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2016年11月28日

第391回 おいねさん






文●ツルシカズヒコ



『労働運動』三次十一号(一九二三年二月十日)に、野枝は「日本機械工組合の内紛ーー機械工組合の新陣容 関東機械工組合の創立」、「恐くないロシア」、「行衛不明」を書いた。

「恐くないロシア」は、ヨッフェ・ソ連極東部代表の来日について言及している。

 ヨッフェは、日ソ国交回復について会談するため、後藤新平の招きで二月一日に来日した。

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 大杉の行方についてはいろいろな報道や噂があった。

 当初、警視庁の話では、十二月中旬から風邪で寝ていた大杉がいつのまにか抜け出し、年が押しつまってから大騒ぎを始めたが、上海で捕まって二十日間の拘留後、一月末には帰るはずだった。

 しかし、少し経つと話が違ってきて、北京にいてロシアからの申し出で、山川、堺の了解の下に片山潜に会いに行くことになった、所在はわかったが警視庁は捕らえることはしないという。

 警視庁から旅券と金をもらってドイツに行ったという噂も流れた。

 雪に埋もれた越後赤倉の温泉で悠々自適に著述に耽っているという新聞報道もあった。





 かうなると留守居連も豆鉄砲の包囲に会つた鳩よろしく、目ばかりパチクリだ。

 だが、何といふ結構づくめな話だらう。

 ロシアへ行つてシコタマ金を持つて来るだらうといふのも耳よりな話なら、何しに行つたか知らないが、とても手に入りさうもない旅券と、たんまり貰つた金で、マルク暴落のドイツを大名旅行も至極結構な話。

 又温泉で、天下の騒ぎを他所(よそ)に悠々自適もまんざら捨てたものぢやない。

 これがみんな本当だつたら福徳の三年目だけれど。

 尤も、警視庁の話には、もし大杉がボルに宗旨がへをしなければ生きてロシアを出る事は出来まいと云ふ不吉な話もあるにはあるけれど。

 さて此の噂の御本尊は一体何処におさまつてゐるか。

 何をしてゐるか。

 此処に種をあかしたいのは山々だが、実はまだ本人から一回も通信もない。

 其処で、やがては来る其の通信を待つて、来月号には、其の行動を明かにする事が出来ようと思ふ。

(一・二五)


(「行衛不明」/『労働運動』一九二三年二月十日・第三次第十一号/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)





『労働運動』二月十日号が発行されたころ、大杉が乗船しているアンドレ・ルボン号は地中海を航行していた。


 地中海にて

 地中海はいつも荒れるので有名なところだ。

 大いに恐れをなしてゐたが、案外静かだ。

 尤も、紅海でちよつと荒れた時位には、いつも船が動揺してゐる。

 しかしまだ一度も吐かない。

 飯もいつも通り食つてゐる。

 けさ起きると直ぐ、イタリイとシシリ島の間の狭い海峡を通つた。

 いよ/\ヨオロツパにはいつたのだ。

 エトナ山は盛んに煙を吐いてゐた。

 今も或る火山島の直ぐそばを通つてゐる。

 長い間の船ももうあしたでおしまひだ。

 あさつての朝は早くマルセイユに着く。

 何よりも先づ、船の中の食事のまづかつた補ひに、うんとうまいものを食ひたいと思ふ。


(「脱走中の消息」/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』/『大杉栄書簡集』一六五 伊藤野枝宛・一九二三年二月十一日)





 船中の食事は、朝はパンとコーヒーかミルク、昼と晩は三皿、昼はチーズがつくが、バターは一週間に一度しかつかなかった。

 大杉は砂糖気に飢えていた。

 三等にはお茶が出ないので、毎日四時になると、大杉は一等の例のマダムのところへお茶をご馳走になりに行った。

 マダムにはロシア人のお供がひとりいたが、フランス語ができないので、大杉はマダムからニースまで一緒に行かないかと誘われた。

 大杉はマルセイユに着いたら電報を打ち、もし大会が終わっていたら、一週間ばかりニースに滞在することにした。


 ニイスはイタリアの国境に近い、フランス第一の好避寒避暑地だ。

 そこへロハでうんといいホテルに泊つて、まだ書き残してある原稿を書くのも悪くはない。

 尤も御亭主がすつかり衰弱してまるで動けないのだから、マルセイユへ行つてからの都合で、どうなるかまだよく分らない。

 時間がなくて、行きたいと思つてゐたカイロへ行けなかつたので、ポオトサイドで其の写真帳を買つた。

 魔子へのお土産にフランスから送らう。

 ポオトサイドではエヂプト煙草やトルコ煙草が馬鹿に安いのでうんと買ひ込んだ。

 尤も百本以上はマルセイユで高い税金をとられるさうだから、何んとかしてうまく持ち出さなくちやならない。


(同上)





 大杉はカイロでピラミッドを見に行きたかったのだろう。

 魔子へのお土産に買った写真帳は、ピラミッドの写真帳と思われる。

 アンドレ・ルボン号がマルセイユに着いたのは、二月十三日の早朝だった。


 リオンにて 十六日正午

 十三日の朝早くマルセイユに着いた。

 前文を書いてからそれまではキヤビンの中にばかり閉ぢこもつてゐた。

 大して荒れたわけでもないが。

 マダムのニイス行きが少し延びる事になつて、僕は一日マルセイユ第一のホテルにお客となつて、翌日リヨンに来た。

 おいねさんは受取つた。

 二、三日中にパリへ行く。

 会は注文通り四月一日に延びた。

 きょう××宛で電報を打つ。


(「脱走中の消息」/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』/『大杉栄書簡集』一六六 伊藤野枝宛・一九二三年二月十六日)


「おいねさん」は『大杉栄書簡集』によれば「金の意味の符牒か」。


●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 22:58| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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