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2016年10月21日

第382回 蕎麦喜千






文●ツルシカズヒコ



 鵠沼の旅館東屋から本郷区駒込片町の労運社兼自宅に戻った大杉は、十一月十二日と十一月十三日は少々疲れたので横になっていたが、いろいろ来客があり閉口した。

 十一月十二日、根岸正吉が死に、村木がその後片づけに横浜に行った。

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『大杉栄書簡集』(一五七)補注によれば、根岸は『労働運動』に詩を寄せていた。

 十一月十四日、大杉が仕事を始めようと思って朝、机に向かうと『東京日日新聞』記者の宮崎光男が来て、続いて三、四人来客があり、何もできないまま頭がボウとしてしまった。

 宮崎によれば、大杉は数日前に国粋会の何とかという男に鈴ヶ森で殺されて、品川の海に放りこまれたという記事が一、二の新聞に載ったという。

 この日は本郷区駒込片町の労働運動社兼大杉の自宅に、代準介も訪問している。


 けさ、宮崎が来る前に、博多のおぢさん(代準介)がひよつこり来た。

 そして魔子を連れて動物園へ行つた。

 午後の五時には出立すると云つてゐたが、まだ魔子は帰つて来ない。

 エマの薬はきのふ送つた。

 あいつは馬鹿に毒深いんだね。

 温泉に行つてそれで治るものなら、それもよかろう。

 二十五六日頃になれば少々金がはいるから、どの位かかるか云つて来るといい。

 しかし虫退治の方はうんとやらないと駄目だね。

 おぢさんが、ルイズが大変知恵がついてね、と云つてゐた。

 あいつは大ぶ発育がいいようだからもうそろそろハイ/\でもしやしないか。

 けふは近藤(憲二)の出がけに、あなたからの手紙を見た。

 ひまなもんだからこんな事を云つてからかつて来やがらあ、と云つてゐた。

 こつちへももちつとからかつて来いよ。

 ヘントウ腺の方は其後いかが。


(「消息・大杉」大正十一年十一月十四日午後六時/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』/
 『大杉栄書簡集』一五七)


 代準介は上京すると必ず、頭山満邸と大杉宅を訪れていたという。


 ……代は上京し、頭山満の霊南坂の家を訊ね、福岡・博多の近況を伝えた。

 次に大杉宅を訪ね、大杉と魔子に会い、野枝たちの近況を伝えた。

 代は判で押したように頭山邸、次に大杉宅、この順序は上京する毎に守られていた。

 代の上京はいつも降り分け荷物で、両家へのお土産を肩に携えていた。


(矢野寛治『伊藤野枝と代準介』/弦書房・二〇一二年十月三十日)





 三女・エマ(一歳)、四女・ルイズ(生後五ヶ月)を連れて今宿に帰郷していた野枝は、大杉との別居生活を満喫していたようである。


 野枝は一ヶ月余り、本を読み、文を書き、今宿の海や糸島(現・福岡県糸島市)の山、福岡や博多の町を楽しみ、英気を養った。

 平和な村の駐在さんもこの時ばかりは忙しくなる。

 尾行の刑事たちは所轄ごとで入れ替わる。

 野枝は博多の刑事たちともすぐに仲良くなり、子を抱いてもらったり、荷物を持ってもらったりと、上手に司直を使っている。


(同上)


 野枝の従姉の代千代子は、数え年七歳、四歳、二歳の三人の女児の母になっていた。


 当時、代準介は今宿の港湾整備事業や、住吉地区(現・福岡市南区)の大木集落の土地区画整備を本業とし、余業として新柳町(現・中央区清川)に蕎麦屋(蕎麦喜千)を開き、キチに仕切らせていた。

 野枝はもともと子守、子育てが不得手で、おおむね千代子宅に子等を預け、蕎麦を食べがてら博多の目抜きに遊びに来ていた。

 当然、尾行の刑事たちも蕎麦を食べていたに違いない。


(同上)





 以下、十一月十六日、大杉の野枝宛て手紙の要約、および引用。

 ●おばさんが嫁に行くとなると、何かお祝いをしなければなるまいが、着物にする方がいいだろうか、現ナマにする方がよかろうか。百円ぐらいはどうにかしようと思っているんだが。

 ●今日(十一月十六日)、叢文閣の『無政府主義者の見たロシア革命』の足りない部分をやっと書き上げた。まだ体調のよくない足助先生が無理して車でやって来て、大急ぎなんだ。この本が、暮れのそちらと僕との分になるんだ。

 ●昼と晩と自分で飯の仕度をするのと、来客に閉口していたが、十一月十五日の夜に村木が帰って来たので、ようやく昼のひとりぼっちの煩雑さから免れることができる。

 ●今日(十一月十六日)、珍しく坂本先生(大杉の小学校時代の柔道の先生、坂本謹吾)がやって来て、半日遊んでいった。

 ●あした(十一月十七日)の晩は赤化防止団との立ち会い演説だが、こちらからは岩佐作太郎、近藤憲二、売文社から近藤栄蔵、高津正道が出る。


 ハガキの封入されてる手紙、今日鵠沼から廻つて来た。

 下駄のジミな方がお気に入つたのは大しくぢりだね。

 それでもとにかくお気に入つたのがあつてよかつた。

 僕もホウ歯の大きいのを注文して置いたが、まだ取りに行けない。

 いいマサのがあつたもんだから。

 着物の方んは何だか条件付で大してお気に召したとも云へないやうだね。

 本物だといいんだけれど、なぞと贅沢は云ふなよ。

 始めからメイセンが何かという約束だつたんぢやないか。

 其の代りにこんどは羽織の方を少し奮発するかな。

 いや、止さう/\、やつぱりあの位のところが御身分相応だらう。

 あしたからは「自叙伝」の書き足しだ。

 全体で七百枚位になるだらうが、もう三百枚ばかり書かなければならない。

 十二月号の改造には、又例の礼ちやんとのあまいところをうんと書いたから、お千代(江口渙の前妻・北川千代)さんのようにどうぞ怒らずに読んでくれ。


(「消息・大杉」大正十一年十一月十六日夜/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』/
 『大杉栄書簡集』一五八)





 以下、十一月十七日、大杉の野枝宛て手紙の引用。


 今三銭切手の手紙が来た。

 皆んなで、『おや/\、急に熱が半分さがつちやつた。女つて頼みにならんもんだな。』つてひやかしてゐるぜ。

 着物にして見たら急に見ばえがして来たものと見えるね。

 それからお気に召して有りがたい。

 何か送るのもいいがそれが心配でね。

 そんなにいろ/\無心を云つて来たつて中々聞いてはやらない。

 まあボツ/\だ。

 久の奴、僕等には何んにも白状しないんだから、其の手紙を送つてくれ。


(「消息・大杉」大正十一年十一月十七日正午/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』/
 『大杉栄書簡集』一五九)


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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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