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2016年10月13日

第374回 コズロフを送る(六)






文●ツルシカズヒコ



 大杉が二階に昇って行くと、その後を四、五人の刑事がついて来て、縁側に陣取り、大杉たちが何かものを言うたびに聞き耳を立てた。


『あなたのお友達、たいへん親切ですね。』

 と僕が云ふと、クララは笑ひながら、

『え、たいへん親切です、ヴエリ・カインドです、が、時々トウ・ カインドになります。そしてコズロフよく喧嘩します。』

 と云つて、其の喧嘩と云ふ意味をよく現はさうとして、睨みつける真似をして見せた。

『幾人ゐます?』

『コズロフには三人ついて行つてゐます。あとまだ、五人か六人残つてゐませう。それが無遠慮に、いつもかうして家の中へはいりこんでゐるんですからね、とても堪りりませんよ。』

 とクララはあとの半分を女房の方に向いて云つた。

『おん出したらいいぢやありませんか。家の中まではいりこむなんて、そんな馬鹿な事があるもんですか。』

 女房は今立ち会つてゐる男共たちまでもおん出しさうな勢ひで云つた。

『其の親切なお友達に余興でも見せてやるかな。』

 僕はさう云ひながら、下に遊んでゐたスガチカと魔子を呼んで、相撲をとらした。


(「コズロフを送る」/『東京毎日新聞』一九二二年七月二十九日から十三回連載/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』/日本図書センター『大杉栄全集 第14巻』)

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 ふたりは素っ裸で、四股を踏んだり、手に唾をしたりして、くんずほぐれつした。

 二、三番やってみたが、魔子はとてもスガチカには敵わなかった。

 クララはふたりの相撲などは見向きもせず、何か野枝とうつむき合って話しこんでいたが、相撲がすむと、ようやく顔を上げて言った。

「あの子は柔道を教わっているんですもの。さっき、その先生がお別れに来ましたわ」

「私、柔道知っています。私、たいへん強い」

 スガチカは小さな仁王といったような体を、うんと反らせて見せた。

 大杉がスガチカと魔子に例の合唱をやらせようと思っていると、「あまさん」が下から氷水を持って来た。

 その氷水を飲むと、クララが「下へ行きましょう」と言い、みんな下に降りた。

「今、ちょっと二階にいけないものがあることに気づいたので」

 降りるとすぐ、クララが大杉にそっと耳打ちした。

 クララは「あまさん」に親子丼を作るように言い、立ち会いの刑事たちが下に降りるのを待って、またひとりで二階に上がった。

「あの写真や原稿ね、みんな留守の間に取って行かれたんですって」

 野枝がそっと大杉に耳打ちした。

 二階にも下にも椅子やテーブルひとつなく、本のぎっしり詰まった大きなビール箱が四つ、五つあるだけだった。

 その畳の上でクララとスガチカと大杉一家三人が、座ったり寝そべったりしながら親子丼を食べた。

 三時近くなっていたので、みんなだいぶ空腹でうまそうに平らげた。





 コズロフの一家は、よく話に聞く外国のいろんな同志の家と同じやうに、以前から実に簡易な生活をしてゐた。

 そして全く日本の生活に親しんで、洗湯にも行けば、むしゃり/\と沢庵をかぢつてもゐた。

 で、彼等は何にかちよつとした職にありついて、ほんの少々の収入がありさへすれば、それで何とかして食つて勉強して行くのだつた。

 そして彼は漸くありついた職をただ社会主義思想を持つてゐると云ふ事だけで、その親切な友達のために妨げられて、此の異国で幾度路頭に投げだされた事か。

 そして今は又、漸く親しんだ此の異国をすらも追はれて、更に又新しい異国にさまよひに行くのだ。


(同上)





 四時近くなった。

 十分間の会見というのが、コズロフが不在のために三時間にも延びた。

 コズロフ本人に十分間会うよりも、どれほど多く話し、またどれほど多くお互いの友情を味わったことだろうと、大杉は思った。

「もうコズロフに会う必要もあるまい、帰ろう」

 大杉はクララと話し続けている野枝に言った。

「もうすぐ帰りますから。それに、あとで非常に残念がりましょうから」

 クララはしきりに止めた。

「しかし、お互いにもうちっとも残念なことはないでしょう。あなたはもう十分に、コズロフの代わりを努めたのだから」

 と大杉は手を差し出した。

「明日も船の見送りには行きません。これでお別れです。コズロフによろしく」

 大杉はクララの手をしっかり握りながら、なおつけ足して言った。

「さよなら、さよなら」

 そして家の中と俥の中で、クララとスガチカの親子ふたりと大杉と野枝と魔子の親子三人が、大きな声で怒鳴り合った。

「さよなら、До свидания

「Goodbye、さよなら」

「さよなら、See you again sometime、somewhere」

「Goodbye、さよなら」

「さよなら、We'll never forget about you」

 どちらの親子にもセンチメンタルな哀愁はちっともない、実に晴々とした陽気ないい別れだった。

 (※英語やロシア語は、筆者の想像&創造)





 大杉一家三人は、三宮の停車場で待っていた安谷寛一の案内で、安谷の家の近所の須磨寺の前にある宿屋に行き、この日はこの宿に泊まった。

 翌朝早く、安谷夫妻がふたりの子供を連れて、近藤憲二が送った電報為替を持ってやって来た。

「途中で新聞記者に逢ったんですがね、あなたがこっちに来たことや、コズロフの今日の出発の光景なぞは、いっさい新聞に書けないんだそうです。掲載禁止といったような形式ではなく、いわばまあ、懇談的に書かせないんですね」

 安谷は大阪と神戸の新聞を二、三紙広げながら言った。


 怪露人と云ふやうな記事では、新聞はいくらでも警察の宣伝につかはれる。

 そして、警察でちよつと都合の悪いやうな時には、いつでも新聞に口どめをする。

 今に始まつた事ぢやない。

 が、お上にとつて重要なものは実に新聞だ。

 コズロフの原稿や、殊には又川崎ストライキの研究材料が其の日本赤化の陰謀の確実な証拠だとすれば、日本の新聞は皆な同じ陰謀の仲間なのだ。

 それでも彼等は、即ち日本の新聞記者共は警察で云はれたまま喜んで、臆面もなく日本赤化の怪露人などと書きたてるのだ。

 そして又来議会に過激思想鎮圧令を提出しようとする、警察の宣伝機関になつてゐるのだ。


(同上)





 大杉は宿屋の勘定を払うために、為替を取りに尾行の刑事に郵便局まで行ってもらい、帰り支度を始めた。

 このときの大杉と野枝について、安谷はこう書いている。


 コズロフの見送りに来た時など、コズロフに餞別をやり、旅費も近藤君から私の所に電報為替で送つて来てたんまりあつたのに、なるべく私の家に泊りたいと云つてせがまれた。

 がせまい私の家には、あひにく客まであつて其の望みを容れることが出来なかつた。

 ぜいたく家の大杉や野枝さんも私と接した時は必ずしもそうでなかつた。

 いばりやの野枝さんにも拘らず、その時など、まだ小便たれの私の幼い娘を抱いて須磨を歩き廻つたりもした。


(安谷寛一「野枝さんを憶ふ」/『自由と祖国』一九二五年九月号)


 一九二二(大正十一)年七月二十五日、大杉一家三人は大阪から上り列車に乗った。

 それはちょうど、コズロフ一家が乗った榛名丸が出港する時刻だった。


●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 17:04| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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