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2016年10月20日

第381回 死刑囚の思い出






文●ツルシカズヒコ



 一九二二(大正十一)年十一月十日、大杉は今宿に帰郷している野枝に、こんな文面の手紙を書いている。

 以下、抜粋要約、および引用。

 ●昨日(十一月九日)は、尾行に魔子を迎えにやろうと思ったが、魔子の知らない初めての尾行だったので、自分で鎌倉の長芝家に迎えに行った。長芝家では例の刺繍の展覧会をやるというので、大騒ぎの最中だった。

 ●仕事もだいぶやったし、ここ(鵠沼の旅館東屋)にいるのもあきたから、改造社から金が来たらすぐ帰ろうと思う。

 ●魔子は毎朝早く起きて困るので、朝はパパが起きるまで、絵の勉強をさせることにきめた。黙ってひとりで何か描いている。別紙の絵は写生だ。富士山のあるのはちょっと可笑しいが。

 ●毎日手紙を待っているんだが、ここへ来た知らせを出してから以降は、一本も書いてくれないようだね。どうしたのさ。

 ●「無政府主義者の見たロシア革命」の原稿の整理もすんだ。昨日(十一月九日)、叢文閣に電話したら、先生はまだ寝ているそうだが、大喜びでいた。『昆虫記』もたいへん景気がいいそうだ。再版の用意に誤植の直しをしておいてくれと言っていた。

 ●江口の方の原稿(アルス科学知識叢書)を貰えないので困っている。

 ●今、やっと改造社の電話が通じて、明日(十一月十一日)の朝、電報為替で金が来ることになった。昼過ぎには帰れよう。これからまたひと勉強だ。

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 野枝に任せてある翻訳仕事に関して、こんな厳しい指摘もしている。


 今日は一日、あなたの原稿の直しをやつた。

 ずゐぶん少ししきや、やつてゐないんだね。

 普通のお話しのところはまあいいが、少し込み入つて来るとまるで駄目だね。

 ボルの暴政もやはりさうだつたが。

 こんな事ぢや理屈物はとても読めないよ。

 少しみつしり勉強してくれ。

 ダアヰンはやり始めてゐるかい。


(「消息・大杉」大正十一年十一月十日/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』/『大杉栄書簡集』一五五)





 翌日も大杉は野枝に手紙を書いた。

 以下、抜粋要約、および引用。

 ●今、帰ろうと思っているところへ手紙が来た。また病気か。そんなに弱くちゃ本当に困るね。お客様の来ないせいもだいぶあるのだろうが。

 ●エビや鯛は奥山の方へ送ってくれ。どうせ僕の方じゃ、何だってうまく食えるんじゃないから、梨だってせっかく送って来たものをいっぺんにみんなに食われてしまうんじゃつまらない。『大杉栄書簡集』(一五六)の補注によれば、「奥山」は医師の奥山伸(一八七四年- ?)、福岡県出身、三田で開業し明治から昭和初期まで社会主義者をよく世話し、「バーチー・ドクトル」と言われた。

 野枝からの手紙に対する不満も書いている。


 じようだんを書いて一々怒られてゐちや堪らないね。

 この間も又似たやうな事を、或はもつと意地悪くであつたかもしれないが、書いてやつたが、又うんと叱られるのかな。

 あんまりあまい事も書けないんで、仕方なしにあんな事を云つてやるんぢやないか。

 それを怒るなんて本当に馬鹿だな。

 人が一生懸命になつて仕事をしてゐるのに、いや好きな女中でなくてお気の毒だとか、ピンポンだのお花だらうなんて、本当に馬鹿もいい加減にするがいいよ。

 そんな事を言われたんぢや、もう仕事もよしだ。


(「消息・大杉」大正十一年十一月十一日/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』/『大杉栄書簡集』一五六)





 十一月十一日、大杉は鵠沼の旅館東屋を引き払い、東屋の近くにある江口渙の家に行った。

 江口渙『続・わが文学半生記』によれば、江口は九月に北川千代と離婚し、ひとり暮らしを始めたが、千代が二ヶ月分の家賃を払っていなかったために借家争議になり、江口が労働運動社に応援を求めると古田大次郎と中浜鉄が応援に駆けつけた。

 古田大次郎『死刑囚の思い出』によれば、その日、湘南の秋は深まっていた。

 松の木に百舌が鋭く鳴き、鶏頭の花が紅に燃え、庭の隅の畑に赤い首輪をつけた黒い子猫が鈴をチャラチャラ鳴らしながら、しきりに何かにじゃれ廻っていた。


 門の戸がいきなりガラ/\と開かれた。

 今迄僕達の脇にヂツとうづくまつてゐた太郎さんはけたゝましく吠えて、飛び出した。

 訪れた人は大杉君だつた。

 吠えつく犬を叱りながら、マコちやんの手を引いて這入つて来た。

 二人の後には、洋服姿の村木君がニコニコしながら跟(つ)いて来た。

 例によつて大杉君は、原稿稼ぎに東家(ママ)に来てゐたのだ。

「これから東京に帰るんだ」

 少時、雑談を交わした後大杉君たちは立ち上つた。

 あの大きな眼にはいつものやうに人の好い、魅するやうな笑を浮かべていた。

 僕等が、大杉君を見たのは、実にこれが最後だつた。


(古田大次郎『死刑囚の思い出』/大森書房・一九三〇年)


「太郎」は江口の愛犬である。




●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 23:59| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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