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2016年10月17日

第377回 求婚広告






文●ツルシカズヒコ



 一九二二(大正十一)年十月一日、『労働運動』三次八号が発刊された。

 大杉は近況をこう書いている。


 僕は本月(※十月)中に逗子の家を引払つて、女子供は当分九州の伊藤の家へ行き、僕自身は夏ぢうと同様、社にゐる事となつた。

 近藤の留守中社に来てゐた村木は、其儘やはり社に住みこんで、そして近藤は本月(※九月)始めから書店アルスへ出かせぎに出てゐる。

 尤も社に住んでゐて社の仕事をする事には以前と少しも変りはない。

 そして和田久は、本月(※九月)三十日の大阪での全国労働組合連合大会へ出かけて、そのまま大阪のどこかに落ちつく筈だ。

 そして又、昔のやうに社の支局をつくつて大いに関西地方に活躍する意気込みでゐる。

 前号から僕等の色合が非常に濃厚に出て来たのでいいと云つて喜んでくれる人が多い。

 本誌は当分此のボルシェヸキの破邪と、実際労働運動の批評紹介とで進む方針だ。


(「第八号・編輯室から」/『労働運動』一九二二年十月一日・三次八号/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』/日本図書センター『大杉栄全集 第14巻』)

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 大杉は『改造』十月号に「自叙伝 五」とともに、「求婚広告ーー近藤憲二の印象ーー」を寄稿した。


 今ではいが栗坊主になつてゐるが、つい先達までは綺麗な長い髪の毛を房々と長くのばして、それが額の上に垂れさがつて来るのを終始気にしては五本の指で掻き上げてゐた。

 それを何処からの演説会の騒ぎの時に、多勢のお巡り共に取り囲まれて手どり足どりはまだいいとして、髪毛までもつかまへられて殴られたりしたのをひどく口惜しがつて、其の帰り路に安バリカンを買つて来て自分でガリ/\とやつて了つた。

 そして人さへ見れば直ぐ其のバリカンを取り出して、『君、そんな頭をしてゐちや損だよ』と宣伝しては、縁側に座らして新聞紙を広げて其の胸に当てさせる。

 これで大事な『怒髪衝天』の特徴はなくなつて了つたが、それでもまだ、奇峰のやうに聳え立つた肩と、大して大きくはないが炬のやうに光る眼と、口の右の角から上一寸ほどの鼻と並行してる何かの傷あととは、お巡り共をしり込みさせるに十分だ。

 ことしのメエデエの時、彼れが友愛会かどこかの旗を奪ひとつて、其の槍さきをふるつて単身警官隊の中に突撃して行つた光景の物凄かつた事は、今でもまだ仲間の間の話のたねになつてゐる。

 が、彼は好い男だ。

 僕が彼と一緒に行つたカフエの女給どもの間では、『あの好男子のかた』」で通つてゐる位だ。

 従つて、彼れ又よく女にほれられるのだが、女給にだつて戯談一つ言へない野暮天だ。

 ほれて来たつてちよつとよりつきようもない。

 そして、大がいは例の眼でにらみ帰されで了ふ。

 しかし、其の彼にだつて、二三年前にはちようど彼に似合ひの綺麗な若い女があつたんだ。

 今だつて決して女嫌ひという訳ぢやない。

『遊んだつていいんだけれど、どうも僕は直ぐ夢中になつて参つて了う癖があるんでね』と云つてゐる位だ。

 ついでに云つて置くが、彼れは今年二十八歳になる独身者だ。

 そんな風なので、そしてお負けに気の置けない友人とのほかは随分無口なので、敵や或はそれに似た人間共には大ぶ近づきにくいやうだが、しかし友人の間ではなか/\愛嬌者だ。

 もう三四年来僕の名で出してゐる雑誌『労働運動』の実際の経営者なのだが、商売用で行くどこの家にでも頗る評判がいい。

「実におとなしさうな、しかししつかりしたいい人ですよ。」

 と云ふのが、まあ定評だ。

 そして最近にはとうたうアルスの北原君に見こまれて、そこの番頭さんに住み込む事となつた。

 が、彼が『労働運動』の経営者であり、編集長である事には、ちつとも変りはない。

 やはり労働運動社の合宿の中にごろ/\している。

 彼れは早稲田大学政治科の出身だが、学校では文学部の方へばかり顔を出してゐた。

 そして今では政治経済の議論もちつともしなければ、文学臭い事もまるで云はない。

 社会主義同盟の時なぞに、其の執行委員の中の幹事として一番の働き手であつたのだが、それでも何一つ理屈らしい理屈を云ふた事はない。

 今でも、謂はゆる社会主義者等が、ボルシェヸキと無政府主義者とに分かれて、いろ/\といがみ合つてゐるのだが、そして彼れは其の後者に属してゐるのだが、彼れは黙つて何んにも云はない。

 そして彼れがしたいと思うだけの事をコツ/\やつてゐる。

 ボルシェヸキの奴等はちよつと理屈が違えば個人としても敵のやうに思つてゐるが、彼は其のボルシェヸキと平気でつき合ひもすればゆき来もする。

 どうだらう、これで彼れにほれて来て、そして彼れににらまれない女はないものかな。


(「求婚広告ーー近藤憲二の印象」/『改造』一九二二年十月号/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』/『大杉栄全集 第14巻』)


 大杉らしい洒落っ気たっぷりの文章である。

 しかし、さすがの大杉も彼の死後、近藤憲二が大杉の末妹・あやめと結婚し、さらにあやめと死別した近藤が堺真柄と再婚するとは、想定外だっただろう。





『労働運動』三次九号(一九二二年十一月一日)の「編輯室から」によれば、大阪から帰京した大杉は風邪をこじらせて二十日ばかり寝込んだ。

 一九二二(大正十一)年十月八日、大杉一家は引っ越した。

『読売新聞』(一九二二年十月十六日の六面)に「大杉栄氏逗子の寓居を引き払い夫人伊藤野枝さんと市内本郷駒込片町一五労働運動社内に転居した」とある。

 労働運動社の二階には八畳と六畳の二間があり、その二間を編集室に使っていたが、八畳に大杉一家が住み、六畳は近藤憲二の部屋になった。

 野枝がエマとルイズとを連れて帰郷中には、二階の八畳には大杉と魔子が起居していた。

 一階の八畳が編集兼事務室になり、そこに中名生幸力(なかのみょう-こうりょく)と村木が机を並べ、六畳は玄関兼食堂。

 台所の奥の三畳は物置兼村木ご隠居の昼寝部屋である。

 そして寺田鼎が寝泊まりしたり、中名生の妻・静親子が毎日通ってきたり、労働運動社の大阪支局の和田久太郎がちょくちょく帰ってきたりしていた。

 十月十一日、大杉が翻訳した『昆虫記』(ファーブル著)第一巻が叢文閣から出版された。




※大杉栄『昆虫記』/国立国会図書館デジタル資料



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 18:31| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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