広告

posted by fanblog

2016年10月17日

第378回 黒地の洋装






文●ツルシカズヒコ




 一九二二(大正十一)年十月十四日、野枝はエマとルイズを連れ、しばらく野枝の家に寄寓していた叔母・坂口モトとともに(矢野寛治『伊藤野枝と代準介』)、今宿に向かった。

「黒地の洋装で野枝さん九州へ ーー糸島の母を喪つて帰る 明年春迄暖い九州で暮す」という見出しで『福岡日日新聞』が報じている。

「糸島の母を喪つて帰る」とあるが、亡くなったのは母ではなく祖母・サト(八十歳)である。

noe000_banner01.jpg


 其筋の監視の眼で其身辺を包まれて居る例の社会主義者伊藤野枝女史は
 
 今年生まれの乳飲子を抱き黒地の洋装と云ふ扮装で十五日朝下関着の特急車から突然其姿を現はした

 頬の肉は落ちて蒼白く見えた

 連絡船の一隅に座を占めると同女は子供にミルクを含ませ乍ら記者に対して「貴郎(あなた)は警察ですか」と持前の尖つた神経を浴びせ乍ら語つた。


(『福岡日日新聞』一九二二年十月十六日/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』資料篇)





 以下、野枝のコメントの要約。

 ●帰郷したのは昨今、健康を害したので暖かい九州でこの冬を過ごすため、そして祖母を失くしたので家事の整理をするため。

 ●かたわら、翻訳物の整理もしたい。

 ●中国の天津在住の大杉の三妹・牧野田松枝も来ることになっているから、いっしょにどこかの温泉にでも浸かりながら、仕事を進めたい。

 ●明年春ごろまで暖かい九州でのんびりと暮らしたい。

 ●大杉もそのうち来ることになっているが、書かなければならない原稿が溜まっているので、いつ来れるかは判然としない。

 ●いずれにしても保養のために来るのだから、八幡市で主義宣伝の計画があるがごとく世間で誤解されているが迷惑な話で、そんな暇はない。

 十月十七日、大杉は野枝に手紙を書いた。

 小包に同封した手紙らしい。


 今おむつと外に本を二冊送る。

 手工の本と昆虫記とだ。

 菊(妹)から伸(弟)に就いて書いて来た手紙も入れて置いた。

 やつぱりこつちで思つてゐたやうになつたんだね。

 辻(潤)からの手紙も入れて置いた。


(「消息・大杉」大正十一年十月十七日/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』)





 十月二十一日、大杉は野枝に手紙を書いた。

 以下、要約。

 ●十月十八日の夜は徹夜して「自叙伝」を三十枚ばかり書いた。

 ●十月十九日、服部浜次のところに寄ると、みんなから「叔父さん(大杉)はひどい、伯母さん(野枝)はずいぶん淋しそうだったわ」と言って、叱られた。

 ●十月二十一日から『労働運動』三次九号の編集が始まるので、ひと休みしようと思って、十月二十日は天気も好かったので魔子と村木と三人で鵠沼に行った。

 ●「自叙伝」は一日遅れで『改造』十一月号には載らず、書き足して十二月号に載せることにして、その前借をした。

 ●金はまず二十円送った。

 ●明治屋でミルクをひと箱買って送った。二十三円四銭で送料が二円二十五銭、都合二十五円二十九銭かかった。高くついたかもしれないが、そばに大量にあれば心強いだろうと思った。

 ●ミルクと服部浜次のところにある外套は、客車便で代準介宛てに送った。

 ●今宿宛てにお茶を一送った。

 ●昨日だったか一昨日だったか、高野松太郎と北川千代夫妻が中名生のところに来て、おしゃべりして行ったそうだ。ふたりは連名で手紙をよこし、僕らのことを本当かどうかと聞いて、世間は嘘ばかり言っていやになるから、お互いに打ち明けて話をしようと言って来たのだそうだ。笑わせるね。

 ●静ちゃん(中名生静)は今月いっぱいでおいとまだ、御安心を。

 ●いつかの手紙は六銭の不足税を取られた。あなたには昔からこれでずいぶん損をかけられる。

 魔子についてはこう書いている。


 魔子の奴、憎らしくてね。

 ママはどうしたらうともちつとも云はないんだ。

 そして俺が毎日一度位ママの話をして聞かせても、ちつとも気のないやうな顔をしてゐるんだ。

 そして人に何か云はれても、お正月に行くんだからいいやい、と云つている。

 が、エマとルイズとの話しなら、少しは話しに乗る。

 妙な奴だね。


(「消息・大杉」/大正十一年十月二十一日/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』)


 大杉はこのとき「自叙伝 六」(大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』では「母の憶出」)を執筆していたのである。

「自叙伝 六」前編が『改造』十二月号に、後編が一月に掲載された。





 大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、十月二十三日、中国の三菱漢口支店に勤務していた大杉の長弟・伸(のぶる)が、肺結核治療のため帰国途中、上海の病院で死亡した。

 当時、上海にいて看病をした大杉の長妹・秋山春が、手紙で知らせてきた。

 大杉はその手紙を、伸の友人・袋一平に送った。

 十月二十四日、大杉は野枝に手紙を書いた。


 もう手紙が来さうなものだと思つて、心まちに待つてゐるんだが、どうしてゐる?

 ルイズは其後いいか。

 そんなに御ぶさたをするつもりなのなら、こつちにも其の考へがあるが、いいか。


(「消息・大杉」/大正十一年十月二十四日/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』)


 以下、要約。

 ●一昨日と昨日、二日かかって「革命の研究」「ボルの暴政」を書いたんで、今日はうんざりしてしまった。

 ●朝、馬鹿にいい天気だったので、飯を食うとすぐみんなを誘って小石川植物園に行った。例のお猿さんも見舞ったが、魔子は自分の持って行ったセンベイを猿が見向きもしないで、よその人の饅頭だのミカンだのばかり食うので、すっかりご機嫌を損じてしまった。が、それもお池の鯉ですっかりまた治った。

 ●昨日、飯野という名の下手な女文字の手紙が来た。開いてみると、野沢の婆さんだ。亭主(野沢重吉)が死んだ慈恵病院にいるそうだ。いろんな病気が出ているとある。ぜひおめもじしたいと言っている。あしたは面会日だそうだから、村木に十円ばかり持たして様子を見て来てもらう。どうせ用事は金のことなんだろうから。

 ●静ちゃん(中名生静)の肝入りで、久(和田久太郎)にちょっと艶聞があるんだ。

●それと、今日の朝早く、しょんぼりと源三(村木の叔父)がやって来た。酒の臭いはするが、いやにしょげ返っ ていた。源兄(あにい)にさんざん意見されて、といっても困ったら泥棒ぐらいする元気がなくっちゃ駄目だというような意見なのだが、二、三円貰って泣き泣き帰って行った。

 ●手紙をくれろよ。





 上記の手紙を出した直後に、野枝から「エビやカニの話のハガキと長い手紙とが来た」ので、大杉は野枝にこの日第二弾の手紙を書いた。


 エビやカニやハゼはぜひ欲しいね。

 此頃、でもない始めつからだが、うちの飯がまづくて食へないで困つてゐるんだ。

 早く、ストオブか何か買つて自分で食はうと思つてゐるんだが、そんな方の金はなか/\出て来ない。

 僕は又こんどは、あなたとはまるで反対なんだ。

 あなたのイメエジが、これは本当の事だよ、しよつちゆう目の前にちらついて邪魔になつて仕方がないんだ。

 そして魔子の奴があんまり平気でゐるんで、シヤクになつて仕方がないんだ。

 そしてその腹いせに、誰も話す人と云つてはないんだから、毎日魔子の奴にママの話しをして聞かしてやるんだ。

 御注文の品物や金は、多分あさつて、ちよつと金がはいりさうだから、直ぐ送らう。


(「消息・大杉」/大正十一年十月二十四日/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』)


 大杉は魔子と村木を連れて、福岡に行く算段をしていたらしく、その滞在先を野枝に探してもらっているらしき文面もある。



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 22:24| 本文
ファン
検索
<< 2017年06月 >>
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
最新記事
写真ギャラリー
最新コメント
タグクラウド
カテゴリーアーカイブ
index(1)
本文(449)
プロフィール
さんの画像

1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
プロフィール

美は乱調にあり――伊藤野枝と大杉栄 (岩波現代文庫)

新品価格
¥1,058から
(2017/3/4 02:04時点)

諧調は偽りなり――伊藤野枝と大杉栄(上) (岩波現代文庫)

新品価格
¥1,058から
(2017/3/4 02:09時点)

美は乱調にあり (英文版) ― Beauty in Disarray (タトルクラシックス )

中古価格
¥3,487から
(2017/3/4 02:14時点)

飾らず、偽らず、欺かず――管野須賀子と伊藤野枝

新品価格
¥2,268から
(2017/2/16 10:43時点)

自由それは私自身―評伝・伊藤野枝

中古価格
¥1,081から
(2017/2/9 02:00時点)

野枝さんをさがして―定本伊藤野枝全集 補遺・資料・解説

中古価格
¥3,913から
(2016/3/13 18:23時点)

定本 伊藤野枝全集〈第3巻〉評論・随筆・書簡2―『文明批評』以後

中古価格
¥18,616から
(2017/2/9 00:18時点)

伊藤野枝と代準介

新品価格
¥2,268から
(2016/3/13 20:05時点)

日録・大杉栄伝

新品価格
¥4,536から
(2016/3/13 20:13時点)

ルイズ 父に貰いし名は (講談社文芸文庫)

新品価格
¥1,620から
(2016/3/13 20:24時点)

地震・憲兵・火事・巡査 (岩波文庫)

新品価格
¥821から
(2016/11/5 01:11時点)

海の歌う日―大杉栄・伊藤野枝へ--ルイズより

中古価格
¥1,619から
(2016/11/5 01:26時点)

大杉榮 自由への疾走 (岩波現代文庫)

中古価格
¥2から
(2017/2/9 00:00時点)

日本的風土をはみだした男―パリの大杉栄

中古価格
¥700から
(2017/2/9 00:12時点)

動揺 [CY大正浪漫コミックス1]

新品価格
¥1,080から
(2016/3/13 18:18時点)

裁縫女子 (サイホウジョシ)

新品価格
¥1,132から
(2017/2/9 18:20時点)

「週刊SPA!」黄金伝説 1988~1995 おたくの時代を作った男

新品価格
¥1,296から
(2016/3/13 20:26時点)

×

この広告は30日以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。