2016年10月19日

第379回 東屋






文●ツルシカズヒコ




 一九二二(大正十一)年十月二十七日、大杉は福岡県今宿の実家に帰郷している野枝に手紙を書いた(「消息・大杉」/大正十一年十月二十七日/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』)。

 以下、要約。

noe000_banner01.jpg


 ●昨日、予定通り『相互扶助論』の印税が春陽堂書店から入ったので、四十円送った。

 ●残りはほかへ出て、あと十円だけになったので、いろいろな買い物は二十九日まで延ばす。

 ●この十円を持って、明日、ちょっと一晩泊まりで東北の方へ行ってくる。

 ●今日やっと雑誌(『労働運動』三次九号)の編集を全部終わった。

 ●久公(和田久太郎)の艶聞は、静ちゃん(中名生静)に騙されていることがわかった。本人のところに言ってやるなよ。先生、それでなくてもみんなに冷やかされて、ショゲ返っているんだから。

 ●久公と言えば、一昨日の晩、ある会合で怪しからん噂を聞いた。僕が静ちゃんとくっつき、久公が伊藤野枝とくっついたというんだ。

 ●そして大森辺(山川均の一派)では、それを大喜びしているということだ。どうだ、覚えがあるか。

 ●そんな風ないろいろな中傷や何かを寄せ集めて、今度「ボルシェヴィキの四十八手裏表」というのを、雑誌(『労働運動』三次九号)の下八段をぶっ通して書いた。

 ●野沢の婆さんを村木に訪わした結果は知らせたい。

 ●晦日(十月三十日)の日に、とにかく百円だけまた電カワで送る。





 十月二十八日、大杉は宇都宮から自動車で五里あまりの真岡に行き、二十人ばかり集まった同志会に出席した(「消息・大杉」大正十一年十月三十日/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』)。

 帰京すると、留守に来た改造社からの使いがまた来て、十二月号の論文を至急書いてくれという。

 アルスからも叢書(ファブル科学知識叢書)や種の起原を本年中に出したいと急いで来る。

 大杉は執筆に専念するため、十月三十日から二週間ほど、鵠沼海岸の旅館東屋に滞在することにした。


 仕事の予定は、

 自叙伝 十二月号の後半と一月号

 論文 十二月号(十二月号に総連合に就いての、友愛会やボルのコンタンを書いたが、こんどはその理論の方をやる。)

 論文 一月号(マルクスとバクウニンの喧嘩)
 無政府主義者の見たロシア革命(まとめるのと翻訳のまだ済んでゐないのとをやりあげる。)

 種の起原 科学知識の叢書(二冊)  半分やつて印刷所へ廻す。

 こんなに欲ばつて来て、果してやれるかどうか。

 それに此頃又、雑誌の編集以後すつかり目をわるくして了つた。

 けふなんかは真赤だ。


(「消息・大杉」大正十一年十月三十日/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』)





 大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、十月下旬ころ、大杉は山鹿泰治に同行して来た黄凌霜と会見、黄は中国のアナキスト連盟の創立者である。

 十月三十日、野枝は江口渙に葉書(官製)を書いた。

 宛先は「神奈川県藤沢町鵠沼海岸六七三九番地」。

 発信地は「福岡県糸島郡今宿村」。


 おはがき拝見。

 あのフイルムは、寺田さんにまかせて来ました。

 うまくいつてゐるかどうかわかりませんが寺田さんに聞きあはして下さい。

 もしうまく行つてゐれば焼いて持つてゐる筈ですから。

 それからお序(つい)でのときに、久米さんが去年鵠沼でおうつしになつた大杉や私のフイルムを全部一寸(ちょっと)貸して頂けないか伺つて見て下さいませんか。

 引きのばして焼いておきたいとおもひます。

 人に持つてゆかれて、一枚もないやうになりましたから。


(「書簡 江口渙宛」一九二二年十月三十日/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)






 大杉は東屋に魔子を連れて来ていた。


 又いつかゐたハナレの方の久米(正雄)のゐた室だ。

 隣りにも滞在の客がゐる。

 こんどはおとめさんの番だ。

 ここでの一番田舎者の、あのピンポンのうまい女ね。

 魔子に五時に起こされた。

 東京ぢや困つたが、こんどはあいつと一緒に起きて朝早くから勉強するんだ。


(「消息・大杉」大正十一年十月三十一日/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』/『大杉栄書簡集』一五〇 伊藤野枝宛)





 十月三十一日、大杉は用事で鵠沼海岸の東屋から鎌倉に出かけ、留守中に次弟・勇が来て、大杉が東屋に連れて来た魔子を音楽の先生のところへ連れて行った。

 別居中の大杉と野枝だが、大杉は野枝に対して不満を漏らしている。


 きのう電カワで百円送った。

 魔子の着物を早く作つて送つてくれ。

 あのあちこち破れた汚ない青いの一枚ぢや仕方がない。

 きのうの朝手紙見た。

 御無心はどうぞいくらでも。

 金のあるだけは云ふ事をきく。

 但し別にさへなれば人の事なんぞどうとも思はない人間のは、一番あと廻しだ。

 松枝は其後どうしたの。


(同上)


※クロポトキン原著・大杉栄訳『相互扶助論』(春陽堂・一九一七年)/国立国会図書館近代デジタルライブラリ


●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index





【このカテゴリーの最新記事】
posted by kazuhikotsurushi2 at 17:16| 本文
ファン
検索
<< 2017年04月 >>
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
最新記事
写真ギャラリー
最新コメント
タグクラウド
カテゴリーアーカイブ
index(1)
本文(439)
プロフィール
さんの画像

1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
プロフィール

美は乱調にあり――伊藤野枝と大杉栄 (岩波現代文庫)

新品価格
¥1,058から
(2017/3/4 02:04時点)

諧調は偽りなり――伊藤野枝と大杉栄(上) (岩波現代文庫)

新品価格
¥1,058から
(2017/3/4 02:09時点)

美は乱調にあり (英文版) ― Beauty in Disarray (タトルクラシックス )

中古価格
¥3,487から
(2017/3/4 02:14時点)

飾らず、偽らず、欺かず――管野須賀子と伊藤野枝

新品価格
¥2,268から
(2017/2/16 10:43時点)

自由それは私自身―評伝・伊藤野枝

中古価格
¥1,081から
(2017/2/9 02:00時点)

野枝さんをさがして―定本伊藤野枝全集 補遺・資料・解説

中古価格
¥3,913から
(2016/3/13 18:23時点)

定本 伊藤野枝全集〈第3巻〉評論・随筆・書簡2―『文明批評』以後

中古価格
¥18,616から
(2017/2/9 00:18時点)

伊藤野枝と代準介

新品価格
¥2,268から
(2016/3/13 20:05時点)

日録・大杉栄伝

新品価格
¥4,536から
(2016/3/13 20:13時点)

ルイズ 父に貰いし名は (講談社文芸文庫)

新品価格
¥1,620から
(2016/3/13 20:24時点)

地震・憲兵・火事・巡査 (岩波文庫)

新品価格
¥821から
(2016/11/5 01:11時点)

海の歌う日―大杉栄・伊藤野枝へ--ルイズより

中古価格
¥1,619から
(2016/11/5 01:26時点)

大杉榮 自由への疾走 (岩波現代文庫)

中古価格
¥2から
(2017/2/9 00:00時点)

日本的風土をはみだした男―パリの大杉栄

中古価格
¥700から
(2017/2/9 00:12時点)

動揺 [CY大正浪漫コミックス1]

新品価格
¥1,080から
(2016/3/13 18:18時点)

裁縫女子 (サイホウジョシ)

新品価格
¥1,132から
(2017/2/9 18:20時点)

「週刊SPA!」黄金伝説 1988~1995 おたくの時代を作った男

新品価格
¥1,296から
(2016/3/13 20:26時点)