しい父でした、

 まこ(七才)を愛する事は非常なもので、それだけ父が居無くなつてから、

 まこは大変に慕つて居ましたが此頃では人の居る時は父の話は致しません、

 併し父がどんな立場にあるかと云ふことを朧気ながら知つて居るやうで私と二人だけになると色々な話も出ます』

 と語った


(同上)


 この記事には火鉢の前に座った和服を着た野枝の写真も掲載されているが、野枝は顔や体がふっくらとして、貫禄のあるおかみさん然としている。





 二月二十五日、野枝はアメリカのポートランド在住の橘あやめに手紙を書いた。

 文面は十ノ廿(二百字詰め)松屋製原稿用紙五枚にペン書きである。


 お手紙ありがたう。

 それから、お送りのお金もありがたく頂戴しました。

 宗坊ちやんに何か送つてあげたいとおもつてゐますが、どんなものをお送りしていゝか見当がつきません。

 何か欲しいとお思ひになるものがありましたら、何卒おしらせ下さい。

 はやくにお手紙をさしあげようとおもつてゐましたけれど、昨年暮から大杉が旅行して留守ですのでいろ/\用事がふえたのと、子供が代りばんこに病気をしたりしてゐましたので、つい/\失礼しました。

 あしからず。

 一昨日、静岡のおきくさんが、再渡米するお友達を送るとかで横浜にゐらつしやいましたのでお目に懸つて来ました。

 あなたのお話もいろ/\と出ました。

 私も留守になつてからは気が張つてゐるせいかまだ寝込むやうな事もなく、少し肥つてまゐりました位ですから此の分ならば、とおもつて居ります。(※赤字部分は『大杉栄全集 第四巻』には記述なし。以下同)

 大杉は今洋行中です。

 来年四五月頃でないと帰つてまゐりますまい。

 あなた方も御無事で三人で楽しく暮らしてゐらつしやれさへすれば、日本へなぞ帰つてゐらつしやる事はありません。

 出来るだけゐらした方がよろしいでせう。

 日本へ帰ればいゝ事もある代りに、煩(うる)さいこと不自由な事だらけです。

 まあ/\よほどおいやにならぬ限りは、そちらにゐらつしやる方がいいでせう。

 体さへ丈夫ならば何処にゐたつておなじ事ですからね。

 私共も、噂さほど金持では決してありません。

 相変らずの貧乏ですけれど、それでも兎に角まあたべるのに困るというふやうな事はありませんから御安心下さい。

 私共はどれだけ金が入つても足りないのですし、主義として貯蓄をするなどと云ふ事は出来ませんから、月に千円はいらうと千五百円はいらうと、はいるだけは出す途をこしらへて行くのですから、財産などと云ふものは出来つこはありません。

 しかし、今のところ、兎に角あなたを心配させるほど貧乏ではありませんから何卒御安心下さい。

 あなたのお写真も送つて下さい。

 私も去年から洋服を着てゐます。

 買ひ物をお願ひしたいのですが、何にしろ送つて頂くのに厄介ですからね。

 今のところ、大低のものは横浜で間に合はせてゐます。

 日本の食べものか何かで欲しいとお思ひになるものがあれば、何卒遠慮なく仰云つて下さい。

 すぐにお送りしますから。

 勇さんのお嫁さんもなか/\活発ないゝ人らしいやうです。

 まだ私も一度きりでよくわかりませんが。


 また今度書きます。

 あなたも本当にをり/\おたより下さいませ。

 二月二十五日(大正十二年) 

 野枝 


(「消息(伊藤)」大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』/「書簡 橘あやめ宛・一九二三年二月二十五日」『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)





「おきくさん」は、大杉の次妹・菊、一九〇七年に渡米し柴田勝蔵と結婚、一九一六年に帰国、一九二一年に静岡市に定住した。

 さて、赤字部分がなぜ『大杉栄全集 第四巻』では、削除されているかである。

 以下、筆者(ツルシカズヒコ)の私見。

「私も留守になつてからは……」の下りは、編集を担当していた近藤憲二が単純に必要ないと判断したのかもしれない。

 しかし、「勇さんのお嫁さん……」の下りは、近藤の意図的な判断で削除されたと思われる。

 大杉豊『日録・大杉栄伝』の「あとがき」によれば、大杉栄の次弟・勇は最初の伴侶とは離婚し、再婚後に生まれたのが大杉豊だという。

 とすれば、『大杉栄全集 第四巻』(一九二六年九月八日に発行)編集中に、勇とその最初の妻との夫婦関係はこじれていて、あるいはその時点でふたりは離婚していたので、近藤はそのへんに配慮して「勇さんのお嫁さん……」の下りを削除したのではないだろうか。


●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 08:43| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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