2016年10月15日

第375回 野坂参三






文●ツルシカズヒコ





 一九二二(大正十一)年八月二日、野枝は藤沢の鵠沼海岸に住む江口渙に葉書(官製)を書いた。


 随分ひどいおあつさですね、

 此の頃はあなたお一人でお暮らしのよし、いろ/\御不自由でせう。

 おあついから日中はなんですが、お気がむきましたらお遊びにゐらして下さいお夕飯くらひはいつでも御馳走しますよ。

 それから千代子さんに書物を二三拝借したまゝになつてゐますがもし千代子さんのお処がおわかりになりましたらおしらせ願ひたうございます。

 それから『土』はあなたにお返しすればよろしいのでせうか それとも千代子さんのでせうか。


(「書簡 江口渙宛」一九二二年八月二日/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)


『定本 伊藤野枝全集 第三巻』の解題によれば、『土』は長塚節の小説『』。

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 このころの労働運動社について、大杉はこう書いている。


 前号で行方不明のお知らせをした和田久がやうやく四五日前に帰つて来た。

 が、こんどは近藤が国へ帰つたきり暫く戻つて来ないので閉口した。

 和田の時には地方の同志諸君との通信や雑誌の編輯の方で困つたが、近藤が留守では社の事務の方がちつとも分らない。

 それに、其の間にいろんな事を手伝つてくれてゐた泉夫婦が琉球に帰つたんで、猶更困つた。

 僕はとうたう東京に避暑しつづけた。

 そして村木が近藤の留守の間のいろんな世話に来てくれた。

 村木は何んでも厄介な事があれば引受ける、仲間の間の奇特家だ。

 最近では主として監獄係りとなつて、獄中の同志の世話をしてゐる。

 近藤が帰る。

 中名生幸力が毎日通つて来る。

 寺田鼎が社に住みこむ。

 それに、泉夫婦が行つて女つ気なしになつたところへ、中名生の妻君の静ちやんが折々やつて来て、台所の世話や皆んなの着物の世話をしてくれる。


(「第七号・編輯室から」/『労働運動』一九二二年九月十日・三次七号/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』/日本図書センター『大杉栄全集 第14巻』)





 大杉が『改造』に連載していた「自叙伝」は「自叙伝 四」まで掲載(一九二一年十二月号)され、しばらく中断していたが、『改造』九月号に日蔭茶屋事件について書いた「お化を見た話」が掲載された。

 九月中旬ごろ、野坂参三が大杉の家を訪れた。

 野坂が大杉と面会するのは、慶応の学生だったころに大杉が主催していたフランス文学研究会に参加して以来、七年ぶりだった。

 野坂は友愛会からヨーロッパに派遣されていたが、この年の三月に帰国、七月に創立された第一次共産党のメンバーだった。


 晩夏のある日、逗子の大杉の新居を尋ねた。

 何の意味もない、ただなつかしい思いだけの訪問だった。

 海岸に近い大杉の家を訪ねあて、りっぱな門をはいって、玄関につうずる玉砂利を歩いて行くと、すでに大杉の妻になっていた伊藤野枝が、赤ん坊を抱いてあやしているのに出会った。

 たぶん、四女のルイズだったろう。

 来意を告げると、彼女は、一瞬びっくりしたようだったが、笑顔をもって迎えてくれた。

 そこいらのやさしいおかみさんのような様子であった。

 大杉もわたしの突然の訪問を素直に喜んでくれた。

 彼らは幸福だな、とわたしは感じた。

 そのときは、政治の話にはふれないで、ヨーロッパの話や世間話をしただけだった。

 それが彼との接触の最後だった。


(野坂参三『風雪のあゆみ(一)』/新日本出版社・一九七一年)





 九月二十七日、野枝は江口渙に葉書(官製)を書いた。


 おはがきありがたう。

 やはりおわかれになつたのですか。

 あたな方の仲がそれほどまづいとは夢にも思ひませんでした。

 ずいぶん仲のいゝ御夫婦だといつもおうわさをしてゐた位でしたのに、本当にわかりませんのね。

 でも、あなたはとにかく千代子さんも、これから先き幸福におなりになれゝばよござんすけれど、どうでせうかねえ。

 いろ/\な話、大杉から聞いて居ります。

 思ひがけない事ばかりです。

 私も来月早々、大杉と別れて国に帰つて半年ばかり勉強して来やうとおもつてさうきめました。

 これは別に、意味のある別居ではなく、私の今の住居を都合上九州に移すだけです。

 人手がないので、私の仕事がまるで出来ないから、と云ふのが一番重大な原因で、第二は経済の節約、忙しい時にはお互ひに一緒にゐない方がいゝと云ふ意見で、さうすることにきめました。

 此処を引き払はないうちに一度遊びにゐらつしやいませんか。

 でも一人は本当によござんすね。

 私どもも前からの別居論者なのですけれどなか/\実行が出来ませんから時々牢にはいつたり、こんな時にでもなくては、別居もできません。

 此度はお互ひうんと成績をあげたいものだと云つてゐます。

 私もずいぶん長い間何もしずになまけました。

 これから少し働きます。

 子供がゐては思ふやうになりませんけれど。


(「書簡 江口渙宛」一九二二年九月二十七日/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)


北川千代(2) 北川千代(3)



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index






posted by kazuhikotsurushi2 at 09:39| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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